【タクシーという職業】
〈タクシーという業界は〉
タクシー業界は、世間の経済における景気不景気をはかる指標とされる業界であり、職業でもある。
それはなぜかというと、経済の好景気と不況によって人の動き、お金の使い方がタクシーという乗り物に良く現れるからだ。
古い話だが、バブル期には企業がタクシーチケットをバンバン使い、社員は営業活動や深夜の帰宅に使い、また取引先などに配っていた。
社員としては、経費だから心置きなくタクシーで移動、帰宅できる。
それがリーマンショック以後に激減した。
企業が交際費を削ったからだ。
それによって社員は安易にタクシーを使用できなくなった。
もちろん仕事が深夜になっても終電で帰宅するように勧められる。
そこへもってきて働き方改革が起きた。
企業は深夜の就業が出来にくくなった。
こうした社会の動向がタクシー業界に大きく影響しているのだ。
要するに、タクシー業界とは、構造的に社会に依存する割合が高い業界なのだ。
タクシーとは、好景気と不景気の波をもろにかぶる業種なのだ。
〈タクシー業界の特徴〉
タクシー業界は各タクシー会社がタクシー料金を自由に決められない。
行政の許可が必要で、基本的に不平等を無くすという理由でほぼ各社同じ料金にしなければならなくなっている。
企業活動が活発になり、営業での移動、帰宅時のタクシー使用が大きな収益となっているため、企業活動が悪くなると、直接その波をかぶることになる。
不景気となると、個人も財布のひもを締めるようになる。
タクシーを使用することは、どうしても必要な人や高齢者を除けば、ある意味「贅沢」であるからだ。
だから、不景気になるとタクシーを使用する個人は節約のため使用をひかえる。
使用をやめたり、距離を短くして使用するようになるのだ。
景気が悪くなる要因の一つに、「増税」がある。
昨年消費税が10%上がった。
基本的に消費税などの増税があると、人間というものは財布のひもを締めたがる。
それは企業も個人も同じだ。
消費税が上がった分をどこかで節約しようとする人間の心理が働くのだ。
(給料があがっていなければ)
要するに、増税か減税か、ということがタクシー業界に影響するのだ。
景気が良いと人は外出する機会が多くなり、飲食店や夜の繁華街で酒を飲む。
それが不景気になると夜の街に飲みに行く人は減り、また使用する金額も少なくする。
また、できるだけ安い店を選ぶようになる。
遊ぶにしてもどこかを節約しようとする。
それは当然だ。
“飲んだらタクシーを使って帰る”ことは大げさに言えば文化であり、ある意味社会を映す鏡なのだ。
給料が上がらない、景気が良くならないとなると、贅沢なタクシーを使用する機会と金額は減るのである。
タクシーとは、特殊な事情がある人、高齢者、ケガをしている人、障害がある人などをのぞけば、「贅沢な交通手段」であり、「生活に最低限必要なものではない」という業態なのだ。
この経済の景気指標にされるタクシー業界が、新型コロナウイルス感染症による影響でどうなっているのか? を考えてみる。
【タクシー業界を襲ったコロナショック】
タクシー業界は、新型コロナウイルスの感染拡大で最も影響を受けている業態のひとつである。
それは先で述べたようにタクシー業界が世の中の景気動向の波を直接被る業態となっているからだ。
〈タクシー業界のコロナショック〉
東京オリンピックの延期
3月24日に東京オリンピックの延長が発表された。
タクシー業界は、大手を中心に東京オリンピックに向けての対策を取っていた。
(詳しくはまた別の機会に)
海外から来る大勢の客のため、英語を学習し、タクシー車両も従来のセダンタイプからイギリスのブラックキャブを真似た新型車両に随時切り替えている最中だった。
この新型車両への切り替えは東京オリンピックを焦点としていた。
つまり、タクシー業界としては、東京オリンピックで稼ぐことを期待していたことが、台無しになったのだ。(延期のこと)
新型コロナウイルスによる外出の激減
新型コロナウイルスが日本においても今年1月発生した。
1月、2月、3月となるに連れて、未知のウイルスに感染することを恐れて外出を控える人が増えていった。
その理由は、タクシーとは「密室」、つまり「密閉空間」だからだ。
もちろん窓を開ければいいのだが、乗客が一番恐れるのはドライバーから感染してしまうことだ。(もちろん逆もある)
それプラス、タクシーに乗車することで感染することを恐れることだ。
不特定多数の乗客を乗せるタクシーでは、自分の前に誰が乗っていたのか分からない。
もし、自分の前に乗車した客が新型コロナウイルスに感染していたら、自分も感染してしまうと考えてタクシーの利用を控えるようになる。
決定的だったのは「緊急事態宣言」「自粛要請」である。
これは語る必要はないだろう。
政府や都道府県からの自粛要請は社会構造を大きく変えた。
テレワークによる就業の変化。
タクシー乗客では、ビジネスマンの存在は欠かせない。
昼間はビジネスの移動に、夜間は取引先への接待(タクシー代を払う)や帰宅の足として使用する。
それが、テレワークが増えることでタクシーを都心で利用する客が激減した。
テレワークをする人が増えるということは、昼間の移動も終電後の帰宅にもタクシーを使わないということだ。
テレワークとはタクシー業界にとっては天敵みたいなものなのだ。
新型コロナウイルスの感染防止。
「外出の激減」のところで述べたが、何よりタクシーにとってのコロナショックとは、「タクシーに乗ることにより感染することを防止する」という人間の防衛行動であろう。
これが、タクシー業界におけるコロナショックの重要点であり、中心地であろう。
もちろん、各タクシー会社は透明なアクリル板を設置する、消毒を徹底するなどの対策を当然のごとく行っているが、人間の心理として「怖いものは怖い」「感染する可能性が0と言えないならやめる」ということになる。
旅行客がいなくなった。
タクシーにとって、羽田空港や成田空港などに行く旅行客は欠かせない上客だ。
(成田空港への客はいまでは珍しい)
それが、旅行どころか移動さえ出来なくなった今はタクシーにとっては、大打撃でしかない。
繁華街から客が消えた
タクシーにとって、繁華街で飲んだ客はお得意様的な存在である。
タクシー業界と夜の飲食店(バーやクラブなど)は、言ってしまえば共存共栄の存在である。
両者にとって欠かせない運命共同体である。
夜の飲食業が衰退すれば、当然タクシー業界もその影響を直接受ける。
終電後の街から客が消えた。
終電後の客こそ、タクシードライバーにとっては“狙いたい客”なのだ。
それは“万収”と業界で呼ぶところの1万円以上の売り上げになる客が多くいるからだ。
タクシードライバーは、深夜終電が無くなるタイミングを待っている。
そして、終電を逃して、他県などに自力で帰宅できない遠距離の客を乗せることで大きく売り上げを伸ばすことができる。
タクシードライバーと業界にとって、終電後の遠距離の客が減るということは、大ダメージなのだ。
ただ、近年この遠距離の客は長引く不景気のせいで減ってきている。
コロナショックにより、0とは言わないが、今現在は、遠距離の客を乗せることが出来たら、超ラッキーだとなるだろう。
イベントが中止・延期になった。
コンサートなどのイベント客もタクシーにとっては大事な集客となる。
野球、野外ライブ、などのイベント後にお金に余裕のある人はタクシーを使うからだ。
イベントが中止になるということは、タクシー業界にとっては客がいなくなることと同義である。
冠婚葬祭が少人数となった。
また、実は冠婚葬祭もタクシー業界にとっては大事な集客となる。
都心のホテルなどで結婚式をして、地方から出てきた人たちが空港や駅に移動するためにタクシーを利用するからだ。
なかには昼間から万収と呼ばれる遠距離の客を乗せることができる。
だから、タクシードライバーは都心のホテルなどで結婚式と宴会後の客を狙ってホテルで客待ちをする。
ホテルや結婚式場、あるいは葬儀場から人が減るということは、タクシーにとっては客がいなくなることを意味する。
〈タクシードライバーの現場の声〉
「昨年の消費税増税の影響で乗客数は減り、増税の影響なのか、稼ぎ時である年末の利用客も例年よりも少なかった。そして年が明けてからの新型コロナウイルスが決定的となりました。年々厳しくなっていましたが、懐具合はしんどくなる一方です」
「自粛要請が出て、人影を探すことすら苦労した。あまりにも人がいないので色々な街を彷徨った」
「売り上げが下がり続け2万円を切るようになった」
タクシー業界の平均営収(営業収益、つまり一台が一日で稼ぐ売り上げのこと)は、コロナショック前は約4万円だったと思われる。
それが2万円を切る、というのは大打撃だ。
繁華街であり、通常であればタクシーで溢れかえっている、六本木、渋谷、新宿、池袋、銀座、これらの街から人が消えた。
それは同時にタクシーの客が消えたことを意味する。
だが、4月半ばから状況が少し良くなったようだ。
というのはタクシーの台数が減ったからだ。
ロイヤルリムジンなどの一部のタクシー会社が乗務員を解雇したり、休業するなどの会社が現れた影響で街からタクシーの台数が減ったことにより、一時的に良くなったように見えただけだった。
基本的にタクシーは、世間のタクシーを利用する乗客数と営業するタクシーの台数によって売り上げが変化する業態なのだ。
「コロナショックは、リーマンショックと東日本大震災が同時に来たようだ」
「長年タクシードライバーをやっていて、こんなこと初めてですよ」
「1日の営収が激減して、食べていけない」
「先が見えない。感染症が収まっても数か月は同じような状況では、不安でしかたがない」
「正直、普段であれば、短い距離の客は乗せたくない。でも、今はそんな考えは贅沢で間違っていたことに気がつかされた」
「たぶん、コロナショックにいちばん敏感で、恐怖を感じているのはタクシードライバーですよ」
タクシードライバーは高齢者が多いのが特徴だ。
最近では新卒でタクシードライバーをする人もいるが、それはほんの一部だ。
たいていの人は事情があって、転職が出来ないが、ある程度の収入を必要とする人がタクシードライバーになる。
よって、中高年がこの職業の大部分を占めるようになる。
「お客様から『お前らがウイルスをバラまいているんだろう』と難癖をつけられて、傷つきました」
タクシードライバーも差別と闘い、自身が感染するかもしれない恐怖と闘いながら社会を支えているのだ。
【タクシー業界の大きな欠陥】
「酒を飲んだ客」「終電を逃した客」「ビジネスで移動する客」「接待されてタクシーを使用する客」が激減した。
眠らない繁華街が眠るようになり、街から人が消えるということはタクシー業界にとっては死活問題なのだ。
タクシーの業態の大きな欠陥がここにある。
つまり、タクシー事業そのものが構造的に自力でお客を増やす力をもっていないのである。タクシー事業という構造自体が、世間の経済事情、企業活動、個人の自由な交通手段の選択に依存する傾向をずっしりと持っているのである。
ですから、コロナショックにより一番影響を受けている業界のひとつがタクシー業界である。
そして、タクシードライバーの収入は、歩合制であるため、ドライバーの生活を脅かす要因となっているのです。
景気がよくなれば、自然と稼げますが、不況となると、とたんに営収が減るのです。
それが歩合制(売り上げの50~60%が収入となる)のタクシードライバーを直撃します。
ですから、今回のコロナショックによって辞めていく人たちが出ています。
それに加えて会社から解雇された人も含めると、生活に困窮しているタクシードライバーがどれだけいるのか考えるだけで恐ろしくなります。
とてもとても可哀そうでありんす。
【社会に必要とされる職業】
タクシードライバーを社会の底辺と見る人もいるようだ。
だが、日本国憲法に規定されているように、日本国において「職業の貴賤はない」のである。
それはほんの一部の傲慢な人の思い上がりである。
ここまで述べてきたとおり、タクシー業界はその体質を社会経済に依存する構造を持っている。
だが、障害を持つ人や、車いすで病院や外出をする人、地方から来て都会の街を知らない人、急いで移動しなければならない人、終電を逃した人、そして震災があったときに他の交通手段がなくなった人、こうした人たちにとってタクシーは必要な存在なのだ。
世の中にある職業で不必要なものは無い。
現時点の人間社会においてはタクシーの存在は、特に都心部では欠かすことができないものである。
そして必要な職業の人たちである。
社会の景気動向を知りたければ、タクシーに乗ってドライバーに聞いてみろ、とよく言われる。
事実、ライターや経済を学ぶ人たちはタクシーに乗って必ずドライバーに「最近、景気どうですか?」と声をかける。
コロナショックだけではないが、日本における経済活動を考える上でタクシー業界を知ることはとても重要となる。
何度も述べたが、“タクシー業界は社会の経済動向を映す鏡”だからだ。
【政治家たちに、もの申す!】
総理よ、各首長たちよ!
そして与党、野党の政治家たちよ!
タクシー業界を経済の指標とせよ!
いくら政府の発表で経済指数が上がっていますなどと官僚が作成した数字を見せても本当の世間の景気動向を知ることにはならない。
社会の本当の景気動向を知りたかったら、タクシードライバーに聞くことが一番良い。
タクシードライバーが「景気が悪い」というなら、それはまだ社会全体が良くなっていないのだ。
逆にタクシードライバーが「景気が良くなったようだ」というなら、社会全体の経済が上向いているなによりの証拠だ。
誤魔化せる経済指数など捨て起き、タクシードライバーに聞くことで経済の実態を知りなさい。
つまり、タクシードライバーが潤うような社会とすることが、政治家が取るべき経済対策であり、政治家がやるべきことなのだ。
一部の大企業だけが経済的に潤っても、中小企業が9割の日本社会においては、真に経済が良くなったとはとても言えない。
政治家は常に、タクシードライバーの意見に耳を傾けて、本当に社会が豊かになっているのかを把握しなさい。
【ご意見番はタクシードライバーにエールを送る!】
「自身も新型コロナウイルスに感染する恐怖と闘いながら、仕事をするタクシードライバーに敬意と感謝、そしてエールを送る! 頑張りんしゃい!」
【お知らせ】
このタクシー業界の話は数回にわたってのシリーズとする予定です。
また、「困っていること」、「社会の中で許せないこと、怒っていること」などのコメントを募集しています。
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