『“保守の憲法論”最終結論【自民党憲法改正草案編⑥】~「前文」「天皇」「国民の権利と義務」について~』
自民党の改正草案は、明らかに国民個人よりも国家全体を重視または上位に位置付けていることは明白です。その言葉こそが「公益及び公の秩序」という鎖です。この言葉によって国民を縛ろうとしているのです。 国民一人ひとりの自由や人権を制限する法秩序(憲法改正草案)とは、全体主義に他ならない。決して民主主義でも立憲主義でもない。 「全体主義憲法」、これが自民党の改正草案の正体である。
自民党の改正草案は、明らかに国民個人よりも国家全体を重視または上位に位置付けていることは明白です。その言葉こそが「公益及び公の秩序」という鎖です。この言葉によって国民を縛ろうとしているのです。 国民一人ひとりの自由や人権を制限する法秩序(憲法改正草案)とは、全体主義に他ならない。決して民主主義でも立憲主義でもない。 「全体主義憲法」、これが自民党の改正草案の正体である。
自民党の草案で、「個人」という概念を削除したということは、その先につながる「個人の自由」「個人の人権」を消し込むものです。 自民党の憲法改正草案、13条の修正は民主主義から全体主義に変貌させるものなのです。 「精神的自由」こそが人間にとって最も大切な自由であり、決して奪ってはならないものです。 精神的自由は、経済的自由や国家権力による政治活動の自由、マスコミ等の報道の自由よりも優越的な地位を占める自由なのです。
小林節氏が指摘しているように、自民党憲法改正草案を読めば、自民党の政治思想、国家像、価値観がわかります。 自民党の憲法改正草案とは、「国家権力と国民の関係を逆転させている」=「国民に憲法尊重義務を課している」という点にすべてがある。 自民党の憲法改正草案の悪質性の原点(源泉)が102条にある。 この政治思想は、民主主義及び立憲主義でもなく、全体主義または独裁主義に他ならない。 この原点(源泉)から、悪質な改正条文が導かれている。その究極の悪こそが「緊急事態条項(国会機能維持条項)」なのです。
民主主義とは、「国民の意思」によって国家権力を構成し、運営されるというものです。 そのために立憲主義が必須となるのです。 そもそも民主主義とは、国民による支配であり、立憲主義とは、法による支配です。 ですから、法(憲法)に従わず、国民の声を無視して蔑ろにする権力者とは、民主主義及び立憲主義の側にいない存在となるのです。 民主主義と立憲主義の側に立たない政治家とは何かといえば、全体主義の側に立つ存在でしかないのです。
憲法を知らない? 「無知は罪」であることを知るべきです。 国民が憲法を知らないと、政治家や役人がやりたい放題をしてしまうのです。国民を幸福にするどころか、逆に不幸にしてしまうのです。国民の自由と人権を守るべき政治家や役人が、逆に国民を不自由にし、人権を奪ってしまうのです。 憲法とは、国民が国家権力と戦う矛であり盾となるものなのです。 国民が憲法を知ること、憲法を武器として国家権力に抗することが、国民自身を守ることになるのです。 憲法とは、「国家権力を管理するための最高法規」。
前編の【国際法編】までは、過去への価値判断です。しかし、この【自民党憲法改正草案編】と【最終結論編】は、“現在から未来に向かっての価値判断”となっています。 正しく道を歩むためには、過去の間違いを分析し、真実を取り戻す必要があります。ですがそれだけでは、希望の未来は訪れません。いま立っている時点からどのような未来像を描くのかということなしに、希望の未来は開けないのです。過去の分析は未来の希望を実現するためにこそ奉仕するべきなのです。 無関心は隷従を意味し、無抵抗は自ら奴隷となることを意味するのです。 愛なき者に正義はなく、知恵なくば自由は守れないのです。
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簡単に言いましょう。 「占領」も戦時国際法の適用範囲だということです。 ハーグ陸戦条約が規定するのは「戦闘状態」ではなく「戦争状態(認定は問わず)」であり、軍事行動(軍事活動)を行うあらゆる軍事組織が遵守するべき国際的法秩序なのです。 ハーグ陸戦条約第43条とは、「占領軍の意思によって占領地の憲法等の法秩序を変更することを諫める(条件付き)する国際法」です。 つまり、“条件が満たされない限り”、占領地の憲法等の法秩序を変更することを実質的に禁止するものです。その条件とは、占領が不可能になるほどの「絶対的な支障」です。
日本国憲法の中身はアメリカ合衆国の政治思想の集大成であり、世界各国の憲法と国際連合の憲章などを参考にして書かれたものです。そうしたことを当時の保守層である日本政府の人間がするはずがないし、またそうした能力もない。人権のわからない当時の保守層である人間たちには、日本国憲法にある人権条項は書けるはずがない。なぜならば、国民の人権とは天皇の下にあるからと考えていたから。 重要なことは、当時の日本政府の憲法草案をGHQが破棄したことであり、日本政府の自由なる意思を排除したことです。これはポツダム宣言に反することである。だからこそ、新憲法草案を日本政府が作成したと国民に発表し、修正作業を日本政府(議会等)で行わせた。
では、芦田修正における芦田均などの自衛隊護憲論とは何か? それは現実問題として軍隊である自衛隊がすでに存続しているため、現実に合わせて憲法の解釈を変えたということだと言うしかない。つまり、政府見解とは現実論であり、正しく素直に憲法条文を理解するものではないということ。