これまでの記事
【日本国憲法の源泉編①】~マッカーサー草案へのプレリュード(前奏曲)~
【日本国憲法の源泉編②】~マッカーサーの日本改造プログラムとは?(2)~
【日本国憲法の源泉編③】~日本国憲法の「原液」とは?~
【日本国憲法の源泉編④】~マッカーサー・ノートについて~
【日本国憲法の源泉編⑤】~密室の9日間(2月4日)~
密室の9日間(2月5日・6日)
《2月5日(2日目)》
エラマン・メモとケーディスの証言によると、
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ケーディス発言
この会議の目的は、日本側の草案を論議するための日本側委員会との会合が開かれる前に、その基本的方針を決定しておくことにある。
日本側の草案とは、松本丞治国務大臣を長とする政府の憲法問題調査委員会が起草した草案のことであり、日本側委員会との会合とは、この時点で2月12日に予定されていた日本政府との会合のこと(後に13日に変更となる)。
日本政府側は、日本国民の自由意思に基づいた憲法草案を作成し、GHQ民政局と草案に関する話し合いを持つ流れとなっていた。問題となるのは、12日の会合を待たずしてGHQ民政局で新しい憲法の起草作業が始まっていたことであり、それが完成するのが12日の予定だった。つまり、日本政府側は出し抜かれたということである。
〈草案作成時のおける偽装作戦〉
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ケーディス発言
我々の憲法草案を書くに当たって、できる限り日本流の術語と形式を用いる。これは、昨日ホイットニー将軍も言っておられたように、この我々の草案は、日本政府によって書かれたものとして発表される。だから、彼らの表現を用いていなければ、疑いの眼をもたれるだろう…。
それは、当然だ。占領軍が被占領国の国内法を変えることは、国際法にもとることになるし…。
これは本来占領軍が占領している国家の国内法を尊重しなければならないということを、自分たち(GHQ民政局)が破ることを行う認識があることを意味している。
ケーディスは、「占領軍が被占領国の国内法を変えることは、国際法に“もとる”ことになる」と発言している。「もとる」とは、本来あるべき姿から外れることまたは背くことを意味する言葉。
ケーディスたち民政局のGHQ草案作成者たちは、知っていたのです。2月5日から始まる作業が国際法に反することを。
アメリカ人が起草するのに、わざわざ「できる限り日本流の術語と形式を用いる」ということは、GHQ民政局が日本国の新憲法を作成するタブーを侵すことを隠すための手段であり、その目的は「日本政府によって書かれたものとして発表する」ことであり、その狙いは、「偽装(日本国憲法の草案をGHQ民政局が起草したことを疑われないこと)」することにある。
日本人の中で、日本国憲法の正当性を主張する人は、知るべきである。日本国憲法はGHQによる国際法違反の上に出来上がったことを。
〈憲法草案作成の極めて重要な下敷きとなった文書とは?〉
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ケーディス発言
SWNCC-228は、冒頭に〈合衆国太平洋総司令官に(情報)として送付〉と書かれているように、参考資料という意味でマッカーサーに送られてきたものですが、憲法草案作成の極めて重要な下敷きとなった文書でしたので、ずいぶんこの種の解釈論議をしました。
「日本国憲法は日本人が作った」「日本国憲法は憲法研究会の草案を土台として作成された」とデマを流している人たちは知るべきである。
ケーディスの発言の中にある「SWNCC-228は、憲法草案作成の極めて重要な下敷きとなった文書」という言葉を胸に刻むべきである。
草案作成の極めて重要な下敷きという意味は、GHQ草案の「原液」がSWNCC-228であることを示していることに他ならない。
各小委員会をまとめる立場にあるケーディスの頭には常にSWNCC-228があった。さらにSWNCC-228に加えてマッカーサー・ノートを指針(基礎)として新しい憲法草案を作成したのです。さらに参考情報として国連憲章や欧米国家の憲法を参考にして起草したのです。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ケーディス発言
その意味でも、20日ほど前に届いていたSWNCC-228は、単なる〈情報〉ではなく、ずっと重みのあるものでした。各小委員会に、草案に書いた内容をこのSWNCC-228に照らし合わせて、矛盾がないかチェックしておくよう注意しました。
2月5日の会議で、各小委員会の委員長にSWNCC-228文書が配布されている。
ケーディス自身がSWNCC-228は単なる情報ではないと言っているのです。
単なる情報ではないのならば何なのか。それは憲法作成の指針であり、土台であり、守るべき方針なのです。それを別な言い方をすると「日本国憲法の原液」と言うのです。
各小委員会のメンバーが自由に書いた草案(条文)を、SWNCC-228に照らし合わせて、矛盾がないかチェックするという指示が出ているのです。しかも「注意」したとケーディスが言っているように、草案執筆者が守るべきことなのです。
SWNCC-228の文書名は「日本の統治体制の変革」であり、その特徴が、宛名(送り先)が「連合国最高司令官」ではなく、「合衆国太平洋総司令官」となっていること。さらに「指令(命令)」ではなく「情報」としている点があげられる。
マッカーサーには上記の2つの肩書があった。宛名が「連合国最高司令官」ではなく、「合衆国太平洋総司令官」であるということは、連合国の総意やましてや極東委員会の意思ではなく、あくまでもアメリカ合衆国政府の発する内容だということであり、だからこそ「指令(命令)」とできなかったという裏事情がある。もしSWNCC-228文書を連合国の組織であるGHQに対して「指令(命令)」を出せば、連合国内での騒動になるのは明白である。だから「(単なる)情報だよ、これを参考にして日本の統治体制の変革を行ってね」と言っているのです。
正直ではなく、誠実でもないが、こうした姑息な手段を使って(責任)追求から逃れるための布石を打っておくのが、国家権力なのです。
〈SWNCC-228の結論〉
SWNCC-228文書は、最初に「結論」という見出しで指針を示している。その一部を以下に抜粋して示す。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
◎日本国民および日本の統治権の及ぶ範囲にある人に対し、基本的人権を保障する。
◎日本国民が、その自由意思を表明しうる方法で、憲法改正または憲法を起草し、採択する。
◎日本の最終的な政治形態は、日本国民が自由に表明した意思によって決定すべきだが、天皇制を現在の形態で継続することはできない。
◎日本人が、天皇制を廃止するか、民主主義的方向に改正するよう奨励しなければならない。
このSWNCC-228が示す指針(政治体制の変革)は、戦後日本のラフ・デザインそのものなのです。
SWNCC-228の結論の章に面白いことが書かれている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
最高司令官が、先に列挙した諸改革の実施を日本政府に命令するのは、最後の手段としての場合に限られなければならない。というのは、前期諸改革が連合軍によって強要されたものであることを日本国民が知れば、日本国民が将来ともそれらを受け容れ、支持する可能性は著しく薄れるであろうからである。
日本における軍部支配の復活を防止するために行う政治的改革の効果は、この計画の全体を日本国民が受け容れるか否かによって、大きく左右されるのである。
SWNCC-228は、はっきりと「(占領政策)諸改革が連合軍によって強要されたものである」と告白しているのです。「日本人の自由意思による」などときれいごとを言っているが、実際にはGHQによる占領政策とは「強要」したものであり、ほぼ「命令」に近いことを行っているのです。
上記文書の内容は、まさしく「陰謀の方法」であり、大衆コントロール術による政治支配に他ならないのです。
日本国民が知れば、将来の日本国民がGHQの行ったことを受け容れ、支持する可能性は著しく薄れるから、GHQが行った占領政策(占領革命)を日本政府がおこなったように“見せかける”ということです。
その中に新しい憲法に改正することが当然入っているのです。なぜならば憲法を変えなければ、日本国の政治体制を変革することは出来ないからです。
だから言っているのです。日本国憲法への改正は、GHQによる占領政策の一部であり、占領政策を知らねば、その正体と意味を理解できないと。
彼らの隠蔽は徹底している。SWNCC-228文書の「結論」の最後には、「本文書は公表されてはいけない」と書かれている。つまり、トップ・シークレットだということ。
ほとんどの場合、「隠す」と言うことは「やましい」からでしょう。後ろめたさがあるから知られたくないのです。なぜ知られたくないかと言えば、何らかのやましい手法を取っているからであり、責任を追及されたくないからに他ならない。
要するに、SWNCC-228文書とは日本占領に関する「秘密文書」だということです。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
SWNCC-228の基本的精神からすると、日本の政治改革は、本来、日本政府の手で行われるべきことであった。その政治改革の根本である「憲法改正」を民政局の手で行うこと、つまり文中にある「最後の手段」をとることの重みは、運営委員会のメンバーには、よくわかっていた。それだけにSWNCC-228の分析には時間を費やしたと思われる。
GHQが行った占領政策とは、日本政府とGHQを拘束するはずのポツダム宣言(日本国民の自由に表現する自由意思に基づいて)に逆らい、政治改革の根本である「憲法改正」を強制的に行うものだったのです。ただし、現在に生きる日本国民で日本国憲法に不満を漏らす国民はほぼ皆無でしょう。国民が主権者となり、拡大された自由と基本的人権を保障されたのですから。
しかし、それと憲法改正自体に正当性があるかどうかは別の問題なのです。
〈いま起こっている政治変革とは?〉
重要な指摘をします。
この現代の日本国民および将来の日本国民の自由と人権、そして主権者としての立場を奪おうとしているのが高市早苗率いる自民党とそれに連なる政党なのです。
高市早苗政府が行っていることおよびこれから行おうとしていることは、GHQが変革した民主主義的社会、自由と人権を手にした国民の権利を奪うもの以外の何ものでもないのです。高市早苗政府が目指している国家像とはほぼ戦前の社会そのものなのです。つまり、戦前回帰の政策を進めているのが高市早苗政府だということです。その最後のピースが「緊急事態条項(国会機能維持条項)」なのです。
これを理解してください。
私は言う。この「緊急事態条項(国会機能維持条項)」に反対しない者(むしろ賛成している者)は、保守ではなく、愛国者でもなく、自分の愛する家族を守る者でもなく、救国の士または救国の団体でもないと。
「沈黙は敵」であり、「静観は罪」と言っておく。
〈マッカーサーの天皇に関する見解〉
日本政府の作成した草案は、とても民主主義的な新しい憲法とは呼べなかった。例えば、〈神聖にして侵すべからず〉を、〈至尊にして侵すべからず〉と修正するだけのものであり、とても“改正”とは呼べない誤魔化しの改憲(草案)でしかなかった。
これが当時の保守の人間の限界だった。
では、マッカーサーはどう考えていたかと言うと、
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
天皇は、新しい存在として守られるけれども、神格化された天皇制は払拭されなければならないというのが、一貫したマッカーサー元帥の考えでした。
「新しい存在として守られるけれども、神格化された天皇制は払拭されなければならない」
このマッカーサーの考えが、日本国憲法の天皇に関する条文となった。
「新しい存在」とは、実権を持たない象徴的な存在または国民統合の象徴であり、そのためには神格化された天皇制国家体制を廃止する必要があるということ。
昭和21年(1946年)1月1日、昭和天皇は『人間宣言(正式名称は新日本建設に関する勅書)』の詔書を発した。この宣言の中で、昭和天皇自身が「天皇を現御神(アキツミカミ)とするのは架空の観念である」と述べ、自らの神性を否定した。また、天皇と国民は信頼と敬愛で結ばれていることを示した。
ここに戦後の日本における重大な影響を与えた内容が潜んでいると私は考えている。
天皇の神格化を否定するということは、天皇も国民と同じただの人間であるということになり、これを宗教的立場から見ると、天皇が神または神の子孫ではないという否定を含んでいるため、戦後の日本人の宗教心が薄れていき、いつの間にか宗教オンチの国民となった。この宗教オンチとなったことが、カルト宗教をすぐに見分けることが出来ない要因となり、統一教会やオーム真理教など偽宗教を排除することが出来なかったことに繋がっていく。これによって統一教会を90年代に排除できなかったために現在の高市早苗政権が誕生するに至った。もし90年代に合同結婚式や霊感商法などが騒がれた時期に統一教会の悪質性を国民が見抜き排除する動きを見せていたならば、現在の政治状況はまったく違ったものになっていたことが予想される。
〈天皇制の関する2つの方向性〉
なお、「天皇に関する小委員会」の執筆メンバーであるプールとネルソンは、手分けして君主制や王制の国の憲法を片っ端から読破すると同時に、天皇制のどの部分が日本を軍国主義国家に導いたのかを詳しく調査している。
つまり、世界各国の君主制や王制などの憲法を“参考”にして日本国憲法の草案を執筆したとうこと。
プール氏はこう言っている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
最初の日は、それは一生懸命に資料を読みました。明治憲法は英訳がありましたし、スウェーデンやノルウェーなど、北欧の王制の国々の憲法も読みました。一番参考にしたのは、英国の制度です。
当然ながらプールが基本的な指針としたのは、SWNCC-228であることは本人が語っている事実である。
ただし、天皇制に関しては2つの選択肢が用意されていた。一つは、天皇制を廃止する方向、もう一つは、天皇制を存続させる方向。後者の場合は、民主的な制度で出なければならないとした。
プールの考えたことが、日本国憲法の条文となり、戦後の日本の国家像となった。
プールは、イギリスの王室のような制度を模倣し、天皇は国を支配する権力は持たないが、国民から尊敬される存在になればいいと考えた。
ここで付け加えるが、イギリスの立憲君主制とは欺瞞に満ちたものであることを指摘しておく。別の記事を読んだ方ならおわかりでしょうが、イギリス女王であったエリザベス2世は総理大臣の鞄の中身をすべて知っていた。表向きは政治の実権がないように装っているが、背後で政治の実権を握っていた。
〈SWNCC-228が示す天皇制とは?〉
では、SWNCC-228には天皇制に関してどのように書かれていたのか。
「天皇は一切の重要事項について、内閣の助言に基づいてのみ行動する」
「明治憲法の11条から14条までの軍事に関する権能をすべて剥奪すること」
とある。
明治憲法11条は統帥権に関する条文、12条は編制大権・常備兵学決定権の条文、13条は外交大権・統帥大権の条文、14条は戒厳大権の条文。
11条によって天皇が陸海軍を統帥する最高司令官となり、軍隊の指揮権が議会や内閣から独立していた。また14条によって、戦時や事変の際に戒厳令を宣告し、行政権や司法権の一部を権力下に置く非常措置を宣告する権限を認めていた。
まさしく国家の命運をすべて天皇が握っていると見える国家体制となっている。
しかし、実質的には明治維新と同じように天皇を担いだ軍部の幹部たちが「虎の威を借りる狐」として権力を握っていた面はある。
これによって内閣によるシビリアンコントロールが利かず、軍部が独走する要因となった。
〈「象徴」という言葉の意味とは?〉
日本国憲法の天皇に関する条文の中で「象徴」という文言があるが、これは1931年のウェストミンスター憲章の前文を参考にしているもの。(プール氏自身がそう言っている)
象徴(シンボル)という言葉には、精神的な意味も強く含んだ言葉なのです。
あくまでも、日本国憲法の天皇制に関する源泉は、「SWNCC-228」であり、その途中にマッカーサー・ノートがある。
「天皇に関する小委員会」は、翌日の6日に運営委員会と初めての検討を行っている。ということは天皇に関する草案の第一稿は5日中に書き上げたことになる。
といっても、SWNCC-228とマッカーサー・ノートがあり、参考としたウェストミンスター憲章があるため、比較的容易に起草作業が進んだと思われる。
プール氏が起草に当たって注意した点は、天皇の位置付けを何ら政治的権力を持たないけれども、日本国民に尊敬される立場にあるという位置付けにすることであり、さらに後に政治権力や軍に悪用される可能性を憲法上の権限から天皇に持たせないことだった。
〈ケーディス大佐による戦争放棄条文作成〉
戦争放棄の条項は、ケーディス大佐が直接2月4日から執筆に入っている。
天皇制と同じように「戦争放棄」の条文も、直接的にはマッカーサー・ノートがあり、基本的指針としてSWNCC-228からきていることは間違いない。
事実、ケーディス大佐は、マッカーサー・ノートの文章を添削することから作業を始めている。
ケーディス大佐は上官であるマッカーサーが示した内容を大胆にカットしているが、初めにマッカーサー・ノートの文章を見てみよう。
マッカーサー・ノートの戦争放棄の条文は以下の通り。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
〈国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本は、その防衛力と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。
日本が陸海空軍をもつ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない〉
このマッカーサー・ノートの内容を見れば、GHQの意図する狙いが見えてくるだろう。
マッカーサー・ノートがこの時点で示した憲法草案の戦争放棄の内容は、「国権の発動たる戦争は廃止」するというのだから、侵略戦争を含む自発的な戦争を廃止することになり、さらに「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも放棄する」というのだからこれが示すこととは「自衛のための戦争を放棄する」こととなり、日本国は自発的な戦争も自衛戦争も出来ないこととなる。
上記の内容を裏付けるために「日本が陸海空軍をもつ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない」と定めているため、日本は軍事力そのものを保持することを否定され、なおかつ本来独立国家が持つ交戦権も日本軍が持つことはできないとされている。
これは徹底的な軍事力の排除であり、二度と戦争が出来ない国家体制とするための憲法条文となっている。
これがマッカーサーの本音であることは間違いない。
ただ、上記の条文はあくまでも2月5日の時点のものであることは付け加えておく。
上官であるマッカーサーの示した内容を、ケーディス大佐は大胆にも変更している。
「自衛権の放棄」を謳った部分をカットしたのだ。
ケーディス大佐の考えは、自衛権を放棄することは現実離れしていること、どんな国でも自国を守る権利があると考えていた。
ジャスティン・ウィリアムズ氏は、ケーディス氏はマッカーサー・ノートの修正を自分の独断によるもののようにいうけれど、それはホイットニー、マッカーサーの考え方に沿ったものだったはずだと指摘している。
だが、それでは矛盾する?
1957年から活動し始めた憲法調査会が出した質問書簡に対する答えの手紙の中で、マッカーサーは以下のように返答している。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
戦争放棄の条項は、もっぱら外国への侵略を対象としたものであり、世界に対する精神的リーダーシップを与えようと意図したものである。(略)第九条のいかなる規定にも、国の安全を保持するために必要なすべての措置をとることを妨げるものではない。
マッカーサー・ノートでは「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する」とし、その裏付けとして「日本が陸海空軍をもつ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない」と言っているのだから、完全に自衛権と軍事力の保持を排除している。
白々しい嘘というしかない。
この謎(嘘)は後半の記事で語る。
〈戦争放棄の発想のルーツとは?〉
戦争放棄の発想にはルーツがある。
一つが1928年のパリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)である。
戦争放棄に関する条約・1928年(正式名称)
第1条 条約国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし且つその相互関係において国家の政策の手段として戦争を放棄することをその各自の名において厳粛に宣言す
(本来はカタカナ表記だが、読みやすいようにこちらでひらがな表記とした)
2つ目が、1935年に制定された、当時世界で唯一、戦争放棄の条項を持っていたフィリピン憲法です。
フィリピン憲法
第2条 フィリピンは、国策遂行の手段としての戦争を放棄し、一般に確立された国際法諸原則を国家の法の一部として採用する。
日本国憲法9条との違いは、自衛戦争や軍隊の保持が否定されていないこと。つまり、放棄されているのは「国家政策の手段としての戦争」のみとなっていること。
これが意味することとは、侵略戦争や自国の利益のための武力侵攻はしないが、他国から侵略、武力侵攻をされたならば自衛権を発動させる、ということであり、そのための軍隊を保持するということ。
さぁ、ここでなぜマッカーサーは、フィリピン憲法のような条文(マッカーサー・ノート含む)にしなかったのか? マッカーサーなどが本当に日本国の自衛権を放棄させるつもりがなかったならば、フィリピン憲法と同じような条文としたはず。
この意味を考えてください。
騙されてはいけないのです。
マッカーサーはフィリピンとは縁がある。父親がフィリピン駐在員の総司令官を務めていたこと、マッカーサー自身も若い時に4回フィリピンで過ごしていたことがある。フィリピン独立の直前にはフィリピン軍の軍事顧問に就任している。
大戦中にフィリピンのコレヒドール島から撤退する際に「アイ・シャル・リターン(必ず戻ってくる)」と言ったことは有名でしょう。
さらに「戦争放棄の論理」を支えたのが、1945年6月に調印されたばかりの国連憲章であることは間違いない。
国連憲章
第二条の四 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使
を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
前文にはこうある。
「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い…」
私には、国連憲章の文言は詭弁にしか聞こえない。二度の世界大戦はディープステートと呼ばれる闇の世界権力が仕掛けたもの。国際連合とはその“彼ら”が作ったもの。もちろん知らずにその理念に共感し、協力した人たちは数多くいるだろう。だが、何事を成すにも彼らは必ず中核を抑えることで事を成し遂げる。彼らの手法は、扇の要を抑えることで扇全体を動かし、さらに風を起こす。
戦争放棄の背後に国連憲章があることは、2月4日のホイットニー准将の訓示によって証明されている。
ホイットニー准将は、「国連憲章の諸原則を念頭に置け」とわざわざ釘を刺した。
なお、戦争放棄の条項の執筆は、ケーディス大佐一人によって行われた。運営委員会で討議された記録もない。
ケーディス大佐は、各種の資料をみごとに使いこなし、戦争放棄の条項を仕上げた。
マッカーサー・ノートになく、ケーディス大佐が挿入した「武力による威嚇、または武力の行使」の部分は、明らかに国連憲章の第二条からの引用なのです。
こうした歴史の事実を知らずして、「9条は幣原喜重郎の発案だ」などと愚かな発言をする人間は自らの無知を恥じ入るべきだろう。「9条幣原喜重郎の発案説」については、10番目の記事で語る。
《2月6日(3日目)》
〈ケーディス大佐による確認事項の通達〉
何度も言うが、GHQ民政局による憲法草案作成作業は極秘に行われたもの。民政局内の人間でも知り得ないことだった。
2月6日、ケーディス大佐はメンバーを前にして以下のように注意を与えた。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
確認事項を通達する。この憲法草案作業の進行中は、日本人は民政局には一人たりとも入れてはならない。このことは、この会議に出席していないスタッフに注意しておくように…。
書類や資料類は、夜間は一切金庫の中に入れておくこと。
当時、GHQには白洲次郎などが時おり顔を出すことがあった。日本側に憲法を改正しろと示唆(実際は命令)しながら、民政局内で密かに憲法改正案を執筆していたことが知られれば、すべてが台無しになる。当然執筆作業は頓挫してしまう。よって極秘作戦とするしかない。そもそも軍事組織とは、重要な作戦は極秘で行うものなので、別に不思議でも何でもない。ただ、極秘作戦が意味することは、それが最重要事項であるということ。
その徹底ぶりを示すエピソードがある。秘密保持のため、執筆作業をしている部屋の扉を開けて空気を入れ換えることが禁止されていた。なお、扉の前には見張り役の兵士が何食わぬ顔で立っていた。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
ラウエル氏証言
秘密は完全に守られたと思う。部屋の外に見張りがいて、他の部局の人間が来るとサッと信号を送る。とたんに一同は憲法関係の書類を裏返しにし、デタラメの数字を書いたりしてごまかしました。
〈人権委員会ロウスト中佐が語ったこととは?〉
この日、ケーディス大佐は、「各小委員会の第一草案は、明日2月7日までに完成させること」と伝達している。
始まったのが4日、7日までに第一案を完成させるということは、たった三日間で草案を作れということ。
驚くしかないが、各種資料、指針、方針などはすべて揃っているので、あとは各小委員会のメンバーの腕の見せ所というところだろう。
この日、人権委員会のロウスト中佐が意見を言わせてくれと要求した。
ロウスト中佐が語った内容は、日本人が知っておくべき内容となっている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
日本流の術語と形式を使ってという方針が昨日の会合で確認されたが、民政局で考えた憲法を、完全に日本側の手になると文書として公表することは、心理的信憑性の点で問題があるのではないか?
これに対して書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』の著書鈴木昭典氏はこう言っている。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
確かに日本の政治、文化に人権の概念は希薄だ。庶民は天皇に仕える臣民で、天皇のために命を捧げることが最高の忠義であるという観念を、つい数か月前まで信じてきた。その同じ日本人が、西欧文明が何世紀もかけて到達した人権の概念を自力で書けるはずがない。
これは半分あたっていて、半分はずれている。
確かに戦前の日本社会は鈴木昭典氏が指摘している通りだが、天皇に権力が集中した国家体制は明治からである。原点は明治維新にある。徳川幕府を倒した薩長などの武士たちは元々下級武士がほとんどであり、(政治的な)権威というものを持っていなかった。だから天皇を担ぎ出して、自分たちに不足している“国家権力に匹敵する権威”を利用した。その国家体制を裏付けるために大日本帝国憲法を発布した。つまり、明治維新以後の日本は天皇の権威を利用した権力者による統治だったということ。そのなかに軍部(軍人)がいることは言わなくてもわかるだろう。
現代の日本人で保守と思われる人の中で天皇への忠義が強く、(本来の)日本への愛国心が強すぎる方がいる(名前はここでは出さない)。そうした方の語りを聞いていると天皇という存在は無謬性を持つ存在であり、神武天皇が作った日ノ本の国は素晴らしいと“べた褒め”である。
だが、天皇家は地位継承をめぐって争ったり、武家(平家と源氏)を両天秤にかけて政治を混乱させたり、私利によって政治を行う皇族も存在している。
武家政権が出来てからは、庶民は天皇よりも将軍の権力を恐れ、忠義を求められている。
つまり、明治維新以前の日本と明治維新から敗戦までの日本社会には違いがあるということ。
〈日本社会に人権意識が薄かった理由〉
現代に生きる日本国民にとって重要な論点は、戦前の日本は、「庶民は天皇に仕える臣民であり、天皇のために命を捧げることが最高の忠義であるという観念を持っていた」ということ。この考えは現代の日本国憲法による秩序とは相反する。もちろん現代に生きる日本人のほとんどが天皇に対して敬意を表しているが、「天皇のために命を捧げよ」と言われて、犠牲を厭わない日本国民は少数だろう。「臣民」という考えは「王制」や「天皇制」を前提としているため、純粋な民主主義(国民主権)とは合わない。
また、なぜ日本社会に人権意識が薄かったかと言えば、「忠義」や「孝行」という価値観が日本社会にどっぷりと根付いていたからに他ならない。「忠義」や「孝行」が強い社会はどうしても権威や権力者に対して従順であることが求められる。逆に権威者や権力者には「徳」が求められる。だから西欧のような暴君が出現して庶民が苦しめられる時代が日本には西欧に比べれば少ない。単純に日本は人権意識が気薄であるという論はズレていると思われる。
ただし、大東亜戦争直前の日本は確かに人権蹂躙の社会であったということは認める。
重要なことは、その戦前の状態に、現在の日本が近づいていることだ。その最終段階こそが緊急事態条項(国会機能維持条項)を憲法に加える改正だ。
〈「押し付け」である論拠〉
話しを戻すと、「日本流の術語と形式を使って憲法草案を作成する」ということが意味することは、明らかに「偽装」です。なぜ偽装する必要があったのかと言えば、占領下にあるGHQが占領地である日本の憲法(法体系)を変更することは国際法違反だからに他ならない。だから、日本人が起草したように偽装をして、「民政局で考えた憲法を、完全に日本側の手になると文書として公表する」という作戦にでたのです。
こうした何気ない細かな出来事を知らなければ、日本国憲法が「押し付け」かどうかを正しく判断することは出来ないのです。
〈人権小委員会メンバーによる奮闘〉
憲法草案作成の小委員会で最も重責を担ったのは人権小委員会だと言われている。
なぜならば、マッカーサー・ノートには人権に関する条項(条件)は書かれていなかったから。
人権委員会の責任者は医者であり人類学者でもあるピーター・ロウスト中佐。他にハリー・エマーソン・ワイルズ博士と弱冠22歳のペアテ・シロタ女史がいた。
ペアテ・シロタ氏は、女性の権利を憲法に書き込もうと情熱を燃やしたが、その大半が運営委員会によって削除されている。もしペアテ・シロタ氏の書いた女性の人権保障条項が残っていたならば、今日の日本社会はだいぶ違ったものになったかもしれない。
重要なことを指摘する。人権小委員会のメンバーは条文を書くために複数の資料を読み込んで参考にしている。その資料とは、ドイツのワイマール憲法、スカンジナビア憲法、人権宣言、アメリカ合衆国憲法、ソビエト憲法、国連憲章などがある。
ペアテ・シロタ氏によれば、スカンジナビア憲法が役に立ったと語っている。
ここで私が何を言いたいかお分かりですか?
「日本国憲法は日本人が作った」「日本国憲法は憲法研究会の草案を土台として作られた」と主張する論に対して打ち破る論理を展開しているということです。
人権小委員会に限らず、各小委員会のメンバーは世界各国の憲法等を参考にして執筆しているということは事実なのです。そのなかに憲法研究会の草案があったことは認めますが、上記の主張をしている人の論調は、まるで日本国憲法を起草するための参考資料が憲法研究会の草案しかないと言っているように聞こえる。なぜならば、その一点の話しかせず、私が指摘している内容を一切語らないからだ。それはそうだろう。世界各国の憲法等を参考にしていると言ってしまえば、「日本国憲法は憲法研究会の草案を土台として作られた」という論調は完全に崩れてしまうからだ。なおかつ「原液」と呼ばれる存在があることを知れば、彼らが主張している内容はデマであることがバレてしまうからだ。
もういい加減にデマを流すのはやめなさい。いまだにX(旧Twitter)でデマ情報を流す人間がいるが、「恥を知れ」と言っておく。
〈ペアテ・シロタ女史による草案〉
私はペアテ・シロタ氏を高く評価している。
ペアテ・シロタ氏が執筆した草案の一部を紹介する。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
第26条 すべての日本の成人は、生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。女性はどのような職業にもつく権利を持つ。その権利には、政治的な地位につくことも含まれる。同じ仕事に対して、男性と同じ賃金を受ける権利がある。
日本国憲法の特徴が「人権条項」にあることは知られていること。
明治憲法の人権に関する条文は第二章『臣民の権利義務』で15条しかないが、日本国憲法では第三章『国民の権利と義務』で31条もある。倍増している。しかもロウスト、ワイルズ、シロタが書いた原案は41条もあった。それが削除されたりして最終的に31条となった。この3人がいかに人権条項に熱意をもって執筆したことがわかるだろう。
ひるがえって現代日本はどうか?
高市早苗氏率いる政権および自民党などの現職の国会議員のほとんどが、この「人権」を理解していない。理解していないどころか国民の人権を奪う方向に大きく舵を切っている。
「国家情報局」「スパイ防止法」そして「緊急事態条項」。
これらは明らかに全体主義社会を実現するものであり、現日本国憲法が保障している自由と人権を奪う流れでしかない。高市早苗氏のやろうとしている政治とは国家権力の増大でしかない。それは国民にとっては主権者としての立場を奪われ、自由と人権を破壊し、国家権力が国民を監視し、なおかつコントロールする国家体制の出現である。この国家体制は容易に戦争を始めることが可能となる。GHQ憲法によって自由と人権を与えられ、平和を享受してきた日本国民にとっては青天の霹靂でしかない。
私の見解では、この流れはディープステートと呼ばれる闇の世界権力の計画である世界統一政府樹立、つまり新世界秩序(ニュー・ワールド・オーダー)の動きと完全に合致している。
一つだけ、人権小委員会が執筆した草案で私がこれは絶対ダメだと思ったものがあった。それはソビエト憲法を参考にした「レッド条項」と呼ばれるものである。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
〈土地および一切の天然資源に対する終局的権原は、国民全体の代表としての資格で国に存する〉
要するに、土地、天然資源等は個人所有することが許されず、それらは国家が所有者ということ。
この条文を見る限り、ペアテ・シロタ氏も相当な「赤」と言えるだろう。
もしかしたら彼女も「ニューディーラ」だったのかもしれない。
【日本国憲法の源泉編⑦】につづく
参考書籍
書籍名:『日本国憲法を生んだ密室の九日間』
著者名:鈴木昭典
出版社:創元社
書籍名:『日本国憲法の誕生』
著者名:古関彰一
出版社:岩波書店
書籍名:『知られざる日本国憲法の正体』
著者名:吉本貞昭
出版社:ハート出版
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!