ホームレスなのに幸せに生きている?
いや~驚きんした!
世の中には変わった人がいるもんでありんすな~!
「ホームレスお願い!!! 今晩の寝床がありません。なぜなら、家がないからです」
こんな投稿がSNSに寄せられたら、みなさんはどうしますか?
自宅に招きますか?
それとも無視しますか?
アチキは最近知りました、ホームレス(家がない)なのに幸せそうに生きている謎のホームレスがいることを。
家も仕事も家族もいないのに“幸せ”な謎の男が存在しているのです。
彼の名前は小谷真理(まこと)。
彼はホームレス生活をしている(家がない)のにお金に困らないどころか、おいしいものを食べている。
着るものもきれいな服を着ている。
(全身真っ赤な服装など)
汚くもないし、空腹で苦しんでいるわけでもないし、世をはかなんで生きているわけでもないし、世間と隔たって生きているわけでもない。
彼の場合は、いわゆる一般的なホームレスとはまったく別と考えたほうがいい。
家も仕事(収入)も家族もないのに、どうして幸せなのでしょか?
そんな謎の人が現代の日本にいることの意味はなんでしょうか?
驚きのホームレス生活の秘密
世間の一部の人たちは、「こんな人がいたんだ」と驚き、そして「もっとこの人のことを知りたい」と思う人たちがいるのです。
ホームレスと言っても小谷氏は、携帯電話(スマホ)と電子決済カード(PASMO)を持っています。そのスマホを使ってTwitterに投稿したり、様々な人たちと知り合いになるのです。
スマホ代はどうしてる?
PASMOのお金はどうしてる?
食事代はどうしてる?
など、普通は疑問がわきますよね。
でも、答えは簡単で誰かに恵んでもらっているのです。
赤の他人にPASMOをチャージしてもらい交通機関を利用します。
同じように携帯代も誰かに支払ってもらうのです。
(ありえんす!)
当然、食事もおごってもらうのです。
(マジか!)
要するに、世間の人たちの慈悲心にすがって生きているのです。
でも、彼はそう思っていないでしょう。
彼を受け入れる人もそう思っていないでしょう。
小谷氏は、行く先々で人に声をかけられます。
その秘密はSNSです。
SNSで小谷氏の存在を知った人が街で彼を見つけると声をかけてくるのです。
つまり、彼はけっこう有名人なのです。
(知る人ぞ知るってやつでありんすね)
そして、彼に食事を驕り、自宅に泊めてあげるのです。
さらに驚くべきことにSNSを通して彼には“依頼”が来るのです。
その依頼は海外にまで及び、彼は日本中のあちこちや海外にまで飛び回っているのです。
繰り返しますが、彼には仕事がないので収入がありません。
当然、交通費などは誰かが払っているのです。
(依頼の場合は、依頼者)
依頼とは?
彼にはネットを通して「会いたい」という依頼が来るのです。
???
小谷氏のホームレス生活の発想
彼は「全員と家族になってしまえばいい」という考えをもっています。
これは良いようにとらえれば、コミュニケーション力が高く普遍的な愛の持ち主と思われますが、実は違います。
彼は幼少期に家族に恵まれずに辛い経験をしています。
つまり、本当は愛情に飢えているのです。
その愛情に飢えていることをキレイに装い、自分にとって良いように捻じ曲げたものでしかありません。
また、「いまは真面目に生きている人が世間から認知されているだけであって、こっち(小谷氏の生き方)が増えたらいい」と発言しています。
つまり、小谷氏のようなホームレスが増えればいいと言っているのです。
ですが、この発言(生き方)は世間の人たちに受け入れられないでしょう。
いろいろと述べていると長くなってしまうので、簡単にいいます。
要するに「無責任」な生き方だからです。
また、人間としての道理に背く、人生を正面から受け止めていない、人生から逃げていると思われるからです。
こうした考えの人は、人間とは額に汗にして社会の一員として仕事をすることで初めて一人前の人間なのだと言う人生観を持っています。
家族を養い、自分の力で収入を得て生きることを放棄するような生き方(人生)は無責任でしかない、と思っているのです。
一方、小谷氏の生き方に興味を持ち、彼を支援したり依頼したりする人たちはどう思っているのか?
悩みを聞いてもらいたい。
話をしてみたい。
と思うのです。
なぜでしょう?
それは彼が社会のしがらみからはみ出して生きているからです。
つまり、自由勝手に生きているからです。
自由に見える彼の生き方に憧れを抱くからです。
人間は仕事や人間関係に縛られて不自由に生きています。
そんな不自由や生きることに疲れたり悩んだりしている人たちにとっては、彼のフリーな生活が羨ましいという深層心理が働いているのです。
やりたくても出来ない生き方を彼がしているからです。
謎のホームレス小谷真理の正体
小谷真理、1983年兵庫県生まれ。
2002年にNSCに入学。
在学中にDandelionを結成。
解散後、三輪善行と「みわこたに」を結成するが2013年に解散。
よしもとクリエイティブエージェンシーを辞め、ピン芸人として東京に進出。
2013年4月からキングコング西野の家に居候。
4万円の家賃を2ヶ月滞納し、家を追い出されホームレスになる。
彼は結婚しているという情報もあります。(真偽は不明)
ホームレス小谷真理の生き方は肯定すべきか、否定すべきか?
仏教ではもともと托鉢というものがありました。
修行者が町に出て、他人の軒先でお椀を差し出します。
すると残り物などをお椀に入れてくれるのです。
これを仏教では布施といいます。
尊い仏陀の弟子に布施(与える)する行為です。
仏弟子はお布施をもらうと説法をしてお返しをしました。
こうした習慣が仏教の初期には行われていました。
彼の生活は仏教の托鉢のようでまったくの別物です。
仏弟子はお布施をもらうかわりに尊い教えを説きます。
ですが、彼のしていることは「話を聞いてアドバイスする」という程度です。
それをありがたいと思う人もいるでしょうが、それほど高尚なことではありません。
結局、彼の生き方はパラサイトなのです。
誰かの慈悲心にすがって生きているだけです。
彼は芸人として失敗した。
でも、心の奥底に芸人への憧れや有名人になりたいという名誉心がくすぶっていると思われます。
それがホームレスという姿になって表れただけです。
【本当にカッコいい生き方とは!】
小谷氏の生き方は彼ひとりだったら無害ですし、アチキは彼の生き方を否定しません。
ですが、彼の生き方や考え方を世間に勧めることは止めてもらいたい。
物事の正邪が分かりにくかったら、その物事を極端にしてみたら、正しいか間違っているかが分かるという思考があります。
彼の生き方がもし、社会で是認され、多くの人たちが彼と同じ生活をし始めたらどうなるか?
数にもよりますが、驕る人よりも驕られる人の数が多くなったら、その関係はなりたちませんよね。
また、仕事も家もないホームレスの人が数万人、数百万人に達したら、経済活動は大打撃を受け、税金の減少により国家は運営できなくなるでしょう。
ですから、彼のような生き方は社会からはみ出した特殊な人だけに許容される生き方なのです。
ごくごく少数な人だけだから許されることなのです。
アチキは小谷氏がホームレスをすることを否定もしないし、「やめろ」とも言いません。
ですが、その行き方を他人に勧めることは止めなさい、と言いたい。
それと心の奥底にある名誉心や劣等感に自分で気がつきなさいと言いたい。
アチキから見れば、「ホームレスという名の芸人」を演じているだけにしか見えません。
「ストイックになるな」
「諦めろ」
「常に本気になるな」
こう言った考えを彼は持っています。
こんな考えを多くの人が持ち始めたら社会は崩壊します。
社会が崩壊したら、誰が食事を驕ってくれるのですか?
彼の生き方は、人としての道を明らかに踏み外しています。
世間の人たちに言いたい。
彼の生き方に憧れてはいけない。
彼の生き方を真似てはいけない。(真似しないと思いますが)
「世界中の人と家族になる」
彼はそういってますが、彼の心は悲しみでいっぱいなのです。
だからこそ愛情を求めているのです。
人間なら仕事なんかしないで楽に生活してみたいと思うでしょう。
でも、疲労や睡眠不足、家族を養う苦労、人間関係のストレスなどと闘いながら地べたをはいずり回りながら生きています。
アチキはそうした生き方のほうがカッコ良いと思います。
努力や責任、人間としての義務を放棄した自由気ままな生き方は一見羨ましく見えますが、人間としての人生から逸脱した生き方にしか過ぎないと思うのです。
【ご意見番が小谷氏にもの申す!】
「芸人になりたければ、努力せよ! 石に噛り付いても芸を磨け! 挫折から逃げるな!」
【ご意見番が世間にもの申す!】
「小谷氏の生き方は、人生のお手本とは真逆の生き方。小谷氏だけの特殊事例にしかすぎない!」
「額に汗し、葛藤しながら苦しみながら、それでも必死に生きている人こそ、カッコいい生き方だ!」
お読みいただき、ありがとうござんした!