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『“保守の憲法論”最終結論【自民党憲法改正草案編②】~憲法とは何か?~』

【自民党憲法改正草案編②】
憲法とは何か?

これまでの記事

【自民党憲法改正草案編①】~自民党憲法改正草案は国民家畜化の暗黒な未来に向かうもの!~

憲法とは何か?

《憲法とは何か?》

私たち国民は自分の命と財産、自由と人権を守るために憲法の存在意義を知らなければならないのです。

我々主権者、国民が幸せに暮らすために国家権力を管理するマニュアルが憲法です。

憲法は国民を縛るものではない。国家権力を管理するための最高法規である。

憲法とは国家権力を制限して国民の人権を守るためのものでなければならない。

憲法とは、あくまでこの国家を制限するためにつくられたもので、国民の自由を侵害させないようにすることこそ、憲法の存在意義です。

憲法は、強い立場の者から弱い立場の者を守る役割を果たします。
①憲法の目的は国民の自由(人権)を守ること(自由の基礎法)
②憲法が定めた以外の権限は国家には与えられない(制限規範性)
③憲法はどの法よりも上位に位置している(最高法規性)

〈憲法の存在意義と原則とは?〉

最初に「憲法」とは何かという定義を示します。それが以下に続く本編を読み解くカギとなります。

まず、日本国憲法の肝あるいは要が何かと言えば、第13条の条文にある「すべて国民は、個人として尊重される」という点にあります。
日本国憲法は、国家権力から個人の自由や権利を守ることを目的として、その前提の上に国家運営をするという設計になっています。

近代憲法の原則とは、個人がそれぞれの幸福を追求することを国家権力が妨げてはならないということです。

あまり指摘されませんが、この近代憲法の精神こそが「戦争」を忌避し、「平和」を構築するものなのです。

戦争とは、個人の自由、個人の人権を保障した上には成り立ちません。これは国民自身に権力があることと同等の意味があります。逆に戦争をするためには、国家権力側が集中的に権力を持つ必要があり、国家が国民を監視、制御する必要があるのです。そのために国民の自由や人権を削除または大きく制限する必要が出てくるのです。
この図式から解読される憲法の原理とは、国民個人の自由や人権が保障された状態とは「平和」を引き寄せることであり、逆に国民個人の自由や人権が取り上げられたり制限されたりすることは「戦争」ができる状態であることを意味するのです。
特に民主主義国家においては、国民主権が維持される状態は平和を維持し、国民主権が奪われ国家権力が国民を縛るような社会となれば、戦争がいつ起きてもおかしくない社会となるということです。

〈民主主義の本能とは?〉

基本的に、国民個人において「戦争」を望む人は、ほぼいません。民主主義国家が戦争に突入する際には、国家権力が暴走するときであり、民意が踏みにじられるときであり、全体主義が顔を出すときなのです。ですから民主主義の本能とは「平和」なのです。
国民の総意がストレートに国家戦略に反映されるならば、民主主義国家が戦争をすることはあり得ないのです。しかし、権力を持った者たちは、国民の総意を無視し、偽の大義を掲げ、国民をミスリードして戦争を起こすのです。始末が悪いのは、偽の大義が国民からすると「きれいごと」に聞こえることです。
本質的に、人間は平和を望むため、民主主義制度、国民主権を是とするのです。
しかし、国民を思想戦、情報戦で騙す悪質な者たちが権力の座に入り込むのです。

〈憲法の定義〉

まず、自民党憲法改正草案を分析する前提として、「憲法の定義」を理解する必要があります。憲法とは何かを理解していなければ、ここから先の私の記事は不毛となるでしょう。
正しい憲法理解なくして、自民党の憲法改正の“狙い”は読み解くことはできないのです。

憲法は、主権者である国民大衆が、権力を託した者たち(政治家あとその他の公務員)を規制し、権力を正しく行使させ、その濫用を防ごうとする法である。そして、国民一人ひとりの人権の授受を保障するものである。

憲法は、サービス機関としての国家(権力)を正しく組織させ機能させるためのマニュアル(手引書)のようなものである。サービスの第一義は、国民の幸福を増進させることだ。

憲法とは、国家権力を管理して国民の人権を保護する目的を持った法。

憲法は、国家権力を拘束する法規。

憲法とは、「主権者・国民が、国家権力の濫用を防ぎ、国家に正しく権力を行使させるための法」

憲法は国家権力の行動を縛る規範である。「できる」「できない」の解釈が明快でなければ、権力者はそこをごまかそうとしてすり抜けてしまう。

憲法とは、「主権者・国民が国家権力を管理する法」である。国民が国家権力に枠組み(条件)を与え、その正しい行使(国民に対するサービス)を担保し、権力の濫用を防止し、それにより国民の自由(権利)を保障するためのもの(道具)である。

〈法律と憲法の違いとは?〉

法律と憲法の違いとはなにか?

法律は国家の意思として国民の活動を制約するものです。しかしながら、憲法だけは違いますね。国民が権力に対して、その力を縛るものが憲法です。憲法を守る義務は権力の側に課され、国民は権力者に憲法を守らせる側なのです。

なぜ憲法が最高法規であるのかが、上記の法秩序を理解すればお分かりかと思います。国家権力は、国民の活動や生活を制約する法律等を作り出す権限がある。もしその法律が国民を苦しめる法律であったならばどうするか?
民主主義国家、立憲主義国家において、この国家権力の横暴を抑止するもの、国家権力による国民への弾圧を防ぐための法的な武器こそが憲法なのです。
国民から自由や人権を奪い、国民を苦しめる法律等を作らせないために存在するものこそが憲法なのです。だから憲法を守る義務は権力の側に課されているのです。
よって、法律を作る権限を持つ国家権力であっても、その上位に最高法規存在としての憲法があり、国家権力者たちは憲法が示す法秩序に反することは出来ないのです。
だから「憲法」が国家の最高法規と呼ばれるのです。
つまり、国家権力を支配する存在が憲法であるということです。ですから最高法規である憲法を改正するためには、主権者である国民の総意が必須なのです。
国家の最高法規である憲法に逆らう政治勢力とは、その立場を入れ換えようとするものであり、それは共産主義国家の国家体制と何ら変わらない国家のあり方となることを意味しているのです。共産主義国家の特徴が「独裁」であることはお分かりかと思います。

憲法と法律の違いとは、その“方向性の違い”に尽きる。
法律は、国家等が定めた法秩序を国民に従わせるものであり、国民の行動を権力者の側が制限するものです。
これに対して憲法とは、主権者の立場から発せられるものであり、主権者の権利(幸福追求権、各種の自由、基本的人権)を国家権力に守らせるものです。つまり法律と憲法はその方向性が逆となっているのです(基本的に)。

おそらく、国民のほとんどが、法律と憲法の違いを明確に認識(意識)していないと思われる。普段の生活において、国民は法律が規定した秩序に拘束されており、その中で各人の人生を生きている。国民が法律を意識せずに、生きることは不可能と言える。しかし、憲法を知らなくても、憲法を剣として持たなくても、憲法を盾としなくても、生活に困ることはほぼない。ここに憲法の落し穴がある。これが意味することとは、国家権力者にとっては喜ばしいことであり、国民にとっては見えざる損失を発生させていることに他ならない。

憲法は、国民が主権者としての立場を守る盾。
憲法は、国家権力から自由や人権を守る矛。
憲法を知らなければ、民主主義制度を護ることは不可能となる。
憲法が国民に与える力は、自覚して戦う者にしか、その力を与えない。
自覚と理解なしに、国民は自らの自由と人権を守ることはできない。

〈憲法の必要性〉

なぜ、国民が国家権力を管理するマニュアル(法規)が必要なのかと言えば、イギリスの歴史家ジョン・アクトンが言ったように「絶対的権力は絶対に腐敗する」からに他ならない。
つまり、権力が継続されつづけたり、権力が増大すればするほど、必然的に腐敗または濫用する。これは宇宙を貫く法則と言っていい。
これは個人にも当てはまる。議員生活が長くなればなるほど、「議員=権力=自分の力」と思い込むようになる。しかし、民主主義国家における議員の権力とは、主権者(有権者)から与えられたものに過ぎない。選挙に堕ちれば「ただの人=無職の人」となる。
要するに、恒久的な権限を有しているわけではなく、一定期間のみに与えられた権力に過ぎない。一方国民は、選挙権を得てから生涯を閉じるまで有権者=主権者という立場を貫くことができる。主役はあくまでも国民なのだ。
主役である国民を引き立てることこそ、国家権力の側に立つ者の使命なのです。

問題は、一定の数の支持者を集めることができれば当選が可能となり、自分を当選させた支持者の願う政策を現実化することで、さらなる議員生活が維持されることだ。これが民主主義制度の欠点なのです。
国会議員ならば、国家全体、国民全体のために働かねばならないはずだが、自分を議員に押し上げてくれた支持者(勢力)のために働くようになる。これが腐敗の原点となる。
これはお互いが利益で結びついているがゆえに、排他的であり、独善的でもある。選挙に強く、議員生活を長く送れる反面、他の国民に対する責任を放棄することとなる。このシステムこそが民主主義を腐敗に導く。
この権力の腐敗を防ぐには条件がある。それは主権者(有権者)である国民の側に真実の情報、政治の重要課題、社会の問題点、政治家の悪事などの情報を正確に知ること。また正しく政治を理解する知性、判断する能力が必要となる。
つまり、良心と良識によって政治を見ることが出来ることが、政治の腐敗を防ぐことになる。だが、現実には民主主義制度は悪用され続けている。メディアが真実の情報、国民が知らなければならない重要情報を隠し、政治家も嘘をつき、国民が正しく判断出来ない状態に貶めている。これによって衆愚化した国民、あるいは政治に無関心とさせられた国民が国中に溢れていく。そうなると実質的に特定の政治勢力の影響力が本来の力よりも何倍も大きくなり、現実に政治権力を獲得し、政治を動かしていくこととなる。
権力者にとって、真実を追求する国民、正義を求める国民は邪魔なだけ。できれば政治に無関心でいて欲しい。それによって抵抗勢力を削ぎ取り、特定の支持勢力が求める政治を実現することが可能となる。
これが歴史の常なのです。
権力は権力であるということを理由に、正しい目的を見失い、必然的に腐敗し、その結果暴走するのです。
だからこそ民主主義国家においては、国家権力を監視し、規制する最高法規が必須となるのです。権力の濫用、暴走を食い止めるため、国民の幸福追求を邪魔しないように、保護するために憲法が存在しているのです。ですから国民は憲法を学び、憲法秩序を武器として国家権力を抑え込む必要があるのです。

憲法を知らない?
「無知は罪」であることを知るべきです。
国民が憲法を知らないと、政治家や役人がやりたい放題をしてしまうのです。国民を幸福にするどころか、逆に不幸にしてしまうのです。国民の自由と人権を守るべき政治家や役人が、逆に国民を不自由にし、人権を奪ってしまうのです。
憲法とは、国民が国家権力と戦う矛であり盾となるものなのです。
国民が憲法を知ること、憲法を武器として国家権力に抗することが、国民自身を守ることになるのです。

〈憲法とは?〉

憲法とは、「国家権力を管理するための最高法規」。

これが立憲主義と呼ばれるものであり、憲法という国家の最高法規を最上位に位置付けて国家を形成維持する国家体制なのです。憲法は国家権力を管理する最高法規ですから、国家権力は憲法に反してはならないのであり、憲法に反する法律、政令等は制定してはならないのです。

樋口氏と小林氏に共通する見解があります。
それは自民党(改憲派の政党も同じ)には、憲法という概念、存在意義に対する基本的な共通認識がない(間違っている)ということです。
国家権力の座にある者たちが、国家の最高法規を間違って捉えるなどあってはならないことであり、国民にとっては恐怖でしかないのです。

自民党が掲げる改憲4項目とは?

《自民党が掲げる改憲4項目》

自民党が掲げる改憲4項目は以下の通り。

・自衛隊の明記:憲法9条に自衛隊の存在をしっかりと書き込み、違憲論争に終止符を打つ。
・緊急事態対応:大規模災害や有事などに備え、国家や国民を守るための対応を憲法に定める。
・合区解消・地方公共団体:参議院選挙で県単位の選挙区がなくなる「合区」を解消し、地方の民意が政治に届くようにする。
・教育充実:教育環境をよくするため、国による教育無償化や支援のあり方を憲法で推進する。

〈「自衛隊の明記」について〉

徐々に語っていきますが、上記の4項目で重要なのが「自衛隊の明記」と「緊急事態対応」であることは論を待たない。
「自衛隊の明記」で気になる点は、憲法9条に自衛隊の存在をしっかりと書き込むことで「違憲論争に終止符を打つこと」としている点。論争に終止符を打つために9条に自衛隊を明記する??
何をバカなことを言っているのでしょうか?
現時点でも、自民党は自衛隊を合憲と解釈しています。その根拠が芦田氏の解釈であることは間違いないでしょう。しかし、護憲派の人たちや憲法学者たちから「違憲」という見解が出ているから、その論争に終止符を打つ?

おそらくこの意味に気がつく人はほぼいないでしょう。確かに自衛隊は違憲か合憲かという論争は存在するでしょうが、問題は「論争に終止符を打つ」という意味です。「論争」とは民主主義そのものなのです。民主主義の精神なのです。民主主義とは論争によって成り立つシステムなのです。ですから社会から論争を無くすこととは、一元的な価値観で統一することに他ならないのです。これが意味すること、おわかりですか?
論争がなくなるとは、限りなく独裁に近づく社会となることを意味しているのです。政権の価値観と国民の認識が一元化(同質の認識)されるということは、そこには権力者の価値観が絶対的となる状態に近づくということです。
ですから、「論争に終止符を打つ」ということを平気で言う自民党とは、民主主義のシステムをまったく理解していない政治勢力であることを自ら白状しているようなものです。
国家としての正しい在り方を模索するならば、自衛隊という存在が現実にあり、「国家防衛のために正当性を与えるため」と言えばいいのです。ただし、それに国民が納得しなければ民主主義ではありません。
国民は知るべきでしょう。政治勢力者は嘘や詭弁、誤魔化しを常時使用することを。

〈「緊急事態対応」について〉

これこそが最も危険な改憲です。
「緊急事態対応」とは、要は「緊急事態条項(国会機能維持条項)」を憲法に追加(明記)することです。これについてはこの後に詳しく語りますが、結論だけここで言うとするならば、「自衛隊の明記」と「緊急事態対応」がセットになると、戦前の社会と同じような国家に変貌します。政治勢力が強力な力を発揮し、その反面、国民は「政治勢力の“臣民”」となる状態となります。戦前は天皇の臣民と定められていましたが、自民党の改憲がなされると、政治権力の支配下に国民が置かれる為、国民はときの政治勢力の臣下のような立場に置かれてしまうということです。もちろん、自由や人権は奪われます。

もう一つ大きく変化することは、「国民が政治勢力の臣民となる」ということが意味すること及び「自衛隊の明記」と「緊急事態対応」がセットになることは、戦争をする体制に日本国が変貌するということです。
つまり、日本国が戦争をし、国民が兵士として駆り出され、当然ながら命と財産を失う可能性を意味するということです。国民に自由と人権があるということは、政治勢力が簡単に戦争をやりたくても出来ない状態を意味するのです。この恐ろしいストーリーを理解してください。もちろん政治勢力は「戦争ができるような国家にします」「日本は戦争をします」などとは口が裂けても言いません。そうしたことは国民自身が感じ取らねばならないのです。

要するに、「自衛隊の明記」と「緊急事態対応」がセットになることは、戦前の社会のように政治権力が大きな権力を持ち、一方で国民は政治勢力に嫌でも従わねばならない国家へと変貌するということです。政治勢力に嫌でも従わねばならない国家が意味することとは、国民にいまのような自由と人権が失われるということであり、そうしたことが導く答えは、民主主義国家の崩壊です。

別の記事で書きましたが、自民党とは、戦前の保守勢力の子孫および思想的系譜につながる者たちなのです。事実、自民党内部の改憲マニアと言われている議員は世襲議員が多い。さらに付け加えると、この改憲は“統一教会の悲願”でもあるのです。

現在、自民党内で憲法について集中的に考えている議員たちのほとんどが、戦前日本のエスタブリッシュメント層、保守支配層の子孫とその取り巻きであるという事実です。

《すでに戦争準備は始まっている?》

すでに戦争準備は10年以上前から始まっている、といったら驚くでしょうか?
2015年9月19日、日本国は平和な状態から戦争準備段階に入りました。この日2つの法案が可決しました。「平和安全法整備法」と「国際平和支援法」です。

〈平和安全法整備法とは?〉

「平和安全法整備法」とは、自衛隊法や武力攻撃事態対処法などの既存の安全保障に関する10の法律をまとめて改正した法律の総称で、正式名称は「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」。

「平和安全法整備法」は「国際平和支援法」とセットで(2つを合わせて)『平和安全法制(安保法制)』と呼ばれ、2016年3月に施行された。
内容は、平時から有事まで、“あらゆる事態”に隙間なく対応できるようにするための法制度であり、最も懸念すべきは現憲法では認められていない(解釈としても)限定的な集団的自衛権の行使を認めたことです。

つまり、日本国と密接な関係にある同盟国等が攻撃を受けた場合、その事態によって日本の存立が脅かされ国民の権利が根本から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)、限定的であっても集団的自衛権として自衛隊の武力行使を認める法律です。
これは明らかに憲法違反です。

〈国際平和支援法とは?〉

「国際平和支援法」とは、国際社会の平和と安全が脅かされる事態に際し、日本が外国の軍隊に対して後方支援(物品や役務の提供等)を行うことができる恒久法。
正式名称は『国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律』。

どんなことをするのかと言うと、国際平和のために活動する他国軍へ、物品や役務(補給、輸送、医療、通信等)を提供すること。さらに戦闘作戦行動のための発進準備中の航空機に対する給油や整備、弾薬の提供もできる。
この「国際平和支援法」は、臨時の特別措置法ではなく、いつでも対応可能な法律として制定されたもの。
条件として、国連憲章の目的に従い国際社会が共同して対処する活動が行われることとなっている。

ウクライナへの支援はこの「国際平和支援法」を根拠にしていると思われる。
だが、この2つの法律は明確に日本国憲法第9条に違反している。

2015年9月19日の未明をもって、日本の社会は異常な状態に突入しました。この日、可決した平和安全法整備法と国際平和支援法、そう名づけられた戦争法案は、明白に憲法に違反しています。

小林節氏が指摘しているように、9条違反であり、この法律は「戦争法」、戦争をするための法律なのです。正確に言うと、「戦争ができる国家へと変貌するための準備を進める法」ということになる。

〈9条改正の真の目的とは?〉

読者に聞きますが、この2つの法律が制定されていたことを知っていましたか?
また、その内容を理解していましたか?
おそらくほとんどの国民が何も知らない状態でしょう。
そう、肝心なこと、もっと言うと国民から反発を受ける法案は知らせず、こっそり可決し制定するのです。マスコミもグルですから、こうした国家と国民にとって重要な情報を正確に報道することは意図的に行いません。それは“隠す”という意味と同じことです。

これは日本党の石濱哲信氏が語っていることですが、昨年の2025年3月24日に「防衛省統合作戦司令部」なるものが発足していて、すでに自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入っていることを意味しています。ということは自衛隊という組織は日本を守るための軍隊(実質的な)という制限が撤廃され、他国と共同して戦争を行う体制が整ったことを意味します。もちろんそれはアメリカ軍の指令によって自衛隊が戦争または戦陣するということです。

ただし、日本国憲法第9条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、また「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」となっているため条文を素直に理解すれば、集団的自衛権はあり得ず、軍隊そのものを保持しないのですから、交戦したくても出来ない条文となっています。
長年自民党は、自衛隊の存在は“合憲”だと手前味噌な解釈をして国民の目を欺いていきました、9条の条文を読む限り、自衛隊は明らかに“違憲”です。
違憲ですが、現実にGHQ占領下において警察予備隊が発足し、その後自衛隊となったことで憲法9条と相反する状態となってしまいました。そこで「芦田修正」という詭弁を使い、自衛隊を合憲と誤魔化しの解釈をして国民を丸め込んできたのです。

さぁ、ここまで読めば、なぜ自民党が憲法改正を行いたいのかがわかると思います。
自民党が主張するように自衛隊が合憲であれば、他国からの侵略、攻撃等に対処する個別的自衛権は行使できるので、憲法を改正する必然性はありません。

重要な論点なのでもう一度言いますよ。
自民党の解釈で自衛隊は合憲なのですから、9条改正は必要ありません。
では、なぜ9条の改正を行おうとしているのかと言えば、本当は自民党も自衛隊が違憲であることは分かっているのです。だからこの“捻じれ”を解消するために9条改正(憲法全体の改正)を行おうとしているのです。
9条改正の真の目的は、個別的自衛権ではなく、集団的自衛権の行使を行うことにあります。

〈自民党は米国の属国支配の守護者〉

思い出さなければならないのは、自民党は結党からずっと「憲法改正」を党是としていることです。そうです、CIAから資金を提供され、統一教会と組んで日本政界に君臨してきた自民党は「憲法改正」することで戦争ができる状態にする使命を与えられた政党なのです。
でも、GHQは日本が白人国家に歯向かわないために日本の軍隊を消滅させ、ダメ押しで9条(戦争放棄)を作ったのではないか?
実は、GHQの目的は、単に日本軍壊滅で留まるものではなく、日本国そのものを支配下に置くことにあったのです。つまり、アメリカのコントロール下で軍隊を保持したとしてもアメリカには痛くもかゆくもなく、大東亜戦争のように白人国家に歯向かうことはない、むしろ白人国家の手足(子分)として利用できるようにするということにあったのです。

現状の日本国を見れば、日米安保条約、日米地位協定、日米合同委員会等によって実質的にアメリカの属国というしかない状況となっています。
この属国支配を肯定するために自民党は存在していたのです。
これを偽保守と言います。
そう、自民党は保守ではないのです。ずっと昔から。

日本国憲法第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

〈2015年の3つの憲法破壊〉

2015年に3つの憲法違反による憲法破壊が自民党によってなされました。

3つの憲法破壊(憲法違反)
1.自衛隊を海外に派兵する憲法9条を無視(違反)した解釈改憲(安保法制の強行採決)。
2.正式な憲法改正の手続きを飛ばして、憲法の実質的な内容変更したこと(96条違反)。
3.国会議員に課せられている99条憲法尊重擁護義務違反。

自民党による憲法破壊(憲法改正というよりも改悪)は、高市早苗氏が行おうとしている大幅な憲法改正が始まりではなく、とっくの昔から自民党は憲法秩序を破っているのです。問題は、その際に、国民がそれに対して声を上げ、抵抗しなかったことです(一部の人たちを除く)。
憲法破壊(国会議員による憲法違反)は、国民にとっては自由の死につながる重大な問題なのです。

【自民党憲法改正草案編③】につづく

参考書籍

書籍名:『「憲法改正」の真実』
著者名:樋口陽一、小林節
出版社:集英社新書

書籍名:『【決定版】白熱抗議!憲法改正』
著者名:小林節
出版社:ワニ文庫

書籍名:『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』
著者名: 伊藤真
出版社: 大月書店

書籍名:『高市早苗という病』
著者名: 適菜収
出版社: ベスト新書

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

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