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『“保守の憲法論”最終結論【日本国憲法の源泉編】⑩】~憲法第9条は幣原首相による発案なのか?~』

これまでの記事

【日本国憲法の源泉編①】~マッカーサー草案へのプレリュード(前奏曲)~
【日本国憲法の源泉編②】~マッカーサーの日本改造プログラムとは?(2)~
【日本国憲法の源泉編③】~日本国憲法の「原液」とは?~
【日本国憲法の源泉編④】~マッカーサー・ノートについて~
【日本国憲法の源泉編⑤】~密室の9日間(2月4日)~
【日本国憲法の源泉編⑥】~密室の9日間(2月5日・6日)~
【日本国憲法の源泉編⑦】~密室の9日間(2月7日~9日)~
【日本国憲法の源泉編⑧】~密室の9日間(2月10日~12日)~
【日本国憲法の源泉編⑨】~日本の命運を決める日~

憲法第9条は幣原首相による発案なのか?

《憲法9条(戦争放棄)幣原発案説の真相》

〈1946年1月24日の会談で何があったのか?〉

1946年1月24日正午、幣原首相が第一生命保険ビルの連合国総司令部のマッカーサーを訪問している。
この時の出来事が後世問題となっている。その問題とは「憲法9条(戦争放棄)幣原発案説」に他ならない。
このことも護憲派の人たちが「日本国憲法日本製説」を主張する論点となっている。
残された資料(情報)としては、マッカーサー回想記および幣原回想録(外交五十年)がある。
「9条幣原首相発案説」は、1月24日に幣原首相とマッカーサーで会談が行われ、その中で幣原首相が「戦争放棄」「兵力不保持」を提案し、それがマッカーサー・ノートで具現化されたという説となっている。
問題は、この会談の内容を二人は閣僚に一言も語っていないこと。
これはそうした会談がなされた場合のIF(もし)であるが、その理由は2つ考えられる。一つは、会談の内容(戦争放棄)を二人で話して決めたことを秘密としたいから。もう一つは、そのような会談内容はなかったから。このどっちらかしかありえない。
では、一つ目の「秘密にする」という理由は何か?
ポツダム宣言の内容を満たすためにも日本政府側の幣原首相が自ら「戦争放棄の条項を新憲法に入れたい」とすることは、マッカーサーにとっても願っても無いことであるはず。その場合、当然、当初からそうした話が周囲に漏れていたはず。だが、歴史的事実は、この会談の内容は、秘密にされ続けた。おかし過ぎる。

幣原男爵は、私にペニシリンのお礼を述べたが、そのあと何かためらっているらしいのに気がついた。首相として自分の意見を述べるのに少しも遠慮することはないと言ってやった。
首相はそこで、新憲法を書き上げる際にいわゆる「戦争放棄」条項をふくめ、その条項では同時に日本は軍事機構は一切持たないということを決めたいと提案した。そうすれば、旧軍部が再び権力を握るような手段を未然に打ち消すことになり、日本が再び戦争を起こす意思のないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられるというのが、幣原氏の説明だった。

重要なのでいま一度言う。この幣原首相による「戦争放棄」「兵力不保持」の提案がなされたというのは1946年1月24日とされている。
上記の幣原首相が“発言したとされる”内容の中で気になることがある。
「日本が再び戦争を起こす意思のないことを世界に納得させる」、と言う部分だ。
仮にも幣原は戦前の日本において保守とされる政治家に該当する。
その人物が「日本が戦争を起こした」と語っていることは、私としては決して見逃すことが出来ない。
当時の指導者層であれば、なぜ大東亜戦争(太平洋戦争)が起きたのかということは深く理解していたはずだ。そうであれば、上記のような発言はあり得ない。
仮にそのような発言をしたというならば、幣原という人物は真実を隠し、日本を犯罪国家と認めたという点において売国奴と言える。
私からすれば、なぜこの時期の総理として幣原が登場したのかと言う点において、偶然ではないと考えている。
私が現代の日本国民に伝えたいことは、幣原という人物がフリーメーソンであったことだ(ジョン・コールマン博士によると)。
それが意味することを読者が独自に想像してみてください。

〈運営委員会メンバーによる9条幣原発案説の否定〉

しかし、「9条幣原発案説」は非常に疑わしいものであることは間違いない。

しかし、映画にでもすれば、まさに感動的なこのシーンを、信用しない人もいる。彼らの見解によると、マッカーサーは、後に警察予備隊の創設を命令していることから、第九条設立の提案者を幣原首相とすることで、自らの責任を回避しようとしたのだという。憲法草案の作成に携わった人たちの中にも、回想記の内容を否定する人は多い

上記の内容で重要なのが、「憲法草案の作成に携わった人たちの中にも、回想記の内容を否定する人は多い」という部分。
もし本当に9条の提案者が幣原首相であれば、民政局草案作成メンバーが知らないはずがない。
事実、運営委員会(憲法草案作成のための組織)のメンバーであったハッシーは、1949年の記者会見で9条の作者は幣原だといったことで自分は迷惑していると語っている。他にも人権小委員会のワイルズ、立法権小委員会のハウギも否定する意見を述べている。
このようにGHQ草案起草者たちの複数人、9条(戦争放棄)幣原発案説を否定している

〈総司令部からの条件付きで『ジャパン・タイムズ』が刊行される〉

GHQが外務省宛にまとめた報告書(日本の政治的再編成)で、1949年に刊行された同報告書の中には、「9条幣原首相発案説」の話はまったくない。

これについて元内閣法制局憲法資料調査室長・大友一郎氏は「この報告書が発行された時、その内容を日本に紹介しようとジャパン・タイムズが掲載した。この時、GHQは、戦争放棄条項が幣原氏の発案であることを明記するよう条件をつけて許可したといういきさつがあった。

ジャパン・タイムズが、GHQがまとめた日本の占領政策についての報告書(日本の政治的再編成)を掲載する際に、GHQが「戦争放棄条項が幣原氏の発案であることを明記するよう条件をつけて掲載を許可した」ということは、常識的に考えれば「隠蔽」、つまり、GHQが戦争放棄条項を考えたのではなく、幣原首相(日本人)が自ら考えたものであると“思わせるための作戦”ということ。

重要なことは、本国(アメリカ)への報告書には「9条幣原提案説」が記されていないにもかかわらず、ジャパン・タイムズが日本国内に向けて同報告書の内容を報じようとした際にGHQが「9条幣原提案説」を掲載するように指示したこと。
この事実から真相が見えてくる。

このとき『ニッポン・タイムズ』に、総司令部からの条件付きで「マッカーサー・ノート」を掲載した元ジャパン・タイムズ紙編集常務取締役の村田聖明(当時は記者)は、論考でこのマッカーサー発言に対して次のように述べている。少し長いが引用する。

マッカーサー元帥は朝鮮戦争勃発後、日本における無防備憲法を与えたことを後悔した。憲法公布後わずか4年足らずで、日本の近隣に戦争が起こることを予想できず、憲法に理想主義的な不戦無防備条項を入れてしまったとなっては自分の権威に傷がつく。しかしそのことが、「日本の政治的再編成」に明記されていることは改めようがない。
ところが、折悪しく、開戦後四カ月の朝鮮戦争たけなわな時に、日本の英字新聞がその部分を転載したいと言ってきた。今さら許可しないとは言えない。そこでせめて、「あの考えを最初に言い出したのは私ではなく、幣原であった」ということにしたい。
従ってジャパン・タイムズには例の一文を入れさせた。憲法九条の責任を幣原首相に転換するこの一文は、この時以来、総司令部の、そしてマッカーサー元帥自身の公式姿勢を代表する

どうでしょうか?
上記の元ジャパン・タイムズ紙村田聖明記者(当時の肩書)の語っている内容を読んでどう思いましたか?

第9条幣原提案説の出所はどこかと言えば、マッカーサーの演説、回想記、書簡などから流布されたものであって、それに歩調を合わせるように幣原氏が回想録で語っている。だが、当事者以外で同じ内容を語っているのはホイットニー民政局長だけである。ホイットニー氏は自身の回想録に同じ内容を記している。
しかし、マッカーサーとホイットニーは“ツーカーの仲”であり上司と部下であった間柄、口裏を合わせることなど容易。当人以外の証言がホイットニー氏だけであるということは信憑性に欠ける

現に、W・マクマホン・ポール氏は、こう言っている。

マッカーサー大将は、彼の新著回想記中で、占領政策につきもっと均衡のとれた客観的記述をするだろうと私は考えたのだが、あべこべに私は失望させられた。

「占領政策に対して均衡のとれた客観的記述をするだろうと予想したが、あべこべに(逆に)失望させられた」、ということが意味することとは、マッカーサー回想記の記述に客観的ではない、もっと言えば嘘が混じっているということ。だから失望させられたということです。

〈「9条幣原提案説」を否定する情報〉

「9条幣原提案説」を否定する話はまだある。
幣原内閣で外相だった吉田茂氏は著書の中で、「第九条マッカーサー提案説」としている。
また、芦田均氏は次のように語っている。

「司令部が基本形態というのは第一章(天皇)と戦争放棄の第二章である。」
~中略~
また軍に関する想定を削除したが、この際日本政府は国内の意向よりも外国の思惑を考えるべきであって、もし軍に関する条項を保存するならば、諸外国は何というだろうか。「又々日本は軍備の復讐を企てる」と考えるにきまっている。だから日本のためを思えば第二章に規定するごとく国策遂行のためにする戦争を放棄すると明記して、日本が道義的に指導権を握るべきだと思う。

この会談によって、幣原首相は、GHQ(マッカーサー)が考える新憲法における最重要項目が第一章(天皇)と第二章(戦争放棄)であることを理解し、他の条項については検討の余地があると理解した。

まだある。

前出のマーク・ゲイン氏が、その著書で「幣原内閣が、新憲法起草のマッカーサー元帥をサボタージュしていたことは事実だ」と述べているように、幣原首相と松本委員会は、最初から憲法改正に乗り気ではなかったことは重要な証拠になると思う。

マーク・ゲイン氏が指摘しているように、もともと日本政府側は憲法改正に対して乗り気ではなかった。事実、松本案の内容は、明治憲法を少しいじっただけのものでしかなかった。
GHQ草案にあるような天皇の処遇および戦争放棄など思ってもいなかった。

「9条幣原提案説」の否定論者には、なんと幣原氏の長男で独協大学教授である幣原道太郎氏までいる。

憲法全文が連合軍総司令部民政局の作成した草案の焼き直しであることは明らかであるにもかかわらず、第九条だけは提案者と作成者が区別され、幣原喜重郎が発案したとかマッカーサーの提案だけとか言われている点も特異と言えよう。

幣原道太郎氏の主張は、「憲法全文が連合軍総司令部民政局の作成した草案の焼き直し」ということで尽きている。つまり、日本国憲法はGHQ草案を少しいじった(焼き直しした)ものなのに、なぜ9条だけが幣原氏が発案者となるのか、ということであり、またそうした議論が起こること自体が不自然(特異)であると言っているのだ。
それはそうだ。日本国憲法はほぼGHQ草案なのだから。

幣原道太郎氏の指摘はまだ続く。

憲法問題が広く論議されることは、もとより望むところであるが、ただひとつ痛恨に堪えないのは、この第九条を発想したのは父、喜重郎だという説がまかり通っていることである。現行憲法が制定された当時の日本は連合軍の総司令部の支配下にあり、その過酷な現実をもっとも思い知らされたのが、政治最高責任者の立場にいた父であった。ついに言いたいことも言えず、書きたいことも書けないまま、八十歳の生涯を閉じた父のいきさつも知らずに第九条を金科玉条の如く考える風潮と、“第九条幣原提案説”だけはどうしても看過できない

幣原道太郎氏は、父である幣原喜重郎氏が著書(外交五十年)の中で、第九条発案をしたのは自分であると語っていることに対して、「これは本心から言ったことではない」と否定している。

それどころか、父は昭和24年末の記者会見で、マッカーサーが第九条の作者は自分だと(公ではないが)言いふらしているので当惑していると語っているし、翌年四月には民政局統治課長のハッシー中佐に苦情を漏らしている。と述べ、第九条幣原提案説を否定している。

昭和24年(1949年)の翌年だから1950年(昭和25年)に幣原道太郎氏が民政局統治課長のハッシーに対して、マッカーサーが非公式に口に出している「第九条幣原提案説」の苦情を漏らしていた、ということが意味することは明らかでしょう。
幣原道太郎氏は、「父は戦争放棄論者であったが、決して戦力放棄論者ではない」と語っている。

まだまだある。

また前出のワイルズ博士も、「幣原首相は、(総司令部案の)戦争放棄の上告を見て驚いた…このような趣旨のことを自分はマッカーサー元帥に話しはしたが、このような規定を憲法にいれるとまではいわなかった」と述べている。

複数の人たちが「第九条幣原提案説」を否定しているが、それには裏付けがある。
もしマッカーサーが言っているように、本当に幣原首相が1月24日にマッカーサーを訪問した際に「戦争放棄」と「戦力の不保持」を提案したならば、なぜ松本委員会は2月8日に、その内容とはまったく逆の内容である「第五条 天皇は軍を統帥するものとすること」「代六条 軍の編制及常備兵額はこれを持って之を定るとすること」と書いて提出したのか?

日本政府が2月8日にGHQに提出した憲法改正案(憲法改正要綱)は、お世辞にも民主主義的な憲法ではない。明治憲法を継承する内容でしかなかった。つまり、「第九条幣原提案説」とつじつまが合わない
この件に関して、幣原首相の親友である大平駒槌枢密顧問の三女のミチ子氏の口述筆記によると、

ここで注意しなければならないのは、幣原首相は、あくまで世界中が同時に侵略を目的とする「戦力と戦争を放棄するべきだ」といっているのであって、第九条にある如く、日本が一方的かつ片務的に放棄するとはいっていないことである。

つまり、幣原首相は、戦争を忌避する発言はしたかもしれないが、それを日本だけが戦争を放棄し、戦力まで保持しないという条文を憲法に明記する意思はなかったということ。それを証明するのが2がつ8日に提出された「憲法改正要綱」なのです。

真実はこうです。

天皇制を残すためには、新憲法の中に強い平和主義的な条文を入れる必要がある。そこでマッカーサーは、「マ草案」を作るにあたって、1月24日に幣原首相の発言した「戦争放棄」と「戦力の不保持」をヒントにして「マ・ノート」の第二項を作成し、日本の軍国主義の復活に対する連合諸国の警戒感と恐怖心を取り除こうとしたのである。

また、幣原首相の秘書であった岸倉松氏も同じ内容のことを言っている。

幣原首相は第九条の条項にはなんら関係していないのであり、同条項を憲法の草案に挿入するということは幣原首相の関知せざるところであったことは明瞭である。

これ以上語る必要は無いだろう。
結論を言えば、マッカーサー元帥は、「憲法九条」の責任を幣原首相に転換したということです。
この件に関して、どうしても言っておきたいことがある。
現代の日本人で、この「第九条幣原提案説」を主張する人たちが存在する。
現時点で「第九条幣原提案説」は誤りであると判断する。

〈平野文書の存在〉

おそらく共産党や朝日新聞には異論(反論)があると思われるので、以下の情報を念のために記す。
「第九条幣原提案説」に関して、左翼系の人たちによる主張がある。その根拠とされるのが「平野文書」だ。
「平野文書」とは、幣原喜重郎の元秘書役で元衆議院議員だった平野三郎が、幣原の死去の直前である1951年に真相(9条幣原提案説)を打ち明けたとされるもの。

だが、私は信用していない(現時点で)。
なぜならば、これまで論じてきた通り、幣原首相発案には無理があり過ぎるからだ。
「打ち明けた」という内容は、証拠としては薄い。遺書であれば証拠能力が高くなるが、なぜそれまで黙っていたのかという「謎」の解明が成立していないならば、信用に値しないと考えている。
もし「平野文書」こそが真相だと言うならば(9条幣原提案説が事実)、以下の論点を論破し、反証を揃える必要があるだろう。

1.運営委員会メンバーであったハッシー、ワイルズ、ハウギが否定する意見を述べている。
2.ジャパン・タイムズが、「占領政策についての報告書(日本の政治的再編成)」を掲載する際に、「戦争放棄条項が幣原氏の発案であることを明記するよう条件をつけて掲載を許可」した理由は何か? もともとそのような事実があったならば報告書の中に記載されているはず。つまり、わざわざそのような指示(条件)を出す必要は無い。
3.幣原内閣で外相だった吉田茂氏は著書の中で「第九条マッカーサー提案説」としている
4.マーク・ゲイン氏の指摘にある「幣原内閣が、新憲法起草のマッカーサー元帥をサボタージュしていたことは事実だ」ということは、「9条幣原提案説」とは矛盾する。「9条幣原提案説」が真実であれば、サボタージュせず、むしろ積極的に推し進めるはず。
5.幣原道太郎氏は、父である幣原喜重郎氏が著書(外交五十年)の中で、第九条発案をしたのは自分であると語っていることに対して、「これは本心から言ったことではない」と否定している。
6.幣原道太郎氏によれば、父である幣原喜重郎氏が1950年(昭和25年)に民政局統治課長のハッシーに対して、マッカーサーが非公式に口に出している「第九条幣原提案説」の苦情を漏らしていた。
7.幣原道太郎氏は、「父は戦争放棄論者であったが、決して戦力放棄論者ではない」と証言している。
8.ワイルズ博士の証言で「幣原首相は、(総司令部案の)戦争放棄の条項を見て驚いた」とあるが、自身が発案者ならば驚くはずがない。
9.1月24日にマッカーサーを訪問した際に「戦争放棄」と「戦力の不保持」を提案したならば、なぜ松本委員会は2月8日に、その内容とはまったく逆の内容である「第五条 天皇は軍を統帥するものとすること」「第六条 軍の編制及常備兵額はこれを持って之を定るとすること」と書いて提出したのか? 「9条幣原発案説」が真実ならば、GHQに提出された憲法改正案に反映されているはず。
10.幣原首相の親友である大平駒槌枢密顧問の三女のミチ子氏の口述筆記には、「幣原首相は、あくまで世界中が同時に侵略を目的とする戦力と戦争を放棄するべきだといっているのであって、第九条にある如く、日本が一方的かつ片務的に放棄するとはいっていない」
とある。(日本だけが戦争を放棄し、戦力まで保持しないという条文を憲法に明記する意思はなかった)
11.幣原首相の秘書であった岸倉松氏は、「幣原首相は第九条の条項にはなんら関係していないのであり、同条項を憲法の草案に挿入するということは幣原首相の関知せざるところであったことは明瞭である」と証言している。

以上の内容について論拠を持って論破できず、平野文書だけで「9条幣原提案説」が真実と決定づけることは不可能だ。

【日本国憲法の源泉編⑪】につづく

参考書籍

書籍名:『日本国憲法を生んだ密室の九日間』
著者名:鈴木昭典
出版社:創元社

書籍名:『日本国憲法の誕生』
著者名:古関彰一
出版社:岩波書店

書籍名:『知られざる日本国憲法の正体』
著者名:吉本貞昭
出版社:ハート出版

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!

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