【自民党憲法改正草案編④】
自民党憲法改正草案の“真の狙い(目的)”は主権者を「国民」から「政権」に変更する革命に他ならない!
これまでの記事
【自民党憲法改正草案編①】~自民党憲法改正草案は国民家畜化の暗黒な未来に向かうもの!~
【自民党憲法改正草案編②】~憲法とは何か?~
【自民党憲法改正草案編③】~憲法を守らない権力者とは独裁者~
「主権」の強奪こそが憲法改正の真の目的
《「主権」の強奪こそが憲法改正の真の目的》
〈草案99条〉
書籍『「憲法改正」の真実』より引用
小林節氏発言
改正案では、国民の憲法尊重義務を新設し、天皇の憲法尊重義務を削除している。
〈日本国憲法〉
第九十九条 天皇は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
〈自民党「日本国憲法改正草案」〉
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
最初から最重要ポイントであり、改正草案(2012年版)の根源的間違いを指摘します。
日本国民はここを知れば、自民党の憲法改正草案がいかなるものなのかを理解することが出来るはずです。
自民党の日本国憲法改正草案の真の狙い(目的)が「憲法尊重擁護義務 第102条」にあります。
ここに全ての問題が集約されています。ここに自民党の憲法改正草案の正体が現れています。
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
憲法とは、「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」という言葉が示す通り、権力の座に座る者たちは、必ずと言っていいくらい暴走していきます。自らの立場を忘れ、自らの権限を超え、権力の魔力に魅入られ、自らが権力と同じであるかのような錯覚に陥ってしまいます。権力が誰から与えられているかと言えば、民主主義国家であれば主権者である国民からですが、伝統的な考えでは「天から与えられた」と考えます。それは権力が権力を手にした者自身から発生したものでは無いことを理解するということです。そう考えるからこそ、そこに「謙虚さ」「人知を超えた存在に対する畏怖」を持つことが出来、国民の幸福を実現する正しい理念を持つことができるのです。
しかし、権力を自らの努力や工夫、兵法で勝ち取ったと考えている者にとっては、謙虚さや反省心はどこを探しても存在せず、人間を超えた存在への恐れを抱くこともありません。だからこそ、「悪行」をなせるのです。裏金を作ったり、憲法違反をしたり、嘘をついて騙したり、説明責任から逃げたりするのです。犯した悪行がいつか己にはね返ってくるという考えがないからこそ、「バレなければいい」「追及を逃れればいい」と考えて己の身勝手な欲望を満たすことばかりするのです。支配欲、権力欲、名声を求める強欲がそうさせるのです。
憲法とは、国家権力から国民の自由と人権を保護するためにあるのです。
民主主義国家とは国民が主権者となることで、権力が腐敗し、暴走することを防止する役割を担うものであり、そのために憲法が国家の最高法規として存在しているのです。
その憲法を、国家権力側の都合の良いように改正するということは、「天をも恐れぬ所業」というしかない。
民主主義国家を破壊するものであり、それが意味することとは、自民党という政治勢力の政治思想は「全体主義」であることを自ら告白することでしかない。
「第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という条文が自民党の憲法改正草案の全てであり、水源なのです。この条文が改正草案全体に行きわたっているのです。
この条文は、憲法理念、憲法の存在を破壊することであり、憲法をも国民を隷従させるための道具とすることなのです。それは国家権力が民主主義ではあり得ないこと、自由と人権を保護する政治思想からは考えられないことをしたとしても、“免罪符”を国家権力に与えることと同じなのです。
自民党の憲法改正とは、強欲で無慈悲な国家権力に「免罪符」を与えることなのです。
書籍『「憲法改正」の真実』より引用
樋口陽一氏発言
国民が国家に注文をつけるものが憲法です。とすると、国民にむかって「憲法に従え」というこの草案は、もはや近代憲法ではないのですね。
近代憲法でないならば何なのか。
中世以前の「王制」への昔に戻るものです。
この場合の「王」とは、「政権」を意味します。
王がすべての権限を持ち、人々とはただただ統治者の言いなりとなるしかない世界を意味します。
国家権力者側が改正した憲法を国民に対し擁護義務を課すなどと言うことは、権力者側が絶対的権力を手に入れて国民を奴隷化すること以外の何ものでもないのです。
《自民党の憲法改正の真なる目的とは?》
書籍『「憲法改正」の真実』より引用
小林節氏発言
この草案を読み解くことには意義がある。自民党がこの国をどうしたいのか、どういう社会を構築しようとしているのか、どんな価値を理想として見ているのかということが、しっかりと映し出されているからです。
まず、基本的におかしいのが、国家権力と国民の関係が逆転していることですね。草案では、国民に憲法尊重義務を課している。近代憲法としては、この時点でアウトですよ。
書籍『【決定版】白熱抗議!憲法改正』より引用
自民党日本国憲法改正草案
(憲法尊重擁護義務)
第102条
すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
現憲法との比較
日本国憲法第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。
〈自民党の本質と正体、そして真の目的が改正草案102条にある〉
自民党日本国憲法改正草案の本質と正体が改正草案の102条(憲法尊重擁護義務)に現れています。
ここに自民党の憲法改正草案のすべてがあります。
1項に、「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない」と規定していることが自民党の政治思想、自民党が目指す国家像、自民党の正体を示している。
つまり、自民党という政治勢力は、国民を監視し(管理し)、国家権力に隷従させるための武器として憲法を悪用しようとしているということです。
これは主権者が国民から時の政権に変るということです。「静かなる革命」を起こすことこそが自民党の憲法改正の真の目的だということです。
この恐ろしい現実を知ってください。
全国民は自分たちの命と財産、自由と人権を守るために、自民党憲法改正草案を読む必要がある。命と財産、自由と人権を奪われてから、自民党憲法改正草案を読んでいなかった、知らなかったでは済まないのです。後戻りが出来なくなってから後悔しても、その時点ではどうにもならないのです。
小林節氏が指摘しているように、自民党憲法改正草案を読めば、自民党の政治思想、国家像、価値観がわかります。
自民党の憲法改正草案のなかで根本的な間違いは、「国家権力と国民の関係を逆転させている点」につきる。ここにすべての間違いがあり、すべての悪質性がある。
現行の日本国憲法では主権者は国民と規定されていて、99条に国会議員などに対して憲法尊重義務を課している。それを自民党は改正草案で逆に「国民に対して憲法尊重義務を課している」。たったこれだけを知るだけで、自民党の正体がわかり、自民党という政党が独裁的性質を持ち、民主主義と立憲主義に叛逆し、国民を幸福にすることなど微塵も考えていないことが読み取れる。
国民に対して「憲法尊重義務」を課すということが意味することとは、何度も言うが全体主義国家へ変貌するということであり、時の政権が絶対権力を持つことであり、国民は監視され、管理され、無抵抗のまま支配されることになるということです。
戦争が始まれば有無を言わさず赤紙(現代は違う方法かも?)が届き、時の政権に従わなければ資産さえも凍結される事態が起こり、政権を批判すれば犯罪となり、デモなどの抗議活動は政治犯として逮捕される、そんな不自由な社会の中で息をひそめて生きるしかなく、それは人間にとっての生きる喜びや希望を奪うことなので、生きていく気力さえ萎えていくでしょう。
自民党の憲法改正草案とは、「国家権力と国民の関係を逆転させている」=「国民に憲法尊重義務を課している」という点にすべてがある。
自民党の憲法改正草案の悪質性の原点(源泉)が102条にある。
この政治思想は、民主主義及び立憲主義でもなく、全体主義または独裁主義に他ならない。
この原点(源泉)から、悪質な改正条文が導かれている。その究極の悪こそが「緊急事態条項(国会機能維持条項)」なのです。
二人の憲法学者はこう言っている。
書籍『「憲法改正」の真実』より引用
小林節氏発言
改悪マニアの世襲議員たちは、戦前の明治憲法の時代に戻りたくて仕方がない。だから、まるで明治憲法のような古式蒼然とした、近代憲法から逸脱したこんな草案を出してきた。旧体制への回帰こそが、この草案の正体です。
書籍『「憲法改正」の真実』より引用
樋口陽一氏発言
この草案は古式蒼然です。自民党の改正草案を見て「戦前に戻るのか」「明治憲法に戻るのか」という批判をする人たちの主張もよく分かります。
けれども、この草案をもって明治憲法に戻るという評価は、甘すぎる評価だと思うのです。明治の時代よりも、もっと「いにしえ」の日本に向かっている。
樋口氏が言いたいことは、憲法無き江戸時代への回帰だということ。
二人の見解は私にも良く理解出来ます。「戦前に戻るのか」「明治憲法に戻るのか」という意味は、国家権力が強大であり、国民は制限された自由と無きに等しい人権しかあたえられずに、国家の言いなりになるしかない時代を意味しています。しかし、明治憲法下でもデモクラシーの動きは取れたが、自民党憲法改正草案が現実化すれば、国民は国家権力に隷従するしかない家畜としての生存しか許されなくなる。
樋口氏は「いにしえの日本に向かっている」と言っているが、その意味は理解できるが、私から見れば違う。本当は、自民党憲法改正草案とは未来に向かっている。ただし、明るい未来でも、国家が繁栄する未来でも、民主主義と立憲主義による自由の謳歌でもなく、国民が支配階級に支配される暗黒の未来である。
これを「新世界秩序」という。
国民家畜化の未来に向かうものが、自民党憲法改正草案の正体だということです。
しかし、読者から指摘があるでしょう。
「明治憲法の世では、主権は天皇にあった。現代では天皇に統治権はないから明治憲法に時代に戻るということは違うのではないか」と。
その指摘は正しいのですが、一点見逃していることがある。
答えは簡単であり、明治憲法下での天皇主権が「政権主権」となるだけです。
と言っても明治憲法下でも天皇陛下の意に沿わない政治を臣下が行っていたし、明治の世そのものが天皇という権威を利用した政治体制であった。
ですから、天皇という象徴は残し、その権威を利用し、時の政権(自民党と連なる政治勢力)が主権を持つ世になるということです。当然、国民は主権者である政権の臣下という立場となりますが、実質的に臣下というよりは奴隷と言った方が適格な表現でしょう。
自民党の憲法改正草案とは、主権を国民から奪い取り、政権が主権者となる世を作り出す動きに他ならないのです。これを通常独裁政権への道のりというのです。
だから、万が一自民党憲法改正草案の中身を知らなくても、上記の内容を最低限知ってください。
「国家権力と国民の関係を逆転させている」=「国民に憲法尊重義務を課している」という点にすべてがあり、ここに自民党の正体が見えるのです。
憲法尊重擁護義務について
《憲法尊重擁護義務》
書籍『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』より引用
自民党草案
第十一章
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
比較のために現行憲法である日本国憲法を以下に示す。
日本国憲法第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。
現行憲法との相違は、1項に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と明記し、国民に対して憲法尊重擁護義務を課している点と、憲法尊重擁護義務から「天皇又は摂政」を除外している点。
まず、1項の条文は、明確に国民を主権者の座から追い落とすこと以外に何ものでもない。
自民党の改正草案の1項を考えたのは実質的な改正案作成者である自民党である。ということは実質的な改正案作成者が国民の上位に来ることになる。
民主主義国家の憲法とは、主権者である国民の側から発するものであり、国民に向けて発するものではないということが基本原則なのです。自民党はこれを逆転させている。
これは主権者を入れ換える条文に他ならず、“国家主権”を示すもの以外の何ものでもない。
自民党の改正理由には、「憲法の制定権者たる国民も、憲法を尊重するべきことは当然である」、「憲法も法であり、遵守するのはあまりにも当然のことであって」と主張している。
これが自民党の憲法観である。
憲法の制定権者たる国民と言っているが、実質的に改正草案を作成するのも手続きをするのも国民ではなく、国家権力者たちである。
国民を制定権者だと認めるならば、国民が自分たちを自分で縛る法秩序を制定するということ自体が矛盾している。憲法とは、制定権者(主権者)である国民が自らの自由と人権を不当な権力、暴走する権力から守るための鎖として憲法を制定するものである。
であるにもかかわらず、制定権者を縛る憲法を制定するということは、実は国民を制定権者として認めてはいないということ。本音を言えば、憲法とは国家が国民を統制するための道具として存在するものと考えているのだ。そうした価値観が改正理由から読み解ける。
「憲法も法であり、遵守するのはあまりにも当然のことであって」という価値観は憲法の「け」の字も理解していない者の発言でしかない。
憲法とは、国家権力を縛る法であり、法律等は国民が守るべき秩序であり、憲法と法律はその方向性が違う。こんな基本的なことも理解していない者たちが憲法改正を主張していることに吐き気がする。
書籍『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』より引用
憲法が最高法規であるのは、その内容が、人間の権利・自由をあらゆる国家権力から不可侵のものとして保障する規範を中心として構成されているからです。草案第十一章の構成は、その実質的最高法規性を明示しておらず、立憲主義は大きく後退しています。
~中略~
改正理由によれば「憲法制定者たる国民も憲法を尊重するべきことは当然である」とされ、また「この規定は、飽くまで訓示規定」とされています。しかし、個人の尊重を実現するために権力を規制するのが立憲主義なのですから、憲法尊重擁護義務の名宛人は権力者であって、国民ではありません。仮に国民が憲法を尊重することが「当然」だとしても、その義務を「憲法に明記」すべきかどうかはまったく次元が違う問題です。
憲法に明記された規定は「訓示規定」?
ならば、国会議員が憲法を尊重擁護することも訓示規定なのか?
という議論になる。
こういう論調を詭弁という。
仮に、国民に対する憲法尊重擁護義務が訓示規定ならば、そのように明記しなければならない。
明記しない法や概念は存在しないことになるからだ。
逆に明記した法は法の示す秩序を発生させる。
また、解釈の違いが発生する場合、違憲行為、論争が発生するため、憲法の条文は目的を明確、具体的にし、抽象的な内容であっても誤解させない表現にするべきであり、なおかつ簡潔な文でなければならない。
書籍『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』より引用
国民にも憲法尊重擁護義務が義務づけられることで、これらの義務を具体化する法律が制定され、国民の自由を大幅に制限してくる危険性が一気に高まります。したがって、本条は立憲主義という現行憲法の本質を大転換・逆転させるもので、大きな問題を含んでいます。
そもそも主権者に憲法尊重擁護義務を明記する必要があると考えること自体が大きな間違いである。
この憲法改正の問題で、ほとんど議論されていないまたは指摘されていない問題が、憲法改正後の改正憲法に沿った法案の制定なのです。
自民党の狙いは憲法改正によって主権を入れ換え(逆転させ)、国民投票がない法律の制定によって日本国の法秩序を一変させることにあります。
つまり、憲法改正の問題とは、単に憲法が変わるだけではなく、その下の法律、条例等が大きく変わるということです。
この危険性を識者たちも指摘していません。
憲法改正は、憲法だけの問題ではなく、日本という社会全体の改変につながるものなのです。
自民党の憲法改正草案は、主権者の立場を国民から国家権力に入れ替えることを目的としていることは明白です。
【自民党憲法改正草案編⑤】につづく
参考書籍
書籍名:『「憲法改正」の真実』
著者名:樋口陽一、小林節
出版社:集英社新書
書籍名:『【決定版】白熱抗議!憲法改正』
著者名:小林節
出版社:ワニ文庫
書籍名:『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』
著者名: 伊藤真
出版社: 大月書店
書籍名:『高市早苗という病』
著者名: 適菜収
出版社: ベスト新書
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!