『青春は不完全燃焼』

「青春」

それは過ぎ去りし日々。

青春とは、若さ。
青春とは、未熟さ。
青春とは、恋。
青春とは、旅立ち。
青春とは、別れ。
青春とは、葛藤。
青春とは、迷い。
青春とは、甘くて酸っぱい体験。
青春とは、全てが輝いて見えた季節(時間)。
青春とは、逃げ出したくなるような心の孤独。
青春とは、もう一度立ってみたい場所。

青春とは、一般的には若い年齢のある時期をしめすものだろう。
誰にも一度は必ずある人生の季節だ。

でも、その青春の時期を心の底から満足している人はどれだけいるだろうか?
勉強ばかりしていた人の青春は、もっと遊んでみたかったという後悔が残る。
遊んでばかりいた人の青春は、あのときちゃんと勉強しておけばよかったと後悔が押し寄せる。

何かを得ようとすれば、何かを失う。
何かを得たと思っても、逃してきたものの大きさに気がつき切なさがこみ上げる。

未来は希望で溢れているようで、不安が心をよぎる。
明日を自分色に染め上げて見せると意気込んでいたのに、いつの間にか世間の色に染まっている。

理想や夢を手にすることに夢中だった頃は過ぎ去り、気がつくと「ただ生きている」。

青臭かった考えは、「こんなものだ」と妥協へと変化していく。

誰かに恋をしては、傷つき涙を流す。
恋する人と笑い合った日々は影も形もなくなる。

完全無欠の青春なんてない。
何もかもすべて手に入れる青春はない。

例えば、スポーツ選手となり金メダルを取ったとしても、歌手になりミリオンのヒットを飛ばしても、その影で何かを犠牲にしている。
ときとして人は、「得たもの」「与えられたもの」よりも「得られなかったもの」「失ったもの」に心を奪われる無い物ねだりをする。
そして切なくなる。

青春とは不完全燃焼の季節。
完全無欠の青春はない。

青春の季節は、迷いながらもがきながら自分を探す旅のようだ。
夢の実現に汗を流し、友と語り合い励まし合い、時代という迷路の中で彷徨いながら生きていく。

だけど、青春期に理想や夢があれば、光はそこにある。
青春の季節に誰かに恋をしたのなら、そこに光がある。
共に歩む友が入れば、愛情を注いでくれた人がいてくれたら、光はそこにある。

昭和の名経営者松下幸之助は言った。
「青春とは、心の若さだ」と。

青春の季節が過ぎ去っても、心に理想や夢があれば、その人はきっと青春を生きている。
40歳でも、50歳でも、70歳でも。

まだまだわたしはやれる。
そう思っているならば年齢は関係ない。

目標に向かって努力している人は若々しい。
いまの自分に満足せずにさらなる向上を目指す人は若々しい。
そこには「謙虚さが連れて来る向上心」と「夢」がある。

逆に、夢もなく諦めの人生を生きて、惰性に流されている人は、例え若くても青春を生きていない。

あれもこれも得ることは出来ない。
全ての経験をすることは出来ない。

ならば青春の季節に「なにをするか」が青春の意味ではないだろうか。
「なにを成さないか」ではなく「なにを成したか」が青春という季節の意味だ。

青春の季節が過ぎ去って、人生を振り返ってみたときに、「あ~確かに、あのときわたしにはあれがあった」「情熱を傾けたものがあった」「誇れる季節だった」と、そう言えるものがあるなら、それが青春の思い出。

「怒ったり」「泣いたり」「笑ったり」どうにもならない自分の感情を抱えながら期待と不安に挟まれて過ごす。
叶えたい夢と受け入れがたい現実の間で葛藤する日々。
戻れない季節(時間)。

青春とは不完全燃焼の季節
青春とは光と影が織りなす季節

土砂降りの雨や降り続く雪、どこまでも広がる青い空と包み込むような大きな海が舞台になる。
そんな季節。

いま青春の時期を生きているなら、後悔しないように「何かを掴むために情熱を傾ける」こと。
後悔の無い青春はない。

失ったものを数えるよりも、歩んできた道のりを誇りに思おう。

青春は目的地にあるのではなく道の途中にあるもの。
青春の季節は汗と涙が作り出す物語。

希望や夢があれば、いくつになっても青春のなかにある。

青春は、不完全燃焼だからこそ美しい。
あなたの人生にも輝きを。

お読みいただき、うれしうござんす!


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