『ヤジの排除は自由と民主主義の死滅! ~北海道放送の『ヤジと民主主義』にあっぱれ!~【後編】』

まずは【前編】をお読みください。

【ヤジ排除の告発・告訴の結果は?】

2020年、大杉さんが起こした札幌警察によるヤジ排除の告発・告訴の結果がでました。
捜査していた札幌地検の判断は、「不起訴」でした。
北海道警察の警察官らを不起訴処分とする決定がくだされました。
理由は「警察官の対応は職務行為で、罪にならない」というもの。
(おかしいだろう! 警察と検察とが連携した不正だ!)

翌日、北海道警察はその発表を待っていたかのように「ヤジ排除は適法だった」と議会で説明しました。
(汚ったね~)

山岸本部長の弁
「今回の街頭演説に伴う警護警備においても現場の警察官がそれぞれの現場において状況を踏まえ必要と判断した措置を講じたところであります」

これも用意した書面を読み上げたものです。
(おい、本部長、自分の言葉で語れ!)

山岸本部長は、あくまで現場の判断だったと説明したのです。

ある議員の「安倍総理を揶揄するヤジだから排除したのか」という質問に対して、北海道警察は数人で書面を見合いながら、ひそひそ話(打合せ)をした後に、北海道警察公安2課の岡田昭広課長はこう述べました。

「警護対象者の安全の確保や警察の中立性の確保など通例と同様の方針であったと承知しており、ヤジに厳しく対応する方針ではありません」

(おい、岡田課長、目が泳いでいるぞ! もっと堂々としゃべれ!)
(そもそも打合せしてんじゃね~よ)

札幌でプラカードを掲げたことにより排除された雅子さんは「この回答になんで7ヶ月かかったのか?」と疑問を声にします。
(ほんとだわ。隠蔽工作には時間がかかるんだな!)

雅子さんはさらにこう言います。
「怖いですよね。声を上げるのもだめ。自分の意思を示すのもだめって・・・」

《国家賠償訴訟の第2回口頭弁論》

4月3日、札幌地裁にて国家賠償訴訟の第2回口頭弁論が行われました。
北海道警察を所管する北海道は訴訟の棄却を求めました。
そのとき、警察に対して肯定的な意見が多くあるとしてインターネット上のコメントを証拠提出しました。

そんなコメントが証拠となるでしょうか?
そんなコメントをするのは安倍総理支持者だと簡単に予想できます。
また、そうしたコメントを出すように依頼があったかどうかの調査をしていないなら、ヤラセコメントと言われてもしかたがないのでは?
だいたい、そんなネットのコメントを証拠に出すこと自体が間違っている。

そのコメントは、

「騒ぎ立てて演説の妨害行為が何の権利なのか理解できない」

(はっ?「理解できない」ってか? あんたのおつむは大丈夫ですか? だったら教えてやるよ。『言論の自由』という権利だよ!)

「静かに聞きたい聴衆の邪魔をするような人間は排除されて当たり前だろう」

(はっ? 全ての人が静かに聴かねばならない法律でもあるってか? 演説会場は、駅前という公共の場である。安倍総理支持者だけの場所ではない。抗議する権利はすべての国民に等しくある。そこんとこ、よ・ろ・し・く!)

「こんなことが許されたら街頭演説などできやしない」

(そもそも、街頭演説など聴きたくないと思っている人も多くいるんだ。その人たちの権利は奪われてもいいのか? 自民党議員の演説を静かに聴きて~なら公民館にでも行きやがれ! 駅前は市民全員の場所だ)

「この行動は危害を加えかねないと判断し、予防的排除を行うに十分だと思う」

(ヤジのどこが危害を加えかねね~んだ? あんたの目は節穴か? 危害を加えてんのは無理やり身体を拘束し連行した警察のほうじゃね~のか?)

これら警察が証拠として提出したネットのコメントをよくよく読んでみると、同じような人格が見て取れる。
そこに多様な人格の違いは見えない。
これは明らかに警察による「ヤラセコメント」であるとアチキは思う。
警察官自身が書き込んでいた疑いが濃厚だ!

元北海道警察の原田宏二氏は、

「今回の場合、恐ろしいな~と思うのは、これをね、たくさんのマスコミのカメラのいる前で堂々とやったっていうことですよ。あなたたち無視されたんですよ」

「法的な根拠のないことでも、平気で行われているんですよ、あちこちで。みなさんが知らないだけで」

「国民の権利が分からないところで、危険にさらされている部分があるんだよってことは、皆さん方分かってないんじゃないでしょうか?」

なにが驚くかというと、ヤジを発した人が警察に排除されている場面を直接見ながら、手を差し伸べるとか、警察に抗議するとか、助けに入るとか、そういった人がいなかったことです。
いわゆる見て見ぬ振りです。

無関心。
トラブルに関わりたくない。

けんど、排除された人が主張している権利は、あなたの権利でもあるのですよ。
あなたの権利が排除されていることと同じなのですよ。

北海道放送は番組の最後にこう締めくくります。

「誰かの権利が奪われることに無関心な社会は、権力の暴走を許す社会に繋がる」

(まったくその通りでござりんす)

【呆れた北海道警察の言い分(嘘)】

《札幌駅前の大杉さんへの言い分》

大杉さんが排除される様子は映像として残っています。
その映像には、大杉さんが「安倍やめろ!」「安倍やめろ!」と大声を出したとたんに私服警官たちによって身体を拘束され連れていかれる様子が映っています。

北海道警察は、「大杉さんが声を上げたことによって、他の聴衆と小競り合いが発生する緊迫した状況となったため大杉さんを避難させた」と主張したのです。

ですが、アチキはこのときの映像を見ましたが、他の聴衆と大杉さんとの間でトラブルは発生していません。
もちろん大杉さんのヤジに「うるさいな」「止めて欲しい」と心の中で思っていた人はいたでしょう。
そもそもその場にいた大半が安倍総理の支持者たちなのですから。
ですが、他の聴衆は大杉さんのヤジに反論していません
それどころか、誰一人声さえも出していません
そのどこが「小競り合いが発生する緊迫した状況」なのか、嘘もいいところです。
警察がそんな堂々と嘘をついていいのでしょうか?
明らかな嘘でも、権力者がついた嘘ならば正当な主張となるとでもいいたいのでしょうか?
あり得ません!
許せません!

ただ、付け加えておくと、大杉さんのヤジにも少し問題があるとアチキは指摘しておきます。
「やめろ!」「帰れ!」という言葉ではなく、具体的な政策や法などを批判または反対する言葉を発するべきでした。

《札幌駅前の増税反対を叫んだ女性への言い分》

「増税反対!」と札幌駅前でヤジを飛ばした女性への対応について北海道警察山岸本部長はこう弁明しています。

「女性は興奮状態で大声で叫びながら聴衆が密集している場所に進んでいこうとしたため、警備に従事していた警察官が近寄って声をかけたが、当該女性は警察官を振り払うようにしてさらに前に進もうとした」

「周囲からは大声を上げる女性をにらんだり批判的な声も上がりはじめており、雑踏事故が起こったり聴衆との小競り合いから犯罪行為が発生するような緊迫した状況となっていた」

と述べています。
これも答弁書を下を向きながら読んだだけ。
(批判的な声など上がり始めてはいない。嘘をつくんじゃね~よ)

この映像も北海道放送によって撮影されています。
アチキもしっかりと観ましたが、事実がまったく逆です。
女性が「増税反対!」と声を上げた瞬間に警察官が女性の身体を取り押さえて連行しようとしました。
それを振りほどこうと女性は抵抗したのです。
警察官は近寄って声をかけたなどと言っていますが、実際は問答無用で即刻拘束されています。
「周囲から大声」など上がっていません。
証拠映像があるのですから明らかです。
「雑踏事故や聴衆との小競り合いから犯罪行為が発生するような緊迫した状況」、これもあり得ません。
なぜなら女性が声を上げた直後に警察官が女性を取り囲み身体を拘束しているからです。

トラブルがあるとすれば、女性と警察官の間でしか起こり得ません。
どうしてこんな嘘を平気でつくのか、怒り心頭でありんす!
アチキの怒りは志布志事件と同じくらい怒ってます!

女性は確かに興奮していましたが、それは警察官が不当に女性の身体を拘束し、連行したからです。
それに対して興奮したのです。

女性は警察官たちに囲まれながらこう抗議します。

「私、何の法律に違反してるの?」

警察官が「落ち着いて」としか言わず、女性が訴えている違法行為を示しませんでした。
北海道警察は、みごとに事実を捻じ曲げています。
(詐欺師もおどろく詐欺っぷりじゃね~か!)

また、北海道警察は北海道放送の取材に対してこんなことも言っています。

「警察官からの聞き取りやインターネット上での動画などで事実を認定した」

つまり、一番肝心で最重要情報である排除した当事者(女性)の話は聞いていなかったのです。
(べらぼうめ~! このすっとこどっいが~!)

この二人が警察によって取り押さえられた映像を見た神奈川大学(刑法)白取祐司教授は、北海道警察の説明には無理があると指摘しています。

「映像で見る限りは警察が私服・制服を含めてかなりたくさん警備していた。すると、仮にトラブルが起きかけたときに迅速に対応する態勢が十分にあったと思える。ですから起きかけるまで、あるいは起きないかもしれない。待っていても良かったのではないか。過剰に排除することで失われるものがあったように思うので、そういった点では大変残念なこと」

「当事者から事情を聴かずに判断したのは、やはりおかしいと思います。いろいろな意味で中心人物、当事者だったわけなので、その人の言い分なり、その人の認識というのは最終的にどう評価するかは別として当然聴くべきだと思う」

【アメリカに見る言論の自由】

自由と民主主義の大国アメリカ合衆国では、日本では考えられない出来事が最近起きました。
元大統領補佐官(国家安全保障担当)のジョン・ボルトン氏の回顧録が出版された。
ボルトン氏は、メディアなどで公にトランプ大統領を批判している。
回顧録もトランプ大統領の悪口ともとれる内容を含んだものだ。

アメリカ国民が選挙で選んだ大統領を公然と批判し、悪口を言える国家がアメリカ合衆国なのです。
それが「言論の自由」「表現の自由」を守る国民性なのです。

日本は本当の「言論の自由」「表現の自由」を理解していないと、デモクラシーの本場であるアメリカから指摘され、笑いものになってしまいますよ。
街頭での選挙演説においてヤジが排除されるなら、神聖な国会の議場において、ヤジを飛ばす議員を退場させなさい。

日本という国家は意外と社会主義的性質を持った国家だということを、国民はそろそろ気がつくべきでしょう。

【日本国の主権者は国民である】

治安維持法や刑法などよりも優先される法がある。
それは上位概念である日本国憲法だ。

日本国憲法には、

第11条
「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」

大前提として、国民には「侵すことの出来ない永久の権利として基本的人権が保障されている」のだ。

第14条
「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

よって、現政権への政治的信条の違いにより、警察権力が本人の意思を無視して行動を拘束又は排除することは憲法の趣旨に反する。

第15条
「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」
第2項
「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」

よって、選挙活動における抗議活動は、国民の権利を行使しているに過ぎない。
法律に明らかに反しない限り、言論の自由は守られなければならない。

また、公務員である警察官は、現権力者である国会議員の奉仕者ではないことを深く自覚しなければならない。

公務員である警察官は、国民全体の奉仕者でなければならないので、国民が明らかに法律に反しない限り、国民の権利である言論の自由を守る義務がある。

第19条
「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」

よって、ヤジを飛ばす者を強制的に排除することは、思想の自由、言論の自由を奪うものである。

第31条
「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」

よって、演説会場でヤジを飛ばす人を、本人の意思を無視して強制的に拘束し排除し、その自由と権利を奪うことは違法である。

第33条
「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」

札幌駅前のヤジ排除、大宮駅前でのヤジ排除は、法律違反をしていない人への強制的排除であり、実質的に一時的逮捕と同じ効力を発揮している。

国民を強制的に拘束し、連行または排除するには、その理由である法の根拠を示す必要がある。

しかし、北海道警察はヤジを飛ばした人を排除する際に法的根拠を示していない。
よって、北海道警察の行為は違法である。

前文
日本国憲法前文にはこうある、
「~ここに主権が国民に存することを宣言し、~」と。

つまり、日本において主(主権者)は国民であり、公務員はその奉仕者という立場なのだ。

なのに、北海道警察は、国の主である国民の言論の自由を妨害し、現権力者の味方となっている。
これは明らかに公務員の使命を忘れ去った暴挙である。

【「言論の自由」が破られた先にあるものとは?】

選挙は民主主義の根幹を成すものです。
選挙において「言論の自由」「表現の自由」が制限されることは、もはや民主主義国家ではありません。
ヤジを飛ばす人、政権に批判的なプラカードを掲げる人を排除する権力は、独裁体制権力であり、全体主義国家の姿です。

札幌駅前のヤジと大宮駅前でのヤジの強制的排除は警察権力の暴走です。
北海道警察は否定しているが、これは組織ぐるみの動きであることは明確だ。
警察組織は、「命令絶対」の組織である。
上官(上司)の命令や指示には逆らうことが出来ない組織文化を持っている。
現に市民が札幌の街をデモ行進したときに警察官が無許可で撮影していたことを弁護士が抗議したところ、警官はこう言った。
上の指示。適正だと思ってやっている」
そう、指示がなく現場の人間が勝手に判断して組織的にヤジを排除したり、市民のデモ行進を撮影したりすることは絶対といっていいくらい“ない”

これは警察組織が、現政権と癒着し、現政権の守護神となっているということを意味している。
警察組織は、国民の側に立って政治勢力に対しては公平中立の立場を保たねばならない。
警護という職務はまっとうする必要があるが、現権力者だからといって国民の言論の自由を踏みにじってまで、安倍総理を護衛することは国民の奉仕者としての公務員の立場から逸脱している。

ナチスが政権についていたドイツでは言論の自由、行動の自由は奪われていた。
中華人民共和国には、真の言論の自由はない。
香港に施行された「国家安全維持法」は国民の自由な政治思想と言論の自由、正当な政治活動を奪うものだ。
北朝鮮では、政府批判などすれば、強制収容所行きとなる。

言論の自由が奪われたとき、表現の自由を奪われたとき、正当な抗議活動が監視又は制限されたとき、自由主義と民主主義は死滅する

ナチスに見るように警察権力の暴走は、全体主義国家、独裁国家への道につながるものである。
警察組織が現政権と密接に結びつき、現政権または現時点の権力者の守護神となったとき、国民は“自由を奪われた籠の鳥”となる。

日本において主権者は国民である。
議員と警察官は、国民への奉仕者である。

議員と警察官は、国民の生命と財産、そして国民の幸福になるための権利を守るために存在している。
そのことを忘れ去ったとき、政治家、政治勢力、及び警察組織の腐敗を意味する。
政治と警察の腐敗は、国家の崩壊を意味する。

新型コロナウイルス感染症対策によって世界中の国家権力はその権力を強くしている。
これは世界的にみて、各国の権力者と国民の力のバランスが崩れ始めていることを意味している。

いまこそ国民は幸福の源泉である「自由」に目覚めなくてはならないと思う。
政治家や警察組織による不当な自由の剥奪を許してはいけない。

ドラマ『半沢直樹』の第4話で、主人公の半沢直樹が部下にこう話した。

「仕事は客のためにするんだ。ひいては世の中のためにする。その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる。自分のためにした仕事は内向きで卑屈で醜く歪んでいく。組織が腐れば世の中も腐る」と。

現職の政治家が自分の政治生命を守るために仕事をするとき、政府を動かす総理大臣が国民からの批判から自分を守ることに躍起になるとき、「国民の幸福のために政治家は仕事をするという大原則」を忘れ去ったことになる。

警察官が、国民の言論の自由を封じてまで現権力者を守ろうとし、また警察組織を守るために「言い訳」「取り繕い」「隠蔽」に走るとき、「国民の権利と安全を守るという警察の使命を放棄」したことになる。

安倍総理と北海道警察は、半沢直樹の爪の垢でも煎じて飲みなさい。
(半沢直樹は架空の人物だって! たしかに! でも、だからなんだ、言い訳するな)

国民の自由を奪う政治家も警察官も必要ない。
国民は、そうした自由を奪う政治家を排除し、国民の自由を守る新しい政治家を選びだすことによって、警察組織の浄化をする必要がある。

【「言論の自由」と「民主主義」を訴える北海道放送に敬意を表する】

今回の選挙時のヤジ排除、抗議活動排除の報道を全国のキー局(大手テレビ局)で放送されたのを見た人がいますか?
いないでしょう。

政権と裏で結びついている東京に本局をおくキー局には、とても取材、放送することは不可能な内容でしょう。
一社員や取材部がやろうとしても上層部に必ず潰されてしまうからです。

今回の北海道放送の英断と気概には大きな称賛を贈りたいと思います。
北海道放送のスタッフたち、ありがとう!
こした番組制作こそ、マスメディアの真の役割である。
こうした報道こそ、テレビ局の使命であり存在意義である。

北海道放送は「言論の自由」と「民主主義」の番人である
北海道放送は、放送界の半沢直樹である!
北海道放送にあっぱれ!

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!


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