【WGIP編】のはじめに
なぜ、『憲法論』に「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」が出てくるのか? と疑問に思った方も多いでしょう。
また「WGIP」を知らない人も多くいると思われます。
3年前の記事で「WGIP」を取り上げましたが、今回も『憲法論』を語る背景として「WGIP」を提示します。
なぜ、『憲法論』に「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」が出てくるのか?
その答えは、日本国憲法制定に関する価値判断をするためにはGHQの占領政策を知る必要があるからです。GHQ主導の憲法改正とは占領政策の一部だからです。GHQの占領政策を知らなければ、憲法改正(日本国憲法制定)における隠れたる意図、その目的が見えてこないからです。
これを逆に言うと、GHQの占領政策を知らないと正しく日本国憲法における制定過程を読み取れないとなります。
日本人は正直で親切で調和を好む性質を持っていますが、アングロサクソン系の民族などの白人たちは日本人には理解できない思考、性質を持っていることを理解するべきです。
彼らのやることが“正直”や“公正”の上に成り立っていると考えるべきではありません。
「お人好し」は騙されることを理解するべきなのです。
今回の【WGIP編】は、『憲法論』の土台であり、GHQの流した毒水への解毒でもあります。
なお、参考書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』の著者高橋史郎氏は「日本会議」の関係者ですが、私自身は日本会議とは一切何の関係もありません。むしろ日本会議の目指す社会に反対の立場です。日本会議は非常に危険な思想を持つ団体であると判断しています。ですが、先の大戦における歴史観は“ほぼ正しい”と判断しているため今回の題材(参考書籍)としています。
参考書籍は、『日本人を狂わせた洗脳工作』、『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』、『閉ざされた言論空間』です。
WGIPとは何か?
《日本国憲法を正しく理解するために必要なこととは?》
前記事『日本人を狂わせつづけている洗脳作戦』より引用
重要な点をひとつ先に言うとするならば、「押し付けられた憲法かどうかの議論」において、憲法の成り立ちや手続きだけに焦点を絞った主張はナンセンスだ、と言っておきます。
「押し付けられた憲法かどうかの議論」は、日本がポツダム宣言を承諾し、独立を回復するまでの占領下で何が起きたのか、という一定の期間を有する総合的な視点に立たねば真相はつかめないということです。
令和の日本人は、米国に占領された時点からいまなお「洗脳」されていることに目覚めるべきです。
いまある常識のいくつかは、洗脳によって形成されたことを全国民が認知するべきなのです。
いまある日本人の常識のいくつかは意図的に歪められた価値観です。
戦後の占領を担った組織がGHQであり、その大きな役割が「日本を罪深い国として仕立てあげる」なのです。
その思想的背景には「白人優位主義」が根底にあります。
《WGIPとは何か?》
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)こそが戦後の日本を罪深い国として仕立て、日本人に罪悪感を植え付けた“計画の名”です。
別な言い方をすると、日本国(日本国民)をアメリカに隷属させる“計画の柱”です。
WGIPとは何か?
WGIPとは、「War Guilt Information Program(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」の略であり、日本語で表記すると「戦争犯罪情報計画」です。
関野通夫氏の意訳では「日本人に戦争犯罪者意識を刷り込む計画」となります。
江藤淳氏は『閉ざされた言語空間』という書籍で以下のように語っています。
「WGIPとは、戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」
つまり、WGIPとはGHQ占領期間中に実施された緻密な「日本人洗脳計画」であり、その目的は、日本が二度と白人国家に戦争を仕掛けない国とするように、日本の法体系の改革と日本的精神、伝統の破壊を図ったものです。
関野通夫氏はWGIPを「遅発性の劇薬」と表現しています。
WGIPによる洗脳は占領下に留まらず、いまなお日本人を洗脳の呪縛下に置いているのです。
《GHQのよる間接統治の意味とは?》
書籍『日本人を狂わせた洗脳工作』より引用
GHQの政策実施は、重要な部分は、日本政府を通した間接統治によって行われ、多くの日本人に、自分たちが自主的にやったと錯覚させることで、絶大な効果を発揮しました。
〈占領期間の統治方法〉
GHQによる占領期間の統治方法は、間接統治に他なりません。つまり、直接手を出して日本国の改革をするのではなく、当時の日本政府を通して占領政策を実現していったのです。
これを理解しないから、「日本国憲法を作ったのは日本人」という間違った価値判断がでてくるのです。
要するに、日本政府を前面に立て、GHQは背後に陣取って政策等を操ったのですが、手を動かしている主体は、日本人自身だと“錯覚させた”のです。
この重要な意味は、GHQによる占領革命(占領政策)が、「日本人が自ら自主的におこなったと日本国民に錯覚させること」なのです。いわゆる騙しの高等テクニックです。
《戦勝国による敗戦国の法体系変更は国際法違反》
書籍『日本人を狂わせた洗脳工作』より引用
日本国憲法は、戦勝国は敗戦国の法体系を変えてはいけないとする、ハーグ陸戦条約に明白に違反している非合法なものです。
〈国際法違反の論調が消えていった理由とは?〉
日本国憲法の草案を作成したのはGHQです。
それを一旦日本人に見せて(検討させて)多少の手直しをさせて、施行したのが現在の日本国憲法です。
ここに詐術があります。
最初から最後までGHQが憲法制定を勧めるのではなく、途中で日本人を巻き込むことで、あたかも日本の意向が含まれている、または日本人が受け入れた、と誤解するような方法を取っているのです。
しかし、草案を作成したのは紛れもなくGHQであり、それ自体が国際法違反です。
GHQは、あたかも日本の国会が自主的に議決し、日本国憲法を制定したようにしていますが、それはすべてGHQの完全な言論統制下(占領下)で行われたことなので、日本に抵抗する術はなかったのです。
それを称して「日本人が国会で議決して施行した」などというのは、国際法の無知であり、“愚かの極み”でしかありません。
実際は、プレスコードがメディアに対して「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」を厳禁しています。
それによって日本の言論世界から「戦勝国が敗戦国に憲法を押し付ける」という国際法違反の論調が姿を消してしまったのです。
〈ハーグ陸戦条約とは?〉
『ハーグ陸戦条約』とは、戦時国際法と呼ばれるもので、戦争のやり方、交戦の定義、宣戦布告、戦闘員・非戦闘員の定義、捕虜・傷病者の扱い、使用してはならない戦術・兵器、降伏、休戦などが規定されている国際法です。
1899年にオランダのハーグで開かれた万国平和会議において採択された「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」及び「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」のことです。
別名「ハーグ陸戦協定」「ハーグ陸戦法規」とも呼ばれています。
要するに、戦争のルールを定めた国際的なルールのことです。
『ハーグ陸戦条約(国際法)』
ハーグ陸戦条約第43条
国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない。
要するに、戦争の勝利によって敵国を占領したとしても、占領中に占領地(敗戦国)の法体系を変えてはならないという国際法。
つまり、ハーグ陸戦条約第43条によって、「軍事占領中に占領軍の手によって憲法を新たに作成(制定)する行為を禁止(違反行為と)」しているのです。
国際法上は、「宣言(又は受諾)」は戦争状態の終了を示すものではなく、講和条約(平和条約)等の発行によって戦争が終了する、というのが国際法上の正式な考えです。
ですから、『サンフランシスコ講和条約』又は『サンフランシスコ平和条約』の発効日である1952年(昭和27年)4月28日が正式(国際法上)な終戦の日となります。
(調印は1951年9月8日)
1952年(昭和27年)4月28日とは、GHQによる占領が終り、日本が主権を回復した日です。
それ以前の状態(日本国憲法の制定時)は、国際法上休戦状態であり、終戦ではないのです。
ポツダム宣言の受諾は終戦ではないため、ハーグ陸戦条約は有効である。
日本人は「敗戦」と「終戦」の区別がついていない人があまりにも多すぎる。
日本国憲法はGHQによる占領期間中に制定されたものであるので国際法違反(ハーグ陸戦条約違反)となります。
たとえ休戦状態であっても終戦ではないので国際法は有効であり、軍事占領下での憲法改正は国際法違反となります。
国際法の正式な終戦とは、「講和条約(平和条約)」の発効日です。
ですから、GHQ占領期間は、終戦にあたらず、国際法の効力は有効です。
(この論点は【国際法編】でも語る)
《日本国憲法は日本の憲法研究会の「草案」が参考とされているから日本製?》
日本国憲法は日本の憲法研究会が発表した「憲法草案要綱」をGHQが参考として制定したものであるから、“押し付け”ではない?
GHQが草案起草にあたって国内外の憲法案等を参考にしていたなかに日本の自由民権思想の研究者であった鈴木安蔵らの憲法研究会が提出した草案があったので、日本側の意思が入っていると見ることが出来るため、“押し付けられた憲法”ではない?
日本の憲法研究会の内容が一部反映されているから軍事占領下に制定された憲法が押し付けではない、という主張にはあまりにも論理の飛躍がありすぎます。
「草案の一部に日本の憲法研究会の憲法案が参考にされたこと」と「軍事占領下での新憲法制定に正当性があるかどうか」は別の問題です。
マッカーサー草案は日本のみならず複数の国の憲法を参考にして作成されたものであり、だからといって「押し付けではない」という反証とはなり得ません。
《占領政策の本質とは?》
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
占領政策を別の角度から見れば、それは日本の伝統文化を破壊し、日本人から歴史を奪い取る行為でした。
~中略~
本書で「義眼」といっているのは、戦争の勝者である連合国・占領軍が敗者である日本を裁いた目のことです。戦後の日本は自分の目を失い、占領軍によって与えられた目で物事を見、判断するようになってしまいました。
〈義眼=毒水〉
高橋氏が「義眼」と言っているのは、日本人が日本人としての文化や歴史観から見ることではなく、戦勝国の人たち(GHQ等)の価値観・歴史観で日本を裁き、なおかつ戦後の日本社会を規定したことを意味しています。
つまり、日本人は日本人としての「目」を奪い取られ、GHQが日本人にはめ込んだ「義眼」によって社会を見たり、価値判断しているということです。
表現は違いますが、これは私が言っている「毒水」のことです。
この「義眼」あるいは「毒水」こそが、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)なのです。
GHQによる占領政策の思想の源流に迫る
《WGIPの源流とは?》
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
このウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを日本人に対して行う源流となったのは、ルース・ベネディクトの著した『菊と刀』に代表される「日本人の国民性」論、日本文化論でした。それがそのまま占領軍の目となったのです。
〈ベネディクトの日本分析は偏見に満ちている〉
ベネディクトが示した「菊」とは日本人の持つ審美的傾向であり、「刀」とは好戦的な軍国主義を象徴したものです。
つまり、西洋とは違った美の価値観を持ちながら、非常に戦いが好きな性質を日本民族が持っているとベネディクトが分析したということです。
実はベネディクトの『菊と刀』に示された日本人観は中国人にも影響を与え、同じ視点で日本人を見ているのです。
ベネディクトが抱いた日本分析は、伝統的な価値観を持っている日本人から見れば明らかに「偏見」でしかありません。この偏見を受け継いだGHQが「日本人は好戦的で侵略者」と裁くことは自明の理でしかありません。
このベネディクトの価値観を哲学者の和辻哲郎はこう指摘している。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
「(『菊と刀』は)国粋主義的軍人の型を論じているのであって、日本文化の型を論じているのではない」
つまり、日本の中の一部(国粋主義的軍人の姿)を日本全体の文化・性質として規定したことが間違いであるということ。
また宗教学者の山折哲雄氏は以下のように語っている。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
『菊と刀』について「アメリカの戦時情報局(OWI)のためにおこなった政策研究」であり、「重心を低くして、ひそかに獲物にねらいを定めていた」「戦闘的な政治学の論文」の「粉飾の背後に隠された未来の意図」に注目する必要があると鋭く指摘しています。
アメリカという国は、戦争終結以前から日本国の文化や民族性を研究したり、暗号を解読したりしていました。また戦時中にすでに占領政策の準備を進めています。
かたや日本はというと、そうした総合的な戦争が苦手な国家であったことは間違いないでしょう。戦闘(戦い)には強いが総合的なマネジメント、長期的な展望、将来への布石などを行うほどの国力とそうしたことへの意識が日本にはありませんでした。
これは「兵法」の違いといってもいいかもしれません。
孫子の兵法では、敵対する勢力の分析は欠かすことができません。これは相手を知り、相手に合わせた戦い方をするという兵法ですが、日本人は相手が誰であろうと正々堂々と正面から打ち破るというような兵法を使うように見えます。
(西洋人には、孫子の他にクラウゼヴィッツの『戦争論』も影響していると思われます)
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
ベネディクトの「日本人の国民性」研究は対日政策に非常に大きな影響を持ちました。それは戦前・戦中・戦後にわたるアメリカの「日本計画」のベースとなり、OSS(戦略諜報部)、OWI(戦時情報局)の対日政策、CIE(民間情報教育局)による戦後日本の教育改革に受け継がれていきました。
要するに、アメリカという国は、対日政策のために「日本人の国民性」を研究していたということであり、その教科書がベネディクトの『菊と刀』だったということ。
日本における戦後教育とはベネディクトの描いた日本人観がその根底にあるのです。
〈2つのプロパガンダ〉
しかし、ベネディクトの日本人分析には基があります。
それはイギリスの社会人類学者ジェフリー・ゴーラーの論文『日本人の性格構造とプロパガンダ』と、要約版の『日本文化におけるいくつかのテーマ』です。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
アメリカ政府はその前年の7月にCOI(情報調整局)を設立し、同年12月から翌年6月にかけって、対日心理戦略すなわち「日本計画」という日本打倒のプランを準備していました。この「日本計画」の基礎となったのが、ゴーラーの『日本人の性格構造とプロパガンダ』です。
1942年6月、「日本計画」を立案したCOI(情報調整局)は「OSS(戦略諜報部)」と「OWI(戦時情報局)」に分かれる。これは役割を分割(役割分担)したということ。
OSS(戦略諜報部)は、「ブラック・プロパガンダ」という情報の出所が非公然で偽のメッセージを使った敵国への宣伝活動を担当し、OWI(戦時情報局)は「ホワイト・プロパガンダ」という情報源が明らかな広報的宣伝を担当することとなった。
日本人は知るべきでしょう。
白人国家は、この「プロパガンダ」が非常に得意であり、常時使用していることを。
しかし正直者の日本人は逆に苦手なのです。
これは武士道精神が日本の文化・価値観などを通して民族性に昇華されたことに起因している。例えば、日本の国技は相撲ですが、お相撲さんはふんどし以外は裸で取り組みをしますが、これは何も隠していることがないという精神性の現れでもあり、その戦い方に見られるように正面からお互いがぶつかり合って戦います。この相撲に日本民族の戦い方の精神性を見ることができます。
表の「ホワイト・プロパガンダ」と裏の「ブラック・プロパガンダ」、つまり出所がはっきりしている情報を扱った情報操作(プロパガンダ)と“偽りの情報”による情報操作(プロパガンダ)という表と裏の両方から情報戦を仕掛けていたということです。
この二つはどちらかと言えば「ホワイト・プロパガンダ」を表面あるいは前面に出し、その陰に隠れるようにあるいは相対するように「ブラック・プロパガンダ」を出して攪乱または情報操作(洗脳)し、情報戦を有利にもっていくものです。
日本人にわかりやすく言えば「本音と建て前」と言えば理解が進むかもしれませんが、そんな生易しいものではないです。
情報戦において、「ホワイト・プロパガンダ」と「ブラック・プロパガンダ」どちらに比重を寄せればいいのかと言えば、明らかに「ブラック・プロパガンダ」です。
「ブラック・プロパガンダ」は相手の思考を狂わせ、相手をミスリードし、敵対する者を内部から腐食させ、正常な判断を奪うからです。「ホワイト・プロパガンダ」は「ブラック・プロパガンダ」を隠す作用を持っているものです。
この「ブラック・プロパガンダ」は“嘘(偽り)”を使うものであり、その本質は「騙し戦術」なのです。
ですから「嘘」「偽り」「騙し」を見抜けないと相手の思う壺にハマってしまうことになります。こうしたことは日本の政治活動(与党や内閣のやること)でも常時使われています。
政治の世界においてお人好しは損をするのです。
何事も鵜呑みにするのではなく、持つべきは批判的思考であり、正常な猜疑心であり、白紙の目で見るものの見方なのです。
《日本の戦後教育改革を主導した組織とは?》
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
戦後の日本の教育改革を主導したのはCIE(民間情報教育局)という組織です。その中心的任務は「情報・教育」となっています。その方法として、このブラックとホワイト、二つのプロパガンダが使われました。
〈戦争とは?〉
アメリカ政府が日本研究のバイブルとしたのがベネディクトの『菊と刀』であり、ゴーラーの論文なのです。こうした日本分析の情報を対日政策の土台としたのです。
日本人は「戦争」というと兵器による武力衝突(軍と軍の衝突)を主に思い浮かべるでしょうが、それは戦争というものの実戦的部分のみを語ったものでしかないのです。戦争には必ず準備段階があり、前哨戦があり、内部破壊工作があり、その上で実際の軍事衝突が起き、その結果、戦後処理という戦争の目的を達するための“後始末”があるのです。
上記の内容に当てはめれば対日政策の作成、あるいは日本民族、日本国の研究こそが準備段階に該当し、前哨戦が思想戦・情報戦(プロパガンダ戦争)であり、同時に内部からの工作活動を行うことで戦いを有利なほうに持っていくということ。
戦い(戦争)とは情報戦を有利に展開した側が勝利者となるのです。
つまり、ベネディクトおよびゴーラーの論文とは戦で言うところの「参謀」の役割を担ったのです。
どちらが先かと言えばゴーラー論文がベネディクトに大きな影響を与え、それらがあいまって戦時情報局(OWI)の対日プロパガンダのバイブルとなったのです。
〈ゴーラーによる日本分析とは?〉
しかしベネディクトやゴーラーの日本分析は正しいのでしょうか?
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
また、ゴーラーは日本人の国民性の定義として、①原始的、②幼稚及び未熟で不良少年の構造に類似、③精神的・感情的に不安定、の三つをあげ、日本人は「集団的神経症」であるという偏見に満ちたレッテルを貼りました。
著者の高橋氏は、ゴーラーの日本人の分析は偏見と誤解に満ちたものだと指摘している。
これには私も同じ考えです。
もう少し踏み込むと、私の目には、ベネディクトとゴーラーがフリーメーソンなどの秘密結社の人間であると見える。
こうした発想は単なる人種差別思想ではなく、もっと深い闇の思想から来るものであると推察する。
著者の高橋氏によると、ゴーラーは日本人の「性差」「トイレット・トレーニング(用便の躾の訓練)」や「売春」などに深い関心を持っていたという。
上記の内容を、他民族の人間が別の民族の性質を研究するための材料とすることはそれ自体が歪んでいると言うしかない。人間の興味関心とはその人間の持つ人間性から来るものであると私は理解している。だとすると、「性差」「トイレット・トレーニング(用便の躾の訓練)」「売春」に深い関心を持ったゴーラーの中にそういった性質があるということになる。
日本人の方に聞きます。
ゴーラーが注目した「性差」「トイレット・トレーニング(用便の躾の訓練)」「売春」を以て日本人とは何かと分析することはできますか?
おそらく100人中100人が“できない”と回答するだろう。
ゴーラーという人物自体が歪んだ思想、価値観を持っているため、そこから導き出されるものも歪んだものとなって出てくることは自明の理となる。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
ゴーラーは侵略戦争の心理的背景と考えた日本人男性のサディスティックな攻撃性に深い関心を抱いていました。そして、その情報をアメリカの著名な政治学者であるハロルド・ラスウェル博士から得ていました。
~中略~
彼はロックフェラー財団から二年間の基金を得て、戦時コミュニケーション研究のための実験部を設立しました。
注:ハロルド・ラスウェル博士は丸山眞男に大きな影響を与えた人物でもある。
ゴーラーの研究費がロックフェラー財団から出ていたということが何を物語るのか、私の記事をお読みの読者ならば察しがつくでしょう。
つまり、ゴーラーの思想の土台がラスウェルの日本人の性格構造の分析であるということ。
ラスウェルはその論文で日本の男性をこう論じている。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
「日本人男性は儀式化された無表情の顔を持つ一方で、めそめそした酔っ払いという二つの相反する顔を持つ」
どんな人間にも複数の内面があるものだが、それが「儀式化された無表情の顔」と「めそめそした酔っ払い(の顔)」とは、いったい日本人の誰を、日本人のどこを見てそう判断したのか?
私には、ラスウェルという人物が持つ傲慢な人間性からくる間違った人種差別意識から日本人を分析しているとしか思えない。
付け加えるがこうした発想は秘密結社の思考と合致する。
〈間違った男尊女卑論〉
さらに指摘するとゴーラーやベネディクトに共通する日本分析で「男尊女卑」、「男性優位で女性は差別されている」という考えがある。
彼らからみれば、日本の女性は虐げられてきたという固定観念がある。
日本民族の宗教である神道では主宰神は「天照大神」となっている。天照大神は女性神であり、女性神を主宰神にもつ国家がどうして男尊女卑となるのか、摩訶不思議というしかない。
日本社会の実態は、夫を主人と呼び一家の柱とするが、家庭の中を取り仕切るのは妻(女性)であり、表では夫(男性)の面目を立たせるが、それは決して男尊女卑ではない。
日本文化特有の調和の精神であり、謙譲の美徳の精神の現れに過ぎない。
男女が競い合い、殺伐とせず、調和しあって暮らす知恵に他ならない。
男性は男性の特質を生かし、女性は女性の特質を生かして、共に協力して暮らす社会を形成することが日本社会であった。
ただし、明治期以降は女性の参政権がなかったので、そうした政治的側面から見れば差別と指摘されても仕方がないだろう。
しかし、「男尊女卑」とは、欧米社会にこそ根付いているものだと指摘する。
〈流れ込む偏見思想〉
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
この日本人の二面性という分析は、ラスウェルからゴーラーへと受け継がれ、さらにベネディクトの『菊と刀』に受け継がれて、占領軍の群生要員ガイドブックの中に入り込んでいくのです。
何が言いたいのかと言えば、GHQによる占領政策の根底にある日本人の情報分析が非常に歪んだものであり、その歪みの上に占領政策が存在するということ。
これは単純に歪んでいるだけの留まらず、人種差別が横たわっていると言える。
日本には原爆を2発も落としたのに、なぜ同じ枢軸国のイタリアとナチスドイツには原爆を落とさなかったのかと言えば、戦争状況も要因ではあるが、そこには白人と黄色人種という人種の違いがあることは誰が考えても明白だろう。
人種分析において、間違った着目点、偏見、人種差別を前提とする分析は正しい分析結果ではなく、歪んだ分析結果しか生み出さない。
人種差別を持った人間による分析は、傲慢さの極致と言える。
こうした精神作用が白人国家には存在することを日本国民は理解するべきだろう。
だからアジアなどの国家を植民地にしたり、南米では先住民族の文化を破壊したり、虐殺などを行うのだ。
第一次世界大戦後、「人種差別撤廃条項」を求めた日本人こそが人種差別のない世界を熱望した民族であることを日本国民は深く理解するべきだろう。
だが、彼らの目には、植民地支配を奪い、白人国家に立てついた日本人が許せなかったのです。白人国家ではない劣等民族であるはずの日本人の存在自体が白人国家への抵抗勢力としか映っていなかったのです。
ここに白人国家対日本民族の宿命と思える対立の種が生まれていたのです。
ゴーラーもベネディクトも日本における乳幼児期の厳しい用便の躾が「菊の優美と刀の殺伐」に象徴されるような日本文化の型、日本人の性格構造の矛盾(二面性)の原因だと決めつけている。
これを納得する日本人がいったいどれだけいるでしょうか?
私の予想では、ほぼゼロ(0)だと考える。
結局、西欧文化、欧米的価値基準から見る日本文化、日本の民族性が「異質(な敵)」と映ったのです。確かに日本の文化は西洋とはまったく別の文化であり、アジアの諸国と比べても同じような文化がありません。もちろん中国、朝鮮半島経由で仏教が伝わり、儒教を取り入れたりして他文化を吸収しましたが、単純に受け入れるのではなくそこに「日本化」がなされていくことで日本独特の文化・価値観を形成してきたことは間違いない。
〈日本擁護論〉
ただし、ゴーラーやベネディクトとは反対に日本擁護論とも言える主張をしている者がいる。
それは『日本の村 須恵村』の著者であるジョン・エンブリーという人物。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
エンブリーは、日本の軍国主義のルーツは、関税規制と島国的環境による天然資源不足にあるのであって、仮説とされているような内面的心理的欠陥によるものではないと考えた。
当時はアメリカで日本人排斥運動が起こり、ABCD包囲網と呼ばれる輸出規制(日本から言えば輸入規制)をされ、天然資源の乏しい日本国は生きるためにアジア諸国と結び付くことで資源を確保し、なおかつ欧米人の侵略から日本を含むアジアを守ろうと考えていた。
これこそが白人国家から日本が憎まれる原因となったものである。
エンブリーは、1950年に不慮の事故を装ってFBIに暗殺されたと高橋氏の著書にある。
闇の世界権力は、ありとあらゆる場所に魔の手を伸ばしている者たちであり、当然アメリカで言えばCIAだけにとどまらずFBIにも工作員(潜入者)を送り込んでいると言える。
ゴーラーやベネディクトの他にも偏見による間違った日本分析をしている人物に、マーガレット・ミード、その夫であるグレゴリー・ベイトソン、D・C・ホルトムなどがいる。
詳しく知りたい方は著書をお読みください。
問題は、ベネディクトらの日本人分析がOSS、OWIの政策立案者のみならず、占領軍スタッフ予備軍に大きな影響を与えたこと。
訓練教科書として使用された『民事ハンドブック――日本』の内容はベネディクトの講義を受けたスタッフが執筆したもの。この『民事ハンドブック――日本』が日本人の再教育・再方向づけのための教科書としての役割を担ったもの。
要するに、GHQによる占領政策の裏側にはベネディクトやゴーラーの間違った日本分析の考えが背景として存在しているということ。
《ポツダム宣言》
ポツダム宣言
第6項
日本国民を欺いて世界征服の道に着手させた者たちの権力と影響力は永久に除去されなければなりません。というのも、平和、安全及び正義という新秩序は、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまで実現不可能であると私たちは主張するからです。
第12項
これらの目的が達成され、日本国民の自由に表現された意志にしたがって平和的傾向があり責任のある政府が樹立されれば、すみやかに連合国の占領軍は日本から撤退するものとします。
ポツダム宣言第6項には、「日本国民を欺いて世界征服の道に着手させた者たちの権力と影響力は永久に除去されなければなりません」とある。
これは戦前の政治勢力および軍人のことをさすが、問題は「国民を欺いて世界征服を企んだ(の道に着手させた)」という部分です。
これは明らかに間違いであり、世界征服を企んでいたのは植民地支配をしていた白人国家であり、その背後に存在する闇の世界権力です。
この異常な偏見が間違った日本分析から来ることは自明の理です。
いつ、いかなる方法で日本国が「世界征服」を企んだのか連合国側は正当な証拠を以て証明するべきでしょう。
「日本国民の自由に表現された意志にしたがって平和的傾向があり責任のある政府が樹立されれば」ということが占領を終了する一つの条件ですが、これは完全に破られています。
GHQは日本政府を通して占領政策をする間接統治方式を取っていたが、ここに国民の自由意志が介在する余地はほぼない。
ポツダム宣言の第12項は別の論点でもでてくるので覚えておいてください。
【WGIP編②】につづく
参考書籍
書籍名:『日本人を狂わせた洗脳工作』
著者名:関野通夫
出版社:自由社ブックレット
書籍名:『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』
著者名:高橋史郎
出版社:致知出版社
書籍名:『閉ざされた言論空間』
著者名:江藤淳
出版社:文春文庫
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

