はじめに
「イジメ」とは何でしょうか?
「イジメ」は、なぜなくならないのですか?
「イジメ」はどうすればなくなるでしょうか?
そうしたことを考える縁(よすが)とするために、今回、少し前の事案ですが、取り上げます。
【前編】は、イジメの発端と内容、及び一審(地裁)の判決について。
【中編】は、控訴審(高裁)について。
【後編1】は、裁判の限界と裁判官に潜む問題について。
【後編2】は、イジメの考察について。
以上の4部構成となっています。
特に【後編1・2】は、ほぼご意見番の独自見解です。
(情報源は、「東洋経済ONLINE」「YAHOO‼ニュース(文春オンライン)」「YAHOO‼ニュース(ABEMA TIMES)」「【ストーリーズ】事件の涙(NHK)」より)
実名、顔出しでイジメと闘う!
《裁判に到る経緯》
佐藤和威さんは、佐賀県鳥栖市立中学に入学した直後の2012年4月から10月までの7ヶ月間、複数の同級生から繰り返し暴力などを受けた。
世間で言うところのイジメによって重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)となってしまった。
和威さんと両親、妹は加害生徒8名とその保護者に損害賠償を求める裁判を起こした。
同時に学校の対応が安全配慮義務に反する(イジメを認知しながらも不適切な対応だったとする見解)として鳥栖市を訴えた。
(あわせて約1億2000万円の損害賠償を求めた裁判)
和威さんの弁護団は、「拷問・恐喝行為」と位置付けて裁判を起こした。
《イジメのきっかけ》
佐藤和威さんが同級生からイジメを受けるきっかけは、以下のような出来事だった。
中学校入学前のある日、和威さんは加害者Aが3~4歳の女児にエアガンを向けて撃っていたことを見つけて注意した。
女児に撃っていたエアガンはそれほど威力の強いものではなかったが、女児は撃たれたことで泣き出してしまった。
その場にいた和威さんがAの行為を止めようとしたが、Aはエアガンを撃つのを止めようとしなかった。(控訴審で認定された)
このとき加害者Aは「いい格好しやがって」と和威さんに言った。
加害者Aと和威さんは同じ小学校だった。
和威さんはこのときを振り返って「今、あのときに戻っても、女児へのイジメを止めていると思います」と語っている(取材に対して)。
この出来事がすべての始まりであり、今後のイジメを含む出来事を象徴するものであると言っておく。
《イジメが発覚》
多くのイジメ被害者に共通することだが、和威さんはイジメられていることを両親に言っていない。
では、なぜイジメの事実が発覚したのかというと・・・。
当時(2012年)、和威さんの母親は脳梗塞で入院中だった。
父親は慣れない家事に追われていた。
そんな中、6月頃から和威さんの外出が多くなり、帰宅が夜遅くなるようになった。
9月には、和威さんがトイレで尿を撒き散らすこともあった。
異変に気がついたのは和威さんの妹。
妹が和威さんの身体に傷を見つけたのだ。
家族は和威さんがイジメを受けていると疑い、本人には黙ってICレコーダーをカバンに仕掛け、加害者とのやり取りを録音した。
それによってイジメの事実が発覚する。
佐藤和威さんが受けたイジメとは?
《佐藤和威さんが受けたイジメとは?》
佐藤和威さんが受けたイジメはおぞましいものである。
「数種類の暴力行為」=暴行罪
「エアガンを撃つ」
スーパーセンターに行く途中の「兎狩りロード(通称)」で、後ろからエアガンで撃つ。
神社で行われた「サバイバルゲーム」では、加害者A、B、Cが和威さんを盾にした。
しかし、ゲームとは名ばかりでいつの間にか和威さんだけが標的とされた。
毎日エアガンで撃たれ続けたことによって和威さんは解離症状を発症してしまう。
「プロレスごっこという暴行」
加害者たちは「プロレスごっこ」と称して和威さんに暴力を振るっている。
殴る、蹴る、首をロックする、ヒザカックンなど。
(こうした行為の一部は教室でも行われていた)
「その他の暴行」
暴行行為は、いたるところで行われた。
放課後の通学路、歩道橋など。
カッターナイフの刃を出したまま振り下ろし、腕にあたる直前で止める。
和威さんに向けてノコギリを振り回す(授業中)。
和威さんの手の指を手首につくくらい曲げる。
三角定規で和威さんの首と背中の間を擦る。
顔面に殺虫剤をかける。
歩いている和威さんに自転車をぶつける。
「金銭の要求」=恐喝罪
加害者たちは和威さんから相当の回数及び金額を恐喝して巻き上げている。
サバイバルゲームでは、「平和条約」と呼ぶ不当な約束事があった。
それは和威さんが加害者たちの盾となっている場合は、暴力を振るわず庇うふりをする。
その代わりそのことによって(平和条約)金銭を要求する。
お菓子代を脅し取られる。
商業施設に遊びに行くたびに、お金を要求される。
加害者Bは、カッターを片手にカチカチと音をたてながら金銭を要求した。
こうした繰り返しによって和威さんは、自分が将来のために貯めておいたお年玉や妹の貯金に手を出し、母親の脳梗塞の再発に備えて保管されていた70万円も差し出すことになる。
合計すると、巻き上げられた金額は100万円にも及ぶ。
《なぜ、イジメを拒否、抵抗できなかったのか?》
なぜ、和威さんはイジメ(暴力や金銭の要求)を拒否出来なかったのか?
と大人は思うかもしれない。
だが、基本的にイジメを受けている中学生(子供)の心境と成人した大人ではまるで違う世界観がある、ということを抑えなければならない。
中学生の年代は、さまざまな人生経験を積んだ者ではなく、一人の独立した人間として権利が認められている存在でもない。
両親の保護の元に学生生活という狭い環境に生きていることを考慮する必要がある。
和威さんは当時を振り返って以下の様に発言している。
「従っておかないと、いつ殺されるかわからない」
これを笑う大人がいるかもしれないが、こうした考えに至ってしまうのがこの年代の子供たちなのだと知る必要がある。
さらに和威さんのケースで重要なことは、当時母親が重病で入院中であり、父親は仕事と家事に追われて忙しい日常を送っていたこと。
そうした家庭の事情があり、加害者たちから「ばらすぞ、家族全員殺すぞ」と脅されていた。
あなたがもし、このような家庭環境に居る中学生だったとしたら、酷いイジメを受けていることを家族に言うことが出来ますか? 想像してみてください。
そもそも思春期の年頃の子供たちのほぼ全員に、「イジメを受けていることを家族に知られたくない」という心理が働くもの。
言える方が珍しい。
子供にも自尊心があるのです。
惨めな自分の姿を家族に知られたくない、という心理は自然な人間感情なのです。
さらに和威さんの場合も多くのイジメのケースと同様に「脅し=恐怖」によって身動きできない状態(環境)に置かれていた、と見るべき。
一審の判決とは?(佐賀地裁)
《一審(地裁)での判決とは?》
一審の佐賀地裁(遠野ゆき裁判長)での判決は?
(2019年12月20日)
加害者たちの一定の責任を認めた。
賠償額は連帯責任で400万円。
市側の責任は問われない。
この一審の判決に対して、イジメ行為を過少評価したとして、和威さんらは控訴した。
〈一審(地裁)の判決の問題点とは?〉
一審(地裁)での問題点とは、学校側(鳥栖市)の責任を認めなかったことに帰結する。
しかし、鳥栖市は、それまで和威さんへの加害行為(イジメ行為)があったこと自体は認めている。
2013年3月に当時の教育長は記者会見で以下の発言をしている。
「本件はイジメではなく、犯罪である」
和威さんが同学年の生徒十数名から、金銭強要、エアガンで撃つ、殴る、蹴る、刃物をちらつかせる、殺虫剤をかけられるなどの行為を受けたことによって、PTSDに罹患したことを認めている。
しかし、地裁の裁判では、学校側は教師がイジメを予見できないか、あるいは、しかるべき対策を講じていたにも関わらず、暴行やイジメなどによる被害が発生してしまった場合に、責任は発生しないと判断している。
和威さんの件では、教師は生徒たちの動静を観察し、適切な指導をしていたと主張。
被害生徒が「仲良しグループ」の一人の場合、集団的、継続的なイジメなどを受けているのか、認知が難しいと主張した。
要するに、学校側(教師)とすれば、和威さんと加害者たちの人間関係が「イジメ加害者と被害者」という明確な判断ができなかった、と言いたいようだ。
佐賀地裁が加害行為を認めたものについては、和威さんが受けた多くが「学校外や夏休みのもの」として、担任が認識できたとはいえないとした。
和威さんの主張では、「学校内でもイジメはあった」としている。
例えば、周りを取り囲まれ背後から首を絞められた、殴られたり、蹴られたりした。
カッターの刃を突きつけられた、目の前でノコギリを振り回された、プロレスごっこと称して暴力を受けた。
こうしたイジメ行為によって恐怖で体が硬直し、頭の中が真っ白になったと和威さんは述べている。
この中で、加害生徒の一人がカッターナイフを持ちだした行為について、市側は担任がいない場面であったとして責任を認めていない。
これらについて一審(地裁)では、「殴る蹴るといった暴行、首ロック、ヒザカックンなども含まれる」としつつも、被告生徒らのすべてが何らかの形でプロレスごっこに関わっていたと認めた。
だが、問題は「一定の苦痛を受けることを承諾していた」などとして「違法と評価することはできない」と結論づけた。
一審(地裁)の判決では、和威さんがイジメについて担任ら学校側に申告していないことを挙げている。
よって、学校側には和威さんがケガをしていると認識している教員には責任がなかったと主張した。
〈相違点〉
裁判における準備書面などによると、イジメ発覚直前の2012年10月19日の合唱コンクールの練習時に、和威さんが同級生に胸ぐらをつかまれて壁に押し付けられていたのを担任は目撃している。
加害生徒は「僕のほうを見て笑ったから」と弁解し、和威さんはそれを否定したが、担任は「喧嘩両成敗」としてお互い謝罪させている。
担任は2014年3月29日の家庭訪問時に「このようなこと(喧嘩両成敗)をして申し訳ない」と謝罪している。
一審(地裁)では、和威さんをエアガンで脅して自宅から現金を持ってこさせたこと、現金を持ってこなかったことを理由に暴行を加えたことについて、不法行為として認めている。
しかし、商業施設に遊びに行ったときに同級生(加害生徒)に現金を渡していたことに対しては、和威さんが「自発的に交付した」などと判断し、不法行為とは認めなかった。
また、自宅近くの神社で行われていた「サバイバルゲーム」についても、和威さんに当ったのは数発程度で、「中学1年生男子の間の悪ふざけ、いたずら、遊びの類い」と判断し、不法行為として認めていない。
教室で行われていた「プロレスごっこ」については、「男子中学生がプロレスごっこなどの名称で格闘技を真似るなどして身体的接触を伴う遊びをすることは珍しくない」「身体的な接触行為により一定の苦痛を受けることを承諾していたといえる」などと判断し、不法行為として認定しなかった。
結局、一審判決で佐賀地裁は、加害生徒8人に対し併せて約400万円の支払いを命じた一方、保護者と鳥栖市への請求を棄却した。
『【中編】~学校側と保護者には、本当に責任がないのか?~』につづく。
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!