『“保守の憲法論”最終結論【WGIP編②】~占領政策の真の目的とは?~』

【WGIP編②】~占領政策の真の目的とは?

これまでの記事

【WGIP編①】~GHQによる占領政策の思想の源流に迫る~

占領政策の真の目的とは?

《占領政策の真の目的とは?》

ホルトムはアメリカの神道学者で、来日経験もあります。彼が占領政策に与えた一番大きな影響は、神道と軍国主義・超国家主義を混同し、間違った日本文化論および宗教論によって日本人の「精神的武装解除」を推進するきっかけを与えたことです。

ホルトムの間違った日本伝統文化がどのように占領政策に影響を与えたかと言えば、

アメリカの国務省文書によると、占領政策の究極目的は「非軍事化にある」と書いてあります。そして、その究極目的は武装解除であるけれども、それを長期的に保障するためには「精神的武装解除」が必要だというのです。さらに長期的保障のための基本目的は「軍国主義の廃絶」とあり、その具体的な方法として、「超国家主義の影響の排除」が必要である旨が書かれています。つまり、「軍国主義の廃絶」と「超国家主義の影響力の排除」が「精神的武装解除」に繋がるというのです。

GHQによる占領政策の究極目的は「非軍事化にある」
これを知っているのと、知らないのでは、日本国憲法に対する理解に大きな差が発生します。
非軍事化とは軍隊の武装解除に他ならないが、それは軍事力の武装解除にとどまらず、精神的な武装解除にまで及ぶということです。
この考え(究極目的)が日本国憲法に反映されています。
もうお分かりですね。
日本国憲法前文および19条こそが究極目的を具体化したものなのです。

この「非軍事化」を違った言い方をすると、白人国家の植民地政策を台無しにした強力な軍事国家である日本を二度と欧米国家に立てつかないようにするということです。
ですから、日本国憲法の前文と19条にはこの「呪い」とも言える白人国家の恨みが含まれているのです。ただし、そうしたことは一切言いませんし、見えないように隠していますが。この場合の“隠す”とは別の意味を表面上は持たせているということです。
これに日本社会で当時の保守勢力から異端視、弾圧されてきたリベラル派(共産主義者、社会主義者)が共鳴したのです。

《日本人に犯罪意識=自虐的史観」を植えつける洗脳作戦》

〈WGIPの核とは?〉

WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の核は「太平洋戦争史」であることは間違いない。これを書いた人物はブラッドフォード・スミスである。

高橋史郎氏は「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」は占領軍が日本人に埋め込んだ義眼の源流となった、と表現しているが、私の解釈では日本人に対する思想的洗脳の武器と表現する。

「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、『太平洋戦争史』を日本人に徹底的に刷り込むことから始まりました。この『太平洋戦争史』の基となったのは、1943年にOSSが作成し、アメリカ国務省が発表した『平和と戦争』という公的な米国史観です。実は、これが戦後教育の自虐的な歴史観の根っこにあるものの正体です。

〈戦後の価値観は米国史観によるもの〉

『太平洋戦争史』を書いたのはブラッドフォード・スミスであり、この基になったのがアメリカ国務省による公的な米国の歴史観(平和と戦争)であるということが意味することとは、日本の戦後教育、戦争の価値判断は、米国の歴史観によるのであって、決して日本人自身の自主的で自由な意志の表現による歴史観ではないということです。
つまり、歴史観(戦争の善悪)さえも「押し付けた」ということです。
日本人は先の戦争で悪い事をした、アジアの諸国に侵略し、略奪をしたり虐殺をしたりした悪い国家(民族)だ、という発信源とは米国の歴史観だということです。

〈日本を米国の属国にするための仕掛けとは?〉

『太平洋戦争史』は文部省からの依命通牒によって学校の教材として使用するように命ぜられました。もちろん文部省にそれを命じたのはGHQです。日本人は、英語で書かれた太平洋戦争史を自国の物語として学ぶことを強要されたのです。その結果、戦後の歴史教育はすべて『太平洋戦争史』に沿って教えられています。

『太平洋戦争史』とは、日本国の歴史認識ではなく、日本人による歴史観でもなく、徹底的にアメリカの歴史観(歴史認識)なのです。
当時の日本にとっての先の戦争の主な目的は、経済的封鎖(輸出禁止等)によって国民の生活が維持できない状況を打破するためのものであり、白人国家による植民地支配からアジアを解放するための構想である大東亜共栄圏の確立だったのです。
前者は生き残るための自衛であり、後者は侵略から逃れるための自衛だったのです。
この戦争の結末は現代人が知っている通り、日本の敗戦となった。
ここがポイントとなりますが、なぜ戦後の日本がアメリカの属国となったのかと言えば戦争に負けたからという答えが返ってくる。
これがメリットとデメリットの両方をもたらした。
メリットとしては、国民の自由と人権が拡大しなおかつ保障された国家となったこと。
デメリットは、独立国家としての「(国家)主権」が奪われた状態となり、日米合同委員会によって日本の方向性、政策等がアメリカ様の言い成りになるしかない国家運営(属国支配)になってしまったこと。これは日本国民ファーストの政治体制ではなく、アメリカ様ファーストの政治体制に日本という国家が変貌してしまったことを意味する。
だから日本国民が豊かになることができず、移民によって日本文化が危機に陥られ、日本の伝統風習が風前の灯となってしまったのです。

そしてこのことをWGIPと結び付いて話すとするならば、日本国を属国とするための仕掛けこそが「日本人に犯罪意識=自虐的史観」を植えつける洗脳作戦なのです。
この洗脳作戦こそがWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)なのです。
この洗脳作戦によって日本人は、侵略戦争を行った犯罪国家としてのレッテルを貼られ、戦争に対する拒絶感と独立気概のない平和主義を植えつけられてしまったのです。
しかもこの洗脳作戦を実行するにあたってGHQは、共産主義者や社会主義者を利用したのです。
前記事の二人の鈴木氏を覚えていますか?
彼らはマルクス主義者(共産主義者)、社会主義者だったことを忘れないでください。
おそらくと前置きしますが、憲法研究会の草案を高く評価した背景には鈴木安蔵が共産主義者だったことがあると思われます。

《コミンテルン史観と米国史観》

共産主義者はソ連に国益のあるコミンテルン(共産党の国際機関)史観を信奉しています。コミンテルン史観によると、明治維新以来、日本の対外戦争はすべて天皇制絶対主義国家の侵略戦争であると見なしています。従って、日清・日露戦争も侵略戦争だと共産主義者はいっています。
一方、『平和と戦争』というアメリカの歴史観は、満州事変以降の15年戦争(日中戦争)を侵略戦争と書いています。

〈戦後教育を担った者たちとは?〉

自由主義・民主主義のアメリカの歴史観と共産主義のソ連(当時)の歴史観が不思議なことに共通している部分があるのです。それが天皇制あるいは天皇崇拝による軍国主義と文化や国民性なのです。それに加えて日本の対外戦争がすべて“侵略”だと決めつけていることです。
つまり、日本にたいする歴史観について、アメリカと中国、ソ連(当時)は共通の歴史観に立っているということです。

著者の高橋氏は、占領軍(GHQ)と共産主義者が癒着して戦後の日本の歴史教育を作ってきたと語っている。
GHQの実体はアメリカ軍であり、アメリカ占領軍によって占領革命を押し付けられた日本の戦後になぜ共産主義が広まったのか、不思議ではないですか?
アメリカという国家は表面上共産主義国家と対立しているように見えますが、水面下では協力体制を取ることがあることを現代の日本人は理解するべきでしょう。
毛沢東の共産党軍と蒋介石の国民党軍が戦っていた頃、敗れてばかりの共産党軍を支援したのがアメリカだったことを知るべきです。

この謎は簡単に解けます。
アメリカの内部にはディープステートと呼ばれる闇の世界権力が紛れ込んでいます。彼らの思想こそが「(国際)共産主義」だからです。彼らは意図的に世界を対立する図式に作り上げ、その結果として(戦争屋として)巨大な利益を得、混乱、非常事態を利用して人々を間違った方向にミスリードしていくのです。
彼らのやり方に「非常事態」を利用するという手口があるのです。

〈洗脳作戦であることの証明〉

日本人罪悪人説=自虐史観がGHQによる洗脳作戦であった証拠があります。

占領軍が東京入りしたとき、日本人のあいだに戦争贖罪意識はまったくといっていいほど存在しなかった。
~中略~
戦争に負けた直後の昭和20年9月の時点では、日本人には戦争への反省の意識はなかったということがわかります。

ではどうしてその後、日本人は「私たちはアジアの国々を侵略した犯罪国家だ」という認識を持つに至ったのでしょうか?
この答えこそがWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)という洗脳作戦しかありえないのです。
この洗脳作戦に乗っかったのが共産主義者たちです。

WGIPの狙いとは?

《WGIPの目的》

WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の目的とはどのようなものでしょうか?

1.侵略戦争を計画し、準備し、開始し、遂行もしくは荷担せる罪の露見した者の処罰は、倫理的に正当であることを示す。
2.戦争犯罪の容疑者を訴追しつつあることは、全人類のためであることを示す。
3.戦争犯罪人の処罰は、平和的にして繁栄せる日本の再建と将来の世界の安全に必要であることを示す。
4.戦争犯罪人には日本国民の現在の苦境をもたらした一番大きな責任があるが、国民自身にも軍国主義時代を許し、あるいは積極的に支持した共同の責任があることを示す。
5.戦争犯罪を容認した制度の復活を避けるため、日本国民の責任を明確にすること。
6.政治家、実業家、指導的扇動家など、日本国内のさまざまなグループに戦争責任があることを示す。
7.戦争犯罪人は、公正かつ開かれた裁判を受けることを示すこと。
8.山下奉文大将の場合のように、死刑宣告に対する予想される批判の機先を制するため、残虐行為の責任者の処罰形態の決定にあたっては、名誉を考慮するにはあたらないことを明確にすること。
9.日本国民に戦争犯罪と戦争犯罪人に関して議論させるように仕向けること。

この九つの目的は東京裁判が「倫理的に正当」であることを示し、「侵略戦争」を行った「日本国民の責任」を明確にし、自虐意識を植え付けることにありました。

〈GHQによる後世への布石〉

東京裁判(極東国際軍事裁判)の“正当な法的根拠”は存在せず、戦勝国が敗戦国の人間を裁く裁判とはこの地上に存在せず、正当性はありません。
東条英機が渾身の反論をしたように東京裁判とは「勝者による復讐劇」でしかないのです。
だからこそ、連合国側(主にGHQ)は後世に批判を受けないための布石として(「倫理的に正当」であることを示すものとして)、日本国が「侵略戦争」を行い、かつ国民はそれを支持したという罪(罪悪)を持たせることにしたということです。

この九つの内容をよく読めばわかると思いますが、そこに共通しているのは「日本国は侵略国家」「日本人は侵略者」であり、「戦争犯罪国家」であるという認識を持たせているのです。
大掛かりな洗脳プロジェクトと言える。
九つ目にある、「日本国民に戦争犯罪と戦争犯罪人に関して議論させるように仕向けること」
とは日本国民自体が侵略戦争を肯定した罪があることを自覚させ、その罪から逃れるためには戦争犯罪者=日本の指導者及び軍部及び軍国主義に対する罪の追求をさせることでより罪の意識を高めているのです。
これこそが私が指摘する「GHQによる毒水」なのです。
この価値観の上に立って日本国憲法を理解するのと、大東亜共栄圏という大義を肯定する価値観および自衛のための戦争という価値観の上に立って日本国憲法を理解するのでは、大きな違いが出てくるのです。
それが顕著に現れるのが第9条なのです。

《占領政策と憲法制定は切っても切れない関係にある》

憲法制定過程と占領政策とは、切っても切れない関係にあります。
ですから単純に日本国憲法の条文を読むだけでは、“真なる理解”は得られないのです。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)を知らずして日本国憲法の意味を正しく理解することはできないということです。
少し長いですが引用します。

1945年10月2日に民間情報教育局(CIE)の設立を命じた一般指令第4号がマッカーサーから出されました。この中に「日本の敗戦の真実、日本の戦争有罪性、現在および将来の日本の災害と苦難に対する軍国主義者の責任、連合国による軍事占領の理由と目的を、すべてのレベルの日本公衆に周知させる」勧告を行うことが含まれていました。
この「戦争有罪性」を英語で「ウォー・ギルト」といいます。
「ウォー・ギルト」という言葉は、CIEの設立を命じた一般命令の中で初めて使われた言葉です。そして、この「ウォー・ギルト」という考え方、つまり戦争すること自体が有罪であるという考え方は、のちの東京裁判で使われた「平和に対する罪」に結びつきます。

〈東京裁判は、法の大原則に反している〉

ここで重要な論点は、法の原則には「法の不遡及の原則(遡及処罰の禁止)」があることです。戦争が終了した時点で「平和に対する罪」という国際法は存在しませんでした。
「法の不遡及の原則」とは、特定の法律を制定または改正する以前に起こった行為に対して、新しく制定または改正された法律を適用(処罰)することはできない、という法の大原則のことです。
もし仮に、法の不遡及が認められれば、特定の人や組織を無制限に処罰することが出来てしまいます。

法律とは人間社会におけるルールですから、法の不遡及が可能となる社会とは、実質的にルールのない無法状態となってしまうのです。

民間情報教育局(CIE)とはまさしくWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)を実施するために設立された組織と言っていいでしょう。
「ウォー・ギルト」=「戦争有罪性」という考えは「法の不遡及の原則(遡及処罰の禁止)」に反するものでしかなく、日本人に罪悪感を抱かせ、植民地支配をぶち壊した日本国を犯罪国家として烙印するためのものなのです。つまり、「日本は戦争犯罪国家」だという結果が先にあるということです。
東京裁判は「平和に対する罪」という事後法(法の不遡及の原則に逆らうもの)によって裁かれたものであり、これは非常に野蛮で卑劣なことなのです。
しかし当時は、敗戦後の占領下におかれた日本国内においてはそうしたことに実力行使によってはねつけることが不可能であったのです。
東京裁判とは、日本国を犯罪国家として、日本民族を犯罪民族として裁くために新たに作られた法(事後法)によって裁いた野蛮な行為でしかないのです。
東京裁判、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)、検閲、そして日本国憲法制定(明治憲法の改正)はつながっているのです。

CIE(民間情報教育局)とは、日本国を「再教育・再方向づけ」するための装置であり、それはアメリカの思い通りの社会に日本を作り上げるというものです。
メリカの思い通りの社会とは、もちろん「白人国家(特にアメリカに)」に逆らわない国家(民族)を意味します。
現代日本をよく観てください。その成果がはっきりと見えるはずです。それが見えない人には日本国憲法の真の姿は永遠に見えないでしょう。

《CIEの主要任務とは?》

戦後の教育改革を主導したCIEの主要任務は、日本人の「内部からの自己崩壊」を目指す「精神的武装解除」にありました。

〈精神的武装解除の意味とは?〉

CIEが行ったGWIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)によって、まさしく日本は戦争の正当性(真の理由)も民族としての誇りも、日本人から見た歴史観も、すべて内部から自己崩壊してしまいました。それによって日本人は「精神的武装解除」させられてしまったのです。
「精神的武装解除」というと、理解できない方がいる可能性があるので別の表現で言います。
「精神的武装解除」とは、「戦争を二度としない」「戦争は無条件に悪である」という“戦争への強い忌避感”なのです。
もちろんその裏付けは「日本人は戦争犯罪人(日本国は侵略国家)」というものです。
「戦争への忌避感」と「平和国家を希求する」という考えはコインの裏と表なのです。
もっとはっきりと言うと、日本人は侵略者、日本国は戦争国家という認識から出発し、そこから罪悪感が生まれ、それによって戦争を忌避する思考が発生し、最終的に平和を限りなく求める精神と変貌させられたということ。
「精神的武装解除」をその真意を隠し、美点をしてまたは理想的な大義としてあらわしたものが「日本国憲法前文と9条」なのです。
どのような国家であっても自衛権は自然権として存在し、主権国家であれば領土や国民の生命、財産等を守る権利はあるのです。
本来、軍隊とは自国を防衛するために存在するのであって、軍隊=戦争ではないし、軍隊=侵略でもないのです。しかし、護憲派の人たちのほとんどが「軍隊が存在する」ということに異常な忌避感を抱いています。これは完全にGHQによる毒水に汚染されていることがその起因です。

CIEによる精神的武装解除によって、日本人の自衛の精神が破壊された(武装解除)ことによって軍隊に対する強い忌避感を抱くようになったのです。
軍隊を否定した独立した主権国家というものはあり得ないということが世界の常識であることを認めたくない、否定するという精神的風潮が日本に蔓延している原因が「ウォー・ギルト」にあるのです。

ただし、私が言う軍隊とは決して侵略肯定でも、戦争を好む思考でもありません。政治権力の使命とは戦争を如何に回避して国際協調、外交するのかという点につき、戦争に国民を巻き込む政治勢力など論外なのです。

ちなみに自衛隊は実質的に軍隊です。ただ、憲法9条の縛りがあるため軍隊として機能しない(自衛に限られる)という状態となっているのです。9条の規定からすれば自衛隊は違憲です。違憲ですが既成事実を作ってしまったので矛盾している状態なのです。

《押し付けられた歴史観》

その第一歩は、1943年にアメリカ国務省が公的な米国史観として発表した『平和と戦争』に基づいて満州事変以降の15年戦争を裁き「南京虐殺」の犯罪性を強調した『太平洋戦争史』(スミス課長が執筆責任者)の全国新聞連載キャンペーンから始まりました。

〈戦争名には意味がある〉

戦後の歴史観は、日本人による日本人の歴史観ではありません。それはGHQによって押し付けられた歴史観でしかありません。
日本は先の戦争を「大東亜戦争」と呼んでいました。ですが学校を含めた日本社会では先の戦争を「太平洋戦争」と呼びます。この呼び名の違いは単なる名前の違いにとどまらず、その意味が大きく違っているのです。
「大東亜戦争」という戦争名には日本が目指した世界秩序と自衛の意味が含まれていましたが、「太平洋戦争」という戦争名では、もっぱら戦争犯罪、侵略国家という意味で染め上げられています。

日本の新聞が1945年(昭和20年)12月8日から『太平洋戦争史』を連載するようにGHQより強要された。
この全国新聞連載キャンペーンとともに、メディアを通して日本人に「ウォー・ギルト(戦争有罪性)」の意識を植え付ける各種の働きかけが行われたのです。

その次に、『真相はこうだ』というラジオ番組が1945年12月9日から始まります。
『真相はこうだ』というラジオ番組は、日本国民が知らなかった「戦争の真実」を知らせるものですが、それは真実と言いつつも逆に真実を嘘で塗り固めた内容でしかありませんでした。
日本国民は、『真相はこうだ』によって、「私たちは日本政府と軍部に騙されていたんだ」と誤った考え方に誘導され、江藤淳氏が指摘しているように「日本の軍国主義」と「国民」を対立させようとする意図が含まれていたのです。

翌年2月に出されたGHQ文書には『太平洋戦争史』をラジオ番組化した『真相はこうだ』の放送目的がこう書かれていました。
「日本国民に対し、戦争の真相を明らかにし、日本を破滅と敗北に導いた軍国主義者のリーダーの犯罪と責任を日本の視聴者の心に植え付ける」。

新聞、ラジオ、他にもあります。
「映画」を通してGHQは日本国民を洗脳していきました。

それが功を奏したためか、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの最後の段階では映画が重視されました。そこに映画会社が協力したというのは、共産主義の組合が関係していたからです。

GHQは、日本人の伝統的価値観、軍国主義、超国家主義を排除するために、これらの対極に位置する共産主義者、労働組合員などを積極的に利用したのです。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)とは、私が言う「毒水」に他なりませんが、この毒水が教育現場に浸透していったのです。
浸透させたのが主に共産主義者(左翼)たちです。

また、CIEはマルクス主義の歴史学者であった羽仁五郎と密談を重ねて、日本教職員組合の結成を擁護し、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの一環として行わせた戦後の歴史教育の担い手としても組合員と共産主義者を利用しました。

GHQは、占領政策が上手くいくために日本国内における協力者を見つけ出して利用しようとした。

CIEは、占領当初は共産主義者を利用しようとしました。しかし、1950年に朝鮮戦争が起こると方向転換を図って共産主義者を排除していきます。

話しは飛びますが、なぜ憲法研究会の草案がGHQによって高く評価されたのかという隠れたる理由として、実質的起草者が共産主義者(マルクス主義者)であったことは大いに関係あると言わざるを得ません。

要するに新聞、ラジオ、そして映画によって「戦争についての贖罪意識を日本国民に受け付けた」のです。
これを洗脳と呼ばずして何と言いますか?
日本人は、実直、素直、真面目、礼儀正しい、親切という性質を持つ民族なので、このような手法を考えもしませんが、白人国家はこうしたことを常套手段として使うことを日本人は理解するべきでしょう。

《占領目的を達成するためには》

1945年7月19日、ゲーツという人物が「日本人の再方向づけのための積極的政策」という文書を出している。
これは日本がポツダム宣言を受諾する一ヶ月も前のことである。

ゲーツの「日本人の再方向づけのための積極的政策」では次のように提言されています。

「過去に日本国民を軍国主義に追随させた封建制度、神国日本思想に基づく人種優越性のエネルギーに変化を与えることによって日本人の再教育を行わない限り、占領目的は達成されない」

〈日本人再教育プログラム〉

ゲーツは、マッカーサーに対して放送を活用した日本人の再教育プログラムを実施する幕僚部を設置することを進言し、GHQに情報頒布部ができた。

翌年の1946年2月に出されたGHQ文書には『太平洋戦争史』をラジオ番組化した『真相はこうだ』の放送目的が以下のように書かれていた。

「日本国民に対し、戦争への段階と戦争の真相を明らかにし、日本を破滅と敗北に導いた軍国主義のリーダーの犯罪と責任を日本の視聴者の心に植え付ける」

このラジオ番組を流した放送局こそがNHKです。
誰に向けての発信かというと対象は「日本国民」であり、内容は戦争に突入した原因および日本国民が知らない戦争の真相であり、目的は軍国主義者の犯罪性を裁き、戦争責任を日本国民にも自覚させることにあった。
どうして占領軍がこのようなことをするのでしょうか?
この権限はどこからくるのでしょうか?
そもそもGHQ側(連合国)による「戦争の真相」とは真実に基づくものでしょうか?
戦争とは当事者であるお互いの国の事情や理由があるわけであって、一方的に相手の戦争目的を相手国からの聞き取りや調査などを行わないで決めつけることは決して「真相」とは呼べません。
こうしたGHQ(連合国)による「日本人の再教育」の根底には白人優位説が横たわっていることは明らかです。この思想的根源こそが優生学です。
「神国日本思想に基づく人種優越性」を否定する一方で、自分たち白人こそが優秀な民族だという思想が根底にあるのです。
傲慢の極みでしょう。

《フェラーズの進言》

GHQ情報頒布部のトップにボナー・フェラーズという人物がいましたが、彼の進言が天皇存続に大きな影響を与えていたのです。
1945年10月2日付けのマッカーサー宛の覚書を以下に示します。

「戦争犯罪人として天皇を裁判にかけることは、不敬であるのみならず、精神的自由の否定となるものであろう。政府関係者の最上層の信頼しうる筋によれば、戦争は天皇が自ら起こしたものではないという確証がある。天皇は東条英機が利用したような形で、『開戦勅書を使わせるつもりはなかった』と述べている。天皇を大いに利用したにもかかわらず、戦争犯罪人として彼を裁くならば、それは日本国民の目には裏切り行為に等しいものと映るであろう。その上、日本人はポツダム宣言で示した無条件降伏は、天皇を含む国体の存続を意味するものと考えている。もし天皇を戦争犯罪人として裁くようなことがあれば、統治機構は崩壊し、全国的な反乱は避けられないであろう。
国民は、それ以外の屈辱ならば、どんな不満でも耐えるであろう。日本人は武装解除されているにせよ、混乱と流血が起こり、大規模な派遣軍と、数千人の行政官が必要となるであろう。占領期間は長引き、そうなれば占領軍は日本人の信頼を失うことになるだろう」

〈天皇が戦争犯罪人として裁かれなかった要因〉

長い引用でしたが、このフェラーズ文書の中に天皇が戦争犯罪人として裁かれず、象徴としてではあるが天皇の存在が維持された理由がここにあります。
このフェラーズ文書は、戦争を開始した責任は天皇ではなく、天皇に戦争責任はないとし、もし天皇を戦争犯罪人として裁くならば、日本国民からの反抗、叛乱が起き、占領軍は大変な労力をつぎ込むことになり、占領そのものが維持できない可能性を示唆している。

フェラーズはこの二日後にも覚書をマッカーサーに出している。

「天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必至であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必至であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない」

フェラーズ文書を受け取ったマッカーサーは、天皇を戦犯として裁けば、日本国民に想像を絶する動揺が起き、その結果占領統治は混乱を極めることになる。また、連合国が天皇を戦犯にするならば、日本国民の憎悪と憤慨は間違いなく連合国に向けられ、未来永劫怨さは続いていくことになる。その結果、近代的な民主主義を導入するという計画が消え去り、引き裂かれた国民(分断された国民)の中から、共産主義路線に沿った強固な政府が出現するかもしれない。
そう考えたマッカーサーは、天皇を戦争犯罪人として“裁かない”ことを決めたのです。
このことが日本国憲法の制定過程に大きく影響を与えています。
連合国側の一部の国家は、天皇を戦争犯罪人として裁くことを要求していたのですが、マッカーサーが極東委員会と米国政府を欺いて2月初旬にGHQにおいて草案を“秘密裡”に作成し、即時日本政府に提示したことは、「天皇を存続させる」ためにあったと言っても過言ではないのです。
ただし、戦前の天皇主権ではなく、統治者としての権限を剥ぎ取った形での存続ですが。

《ヘレン・ミアーズの歴史観》

〈真珠湾攻撃はアメリカが仕掛けた経済戦争への反撃〉

『アメリカの鏡・日本』という著書を書いた人物で女性学者のヘレン・ミアーズがいます。
ミアーズは『アメリカの鏡・日本』の中でアメリカと日本の戦争責任を以下のように述べています。

ミアーズは「私たちの公式記録がパールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしている。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ」と明記し、「私たちは自分たちの行為なら犯罪と思わないことで日本を有罪にしている。これは正義ではない。明らかにリンチだ」と述べました。

アメリカ軍は数多くの国際法違反を行っています。日本と比べてその犯罪の数と規模を考えれば、明らかにアメリカのほうが戦争犯罪として裁かれるべきであることは明白です。ですが、その裁かれるかどうかという理由が戦争に勝利したか敗北したかによって決まるということは戦争に勝利することが正義となる、ということを意味し、それは近代的な法による秩序に相反するものでしかありません。

ミアーズの発言には極めて重要な内容が含まれています。
それは、「真珠湾攻撃が奇襲ではなく、アメリカが先に日本に仕掛けた経済戦争への反撃だ」と言っているのであり、その根拠はアメリカ側の公式記録から見出せる、ということ。
「反撃」ですから、先に戦争を仕掛けたのは日本ではなく、アメリカの方だということです。

〈戦争を無くすために何をするべきか〉

さらにミアーズは戦争に関する重要な論点を指摘しています。

戦闘状態における個々の残虐行為を語るのは、問題の本質を見失わせ、戦争の根本原因を見えなくするという意味で、悪である。結局、それが残虐行為を避けがたいものにしているのだ。政策としての大量殺戮を告発するほうがより重要である」

いまだに日本のメディアでは「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」が日本人の自発的意志によって発せられています。
それが何かというと戦争を検証する上で「個人の戦争体験を報道する」という伝え方にあります。戦争(戦闘)において個々の戦争体験や悲劇を語ることは、問題の本質を見失わせ、戦争の根本原因を見えなくするから「悪」である、ということです。
戦争とはそもそもが悲惨な出来事であり、勝者にとっても敗者にとっても非人道的なものでしかないのです。だから個人の戦争体験に着目すれば必ず「悲惨さ」が浮き彫りになります。それによって日本のメディアは「戦争犯罪日本」を強調し、「戦争犯罪人=日本人」という洗脳活動をいまだに行っているのです。日本の大手メディアがやっていることは戦争の個人的体験談を拡散することで、日本人に「自虐史観」および「戦争への忌避観」を植えつけているのです。これはウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを自主的に行っているのです。こんな馬鹿げたことがあるでしょうか?
戦争を考える上で最も重要なことは、「なぜ戦争が起きたのか(戦争の原因)ということの研究」に他なりません。平和を望むならば、戦争が起きない世の中にしたいならば、戦争を引き起こす原因、戦争を引き起こした真相(真実)を明らかにするしかないのです。
個人の戦争体験をいくら伝えても戦争の原因を究明されないままであれば、いつかまた戦争は起こるのです。
平和を求めるならば、戦争の原因と戦争回避の対処法を学ぶべきなのです。

〈世界史は侵略戦争の歴史〉

いまだに日本国民の多くが自虐史観(日本戦争犯罪国史観)を持っていると思われますが、そうした方々はミアーズの言葉をよく理解するべきです。

ミアーズは、日本が侵略をしたというけれど、世界史は侵略戦争の歴史ではないかとも述べています。

自らの過ちを反省しない者に、他者の罪を追求することはできず、それ自体が罪と呼べるものなのです。
白人国家の多くがアジア、アフリカ、南米などにおいて植民地支配をして、奴隷貿易(人身売買)、現地の資源等を搾取したことを反省し、その過ちの根源にある人種差別を改めるべきなのです。

いまだに日本人は、日本は侵略戦争をしたという価値観に染まっていると思われます。侵略をしてアジアの諸国家に迷惑をかけたからその罪を償うべきであり、それがゆえに戦争を肯定するべきではないという平和論を抱いている方が多く存在しています。
日本の先の大戦の主な理由は自衛(国民の生活を守るため)であったことは間違いないのですが、すべてが大義で説明がつくかと言われれば部分的に日本は侵略したと言われても仕方がないものが含まれていると私は考えている。
何事も自分の立場だけで物事を見るのではなく、相手の立場から物事を見ることを含まないと独りよがりの言い分となってしまうことは往々にしてあると思われる。
では、ミアーズはどのように受け止めていたのか。

〈何が日本を変えたのか?〉

ミアーズは日本が一時期侵略主義に転じた事実は認めながら、「一体何が日本を変えたのか」という視点にたって、欧米列強の「帝国主義」を批判し、「日本人は生まれつき攻撃的で侵略的、軍国主義」な国民であるという偏見を批判しているのです。

第二次世界大戦における日本と欧米列強の戦いは白人国家による帝国主義とアジアの名手足らんとする日本の帝国主義ぶつかり合いであり、歴史の必然であったことは間違いない。

日本とすればアジアの植民地支配が日本にまで伸びている危機を感じ取り、日本だけが逃れるのではなく、アジア諸国が共に繫栄し、白人国家による支配から逃れることを願っていたことは間違いない。もし日本帝国の繁栄なかりせば、アジアの諸国はいまだに植民地のままであったことは容易に想像できる。

私から言わせれば、「生まれつき攻撃的で侵略的、軍国主義」なのは白人国家であり、その侵略性は明らかに人種差別を背景にしている。自分たちが侵略をし、攻撃的な人種であるがゆえに日本人も同じだろう考えるのは、鏡の中に移っている自らを(白人たち)見ているだけである。
私は言う。
肌の色で人間の優劣は決まらない。人間は等しく尊い存在である。

【WGIP編③】につづく

参考書籍

書籍名:『日本人を狂わせた洗脳工作』
著者名:関野通夫
出版社:自由社ブックレット

書籍名:『日本が二度と立ち上がれないように、アメリカが占領期に行ったこと』
著者名:高橋史郎
出版社:致知出版社

書籍名:『閉ざされた言論空間』
著者名:江藤淳
出版社:文春文庫

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