これまでの記事
ハーグ陸戦条約第43条の正しい理解とは?
《とある記事への反論》
後半では、具体的主張の事例を示して反論をする形式とする。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』という記事がある。とある弁護士さんが書いたものだが、私から見れば(私の見解からすれば)、明らかに国際法を屈解しているので事例として示し、この記事上で反論することにする。
一言付け加えます。
題材記事の中で執筆者は、「~と考えることができる」という表現を“多用”しています。「考えることができる」という言い回しが意味することは、明白な証拠または論拠の提示ではなく、個人の見解(考え)という意味が強いということです。ですから、それはあくまでも執筆者の個人的見解ということです(「考えられる」という言い回しがされている部分は)。
ですから、反論として私も個人の見解を示します。ただし、私はこうした記事を書く際には必ず下調べをします。要するに裏付けを調べてその上に自分の見解を出すという姿勢で行っています。ですから、単純な個人的思考による偏見とは違うということを伝えておきます。
〈「説」という表現はすり替えの常套手段〉
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
「敗戦国に『押し付け』をやって新憲法を作らせるのは国際法違反だ」「日本国憲法は、国際法違反のゴリ押しで作らされたのだ」などという説さえ出ていて、保守的な政治家や論者がこの説に乗ったりしています。
順々に反論していきますが、上記の内容で気になるのは「GHQ占領下での新憲法制定は国際法違反だ」という指摘を「説」としている点です。
これははっきりと言えば、手法としてはDSが使用する敵対する論調を追い落とすための信用失墜の論法です(方法が同じだと言っている)。
これも一種のストローマン論法(すり替えの詐術)なのです。
護憲派の主張とは違う論理や主張を「説」とすることで「信用するべきものではない」と信用を落としているのです。まさに“すり替えの詐術”です。なぜ「説」なのでしょうか?
それは護憲派の人たちが主張すること以外は間違い(嘘やデタラメ)だと初めから決めつけているからです。極めて悪質な言論術です。
〈ハーグ陸戦条約第43条【占領地の法律の尊重】〉
国際条約集より引用
ハーグ陸戦条約第43条【占領地の法律の尊重】
国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施し得べき一切の手段を尽くすべし。
このハーグ条約43条が『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』の記事ではどう表記されているかというと、
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
第43条 正統な権能を有する権力が事実上占領者の手に移ったときは、占領者は、絶対的に妨げられることがない限り、その地域の現行法令を尊重しつつ、可能な限り公共の秩序と安全を回復し確保するため、自らの権能においてあらゆる措置を取るものとする。
となっている。
比較すると、前文の「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、」が、「正統な権能を有する権力が事実上占領者の手に移ったときは、」になっている。
重要な部分である「占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、」は、ほぼ変わらずの「占領者は、絶対的に妨げられることがない限り、その地域の現行法令を尊重しつつ、」となっている。
後半の文の「なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施し得べき一切の手段を尽くすべし」が、「可能な限り公共の秩序と安全を回復し確保するため、自らの権能においてあらゆる措置を取るものとする」となっている。
論点は、一般的に普及している条文の「占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、」と題材記事の執筆者の翻訳である「占領者は、絶対的に妨げられることがない限り、その地域の現行法令を尊重しつつ、」とではほぼ同じ意味となっていること。
つまり、他国を占領する事態が発生した場合、占領者は占領地の現行法律(現行の法秩序)を、絶対的な支障がない限り(絶対的に妨げられることがない限り)、占領地の現行法律を変更してはならない(尊重するべき)ということ。
では、「絶対的の支障」とは何か?
それは占領地の軍隊あるいは軍人(集団)が武力を持って抵抗する、民間人によるテロ活動が各地で起こっている、民間人(国民)が占領者の指示・命令等に従わず抵抗運動を繰り広げているなどでしょう。要するに占領地の国民等の抵抗によって“占領そのものが出来ない状態”であることを指す。
はたして当時の日本に占領に関して「絶対的な支障」が発生したかと言えば、“発生していない”ということは誰でもわかること。逆に日本人はその民族的性質である「従順さ」を発揮して占領者(GHQ)に従っていた。
ということは占領中に日本国の憲法改正(実質的には新憲法制定)を行ったことは、ハーグ陸戦条約第43条【占領地の法律の尊重】に反する(違反)となる。
ハーグ陸戦条約第43条のタイトル(占領地の法律の尊重)を見れば良識ある人ならば意味を理解できるはずです。
これが意味することは、ハーグ陸戦条約第43条は「占領地の法律の尊重するべき」と定めているということです。なぜこんな簡単なことが理解できないのでしょうか?
〈論点1:「絶対」の意味のすり替え〉
しかしです、題材記事の執筆者は、以下のように主張している。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
「占領地の法令の尊重」は絶対ではない
~中略~
「占領された地域の現行法令を絶対的に変更してはならないことまで要求するものではないと考えられます。どうしてもやむを得ない場合は法令の変更も可能と解釈することができるでしょう。」
と主張している。
論点は、「絶対的に変更してはならないことまで要求するものではない」という部分。
これは明らかに屈解(曲解)でしかない。「絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重する(して、)という条文は、“占領の条件”を示すものであり、単なる占領の支障ではなく、「絶対的」という最上級の表現を使っている。ですから「絶対的な支障」がない限り、占領地の現行法令を変更することは禁止することと同じ意味なのです。
要するに、ハーグ陸戦条約第43条【占領地の法律の尊重】とは「条件付きの禁止」なのです。ですから条件である「占領に関する絶対的な支障」がない限り現行法令を変更してはならないという意味になるのです。
題材記事の執筆者の解釈の捻じ曲げにはあきれ果てている。
このような解釈の捻じ曲げは、自分の主張あるいは思想または自分の所属する組織にとって都合の良いように本来の意味や形を変えてしまうことであり、それは大きな間違いであり、もし意図的にそのような捻じ曲げをしているならば、それ自体が罪と言える。
題材記事の執筆者が左翼なのか保守なのか、それとも右翼なのかは知らないが、一般的な傾向では左翼が考えそうな主張である。
題材記事の執筆者は、「絶対」という言葉の意味を“すり替え”ている。
記事では、「占領地の法令の尊重は絶対ではない」と言っているが、ハーグ陸戦条約第43条が示す「絶対」の意味は、「絶対に現行法令を変更してはならない」ではなく、「占領における支障」に対して絶対という文言を使っている。
つまり、占領が何らかの原因で不可能となる事態が発生して占領自体が出来なくなる状態に対して「絶対的な」という言葉をかけているのだ。
要するに、43条が規定している「絶対」とは、占領が不可能となる事態を指し、決して「現行法令を変更すること」が絶対的にダメだとしているものではない。似ているようだが、意味は違う。
だが、題材記事の執筆者は、この絶対という意味をズラして「現行法令を変更してはならない」という文言にすり替えている。これはすり替えの詐術以外の何ものでもない。
第43条が定義する占領時における現行法令を変更して良い場合は、「占領に対して絶対的な支障が出た場合に限る」ということ。逆に言えば、「占領に対して絶対的な支障が出なければ占領地の現行法令を変更してはいけない」ということ。
現実には当時のGHQ占領下で絶対的な支障は発生してない。
重要なので繰り返す。
GHQ占領下において絶対的な支障は起きていない。
事実として、題材記事の執筆者が主張するような「どうしてもやむを得ない場合(絶対的な支障)」は発生していない。
絶対的な支障が起きていない以上、占領地(日本)の法体系の変更をすることはできない。
〈論点2:日本の占領統治はハーグ陸戦規則の適用対象外??〉
題材記事の執筆者はあきれるような主張をしている。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
日本の占領統治はハーグ陸戦規則の適用対象外
次に、1945年以降の連合国による日本の占領統治は、そもそもこのハーグ陸戦規則の適用対象ではないと考えることができます。
というのは、ハーグ陸戦規則は、あくまで交戦中の国同士を規律するもので、戦闘が継続している中で自国の軍隊が他国の一定地域を占領したようなケースを前提としていると考えられるからです。例えば第二次世界大戦中に日本軍が中国の都市を占領したような場合がこれにあたるでしょう。
題材記事の執筆者が言いたいことは、あくまでもハーグ陸戦条約は「戦闘継続中で占領した状態」での適用であり、ポツダム宣言を受諾した後の戦闘が継続していない状態では“適用外”だと主張しているのです。
3年前の記事でも同じ内容の主張を私は論破しました。
こうした主張をしている人たちは主に左翼と思われます。
題材記事の執筆者はいったい条文のどこを見ているのでしょうか?
43条のなかでしっかりと「占領」という言葉が出てきます。これが意味することとはズバリ「終戦に至っていない」です。占領とは軍事占領を意味し、軍事占領状態とは終戦ではないのです。占領が終了する時とは、講和条約が発効された時であり、それをもって終戦または占領の終了となるのです。
戦時国際法が定める戦争の期間とは、「宣戦布告から始まり、講和条約発効で終る」というものです。
題材記事の執筆者は「ハーグ陸戦規則は、あくまで交戦中の国同士を規律するもの」と言っているが、まさしく軍事占領期間中とはいまだ“戦争が終了していない状態”なのです。軍事占領とは戦闘の延長戦であり、戦闘のない戦争状態なのです。
またハーグ陸戦規則(条約)が「戦闘中の規定」であるとする解釈自体が大間違いなのです。
ハーグ陸戦規則(条約)は戦争中のすべてを既定の範囲として定めているものです。
題材記事の執筆者の主張は解釈を捻じ曲げているのです。
もう一度言いますよ。
「ハーグ陸戦規則は、あくまで交戦中の国同士を規律するもの」?
ハーグ陸戦規則は、「交戦中(戦闘中)」ではなく、「戦争状態が解消されない状態」を対象としているものです。
「戦争状態が解消されない状態」とは、いまだ終戦に至っていない状態であり、それが意味することとは講和条約が発効されず、軍事占領(支配状態)されていることを含むのです。
ですから日米戦争の講和条約であるサンフランシスコ平和条約が発効されていない占領期間は終戦ではないため、交戦中の国同士すなわち日本と米国を規律するものなのです。
根本的な間違いは、「終戦」の意味を間違えているからです。
ハーグ陸戦規則の適用は「戦争状態」そのものを指すものであり、国際法における終戦とは「講和条約発効」以外にないのです。
ですから、ハーグ陸戦規則の適用範囲を「戦闘中」とすることは誤りであり、正しくは「戦争中(講和条約発効以前)」となるのです。
〈論点3:戦時国際法の適用を終了する要件とは?〉
同じ内容ですが、取り上げます。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
つまり、日本が占領される時点で既に戦闘は終ってしまっていたのですから、戦闘状態を前提にしたハーグ陸戦規則はもう適用されない状況だったと考えることが可能になるわけです。
「“考える”ことが可能になる」と言っていますね。
上記の主張を左翼の人間が常時使用していますが、根本的なことを指摘すると、ハーグ陸戦規則は「戦闘中」の規定ではなく、「戦争状態」の規定であることです。つまり、規定の範囲を「戦争」から「戦闘」にすり替えている“論”なのです。
以下は前半と同じ内容ですが、重要な論点なのでここでも提示します。
「戦闘状態を前提にしたハーグ陸戦規則」と言っていますが、ここが根本的な間違いです。
占領状態がハーグ陸戦条約(戦時国際法)の適用を受けないとするならば、以下の国際法も無効となってしまい、その意味することは占領された日本では非人道的な扱いをしても罪ではない、という論理となる。
第45条:占領地の人民は、敵国に強制的に忠誠の誓いをなさしめられることはない。
第46条:家の名誉及び権利、個人の生命、私有財産ならびに宗教の信仰及びその遵行を尊重しなければならない。
第47条:略奪はこれを厳禁とする。
(第三款敵国の領土における軍の権力)
いいですか、「占領状態においては(戦闘状態ではない)ハーグ陸戦条約(戦時国際法)の適用を受けない」と主張することは、自国の国民が暴行、レイプ、窃盗、人身売買、脅迫されることを認めるということです。
それをあなたは許す(認める)というのですか?
何のための戦時国際法ですか?
そうした非人道的な行いを制するために戦争時における国際的法秩序を規定したのが戦時国際法(ハーグ陸戦条約)です。占領時は適用を受けないというならば、戦時国際法の存在意義はありません。
暴論もいい加減にしてください。
ハーグ陸戦条約第43条がどこにあるかと言えば、「第三款 敵国の領土における権力」にあるものです。
「敵国の領土における権力」ですから意味することは占領や制圧についての規則となります。第43条のタイトルは「占領地の法律の尊重」です。タイトルを見ただけで43条の意味が理解できるはずです。
今回取り上げた題材記事の執筆者や左翼の主張の大きな間違いが、「戦争の定義」なのです。何度も言いますが、戦争の始まりは宣戦布告であり、終了が講和条約発効です。これが正式な国際法の戦争の期間における定義です。しかし、宣戦布告が必ず行われるとは限りません。ではどう見なすのかと言えば、以下の文言がその答えとなります。
戦時国際法とは?
戦時国際法は、“戦争の状態”においてあらゆる軍事組織が遵守すべき国際的な法秩序のことです。重要なことは、戦時国際法は、戦時においてのみ適用されるのではなく、宣戦布告がなされていない状態での軍事衝突であっても、あらゆる軍事組織に対して適用されるものです。
つまり、戦時国際法とは、“軍事行動を取る軍事組織”に対して規定する国際的法秩序である。
戦時国際法の適用範囲とは?
戦時国際法は、武力衝突の存在を適用の開始の要件としているため、宣戦布告の有無や戦争状態の認定を問わずに適用対象となる。
さらに戦時国際法の適用を終了する要件としては紛争または戦争当事国の軍事行動の終了、“または”「占領の終了時」となる。
戦時国際法(ハーグ陸戦条約)とは、“軍事行動を取る軍事組織”を規定する国際的法秩序であるということを認識せず、単に戦闘状態にのみ適用されるという“すり替え”を行うことは大きな間違い(悪なる思考)である。
そもそも占領とは軍事行動(軍事活動)の一環であり、戦闘の有無にかかわらず、軍事行動に他ならないのです。その証拠にGHQの名称とは「連合国軍最高司令官総司令部」です。名称の中に「連合国軍」とあるように、日本と戦争をしていた各国の軍事組織なのです。
この裏付けが「東京裁判」です。東京裁判の正式名称は「極東軍事国際裁判」です。
裁判の名称に「軍事裁判」と明記されています。軍事裁判とは戦争に関する犯罪を裁くものであり、法廷を設置するのは軍事組織(東京裁判の場合はGHQ)です。つまり、軍事裁判を行うことも戦争状態(戦闘がない戦争状態)なのです。
軍事組織が、戦闘の延長で占領をすることは戦時国際法の適用を受けるということです。なぜならば、占領とは軍事行動であり、占領をしているのは軍事組織だからです。
戦争状態(戦闘状態ではない)が終了していない軍事組織が行う行動を規制するのが戦時国際法(ハーグ陸戦条約)なのです。
簡単に言いましょう。
「占領」も戦時国際法の適用範囲だということです。
ハーグ陸戦条約が規定するのは「戦闘状態」ではなく「戦争状態」であり、軍事行動(軍事活動)を行うあらゆる軍事組織が遵守するべき国際的法秩序なのです。
ハーグ陸戦条約第43条とは、「占領軍の意思によって占領地の憲法等の法秩序を変更することを諫める(条件付き)する国際法」です。
つまり、“条件が満たされない限り”、占領地の憲法等の法秩序を変更することを実質的に禁止するものです。その条件とは、占領が不可能になるほどの「絶対的な支障」です。
〈論点4:国際法における「新しい合意は古い合意に優先する」の条件とは?〉
少し長いですが、題材記事の執筆者が滅茶苦茶なことを言っているので、ここで反論します。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
ハーグ陸戦規則ももちろん一つの条約であり、条約は国家の間の合意です、一方、ポツダム宣言を日本が受諾したのも、日本と連合国の間の合意と考えることができるでしょう。
そうなるとハーグ陸戦規則(1907年署名、1911年に日本批准)よりは、1945年のポツダム宣言受諾の方が、より新しい(しかも個別の事情に応じた)合意なのですから、「新しい合意は古い合意に優先する」とか「特別法は一般法に優先する」という原則により、ポツダム宣言受諾の方がハーグ陸戦規則よりも優先されることになります。
何といういい加減で決めつけの論でしょうか。
国際法における条約や規則が矛盾あるいは衝突した場合にどちらを優先すべきかという法原則は、「同じ当事国間」「同じ事項」について矛盾または衝突する新旧の条約がある場合に、新しい条約が優先するというものです。
ハーグ陸戦条約とポツダム宣言は、対象とする当事国が同じではありません。条文の内容は当然ながら違います。この2つは新旧という概念の範疇ではないのです。ですから題材記事の執筆者の上記の主張は、国際法を理解していない暴論または決めつけ論でしかありません。生兵法は怪我のもとです。
さらに指摘すると、仮に新しい合意であるポツダム宣言が古い合意であるハーグ陸戦条約に優先するからと言って、何なのでしょうか?
ポツダム宣言にも、占領下における占領地の法体系の変更を禁止する(諫める)条文があります。
ポツダム宣言第12条
前記諸目的が達成せられ、かつ日本国国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し、かつ責任ある政府が樹立せらるるにおいては、連合国は直ちに日本国より撤取せらるるべし
これは占領下であっても、占領地の法体系の変更をすることは「その国の国民の自由に表明せる意思による」というものであり、占領軍が勝手に草案を作成したり、占領地の政府が考えないような憲法秩序を制定させてはいけないとする内容を含むものです。
ですから、仮に題材記事の執筆者の言い分が正しかった(「新しい合意は古い合意に優先する」及び「特別法は一般法に優先する」)としても、ポツダム宣言を根拠にして占領地の法体系の変更を変えることはできません。
それが意味することは、国際法違反(ポツダム宣言違反)です。
上記で示した題材記事の執筆者の論は、まったく論理として筋が通っていないと同時に論として成立していません。
あえて言えば、結論ありきの思考から無理やり捻じ曲げられた論に過ぎません。
あきれて果てています。
〈論点5:左翼の憲法論の結論とは?〉
題材記事の執筆者が結論としていることは、間違っています。
『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』より引用
結論
以上のように考えてみると、占領中の日本に対してGHQが憲法案を示して新たな憲法を制定させた行為を国際法違反だということはできないことになるでしょう。
この方の表現に見られる特徴が、明白な根拠、正しい根拠をもとに主張を組み立てていいないことであり、個人的な見解をまるで「それが真実」であるかのように語っていることです。
だから「考えることができる」という表現になるのです。
この方の思考方法は左翼の思考や主張と同じ匂いがします。
もし、題材記事の執筆者の方が左翼ではなかったとしても、今回取り上げた記事の主張は左翼の主張とピタリと一致しています。
左翼の憲法論は、必ず「結論ありき」です。なぜかというと日本国憲法を制定した真の存在であるGHQに共鳴し、協力関係にあったのが当時の日本のリベラル派(共産主義者、社会主義者)だからです。当時の保守層の延長線上に位置するのが自民党であり、左翼の政治勢力は自民党と対立関係にあることは国民の誰しもが知ることです。
左翼の憲法に関する基本的な価値判断は「天皇制廃止」と「戦争放棄」です(稀に違う人がいるかもしれない)。
左翼の憲法論は、「護憲」ということが結論であり、この「護憲」からすべてを導くのです。ですから詐術、詭弁も使って、正しい価値判断をするのではなく自分たちにとって都合の良い論調を仕立てあげるのです。
護憲派の方に私が強く言いたいのは、日本国憲法制定の善悪と日本国憲法の条文の内容の良し悪し(評価)を区別して考えなさい、ということです。
もちろん、これは保守層にも同じく言いたいことでもあります。
根本的な考えは「日本とは誰のために国家なのか」ということであり、私が主張する答えは、「日本とは日本人のための国家である」ということであり、「日本が日本人のための国家」であるためには、どのような国家像が必要で、どのような憲法であるべきであり、どのような伝統や文化を大切にするべきかであり、どのような政治思想を持つ人を選挙で当選させるのかということです。
【自民党憲法改正草案編】につづく
参考書籍
書籍名:『日本国憲法を生んだ密室の九日間』
著者名:鈴木昭典
出版社:創元社
書籍名:『国際条約集』
編集:植木俊哉、中谷和弘
出版社:有斐閣
題材記事
記事名:『敗戦後の日本にGHQが新憲法を作らせたのは、国際法違反ではなかった件』
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

