【緊急事態宣言は必要だったのか?】

〈緊急事態宣言の意味は? なぜ自粛要請を出さなければならなかったのか?〉

未曽有の危機に対抗するために大学や専門機関から集められた専門家約50名で構成されるクラスター対策班がつくられました。
(YouTubeで有名になった「8割おじさん」こと西浦教授(北海道大学)もこのチームのひとりです)

東北大学の押谷仁教授を中心としたクラスター対策班(新型コロナ対応部門)が分析の結果取った戦略が「感染ルートを追って、クラスター(感染者集団)を潰していく」という戦略だったのです。

3月末、クラスターは、14都道府県、26カ所に増加していたのです。
このときに実は、すでに対策チームの人たちの体力も気力も限界に来ていました。

3月28日、東京都の再生産数は「1.5」となっていました。
(注:再生産数とは、一人の感染者が何人に感染させるかを示す数字)
再生産数が1を下回れば収束に向かっている。
逆に再生産数が1を上回っていれば、感染被害は上昇傾向にあります。
つまり3月末の時点で感染被害は拡大傾向にあったのです。

4月2日、この時点での再生産数は「1.7」でした。

こうした状況から考えて4月7日に緊急事態宣言が出されたこと、自粛要請が出されたことは、妥当だと言えるでしょう。
やむを得ないことだと思います。

4月9日の時点では、ヨーロッパ及びアメリカではオーバーシュートが起こっていました。
(注:オーバーシュートとは、累計の感染者数が2~3日で倍増すること)

しかし、日本では上昇傾向は示してはいるが、海外から比べれば比較的感染拡大は抑えられていました。
ですが、経営における数字の見方で重要とされる「その傾向を見よ」と同じ見方が新型コロナ対策にも言えるのです。
つまり、日々の感染者数の増減に一喜一憂するのではなく、長い目で見て数字の示す傾向を見ることが重要なのです。

日本において4月9日の時点での感染者数は増加傾向を示していました
これがなにを示すのかというと、「いつオーバーシュートが起きてもおかしくない状況にあった」ということです。

〈未知のウイルスの戦略〉

ウイルスとは不思議なものです。
生き物のようであり、生き物として認められていない。
なのに、まるで悪意を持った生き物のように獲物を狙って襲っていく。

新型コロナウイルスの戦略は、

「見えないようにして、あまり重症化しないようにして、宿主となる人間に見つからないようにして、感染し、潜伏し、感染を広げていく」

という生存戦略なのです。

押谷仁教授は、これを「ウイルスとしては正しい戦略であり、SARSとはまったく別物のよく出来たウイルスだ」と述べています。

〈日本でオーバーシュートが起こらなかった理由〉

このウイルスの戦略に対抗するために、クラスター対策班がとった戦略が、感染経路を追ってウイルスの広がりを分析し、クラスターを見つけて、それを潰すことでした。
以前の記事でアチキが赤江珠緒アナの発言に怒りを示したのはこれが理由です。

犯人探しではなく、ウイルス感染による死者を無くすために感染経路を調べる必要があったからです。
平易な言い方をすれば、“いつどこで誰”がウイルス感染したのかという情報がどうしても必要だからです。

第1波(武漢型のウイルス)の被害が海外と比べて爆発的感染とならなかったのは、このクラスター対策班のおかげなのです。
日本はオーバーシュートを瀬戸際で防ぐことに成功していたのです。

〈中国、韓国、日本の対策の違いは?〉

中国が取った戦略は、発生地の武漢を丸ごと完全封鎖(都市封鎖)し、人の外出と接触を強制的に制限することです。

韓国の戦略は、PCR検査の徹底です。
韓国では、症状がない人も含めて徹底してPCR検査を行うことで「感染の有無」を確認し、感染した人を隔離し、感染拡大を阻止しました。

日本はというと、
日本には強制的に都市を封鎖する法律がありません。
また、他のアジアの国のようにSARSやMERSの経験がなかったので、PCR検査が広く行われる医療体制も整っていませんでした。
日本には、PCR検査を含めて人工呼吸器、防護服などの大規模な感染症が起きたときの医療整備体制が整っていなかったのです。
(日本の人工呼吸器の割合は、10万人あたり約10台しかありませんでした)

〈感染経路をたどって分かったこと〉

国内の感染者110人を調査した結果判明したことがありました。
意外にも8割の人は誰にも感染させていませんでした
残りの1割強の人たちも1人にしか移していません。
ところが残った1割弱の人たちに驚くべき傾向が見られたのです。

1人の感染者が4人、9人、12人と感染させていることで、感染被害が拡大している(クラスター)ことが判明したのです。

そして、このクラスターは「密閉された閉鎖空間」で起きていることが分ってきたのです。
つまり、人よりも環境(空間)が大きな要因であるということです。
大規模なクラスターが発生していたのは飲食店スポーツジムだったのです。
飲食店の場合、特に接客をともなうバーやナイトクラブが感染拡大の場となっていたのです。
(会話によって飛沫が飛び交う閉鎖空間では、感染が18.7倍も起こりやすくなる)

〈未知なるウイルスとの闘い方は?〉

日本には大規模な感染症と闘うための法律も医療整備もなく、ましてや対策マニュアルも、ワクチンもありません。(全世界で)
よって、公衆衛生対策に頼るしかなかったのです。
感染した地域の流行状況によって、制限を強化したり緩めたりするしかないのです。
ですから、クラスターを見つけて潰していくという戦略を取らねばならなかったのです。

それには、いままでと同じような社会活動を止め、感染者(ウイルス)がどこにいて、どこに動いたのか、という感染経路(特にクラスター)を見つけるしか大規模な感染被害を止める手段がなかったのです。

〈感染を拡大している要因は?〉

感染経路が不明のもの(患者)を「弧発例」と呼びます。
そこには背後に未知のクラスターが潜んでいることを意味します。
この孤発例を放置するとオーバーシュートを起こすのです。
弧発例がたくさん出てくるということはとても危険な状況だということです。

多くの弧発例が生まれる場所として浮かび上がってきたのが繁華街などにある接客をともなう夜間営業を行っている飲食店でした。
(バー、ナイトクラブ、ライブハウスなどを含む)

武漢発(第1波)の感染者は11名。
第1波の死亡者は海外と比べると、10万人あたり0.07ととても低いものとなりました。

海外発(第2波)の感染者は200名以上。
日本においては第1波が収まっていないなかで第2波が来てしまったのです。

〈緊急事態宣言延長について〉

国民からすれば、

「なにがステイホームだ」
「自粛するの疲れた~」
「自由がない」
「客が来ない」
「仕事がない」
「なんとかしてくれ~!」という気持ちでしょう。

ですがアチキは質問します。

もし、あなたが新型コロナウイルス感染対策の責任者だったとしたら、知事だったら、総理だったとしたら、どうしましたか?

経済活動が止まってしまうから、客が来なくなるから、自粛要請は出さない、緊急事態宣言なんてとんでもない!
と、考えましたか?

アチキが都知事だったら、きっと小池都知事と同じことをしたでしょう。
(アチキの場合はもっとはっきりと言い、もっと早く対処したと思うでありんすが・・・)

アチキは別に小池都知事のファンでも安倍総理のシンパでもありんせん。
ですが、誰が責任者であっても、この未曽有の危機にはそうせざるを得ない状況だったのではないでしょうか?
状況としてはです。

ただし、やることが遅いということは否定できませんが。

アチキは、この新型コロナウイルス感染の被害によって、あまり日本国中で不満が高まることは良くないと思うでありんす。
政府などの失態、ミス、失策などは明らかにしなければいけませんが、すべての責任と原因を政府や首長たちに向けることは間違いであると思うでありんす。

なぜならすべての原因は、中国湖北省武漢で未知のウイルスが発生したことによるからです。
第1原因であり、すべての原因と責任は中国で発生したことにあるからです。

ですからもし恨むなら、怒るなら、第一に向けるべきは中国です。
(中国を恨むことを勧めているわけではありんせんよ。あしからず・・・。)

これを忘れて自国の政治家や行政に不満と怒りの矛先のすべてを向けることは間違いであると思うのでありんす。

封鎖→再開→封鎖→再会を繰り返すと、世の中の経済活動、社会活動が破綻してしまいます。
人間の心も破綻します。
そうなると、犯罪、暴動、自殺、などが起きてきます。
若者たちは未来(将来)社会に希望を持てなくなります。
そこには「どこまでも続く深い闇」しかなくなります。
(あくまでも最悪のシナリオです)

この社会と人の心の破綻を防ぐために、完全ではなくともいままでの日常を取り戻すために、アチキたちの不自由な自粛生活はあったのです。

この1か月日本全国のみなさん本当によく頑張りました。
偉かったです!
でも、もうひと踏んばりする必要があります。

経済活動の自由、外出の自由、奪われた日常を取り戻すため、子供たちの未来に希望を残すため、いま耐えなければならないのです。
いま踏んばらねばならないのです。

医療従事者は自らが感染する恐怖と闘いながら、治療を行っています。
医療従事者は家族と過ごす時間も空間もありません。

また、多くの人のライフラインを守るために、感染するかもしれない環境の中で働いている人もいます。

そして、感染被害を出さないために、自ら感染しないように、自粛生活をし、感染しないように消毒、手洗いなどの対策をする多くの人がいます。

アチキは、みんなみんな立派であると思うでありんす!

外国と比べるのはあれですが、日本人はいざというときの一致団結力、踏ん張る力、助け合う力などが優れた民族であると思うでありんす。

この1ヶ月、本当にみんな頑張ったでありんす。
日本中の頑張ったみんなに感謝すると同時にエールを送るでありんす!

〈志村けんさんの影響力〉

3月末、志村けんさんの死亡が伝えられたとき日本中が衝撃を受けました。
アチキも「ドリフ大爆笑」や「ドリフの西遊記(人形劇)」を楽しみに観ていた人間でしたから、とてもショックを受けたでありんす。

ですが、志村けんさんの死は、世間を変えました。

それまで新型コロナウイルスの感染により死亡した人はたくさんいましたが、どこの誰だかわからず(遺族などの関係者以外は)にいました。
それが志村けんさんの死で急に「死亡した人の顔が見えなかった悲劇」から「死亡した人の顔が見える悲劇」に変わったのです。

つまり、新型コロナウイルス感染により、死者が出ているということを世間の人たちがすごく身近に感じられるようになったのです。
それが3月30日のことでした。

【この世は不完全な世界】

テレビなどでは、コメンテーターなどが中心となって「PCR検査を増やせ」「どうして感染被害が止められないんだ」「街から人が消えました」「倒産が出てしまいます」などと負の情報を垂れ流すことで、世間の注目を集め、視聴率を稼いでいます。
人間は負の情報(恐怖や不安、悪口など)に本能的に反応しやすいからです。
それによって世の中には「不満」「不安」が余計に広まったことは否定できないと思います。

ですが、100%完全無欠の対策はないと思うでありんす。
この世には、完全無欠のものなどありんせん。

倒産する会社は毎年どこかで起きています。
医療ミスや治療への不満などの問題も常にあります。
法律があるにも関わらず、万引き、痴漢、殺人などの犯罪がなくなったことはありません。
人間のつくる社会はいつの時代も不完全なものです。

ですが、そこにある人間の努力、人と人との助け合い、理想を目指す行動などの人間が持つ素晴らしさを見逃してはいけないのではないでしょうか?

【人知を超えた力が働いている?】

しかし、アチキは思うでありんすが、この新型コロナウイルスをいくら調べても分からないことは最後まで残る可能性があります。
それはスペイン風邪インフルエンザウイルスが100年経っても完全に解明できていないからです。

人類の力を越えたもの(力)があるように思えます。
まるで「人間の力の限界」を見せつけるかのような大きな力が働いているようにも感じます。
人類は科学万能主義に偏り過ぎたのではないでしょうか?

新型コロナウイルス発症の地である中国には「天意」という思想があります。
王朝が易姓革命によって交代することも、中国人は「天意」であると考えてきました。
この新型コロナウイルスはアチキたち人類になにかを教えようとしているのだとも考えられます。

【これからの自粛生活を頑張る意味】

自粛の意味を頭ではなく、“心”で受け止めてほしいでありんす。

日本全体が、この1か月でどれだけ行動変容(自粛などの感染被害を防ぐ行動)が出来るかどうかに、未来はかかっています。

これは結局、結果的に日本人全体の責任となってしまうのです。
「わたしだけはいいだろう」「俺は好きにする」ということは許されません。

〈自粛の意味〉

辛い自粛は、自由になるためにあるのです。

ウイルス感染を防ぐ“自粛”ということは、「外出の自由」、「経済活動の自由」を手に入れるためにあるのです。

それを例えて言えば、風邪などの病気となってしまい通常の健康的な生活が出来なくなったとき、注射などの治療をして、元気になってまた日常生活を取り戻すことに似ています。

つまり、普段の生活を取り戻すためには“痛い注射をされる”“飲みたくない薬をのむ”、緊急時には注射針を手に刺して点滴をうつことが必要となります。
注射されて痛い思いをするのは誰でも嫌なものですが、それが健康を取り戻し、普段の日常を取り戻すことになるのです。
(あまり良いたとえではありんせんでした。ごめんなんし)

要するに、自粛とは注射の傷みなのだと言いたいのです。
痛い思いは、痛い思いをすることが目的ではなく、楽になるためにある。
いまの不自由は、自由になるためにあるのです。

一時の不自由なくして、ウイルスによって奪われたアチキたちの自由な日常は取り戻せないということです。

すべての我慢は「自由を得るため」なのです

自分勝手に振舞って、あとあと不自由になるのか、不自由を一時我慢して、自由な日常を取り戻すのか、まさに昔話にあるような岐路に立たされているのです。
(ただし、新型コロナウイルスとの闘いは長く続くので、いままでと全く同じ日常ではないはずです。それでも経済活動や外出や娯楽を楽しむなどの自由はある程度獲得できるはずです)

緊急事態宣言が延長され、自粛期間が延びました。
自粛は辛いです。
学校の問題、経済活動は瀕死の状態になってしまう問題などが危惧されます。

ですが、アチキはいまの感染被害が収束していない状況で、社会を開放してしまうと、ウイルスによる逆襲の波が何度か来て、結局は、また自粛などの制限をしなければならない事態になる。
いま感染を抑えなければ、感染により死亡する人が続いてしまう。
と思うでありんす。

経済を蔑ろにすることは出来ませんが、経済を最優先すると、結局ウイルスによる闘いに勝利することが出来ずに、かえってアチキたちの社会は取り返しがつかないほどの破壊的状況になると思われます。

医療崩壊が起きてしまえば、経済活動を再開したといっても、ウイルスによる死亡以外の通常ある病気での治療ができなくなって、本来助かるべきだった人が命を落としてしまいます。
それを誰が望むでしょうか?

だから、感染症拡大を防止する国民の自粛(行動変容)と政府による経済支援は同時並行でなければいけないのです。

スペインはすでに医療崩壊が起きています。
アメリカでは、死者が3万人を超えました。

日本は、ワクチンもマニュアルも医療体制も整っていないなか、よく頑張っています。
ここに日本人のすごさと立派な国民性があります。

1ヶ月後の希望を今作るのです。

この1ヶ月での日本全国の一人ひとり行動にすべてはかかっているのです。
自分勝手な人が多く出れば時間を浪費してしまい、感染を抑えれません。
それは自由な経済活動が出来ないこと、いままでの日常に戻れないことを意味します。

5月3日の時点で日本中の死亡者は536人です。
人工呼吸器をつけた重症者はその3倍います。
(重症者は死と必死に闘っている命の危険がある人です)

志村けんさんの死、岡江久美子さんの死と同じ悲劇を味わった人がすでに534人もいるのです。
また、そうなる可能性となる人がすでにその3倍もいるのです。

この人たちの無念を晴らすためにも、この人たちの悲しみを背負って、アチキたちは頑張ることが大切なのではないかと、アチキは思うでありんす。

【ウイルスと闘うために人の心が持つ力】

〈危機を乗り切る力とは〉

この世界的危機を乗り切るためには二つの力が大切であると思うでありんす。
それは「利他(他の人を思いやる心)」「他の人への感謝の心」です。

アチキは人として大切なことは感謝する心だと信じています。

アチキたちが感謝すべきは、

「感染者の治療にあたってくれた医療従事者」
「感染被害から守るために頑張ってくれたクラスター対策班の人たち」
「感染対策のために奮闘してくれた官僚などの公務員たち」
「感染被害対策のために指揮をとった政治家たち」
(ただし、足を引っ張った政治家をのぞく)
「ライフラインなどの生活を守ってくれた職業の人たち」
「辛い自粛生活に耐えてくれた人たち」
「学校に行けなくて我慢してくれた子供たち」
「家族の生活のため感染する恐怖と闘いながら買い物をしてくれた人たち」
「笑いや慰めを与えてくれた芸人や芸能人たち」
など。

不満も大いにあるでしょう。
怒りもあるでしょう。
恐怖もあるでしょう。
未来の生活をどうしていいかわからない混乱な気持ちもあるでしょう。

それはきっとみんな同じです。
地球上の人たちが。

でも、それよりも「感謝の心」「他人への思いやりの気持ち」を大きく持つことが人として大切であると信じます。

助け合い、協力し合い、自助努力し、いままでの常識を捨て新しいアイディアを出し、新しい法律や制度を作り、ウイルスとの闘いから教訓を学び、そして、人と人との絆を大切にし、励まし合い、支え合うことで、きっといつの日か希望を取り戻せると信じたいのです。

【ご意見番が日本中で頑張る人たちにエールを送る!】

「自由のためにいま頑張りましょう! 自由な経済活動を再開させるためにアイディアを出しながら備えましょう!」

お読みいただき、うれしうござんす!