求めよ時代の変革者

シリーズ時代を変革する人材の3回目です。
今回が最終回となります。

時代を変革する三者(「若者」「よそ者」「ばか者」)のうち、「バカ者」を取り上げます。

【バカ者とはなにか?】

そもそも「バカ者」って、なんでしょうか?

分かっているとは思いますが、「バカ者」とは、“頭が悪い”という意味ではありませんので、ご了承ください。

バカ者を古い言い方で表わすと「うつけ者」です。
少し難しい言い方をすると「異端者」です。

異端者とは、その時代の常識や価値観から見れば、「変わり者」と映る存在です。
異端者は、その時代の常識に染まらず、常識を疑い、常識を覆す人物です。

異端者というと誤解されやすいのですが、「変質者」とは違います。
「あの人変だよね~」という人のほとんどは単なる「ただの変人」です。

それと間違いやすいのが「かぶきもの」です。
戦国時代に上杉家に仕えて活躍した前田慶次は、単なるかぶきものです。
時代を変える変革者には定義されません。

確かなことは、時代を変える異端者の数は非常に少ないということです。
希少な存在だからこそ「異端」なのです。
異端者の宿命として、非常に希少な存在であるということです。
異端者のほうの数が多ければ、それは異端ではなく、多数派の常識人となってしまいます。
ですから、異端者を定義するためには、その時代の常識や慣習などから見ると少数派、または傍流的存在に位置するということです。

現代的な言い方をすると、誰かの後について発言、行動する人はフォロワーです。
フォロワーの中からは異端者は生まれません。

誰かについていくのではなく、誰も進まない道をあえて進む者、誰もいない道を開拓する者、同時代の人が見えていない道を示す者こそが、時代を開く異端者なのです。

【歴史に見る異端者】

《戦国時代の異端者》

「うつけもの」というと、日本人はある人物を思い浮かべると思います。
戦国時代に「うつけもの」と呼ばれた人物がいました。
そう、織田信長です。

織田信長は典型的な異端者です。

その異端者という意味は、古い時代のやり方にとらわれず、その時代の常識を破って、新しい制度や手法を創造するということにあります。

戦国時代の兵制は、地域に根差した豪族を招集することで軍事行動を起こしていました。
先祖伝来の土地に由来して特定の地域に根差して活躍する豪族をまとめるのが守護や守護代という武士です。
豪族は支配階級としての武士ですが、一般の兵士たちは武士という戦闘を専門とする人たちではありません。
平時は農民であり、戦時に兵士となる制度です。
織田信長は、当時常識であった兵農制度を改革し軍事専門集団を形成します。
そのことによって今でいうところの師団を形成し、それを各地の戦場にいつでも好きなときに送り出せるようにしました。

これは当時としては画期的なことです。
なぜなら、田植えの時期や冬場は兵士を徴収できないので、戦をしないのが当時の常識だったからです。
それを常時戦闘することが可能な戦闘集団を持ち、その集団をトップ直属とすることで多面展開の軍事行動を起こせるようになったのです。
織田信長に関して述べると、それだけで数記事分になってしまうので、簡単に異端者ぶりを述べると、

本拠地を次々と変えていった。
(通常、武士は土地に根付いた存在です)

天守を持つ安土城を築城した。
(天守がある城はそれまでありませんでした)

安土城の城下に部下を住まわせる城下町を構想した。
(武士はおのおの自領を持って定住していました)

鉄砲という最新軍事技術を一早く取り入れ、新しい使用方法を発明する。

楽市楽座という経済活動を起こし、商売による経済活動と軍事活動を連携させた。

「天下布武」という、新しい理念を打ち出した。

など。

織田信長を見ると異端の塊(かたまり)です。
それまでの室町時代の慣習や常識など目にも留めません。
武士としての価値観に取らわれず、それまでの常識など眼中にありません。

時代の常識に縛られずに、後の世に模倣されるものごとを創造するのが「時代を変える異端者」なのです。

《明治維新の異端者》

明治維新に存在した代表的異端者は2人います。
ひとりは幕臣の勝海舟
もう一人はその弟子である土佐の坂本龍馬です。

勝麟太郎(海舟)は、徳川家の家臣(旗本)です。
旗本とは、徳川家(将軍)に直属する家臣のことで、戦場では本陣の大将(将軍)の側で大将を守る武士集団のことです。
落ちぶれた旗本とはいえ、勝海舟は徳川家の旗本という身分でありながら、徳川幕府を否定する政治構想を持っていました。
西郷隆盛に「幕府はもうだめだから、お前さん方で新しい政治を行え」というほどです。

江戸時代後期という時代には武士の発想は所属する藩を中心としています。
ですが、勝海舟は藩とか徳川幕府という組織に縛られず、日本人という意識を持ちます。
つまり、一地方の藩や特定の政治勢力など(将軍家を含む)に縛られずに日本という国家を一つとして観ていたのです。
これは当時の武士の価値観からすれば、あり得ないことです。
薩摩藩の西郷や大久保も、長州藩の高杉晋作や桂小五郎なども自分が所属する藩の意識から抜け出すことは出来ませんでした。(明治政府が出来るまで)

勝海舟に学んだ坂本龍馬という男の凄さも同じです。
所属する土佐藩を脱藩し、浪人となり、亀山社中、後の海援隊を創り薩長同盟を成さしめたことのすべてが異端です。
龍馬には、薩摩だとか長州だとか、ましてや徳川幕府だとかの認識はありませんでした。
いままでの政治体制、過去の政治組織の延長線上で考えるのではなく、これからの時代に必要な政治の在り方を発想したのです。

異端者の特徴として、「所属する組織の枠を飛び出した発想をする」または、「組織の利益を超えた発想と行動をする」ということがあります。

《イエスキリストは宗教界の異端者》

異端者は政治の世界だけではありません。
イエスキリストも異端者です。
磔の刑にされたから異端者と言っているのではありませんよ。

当時のユダヤ(現イスラエル)には、ユダヤ教が深く浸透していました。
イエスキリストもユダヤ教を学んでいます。
ユダヤの地には、すでに数百年に渡って予言者が現れていました。
それがユダヤ教の経典となっていました。
ですが、イエスキリストはユダヤ教の教えにこだわらず新しい教えを説きます

イエスキリストの特徴は「愛の教え」にあります。
それまでのユダヤ教には、あまり「愛の教え」はストレートには説かれていません。
それがユダヤ教を唯一の教えとするユダヤ民族たちから異端と見られたのです。
また、政治勢力であるローマの支配に対しても「既成権力」「権威」などをまったく無視した行動を取ったのです。
そうしたことが処刑される要因となってしまったことは確かでしょう。

イエスキリストは、ユダヤ教を改革しようとした異端者だったのです。

《産業界の異端者》

汎用機コンピューターが主流の時代に、パーソナルコンピューター(個人用)を開発したスティーブ・ジョブズも異端者でしょう。

汎用OSに目を向けて世界中で使用されるWindowsを開発したビル・ゲイツも異端者です。

その時代の人が思いもつかない商品やサービスを開発する産業人にも異端者が多く存在します。
それは現代にもいるでしょう。

【異端者の別名は?】

異端者とは何者なのか?
異端者の別名は「天才」です。
ただの変わり者、変質者ではなく、時代を変革し、新しい世の中を創造し、多くの人へ恩恵を与える存在こそ天才なのです。
そうです、異端者とは天才のことなのです。

秀才はいつの時代でもたくさん存在しますが、天才となると数は絞られてきます。
秀才の秀才たるゆえんは、「過去のことを学ぶことに秀でていること」です。
そして、天才の天才たるゆえんは、「常識を破壊し、新しい価値観や時代を創造すること」です。

天才の目は、現時点を起点として未来へ向かっています
しかし、秀才の目は、おもに過去に向いています。
過去どうだったか、いままでどうだったか、ということに縛られているということです。
そうしたことを学習する能力、記憶力、そしゃく力に優れているということです。

過去の事例や慣例、常識に縛られていると、時代を創造する新しいアイディアが生まれてきません。
天才と呼ばれる異端者たちの思考は、物事の根本から捉えます。

なぜそうなのか?
なぜそうではなければならないのか?
そもそもそれが正しいのか?
という発想で、物事を根本から考えます。

そこには「いままでこうだったから」「それがいまの常識だから」という発想はありません。
むしろ、「本来どうあるべきか」という発想で物事を捉えます

異端者とは、天才のことなのです。

【なぜ異端者が時代を変えるのか?】

異端者はなぜ時代を変革できるのか?
その秘密に迫ります。
それは異端者の特徴を見ることで明らかになります。

《異端者の特徴とは》

同時代の価値観に染まらない。
同時代の常識に疑問を持つ。
既存権力や権威に従わない、こびない。
逆転の発想をする。
常に別角度から物事を見る。
異次元発想をする。
過去の知識よりも直感を大切にする。
他人の真似はしない。
他から学んだら、それに何かを付け加えるか、さらに発展させるかする。
所属する組織の利害を超えた思考をする。
所属する組織の枠を超えた大きな視野で物事を見る。
先入観を持たずに、物事の本質に迫る。

結局、普通に生きている人、普通の生活を望む人には理解できない発想と行動をするのが異端者なのです。
誰もが考えつかないことを考え出すには、常識や慣習の外にポーンと飛び出す必要があるのです。

異端者がいなければ、時代は進化しません。
科学、医療、政治、経済などの各分野で新しいアイディアを出す存在があるからこそ、この世界は変化または発展しているのです。

もし、いままである知識や常識の枠のなかだけで過ごしていたら、100年たっても1000年経っても人間の世界は変化しません。
動物のように。
なぜ、動物の世界とは違って人間世界が変化発展しているかというと、それは異端者が時代を変革したからです。

異端者には、大きい異端者と小さな異端者がいます。
大きい異端者は大天才で、小さい異端者は小天才でしょう。

そうした人たちがいることで何が起きるか?
それまで無かった制度、商品、サービス、システムなどが新しく生まれます。
するとそれが多くの人に恩恵を与えます。

時代を観ていくと、制度(法律など)や政治体制、商品やサービスには賞味期限のような使用期限、つまり耐用年数があるように思えます。
つまり、時代に合わなくなった制度、消費者の要求にこたえられなくなったサービスなどが時間の経過とともに幸福を生み出さなくなるのです。
それを変革するのが異端者なのです。

《異端者の存在意義(役割)とは》

異端者の存在意義とは、

時代に合わなくなり人々を幸福に出来なくなった制度や法、国家の在り方を変革することで新しい幸福を生み出すこと

正しい人間の生き方や在り方の根本がずれてしまったとき、その時代の価値観を本来の正しい方向へと導くこと

消費者の満足を生み出し、要求を満たすことが出来なくなった商品やサービスを改革し、新しい商品やサービスを生み出すことで、新しい満足や楽しみを生み出すこと。

こうしたことが異端者の役割なのです。

【異端者を見分けることは難しい】

異端者を見抜くことは、非常に困難である。
異端者は、頭の悪い人でもなく、変質者でもない。
逆に天賦の資質を持ちたるものこそ天才と呼ばれる異端者なのだ。

だが、異端者を見分けることは難しい。
なぜなら大多数の人はその時代の常識や価値観を信じているため、違った価値観を提示されてもそれに目を向けたり受け入れたりしないからだ。
いままで信じてきた価値観を否定され、まったく違う価値観を提示されて「はい、そうですか」と受け入れられるなら、その人もまた天才の資質を備えているといえるのです。

人間はずっと慣れ親しんできた慣習、常識や価値観を否定することは難しい。
ほとんどの人が実際は出来ないのが実情ではないかと思う。
だからこそ、異端と呼ばれるのだ。

よって、異端者は文字通り“異端”と見られて排除または無視される
だが、真の異端者は同時代に認められずとも、必ず後世で評価される

ここに同時代において異端者が認められる難しさがある。
比較的簡単に認められる異端者は経済界の異端者であろう。
それは現代社会が経済至上主義となり、人々の生活に直結しているからだ。
興味関心が経済活動に向いているからだ。
楽しみや便利さを与えてくれる新しい商品やサービスを提供してくれる異端者はこぞって同時代の人から受け入れやすいのだ。

《異端者の2タイプ》

異端者は大きく分けると2つのタイプに分けることが出来る。

「時代を破壊する異端者」と「時代を創造する異端者」
である。

両者を兼ねるタイプもいるがそれを大天才と呼ぶ。

異端者が異端者と呼ばれるわけは「時代の価値観、常識」を破壊(否定)するからだ。

その時代の何が良くて、何が悪いかを選別し、新しい価値観を提示または創造する。

何かを創造するためには、まず必要なのが「破壊」なのだ。
古い建築物を壊さないと新しい建築物を立てられないことと同じだ。
よって、異端者には時代の破壊者という一面が必ずある

歴史家のトインビーが主張したように、古い時代は必ず新しい時代の挑戦を受けるのだ。
時代を破壊する力を持たない異端者はただの変わり者であり、時代を創造する変革者ではない。

新しい時代を創造する異端者は、必ずその時代の“なにか”を壊す

壊すことなくして新しい時代を築くことはできない。
だから、異端者を見抜くには、破壊と創造の両面から見ることだ。
単なる破壊のための破壊者は、時代を変革する異端者ではない。
時代には破壊者と創造者がバトンタッチして役割をつなげることがある。
だから、単にその時代の価値観を否定するだけでは時代を変革する異端者とは呼ばない。

例えれば、現政権を批判するだけの野党などは時代を変革する異端者ではないということだ。
批判が真を得ていて、その批判の裏に明確なビジョンや創造のアイディアが潜んでいることがなくてはならない。
単なる権力闘争のための破壊は、時代を変革する異端者と“似て非なり”である。

その時代にない新たな価値観、制度、法律、商品、サービスなどが人々を幸福にしてこそ真の変革者と呼ぶことができる。

【異端者こそ人類を幸福にする天からの使者】

時代の中に現れた「異端者」は、その時代の常識を覆し、新しい常識を創造する。
間違った価値観を否定し、正しい価値観を提示する。
異端者は、一旦破壊者として登場し、創造者として姿を変えていく。

歴史の変革期には必ず異端者が存在した。
それまでの常識を否定した異端者の発想や価値観はやがて世の常識となる。

異端者こそ、時代を変える主役的存在。

「若者」「よそ者」「バカ者(異端者)」の3要素を持つ人物は最強の変革者と呼ぶことが出来る。

【ご意見番は改革を求める!】

新しい価値観を提示し、新しいビジョンを持つ異端者こそ人類を幸福に導く存在である。
ならば異端者を受け入れることが未来の幸福を創造することになる。
異端者を受け入れるか、異端者を拒否するかによって人類の幸福と不幸が分かれる。
明るい未来を創造するか、苦しい社会を継続するかは人類の選択しだいだといえる。

その時代の常識に染まっていては、新しい幸福を得ることはできません。
されば求めよ!
時代の変革者である異端者を!

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!