『自由と人権の最後の砦は「言論の自由」! ~言論の自由が奪われればDSが勝利する!~』

はじめに

前記事で2024年が世界の分岐点だと主張しましたが、それに関する重要な事柄があります。
それが今回のテーマです。

正直に言うと、国民の多くが、コロナワクチンなどの真実を知ったとしても、それに「関わりたくない」という無関心と沈黙ですませていることが現実であると思っています。
特に高齢者の方たちは情報源をTVに頼り他の情報を求めない世代なので特に真実に気がつかないまたは知らない状況にあります。
さらに追い打ちをかけるのが、高齢者特有の“頑固さ”でしょう。
全員ではないですが、人間年を取ると考え方が固まってしまい、いままで信じていた常識や価値観を変えることができません。
というか変えたくないのです。
その方が楽だからです。
しかし、それこそ権力者が“ほくそ笑む”ことであり、民主主義社会の没落なのです。
民主主義とは、主権者である国民が「声」を上げることで維持されるものです。
ですから、声をあげない国民が多ければ多いほど、その民主主義は絵に描いた餅でしかなく、為政者は民主主義という看板を利用して好き勝手な政治を行います。
そのひとつが最近発覚した「政治パーティーにおけるキックバック(裏金作り)」です。
こうした悪事を政治家がするということは、国民の監視が行き届いていないからなのです。
犯罪者は「見られていない」から悪事を犯すのです。
世間の目があるなかで犯罪をすることは通常はないのです。

民主主義とは国民が政治や社会の出来事に対し、関心を持ち、声を発することで成り立つ政治システムなのです。
重要なことは、声を発することができなくなった時点で、民主主義は完全に死ぬということです。

「言論の自由」こそが民衆の武器であり、自由と人権の最後の砦!

《「言論の自由」が最後の砦》

DSに抵抗し、地球統一政府を阻止するために絶対に必要な武器があります。
自由と人権を守り、日本国を守るためには「言論の自由」が“民衆の武器”なのです。
また自由と人権の“最後の砦”でもあります。

いままでもそうでしたが、今年はこれとの戦いです。
もっと言うと、DSに勝利するまでの戦いです。
この武器を手放してはなりません。
この武器を奪われてはなりません。

独裁主義や全体主義の社会を築き、地球統一政府を実現しようと企むDSや日本を解体しようと企むサヨク勢力(反日勢力)が使う手段は、「言論封印」「言論弾圧」であり、最終的には「言論封殺」に持っていきます。

もうひとつは、逆の戦略です。
対(つい)になっている戦略と言ってもいいでしょう。
それは民主主義(声を上げる制度)を逆に利用するというものです。
民主主義を悪用すると言ってもいいでしょう。
真実の情報を抹殺する情報(声)を発する。
民主主義や自由を守る意見を全体主義的な意見で相殺する。
つまり、民主主義という羊の皮を被った全体主義の狼なのです。

個人の生活しか興味がない国民には、日本の危機は見えないでしょう。
しかし、言う。
日本国および世界は危機的状況にある。
その危機的状況の中で民衆が抗うための武器こそ「言論」である。
「言論の自由」を失えば、独裁主義及び全体主義が姿を現す。

〈言葉の補足説明〉

『言論封印』とは?

言論封印とは、人目につかないように隠すこと。
真実の情報や意見が出現した際、無視したり隠蔽したりすること。
要するに、真実や不都合な真実を表に出さないようにすること。

『言論弾圧』とは?

言論弾圧とは、権力者により言論の自由が奪われること。
支配者が権力を行使して反対勢力や批判者の活動を抑制または制御すること。

『言論封殺』とは?

言論封殺とは、権力者にとって不都合な真実、都合の悪い話、議論、主張などが世間でおおっぴらに語られたり、流布したり、定着することがないように権力を振りかざしたり、脅したり、訴えたりして「論」を妨げて黙らせること。
要するに言論を封殺(殺す)こと。
(ここで言う言論には情報という意味も含まれます)

《メディアの手口》

本来、権力者への監視機能を果たすべきはずのメディアが権力と一体となって国民の知る権利を奪い、事実上の言論封印及び言論弾圧をしています。
(上記の言論封印の「言論」という言葉のなかには「真実の情報」という意味が含まれます)

大手メディアの手口とは?

1.【真実の情報を伝えない(意図的になかったように扱う)という真実の封印】

大手メディアは、真実の情報を“無視”する、または真実の情報を伝える人たちの声をなかったように“無視”する作戦を取ります。
意図的に不都合な真実から国民の目を背けさせます。
あわせて以下の手口を行います。

2.【真実の情報に反する情報を流し、真実の情報を間違った情報として消し去る事実上の弾圧】

つまり、情報操作して最終的に洗脳するやり方です。
情報を偽情報で攪乱させる作戦です。
この場合、真実の情報に対して疑いを起こさせることができたならば目的はある程度達成されます。
要するに、真実の情報を信用させないという情報の妨害工作です。

そもそも悪い奴というのは、自分の悪事を指摘されると、その悪事を行っているのは相手であると責任転嫁します。
これと同じ原理で、真実の情報を伝えようとする人たちの声(情報)がデマだとするための作られた情報を流布することで真実の情報を消し去ろうとします。

これは実に巧妙なので、ある程度の見識がないと騙されます。
ですから、テレビしか情報源がない高齢者の多くがメディアによって洗脳されているのです。

《民主主義の基本とは?》

読者の方に質問します。
日本は民主主義国家でしょうか?
それとも独裁主義国家または全体主義国家でしょうか?
どちらでしょうか?

建前上及び法律上は「民主主義国家」です。
ですが、戦後の日本は実は民主主義国家とは呼べないものであったと気がつくべきなのです。

民主主義国家を形成する要素はいくつかあります。

【民主主義国家を形成する要素】

1.主権者である国民の自由な言論などの表現の自由が保障されていること。
2.メディアが権力への監視の役割を果たし、国民の知る権利を保障すること。
3.権力者が各自の政治信条又は政治思想を持ちながら、国民の声に耳を傾け、国民の気持ちになって政治を行い、国民の生命・財産、基本的人権・自由を守ること。

主権者である国民の言論の自由、正義と真実を求めるメディア、そして真に国民のために働き愛国心を持って政治をする政治家、この三つが必要なのです。

三つのうち2と3は完全に失われています。
日本国は自由、民主という思想からかけ離れた全体主義国家と成り果てています。
そう、最後の砦こそ「国民の存在」なのです。
投票型民主主義ではありますが、国民が最高法規として定められている日本国憲法で保障された「主権者」なのです。
民主主義国家において主権者たる存在を担保するのが「言論の自由(などの表現の自由)」なのです。

独裁主義者からすると、国民を無視して特定の勢力のための政治をすることはそれほど難しいことではありません。
何らかの陰謀を実現するためにメディアを操ること(支配下に置くこと)もそう難しいことではありません。
しかし、独裁主義者からみると最後の抵抗勢力であり、最も強敵なのが「言論の自由」なのです。
これは民主主義国家における主権者である国民の立場から見ても同じです。
国民にとっての最後の砦は「言論の自由」なのです。
ですから、言論の自由が奪われたとき、それは独裁主義国家の完成となるのです。
チャックメイトなのです。
だから、独裁的気質を持つ政治家は言論の自由を奪おうとするのです。
もし、言論の自由を奪おうとする政治家がいたならば、その者は間違いなく独裁的気質を持つ者であるのです。

《言論の自由の法的根拠》

国民の言論の自由は法的に根拠を持つものです。
国民から信託して政治を任されている政治家等に奪う権限はありません。
その権利は、最高法規で規定されている権利です。

日本国憲法第21条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

日本国憲法第99条
天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判所その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う

であるから政治家及び公務員は国民の「言論の自由」を保障し尊重する義務があるのです。
国民の言論の自由は最高法規で保障され、同時に国会議員及び公務員などは憲法を守る義務がある、ということがこの国の“法治”であるのです。

もう一度言いますよ。
総理大臣を含めた国会議員たちが「国民の言論の自由」を奪うことは、憲法を守る義務がある政治家がやってはいけないことです。
これが分からないなら即刻辞職しなさい!

《知ることを奪う作戦=国民愚民化作戦》

言論の自由が国民(民衆)にとって最後の砦だと主張しましたが、独裁主義を実現しようとする者たちにとっては最後の抵抗勢力であり、邪魔なものなのです。
そのためにどうするか?
言論の自由が担保されるためには「知る」ことが担保されねばなりません
知らないことは語れないからです。

例えで語ります。
ある人が自分の服のポケットに宝物が入っていたとしても、持っていることに気がつかねばそれを使用することはできません。
宝物(=権利)そのものを奪うことができなくても、宝物を持っていることを忘れさせれば、その人は宝物(=権利)を使用しないのです。
だから、宝物がポケットに入っていることを指摘しないし、そう思わせないし、忘れさせようとするのです。

「知る権利を奪う作戦」、これは国民愚民化作戦、または国民無知作戦と言ってもいいでしょうか。

このブログの常連さんならばわかるでしょうが、私は「真実は探さないとみつからない」と何度も指摘しています。
なぜでしょうか?
権力者は不都合な真実を隠すからです。
本来、国民に知らせるべき役割のメディアが国民に知らせるどころか、詐欺の片棒を担いで隠蔽、情報操作をして真実を隠しているからです。
だから、探さないと真実は見つからないのです。
真実を知らなければ、国民の怒りの声もなく、政治への要求や要望もでないのです。
それでも真実を見つける戦士たちはいつの時代でも出現します。
権力者はその戦士たちを叩き潰せば、自分達の思う社会を作り出せるのです。
だから、「陰謀論」または「陰謀論者」とレッテル貼りをして真実の戦士たちを叩き潰すのです。

これは真実の情報を隠蔽することで、悪事を成すことなのです。
その実例が「コロナワクチン接種」であり、「パンデミック条約及びIHR改訂」などです。

《真実の隠蔽工作活動》

真実を知らせない、知られたとしても真偽不明にして、他の大勢の国民が気づかないようにして不都合な真実を隠蔽する、こうした工作活動が現代にまかり通っています。
いくつか提示します。
(真実を求める戦士たちは当然熟知しています)

・偽の論文
・コビナビ
・ファクトチェック
・コミュニティノート

偽の情報を流して真実の情報に疑いと混乱を起こし、最終的に「怪しい情報」に変えてしまう作戦を取ります。
これがDS(グローバリスト)の手口です。
ですから、ネットで出回る情報には注意が必要です。
9割の真実のなかに1割のデマを混ぜてくるのです。
彼らは9割の真実ではなく、1割のデマ情報を強調し、その情報を利用して真実を混乱させていくのです。
姑息の極みと言えるでしょう。
ですから、ネット上のすべての情報を信じてしまうと反日勢力及びDSに足元をすくわれてしまいます。
注意が必要です。

《守れ! 言論の自由を!》

今年は言論弾圧がより強まるはずです。
国民の声をまるで無きが如く無視(封印)するはずです。
真実を訴える人たちの声を叩く(潰そうとする)はずです。
言論弾圧から言論封殺へと進むはずです。
言論が封殺されたとき自由は死にます。
言論が死ねば、同時に民主主義も死にます。
民主主義が死ねば、民衆は奴隷状態となります。
そこに現れるのは独裁です。

世界統一政府とはそうした民衆を隷従させる政治体制なのです。

言論の自由が奪われたとき、国民は戦争でいうところの「捕虜」の状態となります。
独裁者の言いなりになるしかない無力な存在となります。
そこに生きる意味がありますか?

そもそも民主主義とは独裁主義へのアンチテーゼとして近代に出現した思想です。
だが、時代はいま、逆行しようとしているのです。
沈黙や無関心から言論の自由は生まれません。
国民の多くが政治に沈黙と無関心を決め込むならば、日本国は滅亡し、日本国民が奴隷となる日が来ても、それは自業自得と言えるかもしれません。
ですが、いまだ、戦っている自由の戦士、真実の戦士たちがいます。
諦めたらそこで終わりです。
いまだ戦いを続けている自由の戦士、真実の戦士たちにエールを送る!

国民よ、目覚めろ!
言論の自由という武器を持って戦え!
だから守れ! 言論の自由を!

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!


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