『自殺者数の統計にはカラクリがある! ~芸能界の自殺連鎖を止めたい!~』

女優の竹内結子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

【芸能界で悲劇がまたも起きた】

《竹内結子さんのご冥福をお祈り申し上げます》

2020年9月27日、女優の竹内結子さんが自宅マンション内で亡くなっている状態で発見された。

発見者は夫の中村大樹さん。
死因は自殺とみられている。
遺書は見つかっていないと言われている。

だが、自殺の動機が謎??

世間からは、再婚し、第二子を出産して家族に恵まれ、金銭的に苦労しているようには見えない。
だが、人が自ら命を絶つ理由は人さまざま。
他人がどれほど理解できるだろうか?

40歳という若さで人生を閉じたこと、残されたご主人と子供たちのことを考えると、とてもいたたまれない。

これ以上のことは、竹内結子さん及びご遺族の名誉のために言葉を差し控える。

だが、世間の人もアチキも気になっていることがありんす。
それは、芸能界で自殺が続いていることでござりんす。

5月、女子プロレスラーの木村花さんが死去。
7月、俳優の三浦春馬さんが死去。
9月には、女優の芦名星さんが死去。
同じ9月、俳優の藤木孝さんが死去。
そして、女優の竹内結子が死去。

この5人はいずれも「自殺」と見られているが、はっきりと「自殺の原因」が判明しているのは、木村花さんのみ。
あとの4人は自殺の動機が不明である。

だが、マスコミや他人が自殺した人の動機をいちいち興味本位に話すことは、自殺した人への侮辱にあたると思う。

しかし、唯一許容されるのが、「自殺の教訓を引き出し、他の人の自殺防止につなげること」だろう。
これを目的としない報道は、非人道的行為である。

一部のマスコミ(ニュース)では、WHOが定めた自殺報道のガイダンス(メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き)に反する部分がある。

WHOのガイダンスには、以下の内容がある。

「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」
「自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと」

一部のニュース報道では、竹内結子さんの死因を「クローゼットで首を吊った」と伝えているものがあった。
自殺の方法と自殺した場所を報道することは、自殺報道にあってはならないことだ。
改めて、WHOのガイダンスを守り、自殺した人の名誉を傷つけないように、マスコミなどに対して、厳重に警告する!!

《新型コロナウイルスによる悲劇よりさらに悲劇なのは?》

9月30日までに新型コロナウイルスで死亡した人の数は、1,563人
だが、8月のたった1カ月間で、1,900人もの多くの人が自ら命を絶っている。(自殺)
(これは比較する問題ではないが、あえてこころみた。)

この1,900人という数字は、前年同月比で15.3%も増加している数字となっている。
つまり、世の中で起きている悲劇で本当はもっと対策を立てなければならないのは「自殺対策」なのだ。

そしてこの「自殺」の統計数には、カラクリがある。
それを知らない人も多いだろう。

【自殺者数減少の統計数字にはカラクリがある】

《自殺者数は減少傾向?》

近年、自殺者数が減少していると思われているが、それには実は官僚及び政治家の思惑が入りこんでいる。

警視庁の自殺者統計データによると、2018年(平成30年)の全国の自殺者数は20,840人で2009年(平成21年)から9年連続で減少している。
2019年(令和元年)の自殺者数はさらに減少し、19,959人と発表されている。

ただ、減少しているからといって、それを評価するような論評はどうかと思う。
年間、約2万人もの人が命を絶っているという悲劇はずっと続いているのだ。

《自殺者数の統計数にはカラクリがある!》

実は自殺者数としての数字は減少しているものの、「変死体数」がその分だけ増えているという事実がある。

「変死体」とは?

「変死体」とは、刑事訴訟法第229条第1項や検視規則第1条でいうところの「変死者または変死の疑いのある死体」をさす。

これは具体的な表現ではないので分かりづらいが、要するに医師によって明確に病死や自然死であると判断されず、かつ、死亡の原因が犯罪によるものであるという疑いのある死体とされているのです。

通常、警察が死体を発見した際に3つに分類します。

  1. 犯罪行為で死亡したと認められる「犯罪死体」
  2. 変死の疑いがある「変死体」
  3. 上記に該当しない「その他の死体」…自殺者は「その他の死体」にカウントされる。

補足:
警視庁の自殺者数の統計データは「その他の死体」を自殺者数としてカウントしており、その中で自殺者数の数値が減少傾向として発表されています。

しかし、近年、「変死の疑いがある変死体」が増加しており、そのカウントデータに疑問が出ているのです。

自殺者のカウントは、通常、「遺書があった」「薬があった」など明らかに自ら命を絶ったであろう状況があり、他人の手が加わっていない場合に自殺と判断されます。
しかし、明確な判断材料がなく、自殺と判断できない場合には、「変死体」とされ、自殺者数にはカウントされないのです。
つまり、自殺の可能性がある場合でも、自殺として扱われずに「変死体」として処理されているケースがあるということです。

そうした要因が近年起きているため、自殺者数が減少している、同時に変死体数が増加していると見られているのです。

実は、警察庁などの警察組織は、「自殺の定義」を定めていないのです。

ですから、「自殺」の疑いがあっても遺書が見つからないなどの理由によって「変死体」として処理されるケースがあるのです。
そして、一度「変死体」として処理されると、その後、自殺と判明しても「自殺者」として統計に計上されないのです。
(おかしいだろうが~!)

これらのカラクリは、公務員、特に官僚意識が強く影響している。

官僚意識とは、
「失敗(間違い)を避ける」
「ミス(間違い)を認めない」
「一度決定したことはミス(間違い)が判明しても修正(謝罪)しない」

です。

つまり、3万人以上の自殺者が続いてしまい、政府も官僚も国民からその対策が批判の矛先となっていたため、統計データの操作によって、自殺者が減少しているように見せかけている、ということです。
(憶測の部分があります。ご注意ください)

みなさん、政府や官僚が出す統計データが如実に社会の実態を反映した正直な数字だと思いますか?
だとしたら、今日から改めた方がいいです。

経済指数などもそうですが、政府にとって都合が良いように数字が操作されていることが多くあります。
政府や官僚が発表する数字をすべて鵜呑みにすることは危険です。
(もちろん基本的には信用するべきですが、中には操作された数字が混入しているということです。)

そこには、増加傾向にあった自殺者が減少したように見せて、国民の非難の声を回避しようとする政治家と官僚の思惑が混じっているのです。

【自殺は国家規模の大問題】

新型コロナウイルスの全死亡者よりも、1カ月間の自殺者のほうが多い。
これは異常です。

自殺というものを国家として見た場合、人口の減少、経済活動の鈍化など国家的危機と直結しています。
なにより、遺族は深い悲しみと苦しみのどん底につき落とされます。

国民の生命と財産を守るのが国家の使命であり役割であるならば、「自殺者」を本気で無くす政策、法の整備、そして啓蒙活動があるべきです。

さらに、この問題は政府や行政の力だけでは到底無理です。
行政ができることは限られているし、なによりこうした問題に公務員は“不向き”です。
民間の団体、宗教活動などを支援することで「自殺者」を減らす体制を国家規模で連携して行わなければ、自殺者は一向に減りません。

というよりも、新型コロナウイルスの発生により世界経済が大打撃を受け、失業、収入源、将来の見えない現状、人と人のコミュニケーションの分断などによって、いままで以上に「将来への不安」「生活の心配」「生きていけないのではないかという恐怖」などが強くなっています。

社会の問題を国家がすべて解決してくれるということは現実にはあり得ないし、求めるできではありません。
もし、そうした国家(社会)が存在したとしたら「自由なき国家」でしょう。
もっと民間の力を発揮させるべきです。

自殺の動機は人さまざまです。
年齢も広範囲です。
一律に考えることもできないし、端的になにかをして解決するような問題ではありません。
なぜなら、「自殺」は、人間が「生きる」という問題から発生しているからです。

人生には、必ず苦難困難がつきまといます。
誰の人生にも必ず辛く悲しい出来事があります。
挫折があり、別れがあり、裏切りがあり、事故や病気、経済的困窮、人間関係の苦悩に襲われます。
誰一人、そうした人生の困難から逃れられることは出来ないのです。

そして重要なことは、「自殺」とは根本的に「心」の問題であることです。

現実に生きるお金がない。
治らない病気で生きることが辛くなった。
誹謗中傷されて死にたくなった。
さまざまな理由がありますが、人間が「死にたい」と思う根源は心から発生するものです。

この世的な諸問題で解決できることは解決することが大切ですが、なかには解決できない人生の問題もあります。
そのとき「死にたくなった心の問題」を行政支援などでは救いきれないのです。

「自殺」の問題は、国家運営の問題であり、国民一人ひとりの問題でもあります。
ならば、良い国家とは、どんな国家でしょうか?
それは「自殺したくなる人が限りなく0の社会」でしょう。

自殺者が0に限りなく近づくために政治家や公務員は努力しなければならないし、市民(国民)も同じ努力を共有するべきなのです。

「自殺者数」とは、その国家、社会を“映す鏡”です。

そして問題なのは、「自殺する人の気持ちがなかなか分からない」ということです。
それは動機が千差万別であることと、理解する側が「死にたい気持ち」になったことがないことが大きく影響しています。

他人の気持ちを理解することは至難の業です。
家族でさえ、自殺することを予想できないこともあり、ある程度心配していたとしても「まさかそこまで思いつめていたとは…」というケースも多いです。

「自殺」する人の気持ちが分かるのは、やはり「死のうと思ったことがある人」ではないでしょうか?

マスコミも有名人の自殺報道を扱って視聴率を取るのではなく、自殺から蘇ってきた人、自殺防止のドラマ、自殺を防ぐための番組などを制作するべきでしょう。
また、自殺防止抑制活動をおこなっているすべての団体を公平に扱い、それらを取材、紹介するべきでしょう。
そうした努力をマスコミはしていません。

マスコミのすることは「悲劇をただ悲劇として報道する」ことだけです。
悲劇を悲劇のままで終わらせるだけです。

そうした報道、放送しかしないテレビ局などのマスコミに対して国民はNOというべきです。

誰にでも成功のチャンスが与えられる社会であると同時に弱者に優しい社会、傷ついた人が立ち直れる、癒される社会であることも必要なのです。

そして重要なことは、「自ら命を絶つ人」へ「死なないで」とメッセージを発信し、身近な人、行政などが支援することです。
決して「死にたい」と思っている人を見捨ててはいけないのです。
(ただ、竹内結子さんのようなケースは多く、家族さえなかなか気がつかないこともあります)

それでも、「死んじゃだめだ!」というメッセージを社会全体で共有し、そうしたメッセージが行き届く社会にするべきなのです。

【死にたいと思う人へのメッセージ】

世直しご意見番としてさまざまな意見を発信しているアチキ(TSUBASA)は、新たに「死にたい人へ向けてのブログ」を開設しました。(別人格にて)

もし、このブログを読んでいる人の中で、いま、「死にたい」と思っている人、「生きることが辛い」と思っている人がいましたら、下記のブログを訪ねてみてください。

『不死鳥の翼 ~死にたいと思った人が読むブログ。生きる力を求めて~』

ブログURL=https://fushichonotsubasa.com

スマホの方は、『世直しご意見番の世間にもの申す!』の右上のメニュー画面を開き、下の方にある『不死鳥の翼』をタップしてもらえば、開くことができます。

《世直しご意見番からのメッセージ》

世直しご意見番は、「死にたい」と思っている人へ告げます。

「死にたい」と思うほど辛い思いをしたあなたこそ、「生きるべき」です。
あなたこそ社会に必要な存在です。
「生きてください」

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!


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