【WGIP編③】~植え付けられた贖罪意識~
これまでの記事
【WGIP編①】~GHQによる占領政策の思想の源流に迫る~
【WGIP編②】~占領政策の真の目的とは?~
植え付けられた贖罪意識
《トルーマンについて》
先の戦争について、何もかも日本人(日本国)だけが悪い、日本は戦争犯罪をしたという価値観は敗戦後のWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)によって押し付けられた価値観です。
広島・長崎の原爆とは国際法に反する民間人の大量殺戮(虐殺行為)でしかないにもかかわらず、広島の原爆慰霊碑には「過ちは二度と繰り返しません」とまるで原爆を落とされても仕方がないほど日本は悪い事をしたのだという言葉が刻まれ、その言葉が世間に受け入れられています。
そんなことはありません。
東京裁判は法による裁きではなく単なる勝者による敗者への復讐劇であり、南京大虐殺、従軍慰安婦などは根拠のない嘘によるプロパガンダに過ぎず、これらはWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)による「日本を犯罪国家に仕立てあげて贖罪意識を植え付ける」ための占領政策なのです。
これは「日本人の精神的武装解除」であり、二度と白人国家に歯向かわないようにするための彼らによる洗脳作戦なのです。
原爆を落としたアメリカの大統領はトルーマンですが、アメリカ国内のキリスト教団体はトルーマンに対して抗議している。
それに対するトルーマンの回答は驚くべきものであり、こうした事実を日本人は知るべきなのです。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
「日本人が理解する唯一の言葉をいうのは、私たちが日本人に対して原爆投下することのように思います。獣と接するときは、それを獣として扱わねばなりません」
上記の発言はアメリカ合衆国トルーマン大統領の公式な回答です。
トルーマンは日本人を「獣」と言っているのです。
国際法とういう戦争における法秩序を破り、戦闘員ではない民間人を大量虐殺し、なおかつその残忍極まりない原爆投下に対して、心が痛まないトルーマンこそが獣だと言っておきます。
私の記事を読んでいる方ならお分かりかと思いますが、トルーマンとは秘密結社(闇の世界権力)のメンバーであり、彼らの価値観(悪魔崇拝)は獣以下の思想だと言っておきます。
護憲派の人たちの中には、マッカーサーやケーディスなど日本国憲法を起草したメンバーなどに親和性を抱いている方がいるようですが、基本的にトルーマンと同じ要素を持っていることを知るべきです。
マッカーサーはミズーリ号での調印を終えた際に以下のような発言をしている。
「日本の精神年齢は12歳」
「精神の再復興と性格改造が行われなければならない。まず精神から始めなければならない」
ちなみにマッカーサーは、ミアーズなどによるアメリカ批判を一切許しませんでした。
そこに彼らの本質が見えます。
《贖罪意識による平和論》
日本の戦後は、WGIPによって贖罪意識を埋め込まれ、歪んだ平和論を抱くようになったことは間違いない。
戦後、GHQの「精神的武装解除」政策を継承したのが日教組であり、日教組による「平和教育」なのです。
チェコの作家ミラン・クンデラは著書『笑いと忘却の書』の中で以下のように語っている。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明させることだ。そうすれば間もなく、その国民は、国の現状についても、その過去についても忘れ始めることになるだろう」
記憶を奪う、歴史を塗り替える、新しい文化を押し付ける、これこそがGHQによる占領政策だったのです。
指摘しておきます。
「平和」を望むことは正しい人間としての信条ですが、それが「押し付けられた贖罪意識」から発するものであるならば、それは「歪んだ平和論」でしかありません。
日本人は贖罪意識(自虐史観)を払拭し、正しい平和論の上に立つべきなのです。
《GHQによる新教育指針》
〈新教育方針とは日本国民に罪悪感を植えつけるもの〉
戦後の教育方針はGHQが描いた民族性喪失及び贖罪意識植え付けを国民に押し付けるものです。
GHQによる戦後教育の柱である「新教育指針」は「新時代に処すべき方向転換の態様を明示するため、全国の学校教師及び将来教師になるべき生徒に読まれることとして、「口頭指令」によって作成を文部省に命じたものです。
第一章序論――日本の現状と国民の反省を一部示します。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より抜粋引用
二、どうしてこのような状態になったのか
~しかし指導者たちがあやまちをおかしたのは、日本の国家の制度や社会の組織にいろいろの欠点があり、さらに日本人の物の考え方そのものに多くの弱点があるからである。国民全体がこの点を深く反省する必要がある。
三、これからどうしたらよいか
…戦争の責任は国民全体が負うべきであり、国民は世界に向かって深くその罪を謝するところがなければならない。
「戦争の責任は国民全体が負うべきであり、国民は世界に向かって深くその罪を謝するところがなければならない」
この価値観こそが中国や韓国などが日本に謝罪を求める根本的価値観なのです。中国や韓国などが日本にたいして謝罪を求める根源とはアメリカの(歪んだ)歴史観なのです。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
このような、わざわざ日本をおとしめようとする姿勢の源がどこにあるかというと、やはりウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに基づいて、「日本が侵略戦争を起こしたのが悪かったのだ」という罪悪感を刷り込もうとする「新教育指針」に原点があるのです。
戦後の教育の中に流れる毒水とは、アメリカの米国史観(太平洋戦争史観)とソ連のコミンテルン史観が合体したものであり、それが歴史教育の中に溶け込んでいるのです。
GHQは占領期間に検閲を行っていますが、社会科の教科書に関するものだけでも段ボール百箱以上にも及ぶ検閲を行いました。教科書検閲からとくに排除されたのが「愛国心」を肯定する文言でした。
〈日教組とGHQの関係とは?〉
日教組(日本教職員組合)の誕生にもWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)が関わっている。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
かつて大日本教育会という教員の組織がありました。その大日本教育会の建物をある日、暴力的に乗っ取って「ここは日教組の建物である」と宣言したのが日教組の始まりです。
日教組誕生の背景には、労働組合を重視したGHQの政策がありました。占領軍に協力的な日本人を探し出して支援するという方針がCIEの活動指針「再教育・再方向づけ」の中に含まれていたのです。「再教育・再方向づけ」を提案したのはGHQ民生局(GS)課長で、憲法草案にも関与したチャールズ・ルイス・ケーディスですが、その提案の中に占領軍に協力的な日本人を探し出して支援するという方針があったわけです。
~中略~
羽仁五郎とCIEが密儀を重ねて日教組を作ったように…
つまり、戦後の日本国民再教育にあたって、GHQが引き揚げた後にも、WGIPが機能するように日教組を誕生させたということであり、教育界における日教組の役割がWGIPを自主規制として引く継ぐことだったのです。
それと「憲法研究会の草案が日本国憲法の基礎」と主張している人たちに言いたいことは、ケーディスによる証言をその証拠としているようですが、マッカーサーを含めたGHQの人間が手放しで日本のために占領政策を行ったわけではなく、逆に日本の精神的武装解除をすることによって日本国がアメリカなどの白人国家に逆らわないようにする政策を考えて実行していることを理解するべきでしょう。
憲法研究会の草案がなぜGHQによって高く評価されたのかということの理由としてあげられることは、GHQの占領政策(日本改造計画)に合致していること、それと上記の引用文中にあるように当時の政治勢力とは逆の立場にあり、GHQの描く占領政策に共感する協力者を利用することをしたからです。
こうした背景を無視して、「日本国憲法の基礎は憲法研究会の草案」などと言うのは、GHQの亡霊に踊らされているだけであると指摘しておく。
自民党の憲法改正の危機に立ち上がっている人たちとは別の意味で、戦後すぐからずっと護憲派として存在していた人たちの中核は、まさにGHQが支援していた人々(共産主義者、社会主義者、リベラル派)だったのです。
《教育基本法の正体とは?》
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
占領時代に作られて戦後の教育界の憲法のような立場を担った法律があります。それは教育基本法です。この教育基本法も、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに沿った形で、当初の内容から変更を余儀なくさせられていました。
というのも、教育基本法の日本側前文案には当初、「伝統を尊重して」という言葉が入っていました。ところが、そえが消されてしまったのです。
〈GHQの狙いとは?〉
日本側が作った教育基本法の前文案には「伝統を尊重して」という言葉が入っていた。
教育の指針となる基本的な法律に「伝統を尊重して」という言葉が削除されたということは戦後教育の大きな負の遺産でしかありません。
GHQの考える「伝統」とは、天皇中心主義、封建制度であることは間違いないでしょう。
つまり、GHQの考える「伝統」とは占領政策に反するものであり、そうした価値観を残せば、日本国は戦前のような国家に戻ってしまう恐れがあると考えたのです。
ある意味では、GHQの行った占領政策とは「外部からの国家改造」であり「占領軍による革命」であると言えます。GHQの狙いは伝統的な日本の価値観、風習、民族性を変革することであって、伝統的な価値観を残すことはいずれGHQがなさしめた占領政策を覆されると考えたはずです。
だから「伝統を尊重する」という文言を消したのです。
日本側が作った教育基本法の前文案には「伝統を尊重して」という言葉を削除するように命じた人物は、CIE教育課長補佐のJ・C・トレーナーという人物です。
〈教育勅語について〉
同じようにGHQによって消滅したものがあります。
それが「教育勅語」です。
教育勅語を誤解している日本国民が多くいますが、それこそがGHQの流した毒水にやられた中毒症状です。
教育勅語とは、政治上の君主の命令ではなく、君主の私的な著作物であり、普遍的な道徳を現したものです。
教育勅語を頭から否定している人たちは、完全にGHQによる洗脳(WGIP)にやられているということです。
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
そしてGSのジャスティン・ウィリアムという国会課長が衆議院と参議院の文教委員長を呼び出して、口頭命令で教育勅語を廃止するように命じたのです。
なぜ文書による命令ではないのか?
文書による命令は公式なものであり、記録として後世に残ります。
GHQが教育勅語を廃止したということを隠蔽するために、口頭による命令にしたのです。
誤解している方がいるようですが、教育勅語を廃止したのは日本人の意志によるものではありません。
《君が代と日の丸の自主規制》
書籍『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』より引用
占領時代の一時期、昭和21年に音楽の教科書から「君が代」をはじめとするすべての祝祭日唱歌が削除されたことがありました。占領軍は「君が代」を掲載することを反対しない方針だったのですが、文部省が自主的に削除してしまったのです。
〈官僚による自主規制〉
GHQが日本の国歌「君が代」を教科書に載せることを反対していないにもかかわらず、文部省が自主的に削除した。
著者の高橋氏はCIE教育課長補佐で教科書を担当していたトレーナー氏にインタビューし、この件を聞きている。
それによると、トレーナー氏は文部省の役人に対して「われわれは『君が代』を削除しろとは命令していない。なぜ『君が代』を削除したのだ?」と問いただした。
文部省の役人の返答は「紙が足りないからです」というもの。
この返答にトレーナー氏は「紙が足りないならば他の歌を削ればよかった」と指摘している。
こともあろうに日本国の「国歌」である『君が代』を削除した理由が「紙が足りない」?
こうしたすり替えの論法こそ役人(官僚)が常時使う逃げの論法です。
ご機嫌取りでしょうか?
GHQに睨まれないようにでしょうか?
いかにも日本人的であります。
よく言えばGHQへの忠心かもしれないが、災難をさけるための「長い物には巻かれろの精神」と言わざるを得ません。
実に情けない態度であり、卑屈な心と言えます。
国旗についても同じようなことが起こっています。
GHQは当初、占領政策として「日の丸」の自由掲揚を禁止していました。しかし昭和22年5月には国会、最高裁判所、首相官邸、皇居の4か所で掲揚が許可され、その後マッカーサーは昭和24年元旦の年頭に好む場所に自由に『日の丸』を掲揚することを許可した。
だが、日本国民は許可された後も「日の丸」を掲げようとはしなかった。
ここに日本人の性質が見て取れる。
これはどういうことかと言えば、官僚(役人)も国民も「自主規制」をしたということ。
なぜ規制されていないにもかかわらず、わざわざ自分たちの方から「規制」するのか?
実は、こうしたことこそがWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)による「精神的武装解除」の効果でもあるのです。
好む場所に自由に『日の丸』を掲揚することを許可されているにもかかわらず、自主的に規制した理由とは、「日の丸を掲げることが戦争につながるという意識(感覚)」があったからに他なりません。当時はGHQによる洗脳作戦により「国民総懺悔(総反省)」をしていた時期。日の丸を掲げることによって戦争を肯定する(軍国主義)国民だと見られることを避けたかったという心理が働いていると思われる。世間体を気にする日本人らしい出来事です。
この自主規制は大手メディアによって、いまだに続いていると思われます。
《占領政策は大成功だった?》
著者の高橋氏がアメリカで毎年行われている「占領政策のシンポジウム」に江藤淳氏とともに参加した際の話に興味深いものがあります。
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
占領軍の幹部だった人たちもたくさん参加していました。マッカーサー夫人も来られましたし、憲法を作ったケーディスも来ていました。彼らは当時の映像を見ると満面の笑顔で拍手喝采しました。「占領政策は大成功だった」と口々にいいあっていました。
〈戦勝国による国家破壊罪〉
確かに日本人は未だに自虐史観(日本国犯罪国家論)を引きずっていますし、戦争に対する嫌悪感はものすごく強いものがあります。
この自虐史観から憲法改正に反対する姿勢が多くの場合で起きていることは間違いないでしょう。
護憲派の人の中でケーディス証言を根拠にして「GHQ草案の基礎は憲法研究会の草案だから日本国憲法は日本製」と主張する人たちがいますが、ケーディスが後に語った内容や回顧録をそのまま正直に信じない方がいいでしょう。
白人と日本人はその民族性に大きな隔たりがあり、日本人は真面目、正直、素直な国民性を持っていますが、ほとんどの白人たちは他の民族に対して優越感を持っており、自分たちの利益のためならば嘘も平気でつくことがあるのです。
ケーディスの言うように占領政策が大成功だったというならば、GHQによる憲法草案作成とその草案を日本政府に押し付けたことも大成功ということです。
つまり、自分たちが憲法草案を押し付けたからこそ軍国主義は消え去り、日本が民主主義国家になったと言っているのです。
戦争に勝ったからといって、敗戦国の伝統、文化、民族性や国家体制を破壊し、まったく別物に入れ替えるということは犯罪に等しく、その意味は「国家破壊罪」と言えます。
(「国家破壊罪」という法は存在しない。私が説明するために使用した語彙です)
GHQの占領政策によって、日本国は国体を変化させられ、戦前とはまったく違った国家像となったことは間違いない。これを別な言い方をすれば、アメリカの真似をする子分国家であり、アメリカの言い成りになる従属国家と言えるでしょう。
高市早苗総理のアメリカ訪問時のトランプ大統領への態度を見れば、それは明らかでしょう。
ただし、メリットもあったことは認めましょう。
そのメリットは、お上に従うしかなかった国民が「主権者」となり、民主主義的な国家体制に替わったことです。
でも、それは表面上であって、日本が真なる民主主義国家であると言えるでしょうか?
《日本人の自虐史観の根源に位置するものとは?》
〈CIEからG2に宛てた文書〉
CIE(民間情報教育局)によるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)は数次にわたって極めて強力に展開していた。
なお、江藤淳氏はWGIPを以下のように定義(訳)している。
「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」
CIE(民間情報教育局)からG2(参謀第二部民間諜報局)に宛てた文書がある。
表題は『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム』
日付は昭和23年2月6日
この文書の一部を以下に記す。
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
CIS局長と、CI&E局長、およびその代理者間の最近の会談にもとづき、民間情報教育局は、ここに同局が、日本人の心に罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、開始しかつこれまでに影響を及ぼして来た民間情報活動の概要を提出するものである。
※補足説明:江藤淳氏の著書ではCIEをCI&Eと記した部分があるがこの記事ではCIEで統一する(CI&EとCIEは同じ)。
CIE(民間情報教育局)からG2(参謀第二部民間諜報局)に宛てた文書の中で、はっきりと「日本人の心に罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的」と記している。
ポイントは、「罪と戦争の淵源に関する自覚を植えつける」という点がまずあげられる。
戦争における罪を勝者が一方的に裁くことは国際法には存在しないし、そもそも独立した主権国家を裁ける存在は当時であっても現代であっても存在しない。
勘違いしてはいけないのが「国際法に反するという違法行為」を認識することと「その罪を裁く」ことは別次元のこと。国際法とは国内法と違って多国間の合意に過ぎずほとんどの場合、罰則がない。だから歴史上欧米国家は国際法を常時破ってきた。
国際法を遵守するためには「倫理観」と「法秩序に対する公正な精神」が必要なのだ。
日本における罪とは何か?
東京裁判で連合国は、事後法で裁いた。これは法秩序に真っ向から逆らうものであり、倫理の欠片もない。
それを罪と言うならば、連合国側による東京裁判および占領政策は「歴史に残る罪」と言えよう。
そして「植えつける」という言葉。
植えつけるとは当時の日本人にはそうした罪の意識がなかったことを逆の意味で証明している。日本人自身が罪の意識を抱いていないからこそ、占領政策によって「(罪を)植えつける」ことをしたのです。この因果関係を理解することが重要です。
そして最も重要なことが植えつける場所が「(日本人の)心」だということ。
これこそが「精神的武装解除」を意味し、GHQによる占領が終了した後も、ずっと日本人に罪の意識を持たせることを目的としているということになる。
だから言っているのです。
日本人はGHQによる宣伝作戦による洗脳がいまだに解けていないと。
しかも世代が変わったことで、自然な形で、つまり洗脳されているとは思わない形で、GHQが受けつけた価値観を多くの日本人が抱いているのです。
〈一般命令第四号(昭和20年10月2日)第二項a(3)〉
WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)がどこから発されているのかと言えば、一般命令第四号(昭和20年10月2日)第二項a(3)に基づくものなのです。
一般命令第四号第二項a(3)の文言には次のような内容がある。
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
a 左の如く勧告する
(3) 各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること
この「一般命令第四号第二項a(3)」の勧告を受けて開始されたのがCIEによるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)なのです。
WGIPの第一弾は、『太平洋戦争史』と題する新聞連載による宣伝作戦。
この企画は占領間もない1945年12月8日から始まっている。
CIEによる『太平洋戦争史』はあらゆる日本の日刊紙に連載された。
問題は、『太平洋戦争史』とは日本側の視点から見たものでも、日本国の事情を考慮したものでもなく、かつ客観的な分析でも無く、あくまでもアメリカから見た戦争史でしかないこと。ここでは「戦争を始めた罪」と「日本国民が知らされていなかった歴史の真相」を伝えることを強調している。
「戦争を始めた罪」ということ自体が間違いであり、当時の国際法では自衛のための戦争は犯罪ではなかった。よって「戦争を始めた罪」という罪はその時点で存在しない。
「日本国民が知らされていなかった戦争に関する真相」とは、真実ではなく「嘘」を入れ込んだ洗脳情報でしかない。
このWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)は、正確に戦犯容疑者の逮捕や節目々々に時期を合わせて展開されている。
〈歴史記述のパラダイムシフト〉
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
CI&E文書が言及している『太平洋戦争史』なるものは、戦後日本の歴史記述のパラダイムを規定するとともに、歴史記述のおこなわれるべき言語空間を限定し、かつ閉鎖したという意味で、ほとんどCCDの検閲に匹敵する深刻な影響力を及ぼした宣伝文書である。
※補足説明:『CCD』とは、民間検閲支隊のこと。
いまだに日本人は先の大戦を『太平洋戦争』と呼ぶ人がほとんどではないか?
その原因が占領政策の宣伝作戦であったことはすでに指摘したが、その指令は1945年12月15日に発せられ、日本国が使用していた『大東亜戦争』という呼称が禁止された。
この呼称の変更は単なる名前の変更ではすまない。
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
つまり、昭和20年の春の、8日から15日にいたる僅か一週間のあいだに、日本人が戦った戦争、「大東亜戦争」はその存在と意義を抹殺され、その欠落の跡に米国人の戦った戦争、「太平洋戦争」が嵌め込まれた。これはもとより、単なる用語の入れ替えにとどまらない。戦争の呼称が入れ替えられるのと同時に、その戦争に託されていた一切の意味と価値観もまた、その儘入れ替えられずにはいないからである。すなわち、用語の入れ替えは、必然的に歴史記述のパラダイムの組み替えをともなわずには措かない。しかし、このパラダイムの組み替えは、決して日本人の自発的な意志によって成就したものではなく、GHQによる強制と禁止によって強行されたものだったのである。
「大東亜戦争」という呼称には、当時の世界情勢である白人国家による植民地政策からアジアの国々を解放するという理念が含まれていた。
いわば、「大東亜戦争」という戦争名には白人国家に対する反抗心と“アジアの平和”の意味が込められていたということであり、そうした大義を認めれば日本国を「戦争に対する罪」で裁くことができないからこそ呼称を入れ替えたのです。
よって、「平和」を望む日本人ならば、先の戦争を「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」と呼ぶべきなのです。
これはディープステート(闇の世界権力)が常套手段とする「名称変更」という手法なのです。
『太平洋戦争史』は、新聞連載が終了した後、1946年3月、6月に高山書院から刊行されている。その発行部数は10万部にも及ぶ。
このCIEによる宣伝文書である『太平洋戦争史』は日本の学校教育に入り込み、深く浸透していく。
この『太平洋戦争史』が狙っていた効果(目的)とは、当時の「日本の軍国主義者」と「日本国民」を対立させようという意図が潜まれていた。
国民は戦争被害者として、軍国主義者への反抗心を持ち続けるということ。
この宣伝文書に隠された意図とは?
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦悩と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起こった災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。
3年前の記事で私は若い頃、なぜ日本人は先の大戦において民間地域への焼夷弾投下、同じく民間人大量虐殺である原爆投下に対してアメリカ人を憎まないのか、という疑問を持っていたことを書いた。
その解答がこれである。
つまり、本来戦争犯罪を犯しているのはアメリカ側であり、戦後それらの罪の追求が起こることを避けるために、アメリカ側の罪を軍国主義者へとすり替えることにしたということ。
これによって日本国民の怒りや憎しみはアメリカではなく、当時の政治指導者(軍国主義者)へと向かうこととなった。
こうしたことの本質とは何か?
それは「真実の隠蔽」である。
現代に生きる日本国民はこうしたことを深く理解するべきなのです。
《WGIP第三段階》
〈東條口述書〉
第三段階は、1948年2月6日、市ヶ谷法廷における極東国際軍事裁判での最終論告と採取弁論を目前に控えた時期に合わせて開始されている。
この前年の1947年12月19日に「東條口述書」が市ヶ谷法廷に提出されている。
東條自身が証言台に上がったのが12月26日。
キーナン主席検事の反対尋問とウェッブ裁判長の尋問が終了したのが1948年1月7日。
現代に生きる日本国民も東條が何を語ったのかを知るべきであろう。
書籍『閉ざされた言論空間』より抜粋引用
東條口述書より
私はここに重ねて申し上げる。日本帝国の国策ないしは当年合法にその地位にあった官吏の採った方針は、侵略でもなく、搾取でもなかった。
~中略~
国家自衛のために起つということがただ一つ残された途であった。
~中略~
戦争が国際法上より見て正しき戦争であったか否かの問題と、敗戦の責任如何との問題とは、明白に分別出来る二つの異なった問題である。第一の問題は外国との問題でありかつ法律的性質の問題である。私は最後までこの戦争は自衛戦であり、現時承認せられたる国際法には違反せぬ戦争なりと主張する。
私は未だかつてわが国が本戦争をなしたことを以て国際犯罪なりとして勝者より訴追せられ、又敗戦国の適法なる官吏たりし者が個人的の国際法上の犯人なり、又条約の違反者なりとして糾弾せられるとは考えた事とてはない。
上記の東条英機の口述は、「戦争反対」と主張する人あるいは護憲派の方たちには怒りを呼び込むだけかもしれない。
だが、指摘する。
東條の主張していることは正しい。
当時の国際法において「戦争犯罪なる国際法」は存在していない。さらに言うと、東京裁判は戦犯としてA・B・C級と罪の重さ別に処罰を決めているが、そもそも国際法とは国家と国家の関係を縛る法であって主体が国家であり、個人を対象としていない(当時)。よって、戦争犯罪者として個人を処罰すること自体が国際法違反(事後法による復讐)である。
いまある日本社会は、こうした国際法違反を犯したアメリカ等による価値観によって染め上げられた社会であることを理解するべきです。
〈開戦の直接の引き金は「ハル・ノート」〉
日本側は開戦前に日米交渉を行っており、その際に日本側から戦争を避けるための最終案(甲、乙)を提示している。だが、それがアメリカ側に飲まれることはなく逆に「ハル・ノート」を突き付けたことによって日本国は戦争に突入するしか選択肢がなかったということが真実である。
※補足説明:「ハル・ノート」とは昭和16年(1941年)11月26日にアメリカ側が日本に提示した最終的な提案(覚書)で、正式名称は「アメリカ合衆国領土及び日本国領土における安定化に関する基本協定の基礎」。
アメリカ側が日本に要求したのは、中国や仏印などからの軍撤退、日独伊三国同盟の廃棄など、当時の日本が受け入れ難い強硬な要求。
現代に生きる日本国民は、当時の日本政府がアメリカ合衆国と戦争をすることを避けるための日米交渉を行っていたということを知るべきであり、その交渉において意図的に日本側が飲めない条件を突き付けて戦争が起こるように仕向けていることを理解するべきです。
あえて言いますが、こういうことをするのが白人国家なのです。
東條は、キーナン主席検事の尋問に対して、「首相として戦争を起こしたことは道徳的にも法律的にも正しかった」と答えている。
市ヶ谷法廷におけるこうしたやり取りについて、アメリカ側が重要視したことは東條の発言(考え)ではなく、東条の発言(考え)に対して日本国民がどのように反応するのか(どのように受け止めるのか)であった。
もし日本国民の多くが東條の発言(考え)を肯定するならば、その矛先はいずれ原爆や焼夷弾による民間人大量虐殺を行ったアメリカに向かってくることは明白となる。これをアメリカは恐れ、それを避けるためにWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)を行ったのです。
WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の目的とは、日本人に対する精神的武装解除であり、国際法違反をしたアメリカの責任を日本の軍部(当時の政治権力者)とそれを支持した日本国民に押し付けることによってアメリカが正義であるという歪んだ歴史を構築することにあったのです。
日本とアメリカのどちらが国際法違反(戦争犯罪)をしたのかという比較をすれば、圧倒的にアメリカ側に非がある。
要するに、本来戦争の勝敗とは別の「戦争犯罪」という判定をすれば、当然アメリカ側が戦争犯罪の追求をされることは間違いない。それを避けるために日本国を戦争犯罪国家(戦争犯罪民族)に仕立て上げたということです。
これを理解せずに日本国憲法に込められた真の狙い(意図)を理解することは不可能なのです。
GHQによる新憲法制定とは占領政策の一部であることを理解するべきなのです。
江藤淳氏はこう言っている。
書籍『閉ざされた言論空間』より引用
いや、「宣伝計画」というなら、そもそも市谷法廷における極東国際軍事裁判そのものが、もっとも大規模な「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と目されるべきものであった。
護憲派の方たちは、日本国憲法の条文を読んだことがあるでしょうが、それ以外の占領政策についてどれだけ調べましたか?
日本国憲法制定が占領政策の一部でしかないことを理解するならば、その他の占領政策を知らずして日本国憲法の意味を正しく理解することは出来ないのです。
「平和」とは人間を幸福にするもの。
だが、自虐史観からくる平和論は決してその人を幸福にしない。
正しい歴史観による平和論を持つべきなのだ。
参考書籍
書籍名:『日本人を狂わせた洗脳工作』
著者名:関野通夫
出版社:自由社ブックレット
書籍名:『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』
著者名:高橋史郎
出版社:致知出版社
書籍名:『閉ざされた言論空間』
著者名:江藤淳
出版社:文春文庫
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!