【日本国憲法の源泉編のはじめに】
はじめに伝えます。
この【日本国憲法の源泉編】こそが本記事の本丸であり核心部分です。ですからこの【日本国憲法の源泉編】を読めば、日本国憲法が「押し付け」であるかどうかの結論がはっきりと見えます。同時に日本国憲法の正体も見えます。
「日本国憲法は押し付けではない」「日本国憲法は日本人(憲法研究会)が作った草案が土台となっているから日本製」などと主張している人物の根拠は完全に崩れ、後に残るのは己の“愚かさ”だけとなるでしょう。
はっきりと言えば、護憲派の言う「日本国憲法は押し付けではない」「日本国憲法は日本人(憲法研究会)が作った草案となっているから日本製」と喧伝している人の中に工作員が潜んでいると睨んでいます(全員ではない)。その影響を受けた愚か者と協力者たちが間違った主張を繰り返していると思われます。たいていの場合その人たちは「左翼」です。
ただし、“改憲”を実現しようとしている自民党などの政党は明らかに日本国民を守ろうとしているのではなく、他国の思惑に従って日本を破壊していると私は判断しています。
国民が望んでいない憲法改正、日本国民から自由と人権を奪う憲法改正は「改正」ではなくただの「改悪」に過ぎません。
そこに日本国の安全も国民の幸福もありません。
ただただ背後に存在する者たちのビジョンを実現しようとしているだけです。
問題は「公然たる陰謀方式」を使用しているため、大多数の国民が誤解していることです。
一部の真実を探求(追求)している人たちが民主主義、国民主権、自由と人権を守る戦いを展開していますが、自民党、維新の会、国民民主、参政党などの改憲派は国民のことなど本当は微塵も考えていないのです。
何度も言いますが、「日本国憲法は押し付けではない」「日本国憲法は日本人(憲法研究会)が作った草案が土台となっているから日本製」と喧伝している人の論理は「切り取りの詐術」以外のなにものでもありません。特定の情報を切り取ってなおかつ拡大解釈し、逆にそれ以外の情報を完全に封印しています。そうでなければただの無知です。
その手法はまさにプロパガンダ以外の何ものでもない。
あるユーチューバーは「日本国憲法が押し付けであるというのはデマである」などと主張していた。呆れるのを通り越して“怒り”を感じています。
何がデマなのかはっきりさせましょう。
本編を読めば、「日本国憲法は押し付けではない」「日本国憲法は日本人(憲法研究会)が作った草案が土台となっているから日本製」という主張がデマであることが骨身にしみて理解できるでしょう。
【日本国憲法の源泉編】は、これまで私が書いてきた記事の中でひとつの編としては最大のもの(11記事)となっています。読むのに少々骨が折れるかもしれません。順番に読んでもいいし、興味のある記事から読んでもいいです。
「日本国憲法は押し付けではない」「日本国憲法は日本人(憲法研究会)が作った草案が土台となっているから日本製」という主張をしている人は当然ながら、自民党の憲法改正に反対している保守の人たちも読むべきでしょう。護憲派も改憲派もこぞって読むべきでしょう。
参考書籍は、『日本国憲法を生んだ密室の九日間』『知られざる日本国憲法の正体』『日本国憲法の誕生』です。
マッカーサー草案へのプレリュード(前奏曲)
《GHQによる占領政策を知らなければ日本国憲法の真実も見えてこない》
おそらく日本人のなかに日本国憲法の草案(GHQ草案)が終戦後の1946年2月4日から12日のわずか9日間で作成されたことを知らない人も多くいると思われる。
日本国憲法の土台は明らかにGHQ草案(マッカーサー草案)であり、草案を書いたのはGHQ民政局の25人のメンバーであることは歴史的事実なのです。
GHQ草案の土台となったのが日本の憲法研究会の草案だという主張は誇張以外の何ものでもありません。その論調は卑怯なほど拡大解釈されています。かつ他の要素を完全に排除しています。
先に指摘しておきます。日本の憲法研究会の草案は確かに参考情報となりましたが、決してGHQの草案メンバーは憲法研究会草案を土台にして(GHQ)草案を書き上げたのではありません。
そしてその制定においても国際法違反をしています。
日本国憲法の制定に関して考えるならば、GHQによる占領政策を知らなければならないのです。GHQによる占領政策を知らなければ日本国憲法の真実も見えてきません。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
GHQがその実態を完全に秘密にしたまま、これほどまでに急いで他国の憲法を書くに至った動機は何だったのか? その原因は、日本側の対応にあったといえる。
連合国最高司令官マッカーサー元帥は、日本進駐早々、日本政府に対して、憲法改正について早急に検討するように求めている。しかし、幣原内閣が設置した松本丞治国務大臣を長とする憲法問題調査委員会の作業は遅々として進まず、いわゆる甲案、乙案なる日本側の憲法草案ができるのは、1946年の正月になる。
この先で詳しく示すが、日本側の憲法改正案の内容は、あまりにも保守過ぎたものであり、ポツダム宣言の示す内容を満たしておらず、お世辞にも改正案とは呼べないものでしかなかった。それが意味することとは、ポツダム宣言が示す占領終了の条件を満たさないだけではなく、日本国が占領後も戦前と同じ国家体制を維持するということを意味していた。つまり、GHQが目指す「民主化」にはほど遠かったということ。
さらに急いで(たった12日間)草案を作成した理由がある。
それは後述する。
重要なことは、GHQ側から日本政府に対して「憲法改正の指示(正確には示唆)」があったこと。ならびになぜか日本政府の憲法草案は破棄され、いつの間にか民政局で草案が作成され、GHQ草案が日本国憲法の土台となったこと。この矛盾する出来事には理由がある。
この理由を知らずして護憲を語るなかれ。
《日本国憲法は夢のデザインだった?》
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
いずれにしろ、当時、米国でも最も知的な集団に属していた二十五人の執筆者たちは、占領者の立場ではあったが、純粋に戦争のない世界を夢み、人権の大切さを憲法に定着させようと試みた人たちであった。
~中略~
彼らは、理想の民主主義国家の憲法を書こうと試みたのである。日本国憲法は、夢のデザインだった。
〈純粋さの奥に隠された悪意〉
純粋に戦争のない世界を夢み、人権の大切さを憲法に定着させようと試みた人たち
確かに明治憲法下では制限されていた自由と人権を憲法に入れ込んだことは、現代に生きる日本国民として感謝に堪えない。だが、「純粋に戦争のない世界を夢み」という部分は二重箱になっていることに現代人は気がつくべきだろう。
執筆者である各委員会のメンバーたちは純粋な気持ちを持っていただろうが、その奥に隠された真の狙いは「日本の軍事力を無にする」、つまり「日本国が再び白人国家に立てつかない、白人国家のやることに対して軍事力をもって邪魔しない」という悪意が潜んでいる。
この二重性を見抜くことが非常に重要なのです。
理想の民主主義国家の憲法を書こうと試みたのである。日本国憲法は、夢のデザインだった
前出で示したように執筆者たちは「一国の憲法を起草する」という本来ならあり得ない立場を与えられたことに奮起し、それぞれが理想と信じる憲法理念を条文化したことは間違いない。だが、日本国憲法は決して夢のデザインではない。
それどころか主権国家(他国に従属しない独立国家)としての手足をもぎ取り、なおかつ“不完全な民主主義憲法”を起草した。これが私の日本国憲法(GHQ草案)への評価だ。
日本人の99.9%が日本国憲法を“不完全な民主主義憲法”と考えていないだろう。これを【最終結論編】において示す。それまでお待ちください。おそらくその内容を知れば、納得いくでしょう。
《戦時国際法違反》
『ハーグ陸戦条約(国際法)』
ハーグ陸戦条約第43条
国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
戦勝国の奢りと傲慢さをハーグ陸戦法規は固く戒めている。その禁を犯してまで、マッカーサーが民族自決の原点である憲法の改正に手を出すに至ったのはなぜか?
〈ハーグ陸戦条約第43条の正しい理解〉
参考書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』の中に「その禁を犯してまで」とあるように、占領国(占領国)が、その占領期間に当該国家の法体系を変更することは戦時国際法であるハーグ陸戦条約(法規)によって禁止されている。
しかし、左翼のほとんどがこの部分を屈解している。それが意図的か知的解釈力を持たないからなのかは分からないが、上記のハーグ陸戦条約第43条を読めば、占領期間に当該国家の憲法を改正することは国際法違反となることは簡単に理解できるはず。
これについては【国際法編】で詳しく語る予定だが、ここでは「日本国憲法制定(改正)は国際法違反ではない」と屈解している人たちに対して重要なことを指摘することに留める。
ハーグ陸戦条約第43条の一部を取り出す。
「国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して」
この二行の中に「占領」という文言が3度も出てくる。
「日本国憲法制定(改正)は国際法違反ではない」と屈解している人たちの論理は、占領期間は戦闘状態ではないからハーグ陸戦法規(条約)に該当しないというもの。休戦中(終戦後)には適用されないというもの。
しかし43条では占領期における占領者側の禁止行為を規定している。
要するに43条は戦闘状態ではなく、占領期間の戦勝国(占領者)による占領地(占領されている国家)における法体系の変更を諫めているのだ。
これがなぜ「ハーグ陸戦条約は戦闘状態を規定するものだから占領期間は該当しない」という屁理屈が成り立つのか。正直、そうした主張をしている人の知性を疑う。
マッカーサーの日本改造プログラムとは?
《暫定的なドイツ連邦共和国基本法(憲法)》
日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国のドイツでは、日本より遅れて1949年5月24日に「ドイツ連邦共和国基本法(憲法)」が施行された。これは当時のドイツが米、英、仏、ソ連の4か国に分割占領されていた状況が影響されたと考えられる。
「ドイツ連邦共和国基本法(憲法)」の前文には「過渡期のあいだ国家生活にひとつの新しい秩序を与えるために、その憲法制定権力に基づいて」制定されたものであることを明記している。その第146条で、「ドイツ国民が自由な決断で議決した(統一ドイツの)憲法が施行される日に、その効力を失う」と記されていた。つまり、戦後のドイツの憲法(基本法)が暫定的(条件付き)な施行を認めているものであり、ドイツ国民全体の意思によって起草された憲法ではないことを「基本法」という名称を使用することで示している。
同じ敗戦国である日本では、たった9日間という超短期間で憲法草案が(GHQによる)作成されねばならなかったのか?
しかも、ドイツとは違い暫定的な憲法ではなく、改正の難しい憲法として施行されねばならなかったのか?
この謎を解くには日本占領の最高責任者であるマッカーサーについて知ることが近道となる。
マッカーサーは、腹心であるホイットニー准将に日本で実行しなければならない事柄を膨大にメモさせている。
〈マッカーサーの日本分析とは?〉
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
軍事力の破壊、国民を代表する政府の確立、婦人の参政、政治犯の釈放、農民の解放、戦争犯罪人の処罰、自由な労働運動の育成、自由経済の促進、警察弾圧の排除、言論の自由と新聞の育成、教育の自由化、権力の中央集中の排除などなど、日本占領政策の重点項目すべてである。
初期占領期に来た米軍将兵(GHQ)たちが描いていた日本像は、神がかった天皇を中心とした封建制国家、天皇イコール国家、日本国民である農民、労働者、商人が抑圧されている、人権は存在しない、思想信条・言論・教育の自由が無い、世襲的独裁によって支配される組織によって搾取されている、その独裁組織は軍閥・財閥・官僚によって動かされている、というもの。
こうしたアメリカ人による日本分析が占領政策の基礎の基礎であり、憲法改正の指針となっていった。
事実、当時、グルー大使、ボートン博士らの知日派の分析を基にした占領要員の訓練のための映画「わが敵日本人」には上記の日本像が描かれていた。
日本占領を成功させるには、日本を戦争に駆り立てた古い社会の仕組みを根本から改造しなくてはならない。
マッカーサーは、1945年9月2日のミズーリー号の降伏調印式で以下のような発言をしている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ポツダム宣言によって、日本国民が奴隷状態から解放される事を実現すると約束した。私の目的はこの約束をできるだけ早く達成することである。
マッカーサーから見た日本とは一部の特権階級(軍閥・財閥・官僚)によって国民を奴隷状態とする国家という国家像を描いていたことがわかるだろう。
だが、ある意味では、その通りとも言える。
(ただし、日本国民は奴隷などと思っていなかった)
これが天皇制国家の弱点(欠点)でもある。
天皇を中心とする国家体制は、軍部が大きな権力を持ち、それに準じて警察組織が国民を虐げる力を持っていた、その反面統治機関であるはずの政府には広範囲で強力な権限が欠けていた。これは戦争になれば強力な国家力を発揮する長所となり、平時には国民の自由と人権が制限される欠点となる社会であったことは紛れもない事実だろう。
天皇と国民(臣民)は、信仰(天皇を神として敬う忠義心)によって成り立つ国家であり、反面天皇の側近が権力を持つことになり、国民の意思や自由が置き去りにされ、代わりに忠義心を求められた社会であった。
ただマッカーサーの言う「奴隷状態」には、異議を唱える。
そもそも日本国には「奴隷」なる存在は明確に存在せず、逆に日本以外の国家には明確に「奴隷」なる存在があった。つまり、奴隷制がある国家から見た国家像であり、それは日本の正しい国家像ではないと言える。
《天皇が戦争戦犯にならなかった理由とは?》
天皇が戦犯とならなかった理由は何か?
よく言われているのが、昭和天皇がマッカーサーを訪問した際に発した昭和天皇の言葉に感動したからと伝えられている。つまり、天皇の徳高い人間性に感銘したため、天皇を守ろうとしたということ。だが、それだけだろうか?
マッカーサーはホイットニー准将に「日本軍の武装解除が驚くほどスムーズに行われた理由が天皇の力にあった」ことを語っている。
昭和天皇がマッカーサーを訪問した直後の10月2日、秘書のフェラーズ准将からマッカーサーに、覚書が提出されている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
無血侵攻を果たすにさいして、われわれは天皇の尽力を要求した。天皇の命令により、七百万の兵士が武装を放棄し、すみやかに動員解除されつつある。天皇の措置によって、何万、何十万もの米国人の死傷が避けられ、戦争は予定よりもはるかに早く終結した。したがって、天皇を大いに利用したにもかかわらず、戦争犯罪のかどにより彼を裁くならば、それは、日本国民には背信に等しいものであろう。(中略)もし、天皇が戦争犯罪のかどにより裁判に付されるならば、統治機構は崩壊し、全国的反乱は避けられないであろう。
(資料 日本占領1―天皇制― 大月書店刊)
〈占領軍は天皇を利用した?〉
アメリカは以前から日本文化、日本の統治原理を調査・研究している。それは天皇と国民の関係を理解しているということになる。
注目すべきは「占領軍が天皇を“利用した”」ということ。これはもし天皇を戦争犯罪人として裁判にかけてしまえば、いかに占領軍といえども占領自体が国内の反乱によって崩壊し、駐留している軍隊は再び戦闘状態となり、当然負傷者がでる。占領後の反乱を防ぐために本国からの増援を求めなければならない。ここにマッカーサーの本心がある。
これ以上米軍の負傷者を出さないこと、増援部隊を求めずに占領を成し得ること。これこそマッカーサーが最良と考える占領における作戦だった。よって、日本国民の恨みや怒りを最小限に抑え、なおかつ占領政策を成功させるために、天皇という存在を利用したということ。
《近衛への憲法改正の示唆》
マッカーサーが連合軍最高司令官として厚木に降り立って、民政局によって憲法草案が起草されるまで(1945年初秋から46年2月)の日本政府側の憲法改正の流れを見ていく。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
マッカーサーが初めて憲法のことを口にしたのは、1945年の10月4日。東久邇内閣の副首相であった近衛文麿が訪れた時である。政府の組織や議会の構成について意見を承りたい、と近衛が切り出したのに答えて、
「第一に憲法は改正を要する。改正して、自由主義的要素を充分取り入れねばならぬ。第二に議会は反動的である。これを解散しても現行選挙法の下では、顔ぶれは変わっても、同じタイプの人間が出てくるだろう。それを避けるためには、選挙権を拡張し婦人参政権と労働者の権利を認めることが必要だ」
このときマッカーサーが近衛に示唆したことは、明治憲法の改正、政治体制の自由主義化、婦人の参政権および労働者の権利の保障ということ。
重要なことは、この時点で日本政府側は大幅な憲法改正は考えていないこと。当然ながら国家の主権が天皇から「国民」に移る憲法改正など微塵も持ち合わせていなかったこと。青天の霹靂とはこのことだろう。
これがGHQ(実質的にマッカーサー)による憲法改正に向けた動きの最初の出来事だった。
近衛は副首相でなくなる寸前の8日、アチソン政治顧問を訪ね、アメリカ(GHQ)が考えている憲法改正の要点を聞き出している。
これを受けて、木戸内大臣と相談し、憲法改正作業を内大臣御用掛として近衛が行うことにする。そこで実務作業を佐々木惣一京大教授に依頼する。
翌9日、天皇に拝謁して、憲法改正について報告し、11日に御用掛に任命され、本格的に憲法改正作業に入る。
〈憲法問題調査委員会の設置〉
しかし11日にもう一つの憲法改正の動きが始まっていた。
新しく首相に就任した幣原喜重郎首相がマッカーサーと会談し、憲法の自由化を含む五大改革を指令される。
五大指令とは、
1.婦人解放
2.労働組合の助長
3.教育の自由化、民主化
4.秘密的弾圧機構の廃止
5.経済機構の民主化
幣原首相は、10月13日、急遽松本丞治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委委員会の設置を決めている。この時点では前政権の近衛による憲法改正作業と現政権である幣原首相率いる委員会の2つの憲法改正作業が並行して存在する事態となった。
このとき松本丞治国務大臣は以下のような談話を発表している。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
憲法改正は重要な国務である。政府が調査し、大権の発動に輔弼申し上げるのが、国務大臣の責である。
この発言は、明らかに先行した近衛に対する挑戦状であり、正当性を主張しているものであろう。
ここで見落としてはいけない重要な論点は、幣原内閣側の憲法改正作業を行う組織の名称が「憲法問題調査委員会」であること。
お気づきになりましたか?
マッカーサーの意を組んだならば、「憲法改正委員会」となるはず。だが松本丞治国務大臣を長とする委員会の名称は「“憲法問題調査”委員会」なのです。憲法を改正するための委員会ではなく、憲法に関する問題を“調査する”委員会だということです。
つまり、憲法改正を真っ正直に捉えず、本気で大改革(憲法改正)をしようとはこの時点で考えていなかったということです。この日本側(日本政府)が憲法改正についてどう考えていたのかということは日本国憲法が「押し付けであるか否か」にかかわるものです。
こうしたことを丹念に調べることが「日本国憲法制定が押し付けであるかどうか」を判断する材料なのです。なにげない出来事や情報を見落とすと、正しい判断ができなくなるのです。
〈明治憲法改正の障壁〉
大日本国憲法(明治憲法)を改正するためには第73条がかかわってくる。
大日本国憲法第73条
将来この憲法の条規を改正するの必要ありたるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すべし
(本来はカタカナ表記だが、現代人には読みづらいので、こちらでひらがな表記とした)
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
憲法改正は、天皇によって発議して初めて議会で審議ができることになっていた。
つまり日本国における憲法である大日本国憲法(明治憲法)を改正するためには、天皇による勅命が必要でその後、帝国議会で審議する流れとなっている。
これはあくまでも憲法を「改正」する方法であり、日本国憲法はあくまでも大日本国憲法を改正したという手続きとなっている。GHQは大日本国憲法を廃し、同時に新しい憲法を制定するというやり方を取らなかった。ここに憲法制定(憲法改正)の秘密が隠れている。
あくまでもGHQは、憲法改正にこだわった。その理由は「憲法改正は日本人が日本人の自由意志に基づいて行ったもの」と“したかった”からに他ならない。
この論点は別のところでまた語る。
《天皇制の存続を国民が肯定するか否定するのか?》
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
しかし、近衛、佐々木は、箱根にこもって新憲法の作成に没頭する。その間中、高木はGHQと接触を保ち、アチソン政治顧問のスタッフであるエマーソンから、のちにSWNCC-228となるアメリカ側方針の骨子を入手する。つまり天皇制の存続は国民が肯定するか否定するかによる、もし肯定するとしたらさまざまな制限が必要だ、という原則が書かれた文書である。
〈マッカーサーによる手のひら返し〉
マッカーサーが最初に憲法改正を示唆したのは近衛だったが、直後に内閣が入れ替わったこと、それと近衛に戦犯容疑が持ち上がったことによって梯子を外された。これを手のひら返しと呼ばずしてなんというか。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ところが、11月1日になって、GHQは、「近衛は、連合国当局によってこの目的(憲法改正)のために選任されたのではない。近衛公は、首相の代理としての資格において、日本政府は憲法を改正することを要求されるであろう旨通達されたのである。
1945年10月26日の「ニューヨーク・タイムズ」では以下のような内容を伝えている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
近衛のようなものに、日本の新憲法草案起草の音頭をとらせ、そうして日本の将来の計画を立てさせることは、彼を許すばかりでなく、彼に公的承認を与えることになる。それは奇怪な話である。
近衛を現在の地位にとどまらせることは、日本の降伏後の極東に起こった自体の中でもっとも危険なものであろうし、われわれが犯した最悪の失策であろう。それに比べれば、天皇の存在などは些細なことである。
近衛は太平洋戦争といまでは呼ばれる戦争が開始される直前に内閣総理大臣(第34・38・39代)を務めた人物。(開戦時の首相は第40代東條英機)
上記のニューヨーク・タイムズの記事は近衛に対して恨みや憎悪が満ち満ちている。
公家の名家に生まれた近衛だが、そうした家柄はGHQには何の価値もなかったのだろう。
11月22日、近衛は天皇に憲法改正「近衛案」を報告するが、その直後に戦争犯罪容疑者として出頭を命じられたが、12月16日に服毒自殺を遂げてしまう。
GHQは、「手のひら返し」をしたことも、戦犯容疑をかけたことにも罪悪感をいまだに抱いていないと思われる。
《憲法問題調査委員会の動き》
近衛側の憲法改正の動きは近衛がこの世を去ったことで消滅したが、もう一方の現日本政府による憲法問題調査委員会はというと、1945年10月25日に組織され、翌年2月2日までに7回の総会と15回の調査会が持たれている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
この委員会の推進役は、松本の他、美濃部、宮沢であったが、当初の流れでは、「暫定憲法の存在は考えられる」としながらも「憲法の改正を軽々に実施するは不可なり」といった意見が大勢を占めていた。
幣原内閣が設置した憲法問題調査委員会は、マッカーサーによる憲法改正の示唆を受けて、とりあえず何らかの動きを見せる必要性に迫られて委員会を設置したが、その内容は上記の通り、「憲法の改正を軽々に実施するは不可なり」であった。つまり、日本政府側としては天皇に主権がある憲法および天皇を中心とした国家体制を大幅に変える意思はなかったのである(この時点で)。
これは年が明けた1946年2月13日まで続いている。
この「日本側が憲法を改正する意欲を持っているか否か」ということは、「押し付けかどうか」と直接関係がある。日本側が憲法の改正を望んでいないにもかかわらずGHQ側が独自に起草した草案を日本政府に提示して、改正するよう求めたならば、それは日本側の意思を無視したことであり、それを「押し付け」と呼ばずしてなんというのか。
勘違いして欲しくないのは、ここで言っていることは、憲法改正の動きを客観的事実に基づいて分析していることであり、日本国憲法の内容そのものが良いか悪いかという判定をしているのではないこと。
保守と名乗る人たちの大部分は日本国憲法の内容と制定過程における正当性をくっつけて判断している。だが、憲法改正の正当性と日本国憲法の内容そのものは分けて考えるべきである。これが出来ないから「日本国憲法は日本人が作った“から”、護るべきだ」という妙な論理となる。
《明治憲法の欠陥とは?》
GHQ民政局運営委員会のメンバーであるマイロ・ラウエル中佐が「明治憲法のどこに欠陥があるのかという観点から分析せよ」という命令を受けて提出した報告書には以下の内容がある。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
その報告書は、過去20年に渡り軍国主義者が政治を支配し得た原因には、数多くの職権乱用があったとし、自由主義的傾向にある憲法の権威者たちと会議を重ねて、この点を調査することが必要であると提案している。
a.個々の市民の権利が実効性を持って保障されていないこと
b.天皇に助言を与える地位にあるが、国民の意思には責任を負わない憲法外の機関が認められていること
c.軍隊の兵力、組織および予算が、天皇の直接の統制下に置かれていること
d. e(省略)
f.政府が国民の意思に対して責任を負わないこと
g.行政府が立法権を行使しうること
h.憲法改正権が国民に与えられていないこと
i. (省略)
そして結論として、
〇憲法を改正する必要のあること
〇憲法改正案は、総司令部の承認したものでなければならないこと
注:原文のまま
引用終わり
〈国民不在、国民阻害の政治〉
ラウエル中佐が大日本国憲法を分析し、日本を民主化するためには上記の内容が弊害となっていると指摘した内容をよくお読みください。この問題は現在の日本において共通する社会問題、あるいは国家問題なのです。
現代の政治(自民党による政治)をよく観察あるいは分析している方々からすれば、上記の問題が現代日本における問題であることがわかるはずです。
「市民の権利が実効性を持って保障されていない」とは、憲法で規定されている自由と人権が政府や公的機関によって個人情報が把握される法律が制定されたり、実質的に国民の人権と自由が阻害されたりしている現状とオーバーラップします。
「国民の意思には責任を負わない憲法外の機関が認められている」とは、国民の意思の繁栄とはお世辞にも言えない「国民会議」「有識者会議」などの組織によって国家のあり方が左右されてしまう現状は、国民不在または国民阻害の政治に他ならない。
「政府が国民の意思に対して責任を負わないこと」は、政治に関心を持っている方なら痛いほど感じていることでしょう。日本国は立憲主義および民主主義の国家であり、主権者は国民であるはずなのに、国民の困窮の声、悲痛な訴え(デモなどを含む)などを高市内閣は完全に無視しています。先の衆議院選挙でも国民側の争点としては「消費税減税」「移民問題」であったはずです。大企業を覗いて多くの国民の給料は上がらず、逆に物価はどんどん上がっていき、生活することに汲々としている国民が多くいる。移民によって日本文化や社会秩序が破壊され、雇用は奪われ、日本らしさの社会は影を潜めているにもかかわらず、さらなる移民増加をしかける政府。移民など国民は決して望んでいない。国民が求めていることは生活の安定や保障であり、民主主義国家としての自由権と人権保障なのです。さらに日本は日本人の手で国家運営するべきという考えです。これに自民党は真っ向から反対の政策や立法を矢継ぎ早に強行している。国民の意思などどこ吹く風かとばかりに蛮行を行っている。これのどこが民主主義国家なのだと言うしかない。
「行政府が立法権を行使しうること」、これは緊急事態条項という憲法改正によって内閣が立法権を持つことができることを自民党などの複数の政党が実行しようとしている。これは実質的な国民主権の完全破壊に他ならない。代わりに出現するのが独裁政治(独裁政権)である。
「憲法改正権が国民に与えられていないこと」、国民の大半が政府に「憲法改正をしてくれと請願してない」にもかかわらず(実際は、一部の改憲派が国民の名のもとに憲法改正の請願をしている)、憲法改正をしようと動いている。これは明らかに憲法違反でしかない。
天皇、大臣、国会議員などには憲法擁護義務がある。これは法的拘束力を持つものであり、国民の多くが憲法改正を求めていないにもかかわらず、あたかも国民が憲法改正を求めているような偽装された世論を出して、国民を騙そうとしている。
これでは「憲法改正権が国民に与えられていないこと」と言わざるを得ない。
このようにGHQによって民主化された日本国は、いま明らかに戦前の社会(国家体制)へと変貌しつつあるのです。勘違いしてはいけないことは、憲法改正がなされて戦前の社会に戻るのではなく、いますでにその動きは起きていて、憲法改正が最終決定打であることです。
現在の日本政治を見る限り、あきらかに民主主義国家ではなく、法治国家でもない。なぜならば違法行為をしている国会議員が刑務所に入らず、権力の座に座り続け、国民の自由と人権を奪い、国民を完全に従わせるために監視する国家体制を固めつつあるからです。
このまま進めば国民は権力の座にあるものたちの奴隷となるはずです。
私の『保守の憲法論“最終結論”』の記事は、この最悪の事態を防ぐために書かれています。
【日本国憲法の源泉編②】につづく
参考書籍
書籍名:『日本国憲法を生んだ密室の九日間』
著者名:鈴木昭典
出版社:創元社
書籍名:『日本国憲法の誕生』
著者名:古関彰一
出版社:岩波書店
書籍名:『知られざる日本国憲法の正体』
著者名:吉本貞昭
出版社:ハート出版
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

