『病院の休日について、もの申す!』

病院はどうして日曜祝日休みなのか?

アチキはねぇ~、ずっと前から疑問に思ってたことがありんす!
きっと、たくさんの人が思っていることでもあると思うんですよ。

それは、「どうして病院は日曜祝日を休みにするのか」ということでありんす!

そこのあんたも、日曜日や祝日に病院が診察・治療をやってくれたら、助かるのにな~と思っていませんか?

念のために言っておくけどなっ。
ここで言う病院っていうのはよ~、大きな病院のことだよ。
大学病院とか、緊急指定の病院とか、市や町で経営している病院とか、ある程度規模の大きい病院のことだぜ。

だってよっ、個人病院じゃ、医院長しか医者がいないじゃないの。
それじゃよっ、いくらなんでも休みがなくて医者が倒れちまうっつうもんだ。
働き方改革なんて言ってる世の中だからな。
医者にも休みは必要だよ。

ただよっ! なんでみんな同じように病院は日曜祝日を休みにするんでぇ~?
他の曜日でもいいんじゃねぇ~の。
その地域で、うちは火曜を休日にするから、おたくは木曜日に定休にしてくんなよ。
なんて、地域の病院同士で話し合えば、個人病院でも日曜祝日の診察は可能なんじゃね~のか?

アチキもその昔子育てをしていてなっ、小児科で日曜の午前中だけ診察してくれる個人医院があって、よくお世話になったもんだよ。
子供っていうのはよ、休みの日なのに病気になったり怪我したりするんだよな。
だから、子供を持つ親には日曜祝日に普段通り診察と治療をしてくれるのが、ありがてぇんだよ。
大きな病院だって、急患なら診るよ、っていう話もあるよな。
でもそれって保険は使えない、専門医に診てもらえない、検査は出来ないで、意味あんの? ってな感じだよな。

医者に必要なのは「仁」の心。

隣の国の朝鮮半島が朝鮮王朝だった時代に「ホ・ジュン」という名医がいた。
そのホ・ジュンは心医と呼ばれていた。
心医とは、患者を慈しむことが出来る名医のことだ。
つまり、患者の傷み苦しみを自分のことのように感じることが出来る医者ということだ。
もちろん患者を治す医者としての腕も一流じゃなければならない。

ホ・ジュンが当時、心医と呼ばれていたユ・ウィテの弟子になり医術を学んだ。
ホ・ジュンは人一倍医学の知識があった。
当時手に入る医学書はすべて読んでいた。
彼は庶子(平民の子)でありながら、王の主治医まで出世した人物だ。
やがて彼は自分の腕を医官として役立てようとした。
そして、医官を目指すために科挙(医官の)の試験を受けに都に旅立つ。
その途中で立ち寄った村で急患を診ることになった。
その病人を治したことがきっかけで彼の元にわれもわれもと病人が押し寄せたんだ。
でも彼は科挙の試験に行かなくちゃならない。
田舎の村で医療行為をするために故郷から出てきたわけではないからだ。
なのに、ホ・ジュンは頼ってくる村人を放っておけなくて次から次へと病人を診察した。
そのせいで科挙の試験時間(医官の試験)に間に合わなくて試験を受けることができなかった。
そんなことなかなか出来ることじゃね~よ。
試験に間に合わなかったなんて、ホ・ジュンていう男は馬鹿だな。
なんて、のたまうやつもいるだろう。
でもよっ、彼は病気で苦しんでいる患者を見捨てておけなかったんだ。
自分の出世より、村人の病気を治すことを優先したってことだよ。

ホ・ジュンは東洋医学の医者で、現代の日本には西洋医学の医者ばかりで違いはあるけどな。
医者には医学という難しい知識と技術が必要なことは論を待たね~よな。
でもよ、知識よりも技術よりも大事なものがあると、アチキは思うんだよ。
それが何かって言うと「仁の心」じゃね~のか。
つまり、患者を心から慈しむこと患者の身になって治療すること
その仁の心を持っていなかったら、医者と呼べないんじゃね~の。
派閥、学閥のなかで出世ばかり考えたり、自分の手柄ばかり気にしているようじゃ医者なのかなんなのかわかんねーよ。

アチキも病院で嫌な思いをしたことが何回もあるよ。
高慢でエリート意識気取りで、冷たい対応、機械的な作業の医療行為をする医者がいるよな。
悲しいことだ。

医者になるための試験に「どれだけ病気の人を慈しめるか」という試験を取り入れるべきなんじゃねーの。
とにかく医者にとって一番大切で必要なものは知識より技術より「仁の心」だってことだ。

現代の医者は・・・。

ホ・ジュンとは言わねーが、心底患者のことを考える医者がどれだけいるかね?
医者という職業に就くのは「高収入だから」「権威ある職業だから」「エリート意識が持てるから」なんて理由が医者になる動機のなかに混じってないかい?
もちろん、多くの医者は「人を援けたい」「病気を治してあげたい」という動機であると信じたいよ。
でもよっ、「先生!先生!」って、呼ばれているうちに天狗になってしまう。
また、先端医療を学び過ぎて人間が臓器を持ったロボットのように思っている医者も現れてしまう。
いわゆる唯物論だ。

医者になるには大変な努力をする必要がある。
大きな病院の医者になればなるほど、勉強をし過ぎて大切なものをどこかに置いて来てしまったような人が多くなる気がするよ。
その証拠に態度がでかい。

医者はサービス業で患者はお客だ、とは言わねーよ。
でもよ、仁の心が医者の心だとすると、レストランの接客サービスよりも優しく、コンビニの店員よりも丁寧な応対をし、営業マンよりが顧客を大切にするよりも患者を大切にするべきじゃねーのか。

そうした病人の立場に立てば、日曜祝日は休みます、なんて言ってらんねーだろう?
勘違いするなよっ!
医者に休むなっていってるわけじゃねーぞ。
病院に対して言っているんだ。
だから、大きな病院は年中無休で患者を受け付けて治療するけれど、医者は交代で休暇をとればいいと言いたいんだ。

なんだって?
医者不足。
看護師だって休みたい。
日曜祝日は家族と過ごしたい。

だったら、サラリーマンになれば良かったんじゃねーのか。
別に年中無休じゃなくたって生活できるはずなのにスーパーマーケットだって日曜祝日に営業してるじゃねーか!
病人には日曜祝日なんて関係ね~んだよ!
それを考えたら大きな病院、特に緊急指定されている病院は年中無休でなければならないはずだ。

なに?
いろいろな事情があるんだ!って。
だったら、そういう問題を解決していけ。
問題意識を持つでもなく、問題を解決する努力をすることもなく、「治療は平日にしてください」なんて言ってるようなら、お役所(公務員)と一緒じゃねーか?

必要なら政治家に掛け合え!
必要なら法律を創れ!
必要なら医者を増やせ!
AIを活用しろ!
自動化できるものは自動化しろ!

本当に病気の患者を救いたいと思って医者になったなら、病人が苦しんでいるときを逃さずにいついかなるときも受け入れて治療にあたれるようにすべきだ。
それが病院の使命じゃね~のか?

アチキが言いたいのは緊急を要する重症患者だけいつでも受け付ける、いつでも対応するというのではなく、軽症でも風邪であっても、どんな軽傷の病気やケガであっても、いつでも病院に行って医療行為を受けられるようになることが世の中のためになるってことだ。
もちろん簡単にはいかないだろう。
いろんな問題はある。
だけど、変えようと思わないなら永遠に変わることはない。
変革をするという思いが無ければなにも始まらない。
日曜祝日に病院が休みという常識を壊せ。

病院は誰のためにある?

病院ってのはよっ、いってぇ誰のためにあるんでぇ~?
それは医者のためにあるんじゃね~だろう。
病院は病気の人を治すためにあるんだ。
だったら、病気になったそのときにすぐに治療しないと病院としての役割を果たしていないのではないか。

世の中、平日(月~金、または土)に働いて日曜祝日が休日の人がたくさんいるんじゃね~の。
もちろんサービス業などの職業の人は平日に仕事が休日であることがあるよな。
でもよっ、会社勤めなんかしている連中は、病気になったら仕事を休んで病院に行かなくちゃなんね~んだよな。
それがよっ、日曜祝日に病院が診療していれば、喜ぶんじゃね~の?

例えば日曜日に具合が悪くなったけど病院が休みだから月曜日に会社を休んで病院に行くなんてよくあることだよな。
それがよっ、日曜日に病院が治療をしていれば治療してもらって薬を処方してもらうことができる。
便利じゃね~か!
そのほうが早く治るんじゃね~か。

つまり、日曜祝日に病院で治療してもらいたい人がたくさんいるだろう、ってことだ。

世の中には「常識」や「当たり前」ということがある。
病院は日曜祝日が休業という常識。
それが当たり前。
医者だけでなく、患者側もそう思ってねぇ~か?

だけど言わせてもらうぜ。
「常識」「当たり前」という価値観を壊すことが世直しの始まりなんだよ。

【ご意見番は改革を求める!】

大きな病院は、日曜祝日こそ医療行為をせよ!
そのために必要な改革をせよ!

【ご意見番から一言】

医者は患者を心の底から慈しむ「仁の心」をもって治療せよ!

「仁の心」無き医者は医者にあらず。

お読みいただき、ありがとうござんした!


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