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『香川県の子供のゲーム利用時間を制限する「インターネット・ゲーム依存症対策条例」訴訟にもの申す!【後編】 ~香川県議員の真の目的とは?~』

まずは【前編】をお読みください。

ゲーム依存症対策条例の何が問題なのか?

香川県が施行(令和2年4月1日)した「インターネット・ゲーム依存症対策条例」のなにが問題なのか?
論点を整理して世直しご意見番が世間に提示する!
(世直しご意見番は、この記事を書くにあたって、香川県が施行した悪法「インターネット・ゲーム依存症対策条例(香川県条例第24号)」を一通り全文読みました。

《ネット・ゲーム依存症について》

まず、始めに述べておかなければならないことがござりんす!
それは、「ゲーム依存症」「ネット依存症」は、たしかに社会問題である、ということです。
大人がギャンブルにのめり込み家庭崩壊を招いたり、人生を台無しにすることの危険性に類似していることは、ご意見番も認めます。

ですが・・・。

「気晴らしにゲームをする」「しっかりと勉強をしながらゲームをする」ことと、「ゲーム無しでは生きられない」「スマホがないと不安でしかたがない」などの依存症をすべてごちゃ混ぜにして定義しています。
つまり、ゲーム利用者(子ども)とスマートフォン利用者(子ども)をすべて一律にして条例を当てはめているのです。
たとえゲームを1日2時間利用しようとも、勉強をしっかりやり成績を維持しているなら、問題はないと考えます。

ゲームをやることが問題なのではなく、その他の「やらねばならないことをやっているか?」ということが大事なことです。
やらねばならないことをやらないでゲームばかりしていることが問題なのです」

香川県の条例は「年齢による分類」しかありません
各家庭での環境、個人の生活スタイル、個人の能力などには違いがあり、一律に規制することは、「ゲームをやっていても正常な生活を維持している子ども」「スマートフォンを夜に利用しても正しい生活習慣を維持している子ども」への自由の侵害です。
たとえ、ゲーム利用で弊害がでる子どもが多くとも、ゲーム利用をしても規則正しい生活をしている子どもが少数であっても、それに対して利用制限をして選択権(自由)を奪うことは憲法違反です。

つまり、ゲームを1日60分(1時間)以上やっても、成績も落ちない、朝もしっかり起床する、家庭のお手伝いもする、などの“ちゃんとしている子どもたち”の自由まで奪っているのです。
それは共産主義や独裁主義の国家が行う手段です。

まとめると、目的(趣旨)であるゲーム依存症・ネット依存症を無くすという趣旨には賛成ですが、手段が間違っている、ということです。
目的が正しくても手段が間違っていれば、それは“間違い”なのです。

こうした発言に疑問を持つ人もいるでしょう。
例え話を使いましょう。
例えば、臓器移植を待つ患者がいるとします。
必要な臓器が移植されなければその患者さんの命がないとします。
それを助けるために「臓器売買」によって臓器を手に入れたとしたら・・・。
それは許されるのでしょうか?

臓器移植を待つ患者を助けるために海外から不法に臓器摘出した臓器を移植することは許されることでしょうか?
また、合法でしょうか?
香川県のゲーム依存・ネット依存対策の条例はこの事例と同じ構図なのです。

《トーンダウンした条例》

前置きとして言うべきものは、条例が素案の段階から変更されている点です。
それは、「基準」としていたネット・ゲーム利用時間(第18条)を「目安」と置き換えた点、学習や連絡目的の利用は時間制限の対象としないこととした点です。

もし、条例の前文で主張している通りに、ネット・ゲーム依存症が社会問題であり、18歳以下の子供たちに教育上悪い影響を与えると確信しているのならば、この条例変更は摩訶不思議なものとなります。(学習や連絡目的の利用は除く)
ここに香川県議員たちの巧妙さと愚かさがあります。

本当に、WHOが認定した『ゲーム障害』が正式な疾病だと固く信じるならば、断固として未成年者のネット・ゲーム利用を制限することが当然、という論理になります。
なのに、なぜ「目安」に変更したのですか?
それは、条例に反対する県民、そしてマスコミに報道され騒がれたことへの配慮でしょう。
つまり、妥協したのです。

それはこの条例を制定しようとする趣旨(目的)に反しています。
香川県議員たちは、自分で自分の首を絞めたのです。

《条例の最大の問題点》

香川県の「インターネット・ゲーム依存症対策条例」の最大の問題点は、やはり第18条です。
第18条は3項までありますが、1項2項を取り上げます。

第18条1項
「保護者は、子どもにスマートフォンなどを使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルール作り及びその見直しを行うものとする」

第18条2項
「保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身につけられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分)の時間を上限とすること及びスマートフォンの使用(家族との連絡及び学習に必要な検索を除く)に当たっては、義務教育終了前の子どもついては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめさせることを目安とするとともに、前項のルールを尊守させるように努めなければならない」

〈第18条1項について〉

「スマートフォンなどを使用する際の危険性及び過度の使用による弊害について、子どもと話し合い、使用に関するルール作り及びその見直しを行う」としています。

いまどき、スマホやゲームの危険性について認識していない保護者は絶滅危惧種でしょう。
そんなことはすでに各家庭で話し合われているケースがほとんどでしょうし、ルールに関しても各家庭で話し合われています。
では、問題はなにかと言うと・・・。

「行政(香川県)が、家庭の問題に口を出していること」
「条例で親子の話し合いやルール作りを強制していること」

です。
(条例を発するということは強制していることと同じです)

罰則はないじゃないか? という方もいるでしょうが、条例を施行するということは法的根拠を持つということであり、それは強制を意味します。
たとえ破ったときの罰則がなくても。

これが「自由の侵害」です。
これが「人権の基本中の基本である、各国民に与えられた各人が各自の自由な選択による生活をおくるための幸福追求権への侵害」です。

簡単に言ってしまうと、「県議会」「行政」が首をはさむことじゃね~!
ということです。

〈第18条2項について〉

「コンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分)の時間を上限とする」

これこそ憲法にある幸福追求権の侵害のお手本とも言うべきものです。
原告が主張しているように政府が科学的根拠を否定しています。
これは、ヒトラーばりの悪法です。
ヒトラーの弟子たちが考えたのではないかと思いたくなるような県民の自由を奪う悪法です。

個人の自由であるゲーム時間を県(行政)が決める憲法上の規定は存在しません

よって、この条例は憲法違反に該当します。
ゲームの利用時間を行政が決めるなどナチスが行うことです。
個人の自由を侵害するのは、いい加減にしなさい!

ただし、ご意見番はゲームやスマホの利用を無制限にしていいという考えは持っていません。
なにごとにも「依存」することは良くないことです。

要するに、ゲームの利用時間を決めるのは各個人であり、行政が口を挟むことでも、条例で守らせるものでもない、ということです。

〈まとめ〉

「子どもと話し合い」
「使用に関するルール作り及びその見直し」

と言っておきながら、具体的に規制数値がある。

「コンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分)の時間を上限」

「スマートフォンの使用はついては午後9時まで(義務教育終了前の子ども)、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめさせる」

としている。

話し合いをさせるのなら、目安も上限も各家庭に任せるべきです。
制限数値を守らせたいなら、「目安」「努力目標」とするべきではありません。

つまり、いい加減で無責任な条例である、ということです。

《条例の盲点》

この香川県が施行した条例には盲点があります。
つまり、抜け道があるのです。

〈スマートフォンの盲点〉

香川県が主張しているように、子どもたちに正しい生活習慣を身につけさせたいのならば、スマートフォンの終了時間制限だけではなく、開始時間を規制しなければなりません。
ですが、スマートフォンの終了時間に関する午後9時と午後10時という制限しか条例では決めていません。
となると、いったい「いつから始めたら条例違反なのか?」という定義がなされていないことになります。

つまり、どうしてもスマートフォンを利用したい子どもがいたら、午後9時または午後10時に終了し、午前0時過ぎ(深夜)に利用しても「午後9時まで」「午後10時まで」という条例に違反しないことになります。

また、夜中から朝方にかけてスマートフォンを利用しても条例違反とはなりません。
学校が休みの土日祝日に朝から制限時間まで、一日中スマートフォンを利用しても条例違反とはなりません。
(あくまでもグレーです)

ですが、条例に「使用に関するルール作り及びその見直しを行う」「子供の学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害などの身体的な問題まで引き起こす」と本気で考えて対策を取るならば、「起床時間は何時」「就寝は何時」と決め、「スマートフォンを利用してよい開始時間は何時から」と条例で規定しなければなりません。
あるいはゲーム規制と同じように、スマートフォン利用時間は1日○○分、と制限時間を設定することです。

おいおい、そこまではどうかな~?
そうです、そういうことを香川県がそもそもしているのです。
そして、その条例制定の目的を軽視したような内容となっているのです。
とても本気でゲーム・ネット依存症を減らすための対策とは思えません。

また、ゲーム利用に関しては1日60分という利用可能時間の制限をもうけているのに、スマートフォンの利用に関しては1日〇〇分という利用可能時間の制限をもうけていないことの説明がありません。
片方は終了時間制限、片方は利用可能時間制限という摩訶不思議な条例です。
ご都合主義ということです。

〈ゲームの盲点〉

もし、こういう行動を取る子どもがいたらどうしますか?
平日はゲームをまったくしない。
でも、土日などの休日の日中にまとめてずっとゲームをしている。
つまり、1日60分という時間を1週間まとめて使うという方法です。
1日に8時間(1日60分×平日5日+休日90分×2日)まとめてゲームをするという利用方法です。

おいおい、利用時間は1日60分と制限しているじゃね~か?
でも、1週間分の利用合計時間には反していない。
「平日は1日60分、休日は1日90分という利用可能時間に関してまとめて利用したらダメとは規定していないじゃないか」という主張が出てもおかしくないのです。

極論ではありますが、こういう方法を取る子どもがいないといえるでしょうか?
こうした法の解釈はありえます。
要するに法の不備をついたものです。
解釈しだいではそれも条例違反ではないと主張する人がでてもおかしくありません。
だって、そうした利用について条例に禁止事項がないのですから。
(極めてグレーな使用法ですが・・・)

この条例にはこうした抜け道(穴)があります。

《時間制限を行政が条例によって押し付けるのは人権侵害》

「時間制限は子どもの睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身につけさせるために必要」

規則正しい生活習慣を身につけさせるためにゲーム・スマートフォンの利用時間を行政が条例によって制限するという発想自体がナチス的発想です。
全体主義的思考です。

こうした行政や議員たちの権力によって、民間人をコントロールしようとすること自体が自由への侵害であり、人権侵害です。

《ゲーム・ネット依存症対策?》

「依存症を減らせるきっかけになればいい」
「時間を区切ることが節度ある生活習慣につながる」
「60分の制限時間は妥当」

と、賛成派の意見にありますが、それはムリでしょう。
こんな条例を作ったからと言って誰が守りますか?
だって、「努力目標」「目安」なんでしょう?
罰則はないんでしょう?
本気でこの条例を守る子どもがいますか?

そりゃ親にとっては子どもの躾の「大義名分」が出来た、となるでしょうが。
だからといって改善されるかと言ったらなにも変わらないでしょう。
愚かな条例であり、愚かな県議員たちだと言っておきます。

恐らく保護者にとっては都合のいい印籠(大義名分)となるでしょうが、子どもたちは「だって目安でしょう?」「だって努力目標なんでしょう?」「だって罰則はないんでしょう?」と主張するでしょう。
つまり、ほとんどの子どもたちが条例をまともに受け入れないでしょう。

大事な論点は、反対派の意見にあるように、「各家庭のしつけやルールの問題で、行政が介入すべきではない」というのが民主主義国家、自由主義国家のあるべき姿だということです。
条例でゲームの利用時間を制限するというのは中国共産党政府のやり口と同じです。

《条例の責務は「努力目標」「目安」に過ぎない?》

香川県側は原告の訴えに対して「この条例が規定する責務は『努力目標』や『目安』に過ぎないことは明らかであるのに、原告側が何らかの被害を被ったかのような主張をしている」と反論しているが、「努力目標」「目安」が意味するのは「必ずしも守らなくてもいいもの」です。(この部分がこの条例の最大の盲点(欠点)であり、抜け穴です)

ならば、ゲーム依存症、ネット依存症対策としては矛盾しているのでは?
香川県側のこの主張は、まったく馬鹿げています。
唯物論であり、人権というものをまったく理解していない人間の台詞です。

原告が受けている被害とは?

午後9時(または10時以降)を過ぎたらスマートフォンが利用できなるなるじゃないですか?
1日のゲーム利用時間が60分と制限されてしまうではないですか?
楽しみが奪われたじゃないですか?

この訴え自体がすでに被害そのものです。
香川県の役人と県議員はどれだけ意地悪なのでしょうか!
呆れた悪法です。

《無責任極まりない条例》

「この条例は、ゲーム依存症やスマートフォン依存症から子供を守るための自治体や保護者などの『責務』を定めたもの」

実は、この文面が重大な条例の欠点を示すものです。
要するに、「子どもたちには条例を守る義務は無いと言っているようなもの」だからです。
つまり、この条例は主に保護者に向けたものなのです。

条例の尊守すべき対象者を「ゲーム利用者である子ども」「スマートフォン利用者である子ども」ではなく、「子どもを養育している保護者」及び「行政」や「学校などの教育機関」としていることです。

本来、ゲーム依存症・ネット依存症を無くすためなら、子どもを「規制対象者」としなければなりません。
あわせて罰則を規定してこそ、法律(この場合は条例)の制定に初めて意味を持ちます。

ゲーム利用者、スマートフォン利用者の子どもの利用時間に「午後9時まで」「午後10時まで」「1日60分」という明確な規定数値を出しておきながら、その順守対象者が保護者と行政なのです。
これは明らかに間違っている。
未成年者だからと、もし言うのならば、条例そのものを制定する必要性を否定することになります。

明確で具体的な時間制限を条例で示しておきながら、「努力目標」「目安」そして「罰則規定無し」という無責任極まりない条例なのです。

アチキには香川県議員たちが本気で、ネット依存・ゲーム依存症を撲滅しようとしているとは思えません。
では、どうして香川県議員はこの悪法(条例)を制定したのか?

香川県議員たちの真の目的は?

《香川県議員の条例施行の目的とは?》

おそらく全国の保護者たちは、子どものゲーム利用とスマートフォン利用に関する躾(教育)で悩みを抱えていることでしょう。
子どもにゲームやスマホを無制限で使用して良い、と思っている保護者は非常に稀でしょう。
一方、子どもたちは可能な限りゲームを楽しみ、スマートフォンを利用したいと思っているでしょう。

では、選挙で投票権を持っているのはどちらでしょうか?
聞くまでもないことですね。

確かに世間には子どもたちのゲーム依存・スマートフォン依存をなんとかしたいというニーズが存在します。
これを香川県議員たちが利用したのです。

つまり、香川県議員たちは憲法を無視し、自由を侵害し、幸福追求権を侵害することよりも、一部の県民(保護者)のニーズにこたえることで票を獲得することを狙ったものです。
それが問題か?という人もいるでしょう。

《民主主義の欠点》

この条例の問題は「衆愚制」ということを意味しています。
民主主義が正しく機能するには、民衆が正しい知識や正しい判断が出来ることが前提となっています。
民主主義国家の主権者は国民(民衆)です。
その主権者である国民の代理として選挙で選ばれた代議士が立法や行政を行います。
ですから、主権者である民衆に正しい知識と良心がなければ国民を不幸にする政策(立法)をする政治家を選出してしまいます。
それによって悪法が生まれ、結局、苦しむのは主権者である国民となります。

この条例の間違いは、「目的のために手段を選ばない」という選択をしてしまったことです。

ゲームばかりしている子どもを持つ保護者たちのニーズにこたえるために条例で解決しようしたことです。
こうした依存症の根本的な解決に条例は有効ではありません。
条例の制定で子どもたちのゲーム依存がなくなるかのしれないと考える発想が間違いです。

《なぜ条例に罰則がないのか?》

この問題に関心のある方がこの記事を読んでいると思いますが、その方々に質問します。

「なぜ、罰則がないと思いますか?」

その答えは、すでにこの記事の中にあります。

この条例の責務対象者は「保護者」であり、「行政」であり、「学校等の教育機関」などなのです。
子どもへの制限数値を示しながら、実はこの条例を守るべき責務を負っているのは、実は保護者と行政側なのです。

この条例は、「罰則を作らなかった」のではなくて、「罰則を作れない」のです。
「罰則をあえてつくることをしなかった」のではなく、「罰則を作ると大変困る」ことになるのです。

困るとは、この条例を立法した県議員と香川県の行政が困るのです。

罰則は条例を守るべき責務者に向けられます。
つまり、罰則を作るということは、「1日60分以上ゲーム利用させてしまった保護者」「午後9時以降または午後10時以降にスマートフォンを利用させてしまった保護者」「ゲームとスマートフォンの利用に関して話し合い、ルール作りをしない保護者」を罰することになるからです。

要するに、罰則を作ると有権者である保護者を罰することになってしまうからです。

すると、どうなる?
票が逃げます。
次回の選挙でこの条例に賛成した県議員たちは落選してしまう。
だから、「この条例の罰則は施行できない」のです。

さらに、行政側もこの条例の責務者なので、自分たちがつくった条例によって、自分たちが罰されることになるからです。

この制限数値を本気で子どもたちに守らせようとすると、ナチスくらいの有無を言わさぬ強制力を行使しないかぎり、無理なのです。
そんなアホな条例を真面目に施行したのですから、香川県議会は全国に恥をさらしただけなのです。

同じ論理を香川県議員と賛成した大人たちに提示する!

同じ論理を香川県議員と賛成者の大人たちに提示する!
速やかに以下の条例を施行せよ!

『香川県議員と香川県民が守るべき社会規範と風紀秩序を保持する条例』

第1条『一般人の規範となるべき香川県議員の生活に関する条例』

1項
「香川県議員は、午後10時には就寝し、午前5時には起床すること」

2項
「香川県議員が参加する酒を伴う会合等は午後10時までとする。又、香川県議員が参加する宴会においてコンパニオンが接客することを禁止する」

3項
「香川県議員が業務としての視察旅行に行った場合は、飲酒することを禁止する」

第2条『香川県民(成人)に関する風紀秩序を保持する条例』

1項
「香川県民(成人)が、パチンコ、競輪、競馬等のギャンブルをすることを固く禁止する(子どもたちに悪い影響を与えないという目的)」

2項
「香川県民が浮気・不倫することを禁止する(県内の風紀秩序を保つため)」

3項
「65歳以上の香川県民が自動車等の運転をすることを禁止する(交通事故を防ぐことを目的とする)」

など・・・。
いくらでも悪法は作れるのですよ。

大義名分が間違っていないからといっても、子どもたちの基本的人権を破壊するなら自分たちもそのお手本となりなさい。
速やかに上記の条例を香川県議会で立法しなさい!!
香川県議員は、自分たちで手本を示しなさい!

香川県の浜田恵造知事にもの申す!

あなたの発言した動画を観ました。
浜田知事はこう発言した。

「憲法の理念や子どもの権利条約に反したものではない」

だが、どう考えても憲法に反する。
さらに、条例を制定する目的と内容が非常に矛盾している。

いったい香川県は、ゲーム依存症・ネット依存症を無くしたいのか、無くしたくないのか、はっきりしない条例である。
県民の票を取るための「いい子ちゃん政策」は止めなさい!!
知事がこんなでは、香川県民が可哀そうである!

香川県民にもの申す!

香川県が施行した「インターネット・ゲーム依存症対策条例」は、間違いなく悪法です。
この条例の制定に賛成した県議員たちを次の選挙で落としなさい。
それが正しい民主主義の手段です。

保護者の方々よ、この条例をよく理解してください。
結局、目的に対する法の整備も不備であり、効力もなく、ただただ、保護者からの票を得たいがための「仕事してますよ~」的な条例の制定です。
騙されてはいけません。

子どもを養育する権利は行政から指示されて、条例で規定されて行うものではありません。
各家庭の人生観と価値観に基づいてなされるべきものです。
ゲーム利用を制限する条例が制定されたと喜んではいけません。
この条例を守る義務と責任は保護者にあるのですから。
逆に言うと、責任を行政から押し付けられたと言っても過言ではないのですから。

このような条例しか施行できない県議員(県議会)など不要です。
若者を中心にして香川県民は革命を起こしなさい!

原告の渉さんがもし、その気があるのなら、将来、県議員となって香川県の改革をするのもいいでしょう。

原告の渉さんにご意見番がエールを贈る!

原告の渉さんは、なんと高校生というではないですか!
驚きんした!

それもクラウドファンディングで資金を集めて裁判費用を捻出するなんて、今どきの若者でありんすな!

おそらくほとんどの高校生が「そんなもん、無視してればいいんだよ」「関係ね~!」と思っていることでしょう。
それを、裁判に訴えるということはなかなか出来ることではありんせん。
その決断力、行動力には驚かされます。
その驚きは尊敬に値します。

渉さんの勇気ある行動にエールを贈ります!
世直しご意見番は、渉さんをこれからも応援してござりんす!
ファイトでありんす!!

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

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