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『“保守の憲法論”最終結論【日本国憲法日本製編(鈴木義男の章)②】~鈴木義男の新憲法制定への関与について~』

【日本国憲法日本製編(鈴木義男の章)②】~鈴木義男の新憲法制定への関与について~

これまでの記事

【日本国憲法日本製編(鈴木義男の章)①】~鈴木義男という人物について

鈴木義男の新憲法制定への関与について

《新憲法制定に関すること》

〈芦田小委員会〉

1946年6月28日、帝国憲法改正案を審議する特別委員会が衆議院に設置される。これは衆議院議員72人から構成される「帝国憲法改正委員会」である。
さらに7月22日、帝国憲法改正委員会の中に「小委員会」が設置される。
この小委員会は、本議会に提出された政府案としての「帝国憲法改正案」について綿密な審議を行う組織であり、各党派から選ばれた14人の議員によって構成されている。
委員長を芦田均が務めたことにより「芦田小委員会」と呼ばれた。

構成する政党および議員は以下の通り。
日本自由党5名(芦田均、廿日出厖、江藤夏雄、北朎吉、高橋泰雄)、日本進歩党3名(犬養健、吉田安、原夫次郎)、日本社会党3名(森戸辰男、鈴木義男、西尾末廣)、共同民主党1名(林平馬)、新政会1名(大島多蔵)、無所属倶楽部1名(笠井重治)。

小委員会(芦田小委員会)の審議は、1946年7月25日から8月20日までの約1カ月間、13回にわたって行われた。
この小委員会での審議の対象は、「政府改正案(ほとんどがGHQ案)」の全文を含めた各条文ひとつひとつに対して繰り返し検討が重ねられたこと。
この小委員会に関して現代人が知るべきは、芦田小委員会が「秘密会」として行われ、終了後もかなりの期間にわたって議事録が公開されず、敗戦50年を経過した1995年になってようやく公開されたこと。「秘密」とされた理由とは、各委員の自由な意見開陳を期待するため。だが、これは詭弁でしかない。審議中に審議を邪魔されないように秘密会とするならばまだしも、審議終了後も長い期間に渡って非公開としたことは「国民にその内容を知られたくないから」と言われても返す言葉がないだろう。付け加えるならば、新憲法制定過程の貴重な情報源である議事録を隠すことは、国民主権、民主主義に反する行為であると言っておく。
(秘密とされた議事録とは、『第九十回帝国議会衆議院 帝国憲法改正委員会小委員会速記録』)

《新憲法制定過程における鈴木義男のかかわり》

〈9条の修正〉

鈴木義男が新憲法制定に深く関わったのは、「芦田小委員会」による政府案修正の審議からである。

著者の仁昌寺正一氏は、この『第九十回帝国議会衆議院 帝国憲法改正委員会小委員会速記録(以下『速記録』と略す)』をもとに鈴木義男の新憲法制定のかかわりを調査している。
また鈴木義男が所属する社会党は独自の草案(修正案)を提出している。
その中には、身体、生命、言論、宗教、通信などの政治的自由の保障、家族生活の保障、経済生活の保護保障、国民の生存権の保障、華族名称の即時廃止などが盛り込まれていた。
社会党の草案(修正案)の特徴はなんと言っても「生存権」であろう。当時は各政党、憲法学者、民間の団体などがこぞって憲法改正案(原案)を作成していたが、この生存権を主張している草案はほぼなかった。

鈴木義男が憲法改正修正にかかわったことでまず挙げるべきは、「平和条項と呼ばれる9条」であることは論を待たないだろう。
ここで少しだけ憲法改正の流れを記す。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

1946年2月3日、マッカーサーは「憲法改正にあたっての三原則(国の最高位に位置する天皇、戦争の放棄、封建制度の廃止)」を提示し、それに基づく憲法草案の作成をGHQ民生局に命じた。これを受けて草案が作成され、2月13日にはGHQ草案が日本側に提示された。

その際のGHQ草案の「戦争の放棄(廃止)」の条文は、

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

第八条
 国民の一主権としての戦争は之を廃止す、他の国民との紛争解決の手段としての武力の威嚇又は使用は永久にこれを廃止
 陸軍、海軍、空軍又は其の他の戦力は決して許諾せらるること無かるべく又交戦状態の権利は決して国家に授与せらるること無かるべし

注:書籍『平和憲法をつくった男 鈴木義男』では、上記の条文中に「廃止」が二か所記されているが、書籍『日本国憲法の誕生』では後半の「国民との紛争解決の手段としての武力の威嚇又は使用は永久にこれを“廃止”す」は、「廃止」ではなく「放棄」となっている。
(どの時点での草案なのかで違いが出る可能性はある。
この「廃止」と「放棄」という言葉の違いは重要であり、深い意味がある。
私の見解は書籍『日本国憲法の誕生』が正しいと判断している。
この件は、別の記事にて出てくるので、その際にお読みください。

これが修正されて、最終的に現日本国憲法の第9条となる。
GHQ草案の「戦争放棄」条文を読めば、あきらかに「戦争の放棄」の条規の発信源がGHQであることが明白となる
(幣原発言説も別の記事で語る)
当時の権力者たち、および天皇中心主義の人たちにとって「軍事力を廃止(禁止)する」という考えはなかった。あったとすれば天皇中心主義の世の中で肩身の狭い思いをしていた政治勢力だけであろう。
新憲法制定(実際の手続きは改正)について正しく理解するためには、当時の人々の「立場」を理解しなければならない。決して現代社会の視点から見てはいけない。現代社会の常識や価値観から新憲法制定過程を除けば必ず歪みが生じる。

何回かの修正を経て、1946年6月25日、第九十回帝国議会衆議院に吉田内閣によって「帝国憲法改正案」が提出される。
9条が小委員会で最初に議論されたのは、1946年7月27日(第三回)。
GHQ案の8条は、9条に設定され、以下のような条文に“修正”された。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

第9条
 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを放棄する。
 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。

(第九十回帝国議会衆議院で提出された「帝国憲法改正案」)

お気づきにように、実際に制定された9条とは多少異なる。
この「議会案(政府案を議会で修正した改正案)」を小委員会で審議することになる。
各党はこの改正案に対して修正案を作成し、それぞれが提出した。
各党の修正案は割愛するが、鈴木義男について論じるために、日本社会党の修正案を示す。
社会党は、草案第九条の前に一条を設け「日本は平和を愛好し、国際信義を重んずることを国是とする」という趣旨の規定を挿入する案を提出する。
ここに社会党の修正案の特徴がある。
GHQ草案にも政府原案にも各党の修正案にも「平和」という文言はなかった。

鈴木義男は小委員会にて以下のように発言した。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

唯戦争をしない、軍備を棄てると云うことは、一寸泣言のような消極的な印象を与えるから、先ず平和を愛好するのだと云うことを宣言して置いて、其の次に此の条文をいれようじゃないか…。

私の理解ではこうだ。
9条の趣旨である「戦争の放棄」「軍備の否定」をするだけでは、日本人としてあまりにも情けないから、大義を掲げたうえで「戦争の放棄」「軍備の否定」をするという理由付けをする方がよい。つまり、なんのための「戦争の放棄」なのかという目的を明確にしたということであり、目的があるということは、法の理念として「戦争の放棄」が目的に縛られるということになる。要するに憲法という国家の最高法規に「平和」という理念を明文化したということ。
平和を理想とした鈴木義男らしい修正である。

さらに第七回(8月1日)の小委員会では、芦田委員長とやり取りで以下の提案をしている。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

「原案の前に『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し』それから『国の主権の発動たる戦争』、斯う云う風に続けて、やはり一項、二項ということを原案のままに残して置いて宣い」と提案した。

こうして作成されたのが以下の条文である。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この条文はこのまま可決され、現在の日本国憲法9条となった。

〈25条1項の生存権規定の挿入〉

憲法第25条の「生存権」の条文(規定)は、社会党の提案が基になっている。
「政府原案」では、第23条に以下の条文が示されていた。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

第二十三条
 法律は、すべての生活部面について、社会福祉、生活の保障及び公衆衛生の向上及び増進のために立案されなければならない。

この政府原案に対して社会党は次のように修正案を提出した。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

草案第二十三条に第一項に「すべて国民は健康にして文化的水準に適する最小限度の生活を営む権利を有する」を挿入

この修正案は第4回小委員会(7月29日)で審議された。
だが、この修正案に対して委員長である芦田をはじめ数名の議員から反対の意見が出た。
芦田の言い分は、「趣旨はわかるが、イギリスのようにそういうことを憲法に書かなくても法律でやればいい」というもの。
これに対して鈴木義男は、「イギリスに成文憲法があれば入れたと思うし、追求する権利があっても、実は生活安定を得られない者が沢山あるのが今日の社会の状態だ」と現状認識による反論をしている。
鈴木義男は、その状態をなんとか民衆の権利を基礎にして改良して良くしていくというところに生活権の問題があると指摘する。
この修正案はここでは保留とされた。

「生存権」にかんする議論がなされたのは第七回小委員会(8月1日)での審議において。
芦田からは社会党修正案の第二十三条一項を第十二条に挿入する案が出された。
だが、鈴木義男は引き下がらず、「生存権は最も重要な人権」であると主張する。
すったもんだあった末、以下のような条文に落ち着く。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

第二十五条
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

こうして基本的人権の尊重の根底と呼べる生存権が憲法に明記された。

〈17条(国家賠償請求権)と40条(刑事補償請求権)の挿入〉

「政府原案」では、裁判に関する権利規定として次の三か条が盛り込まれていた。

第29条
 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。

第35条
 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
 強制、拷問若しくは脅迫の下での自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

第36条
 何人も、実行の時に適法であった行為又はすでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。

第七回小委員会(7月31日)の審議で、社会党修正案で各条文への追加が提起された。

追加条文
 29条2項に「国民は行政官庁の不当又は違法処分に対しても特別の規定のない限り訴えることができる」と規定。
 35条の次に1条を設け、「冤罪者に対しては国はこれに補償する」と規定。
 36条の次に1条を設け、「何人も公務員の不法行為に対しては国に損害賠償を求めることができる」と規定。

これは、政府原案になかった「国家賠償請求権」、「冤罪者に対する補償」、「行政官庁による不当及び違法行為に対する訴訟する権利」を加えたものであり、“国民の人権の拡大”となっている。こうした条文をみても、国家権力、行政組織、警察権力等からいかに国民の人権と自由を守るかということが憲法の趣旨であることがわかるだろう。
現代人には理解し難いことだと思うが、その背景は、戦前戦中に国民の人権が軽視または抑制されていた社会状況がある。

鈴木義男はこう語っている。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

「お上のやったことに対して」「訴えを起こすことは出来るのだと云うことを国民に理解」させること、そういった権利を国民が有し、それを国が憲法で保障することを「論理上分かるのでは困るから、書いて置こう」として提起したのである。

特に17条(国家賠償請求権)と40条(刑事補償請求権)は鈴木義男の強いイニシアチブによって挿入された。
国家の最高法規である憲法に、何が書かれていて、何が書かれていないのかということは非常に重要なことなのです。書かれている条文はそれが「どういう意味なのか」ということが問題となるが、書かれていない条文(事柄)は「存在しない」と同じ意味となるからです。
ですから、国家権力から国民の人権と自由、生活権を保障する憲法で国民を守るために必要だと思われる条文を入れることはとても重要なのです。
そういった意味で、鈴木義男(社会党の修正案)の功績は十分に評価されるべきものであることは間違いない。

〈第6条2項の追加〉

鈴木義男は、内閣総理大臣と最高裁判所長官を対等とし、司法権の独立、三権分立を強く求めた。
これは司法が行政及び内閣の意向によって法の裁きがねじ曲がることを避けるための必須のものである。
政治権力者と裁判官が“癒着”すれば、法の秩序ではなく、政治判断によって善悪(犯罪かそうでないか)が決まってしまうことになり、それ自体が権力の横暴であり、正義の腐敗、立憲主義の崩壊を意味する。

同じく第6回小委員会での審議で第6条2項が追加された。

第6条
 天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する。
 天皇は、内閣の指名に基づいて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

このように鈴木義男の日本国憲法制定の功績一つとして、三権分立の確立に貢献したことがあげられる。

〈新憲法の公布〉

1946年8月20日、帝国憲法改正案委員小委員会は審議を終了する。
帝国憲法改正案委員小委員会による共同修正案が上部組織である帝国憲法改正案委員会に報告され、8月21日、修正案通りに可決される。
8月24日、衆議院本会議に上程され、賛成421票、反対8票という圧倒的多数で可決される。同日、貴族院に送られ、若干の修正が施される。
10月6日、貴族院本会議で可決される。
10月12日に枢密院に諮詢(しじゅん)され、10月29日全会一致で可決される。
天皇の裁可を経て、11月3日、「日本国憲法」として公布
1947年5月3日、施行された。

新憲法の特徴とは?

《新憲法の特徴》

鈴木義男は、『新憲法読本』という著書の中で日本国憲法の特徴を10点あげている。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

民主主義を徹底させたこと、
②平和主義・国際協調主義の憲法であること、
③天皇を従来の権力から分離し、超然たる国の象徴として観念したこと、
④国民の権利・自由を広く保障するとともに、男女平等を規定したこと、
⑤三権(立法・司法・行政)の分離・独立および相互調整関係を明確化したこと(三権分立の確立・徹底)
国会を政治の中心としたこと、
⑦責任内閣制を採用したこと、
⑧司法権の地位が向上したこと、
⑨財政の運営が明朗かつ合理的になったこと、
⑩地方自治制度が徹底的に民主化されたこと、
である。

〈現代の民主主義は機能していない〉

私はこの中で、現代の日本の政治にあり方として重要なことを2点あげる。
まず一つ目は、「民主主義を徹底させた」。
残念ながら、日本国は実質的に「民主主義」が成立していません。もちろん表面上民主主義の根幹である選挙は行われるし、政治家等も「国民の声」を意識しているように見えます。
ですが、マッカーサーが憲法改正に投げかけた3原則のひとつである「民主主義」は正当に機能していません。
民主主義が国民主権のもとに行われるためには、ある条件が絶対条件なのです。その絶対条件とは「国民が主権者であるという強い意識を持ち、真実を知り、政治上の重要事項を認識し、なおかつ良識を持つ」ことによって本当に国民のためになる政治家を選ぶことができることです。

ディープステートを研究する者として言っておきたいことは、世論は誘導され、民衆は情報操作および洗脳されているこということです。では誰が情報操作、洗脳を行っているのかと言えば主に大手メディア(特にテレビ)に他なりません。
大手メディアはディープステートの国民操作の最前線に立つ部隊なのです。
論が憲法論及び憲法制定に関する論議ではなく、ディープステート論になってしまうのでこの記事ではあまり深入りしませんが、ディープステートがなぜ闇の世界権力と呼ばれるのかと言えば、「民衆に気がつかれることなく、人々の思考を操る」からなのです。
これを政治の分野に当てはめると、民主主義国家を操作する手法とは、真実等の正確な情報を知らせず、正しく判断出来ないようにする「愚民化作戦」と、そもそも政治に興味関心を持たせないようにする「政治無関心作戦」を展開していることです。

投票率が5割前後となっているということは4割~5割くらいの有権者が投票していないことになります。実はここに既存の政治勢力を倒す秘訣があるのですが、ディープステートはそれを熟知しているので、多くの人々が政治に目を向けずまた政治に期待することなく他の娯楽やスポーツなどにうつつを抜かすように社会を描きあげているのです。つまり、潜在的な敵対勢力となる無党派層を「政治に無関心」にして、政治に興味関心を持つ人に対しては「間違った価値観を情報操作によって植えつける」この2段構えの戦略をとることによって、特定の政治勢力を応援する者たちの政治活動力を最大限にすることができてしまうのです。そして隠し玉(最後の武器)として「不正選挙」を行うことです。

これは正しい本来の民主主義の姿ではないのです。
「知らせない」「言わない」「スルーする」ことによって真実や重要情報は目隠しされ、国民は何が正しくて何が間違っているのかを認識できず、誰が本当に自分たちの味方であり誰が自分たちの敵なのかを理解できないようにしているのです。
この手法を駆使するのが「タヴィストック人間研究所」というディープステートの思想戦部隊の組織です。この手法は日本でも使われているはずです。

主権者である国民に対して政治家が「コメントを控える」などという説明責任から逃げることは許されないのです。これは国民主権に対する叛逆行為と呼ぶべきものです。

あくまで私見(現時点では推測)だと前置きしますが、2026年2月8日の衆議院選挙で大勝した様子を見る限り、この選挙参謀は「タヴィストック」であると私は見ています。自民党が今回の選挙で圧勝した本当の理由とは“これだ”と推測しています。
彼らはいま、新世界秩序建設が遅れているため、その動きを加速させようとしているのです。

もう一つが「国会を政治の中心とした」です。
日本の政治を見て「国会が政治の中心となっていますか?」
なっていませんね。これに気がついた方がどれくらいいるでしょうか?
高市早苗氏は人気が高いが自民党の人気は良くない、と言われつつなぜ自民党が圧勝したのかと言えば、候補者が高市人気にあやかった(乗っかったまたは利用した)ということはありますが、それだけではありません。自民党はご存じの通り与党です。与党であるということは行政運営者(=内閣)であるということです。何が言いたいのかと言えば「内閣の仕事(行政)」を見て国民が政治家および政党を評価するようになるのです。もちろんそれを完全に否定することはできません。なぜならば国民の生活や人生にかかわることだからです。
しかし憲法上の問題として考えるならば「政治の中心は国会」だということです。
「国会」こそが国民から選挙で選ばれた議員たちが民主的に議論をして国家のかじ取りをしていく場だからです。ですから国会での答弁において「コメントを差し控える」ということは許されないのです。
現実には、国会の議論などを軽視しても内閣の仕事において認められれば国民からの評価が下がらない風潮ができあがっています。ですが、憲法が定める政治の中心とは「国会」なのであって、「内閣」はその次に来るべきものなのです。
「国会を政治の中心とする」ということが日本国憲法の理念(法規定)なのです。

〈国民の誓い〉

鈴木義男は、日本国憲法はこれからの日本が民主主義、平和主義、国際協調主義を基調として、それらを実現し維持していくための「日本国民の誓い」であると語っている。
鈴木義男が強くこだわりをもったことは、憲法に「国民主権」を明記することだった。
これはとても重要なことであり、明記していなくてもそのように読める憲法(条文)とはっきりと明記してある憲法(条文)では、その重さがまるで違う。
もし新憲法制定当時に「国民主権」が明記されていなかったならば、現代社会はまったく違ったものとなっただろう。
明記してあるものは、否定しようがない。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

主権が国民に存する、すなわちこれからは国民は単に治められる者ではなくて、治める者、政治の主人公であることを明にし、国の政治というものは、国民に頼まれて、国民の利益のためになさるべきものであって、一部の特権階級の利益のためになされるものではないという民主主義の政治原理を承認した」だけではなく、「立法、行政、司法、一切の政治を成す原動力たる意思力を云うことであって、国家活動の源泉」が国民にあることも強調した。

「国民は単に治められる者ではなくて、治める者、政治の主人公である」と深く認識している国民がいったいどれだけいるでしょうか?
この認識を持つためには教育において「憲法を学ぶ」ことが必須です。国民のなかには憲法を一度も読んだことがない人が多いはずです。憲法を知らずに「政治の主人公はわれら国民である」という認識は生まれてきません。

特に日本民族の特性として「お上まかせ」「長い物には巻かれろ」という性質を持っています。これは歴史を見ればはっきりしています。明治維新でさえ約3,000人の人間が立ち上がっただけであって(しかも下層武士たち)、大多数の庶民は維新に参加していません。他人事であり、誰かがやってくれるだろう精神でしかありません。またそういう気概を感じるまでに至らない日常を送っています。国民の多くが言葉の上では「国民主権」「民主主義」という政治原理を知ってはいますが、“あんこのないあんパン”のように中身がともなっていません。結局、投票はするがあとは「お上まかせ」であり、何かあれば抗議する、批判する、政治活動をするということがほとんどの国民には見られません。この根本は「国民が国家を治める主人公」だという認識を正しく理解していない(腑に落していない)からに他なりません。

現実の政治は、国民全体の利益ではなく、支持勢力、献金をする人や集団、大企業など一部の特権階級の利益のためになされています。この最悪の事例こそが「統一教会問題」です。
根源にあるものは、国民が日本国憲法の趣旨である「国民主権」という政治原理を正確に認識していないことから発生しているのです。
どんなに素晴らしい憲法が存在していても、それを活かさなければ絵に描いた餅でしかないのです。
国民が正しく「国民主権」を理解しないということは権力者側の思うようにされてしまうという危険性があるということです。
「国民主権」「民主主義」という言葉は、長い歴史上常に虐げられ人権も踏みにじられてきた時代からみれば民衆にとって素晴らしく誇らしくもある世となるでしょうが、逆に民主主義国家の腐敗、衰退、権力の濫用や横暴の責任は国民にあるということになるのです。
日本国憲法が制定され「国民主権」が明記されたということは、国家運営の最終責任者は理論上国民に帰結するということです。
政治に対する「責任感」、これを持っていないからこそ投票に行かないのです。すべては日本国憲法に明記された「国民主権」を深く理解していないことから発生している問題なのです。

投票に行かないということは、単に投票する権利を行使しなかったという意味で終りません。そのときに成立した政権の行う政治(政策)に対する責任が主権者であるがゆえに発生するということなのです。その責任は投票しなかったから関係ないではなく、投票という国民の政治参加をしなかったがゆえに発生している政治責任なのです。これは私が勝手に言っているのではなく、その根源は日本国憲法という最高法規に明記されているところから発生していることなのです。
そして重要なことは、投票だけが民主主義だと思っている国民がほとんどではないか? ということです。

日本国憲法の制定によって、「国民は治められる側ではなく治める側となった」ということであり、その代理として議員が存在するということです。政治の主人公が国民であるという憲法理念が導き出すこととは、政治の監視、政治の批判、政治および政治家の不正(犯罪行為)への抗議と糾弾、国民が望む政策の提案ということをして初めて「国民主権」という言葉が「生きた法」となるということ。
主権者であるがゆえに国民は政治家を監視し、批判し、望まない政策をやめさせる声を上げ行動する権利があるのです。それを行使しないということは民主主義の衰退でしかないのです。
投票するだけでは民主主義とは呼べません。期待するだけでは国民主権とは言えません。
もっともっと国民が声を上げ、内閣および政治家たちを批判し、積極的に政治活動をすることがあって初めて民主主義国家となり、国民主権の意味を成すとなるのです。
「お上まかせ」の精神を棄ててください。
「期待するだけ」の消極的姿勢を改めてください。
「政治に無関心」は権力の腐敗や濫用を生み出す力となってしまいます。
「政治家がどんな政策を掲げるのか」を待っていてはだめなのです。自分たちの願う政策を積極的に発信する必要があるのです。それがあってこそ「国民主権」であり「民主主義国家」となるのです。

ここで読者に質問します。
上記で私が指摘したことはなぜ起こるのでしょうか?
最大の理由は、教育で憲法を教えないという前提があり、なおかつ政治家が憲法の理念に基づいた政治活動を行わないからです。
政治家が日本国憲法の趣旨を肌身離さず政治を行わないからです。

それはなぜか?
憲法は権力の縛りとなるからです。憲法とは政治家などの権力者の濫用、横暴を防ぐためにあるからです。憲法とは国民の自由や人権を守るために存在し、そのために権力者に足かせをはめる力となるからです。だから権力者は憲法をあってなきがごときとして政治活動を行うのです。これによって立憲主義までが蔑ろにされ、国家の最高法規として憲法は影を潜めることとなるのです。
この構造を深く理解しなければならないのです。

よって、日本国憲法の国民主権、民主主義、人権尊重、平和主義を破壊する(憲法改正を主張する)政治家には権力を渡さず逆に権力を奪う必要があるのです。
ですが、そうした狡猾な政治家たちほど自分たちの権力を維持するどころか権力の拡大(増大)を願います。そのやり方は「騙し戦術」です。国民を欺くとも言えます。
ですから狡猾、卑劣、欲望まみれの政治家の騙しを見抜けないとやがて期待が裏切られるどころか、失望としてあなたの前に現れ、自分で自分の首を絞めたことに気づくことになるでしょう。
国民の生活や人生を幸福にするためには政治を考えざるを得ず、政治を考える上で欠くことができないのが憲法による法秩序なのです。

鈴木義男が新憲法に「国民主権」を明記することにこだわった要因に、キリスト教的人道主義があることは間違いない。その根幹に民主主義思想、個人は一人の人間として尊重されるべきという考えがあった。
だが、ここで注目したいのは鈴木義男の次の言葉だ。

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

よい政治は自覚の高い国民によってのみ樹立されるのである。

良い政治とは、「自覚の高い国民」の“自覚”とはなにかと言えば、「主権者たる意識」であり、「政治に対する良識」であり、「主権者としての責任」であると言える。
重要なことは、自覚の高い国民によって“のみ”の「のみ」という部分。
つまり、自覚の高い国民がいなければ、あるいは少数であれば、良い政治は行われないということ。
これが民主主義の大きな欠点なのです。

ここに付け加える論点がある。
国の政治というものは、国民に頼まれて、国民の利益のためになさるべきものであって、一部の特権階級の利益のためになされるものではない」という民主主義の政治原理が示す憲法改正についての判断である。

もし首相や国会議員が憲法改正を言い出すならば、その大前提としての「国民からの要求(頼まれて)」という大義とその改正が「国民の利益増大または最低限維持される」ことが必要条件となる。
国民の意識が憲法改正を求めていない状況、あるいは憲法改正に反対の国民が多くいる状況において、首相または国会議員が自発的に憲法改正を言い出すなら、それは国民主権と99条及び96条に反することになるということ。
なぜならば、日本国の最高法規である日本国憲法に規定された内容とは、「国家活動の源泉が国民にある」となっているからに他ならない。
要するに、首相や国会議員が国民を無視して身勝手に憲法改正ができないような構造を日本国憲法が取っているということ。

〈三権分立の確立と維持〉

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

鈴木は、日本国憲法が国民主権を表明し、「民主主義を徹底したため、立法は国会が、行政は内閣が、裁判は裁判所が、その他すべての政治は、主権者たる国民の選任する機関がこれを行うことになった」とし、日本国憲法によって三権分立が確立したことを評価している。
~中略~
「新憲法においては、わが国最高の官吏二人だけを天皇が任命されることになった。内閣総理大臣と最高裁判所長官とである。

日本国憲法の言わずと知れた特徴が「天皇制の改革」、つまり実質的な権力の最高者から実質的に権力を持たない“象徴”としての存在となったことがあげられる。
三権分立を成り立たせるためには、天皇制の改革が絶対条件であった。
鈴木義男は、司法権の独立が形骸化している状況である時の政治勢力によって司法が左右され、それによって人々の人権が侵害されるのみならず、基本的人権が保障されない裁判のあり方に大きな疑問を抱いていた。
これは弁護士時代の経験から来るものであろう。
戦前戦中は、共産主義者、社会主義者、反日と思われる人々が権力の暴走によって弾圧されていた。こうした苦い経験が鈴木義男をして、「基本的人権」を重視する憲法修正に向かわせたと言える。

《基本的人権の保障について》

書籍『平和憲法をつくった男』より引用

新憲法は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」(第11条)ことを宣言し、生命、身体の安全、自由及び幸福追求権、集会、結社、言論、出版の自由、学問、思想、良心の自由、居住、職業の自由、信教の自由等々幾多の権利と自由とを挙げこれを保障した。(中略)これらの権利は現在及び将来の国民に対して、侵すことのできない、奪うことのできない、永久の権利として与えられたものであることを明にしたのである。こういう権利自由が保障されてこそ、始めて正しい明朗な生活と政治が樹立される。

鈴木義男の憲法に対する思想(立場)は、強く国民の自由と人権を保障するものであることは間違いない。そしてその理念(法)が日本国憲法の理念であり、国民から権力者側に突きつけた「鉄の鎖」でもある。
だが、高市早苗総理率いる自民党と維新の連立政権は不正選挙疑惑(疑惑というレベルではない)が浮上している衆議院選挙後に「憲法改正」を声高に叫び出した。
これほど汚い手があろうか。
選挙公約に「憲法改正」を示した上で選挙戦を戦うならまだしも、「国論を二分する議論」という中身のないレベルだけの表明、それも選挙戦後半で国民全体に向けたメッセージではない発信をしている。
これを含めた高市早苗氏に共通する手法がある。それが「目的のためには手段を選ばない」というものであり、その手段とは「卑怯でも逃げても構わない」というものであり、「勝ちさえすればいい」という手法である。
指摘しておくが、この「目的のためには手段を選ばない」という手法は統一教会と“そっくり同じ手法”である。「手段を選ばない」ということは「嘘をついてもいい」「騙してもいい」「卑怯な手を使ってもいい」「説明責任を果たさなくてもいい」「不都合な事実にはスルーする」であり、「不正選挙をしてもいい」という“理屈”が成り立つものであり、国民から選ばれた政治家が絶対やってはいけないものである。

この鈴木義男が強く新憲法に込めた国民の人権保障について自民党及びその支持者たちに言っておくことがある。自民党を否定している人たちはこのことをよく頭のなかに入れてください。

日本国憲法
 第11条:国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

 第99条:天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う(ふ)。

上記の2つの条文と憲法改正問題を突き合わせるとどうなるのか。

11条の規定である「憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」、つまり基本的人権とは永久の権利であり現在のみならず未来の国民に対しても保障するものであることを“前提”として、99条を加味するとどうなるのかと言えば、憲法擁護義務がある国務大臣(総理大臣含む)及び国会議員及び公務員は憲法を改正して基本的人権を奪えないこととなる。より正確に言えば、国民の基本的人権を侵害する憲法改正ができないという規定となっている。96条の規定では憲法改正の発議権は「国会にある」とされる。首相、国会議員は「発議」自体ができるとは明記されていない。つまり、首相や国会議員には憲法改正の発議権がないということ。

仮に戦争をするとしても徴兵制など取ることはできない。なぜならば、憲法擁護義務に縛られた国務大臣(総理大臣含む)及び国会議員及び公務員は国民の基本的人権を侵害すること(奪うこと)ができないから。
仮に戦争を始めるならば、法(憲法)の秩序に違反しておこなうことしかない。ここに国民は注目すべきである。

国民は、窃盗でもどんな小さな犯罪でも行えば犯罪者として裁かれるが、裏金(政治資金規正法違反)や公職選挙法違反、経歴詐称、脱税などをしても実質的に犯罪者として裁かれることは“ほぼない”。こんな不公平、不道徳がまかり通っているのが現実の日本社会である。

こうしたことに対して国民は立ち上がろうとしない。だから政治家たちはさらにのさばることとなる。現在の政治家たちは日本国憲法の理念(法規)など守ろうとしていないし、そもそも憲法の本質を理解していない。愚か者であり強欲者でもある。権力は魔物というがまさに権力という魔物に憑りつかれた売国奴というしかない。なぜならば憲法の擁護義務を放り出し、国民の自由と人権を奪おうとしているからだ。
あの世で鈴木義男も嘆いているだろう。

いま、国民の自由と人権を奪われる最大の危機を目の前にして重要なことは、国民が憲法の理念に目覚めることであり、民主主義とは国民一人ひとりが政治の主人公であることであり、立憲主義国においては、国民の基本的人権と自由を確保する(保障する)ことが政治の最大の目的であることである。

【日本国憲法日本製編(鈴木義男の章)③】につづく

参考書籍

書籍名:『平和憲法をつくった男』
著者名:仁昌寺正一
出版社:筑摩書房

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