『職業の貴賤について考える! ~人間の本当の“偉さ”とは?~』

所々でアチキが質問していますので、この記事をお読みの方は、心の中で質問に答えながら読み進んでください。

職業差別を考える

アチキは思うところがありんす。

世の中では格差社会と叫ばれていますが、結局なんの格差かといいますと、一番人々の関心は「収入(格差)」でしょう。

収入格差は職業の違いと言い換えることも出来ます。
もちろん出世の度合いということもその理由の一つでもございましょう。

ですが、今回アチキが言いたいのは同じ組織の出世ということではなく、世の中にあるさまざまな職業についてでござりんす。

世の中を見渡すといろんな職業があり、職業によって上層だ、下層だとか、立派な職業だとか卑しい職業だとか人々の心の中で格差というか差別意識が世の中にはあるように見えるでござりんす。

汗水たらして働く仕事

世の中には汗水たらして泥だらけになって働く人たちがございます。

ブルドーザーやショベルカーなどを使って土を掘り返して杭を地下に打ち込んだりする職業の人たちがございます。
作業着を着て長靴を履いてヘルメットをかぶって、小雨の日は雨に濡れながら、炎天下の猛暑の中でも大汗をかきながら肉体労働をしているでござりんす。

こうしたいわゆる土木作業員の方の職業を世間一般では「立派な職業ですね~」なんていう人はほとんどいないのではないでしょうか?
特に大学を出た人は。
さらに、有名大学卒ともなれば、そうした方々を見下しているのではないでしょうか?

あなたは土木作業員として働くことができますか?
建設現場で埃まみれになって、それでも爽快感を感じることができますか?

また、タクシーの運転手は仕事を失った人の最後の砦的な職業と言われています。
もちろん中高年の人にとって言う意味でござりんすが。
いまはタクシー運転手をする若い人が増えているそうですけんど。

ですが、最後の砦と言われているように世間一般では、いいイメージはないのではござらぬか?
仕事のストレスを乗車したときにドライバーさんにぶつける客もいるというではございませんか。

あなたはタクシー運転手が上流階級の職業だと思いますか?
タクシー運転手に憧れますか?

また、ゴミ収集車で街のゴミを回収する作業員の方たちがいますね。
「北の国から」で主人公の純がゴミ収集の仕事に就き、それを卑下しているシーンが印象的でした。
臭いもつくし扱っているのが人が嫌がるゴミですから憧れる職業ランキングには確実に入らないでしょう。

あなたはゴミ収集の仕事をすることができますか?
その仕事を誇りにできますか?

他にも道路工事の作業員やその側で交通整理をしている警備員の方もけっこう大変な職業であるように見えるでございます。
風が強ければ寒いだろう。
夏の猛暑の日は、暑くて喉が渇くだろう。
冬の凍える日は体の芯まで冷えてしまうだろう。

あなたは道路工事の仕事ができますか?
道路工事の警備員の職業に憧れますか?

今あげた職業は若者に限らず「進んで就きたい」「憧れている」「目指している」と思われる職業ではないと世間では思われているとアチキは見ています。
そしてなかにはそれらの職業の人を下に見る人たちがいるのも事実ではないでしょうか。

特定の人を除いては望んで就きたい職業とは思われていないでございましょう。
もちろん、学校の勉強が嫌いで、「体を張って稼ぐんだ」という人も多くいるでしょう。
そうした職業にプライドを持って従事している人もいるでしょう。

ですが、一般的には低学歴だと就職できる職種・業界が限られてくるのではないでしょうか?
逆に高学歴の人は就職できる職種・業界の範囲が広がるのではないでしょうか?

それは学生時代に勉強という努力をした人と、しなかった人の違いなので差別でもなんでもないでありんす。
努力した人が報われる社会が「正しい社会」だと思うからです。

ですが・・・。

“職業に貴賤はない”とは。

アチキは思うでござりんす。

正直に言うと、アチキは土木作業もゴミ収集の仕事も出来ないし、やりたくないです。
ですから、それをやっている人たちは“偉い”と思うでござりんす。

自分が出来ない、またはやりたくない職業をしている人たちは“すごい”と思うのでございます。
それはある種の尊敬に近い感覚です。

自分が出来ないことをする人は尊敬に値するのではないでしょうか?
それに世間(社会)には必要な仕事です。

道路を作らなければ車を走らせることが出来ません。
ゴミを回収してくれる人がいなければ、自宅がゴミの山になってしまいます。
泥まみれ汗まみれになって土木作業をしてくれる人がいないと建物が立ちません。
建物が立たないとエアコンの利いた事務所でデスクワークができません。

世間を見てみると、どれも必要な職業(仕事)なんですね。
みんながみんな流行りの職業や特定の会社で働くことはできないのです。
それらの職業で働く人たちがいないと社会が成り立たないんでござりんす。
誰かがやらなくてはならないように社会は出来ているように見えるでございます。

立派な職業とは?

あなたが考える立派な職業とはなんでしょうか?

医者、科学者、弁護士、裁判官、代議士(政治家)、作家、教師、公務員・・・。

アチキが考える立派な職業は、すべての職業でありんす。

「社会に必要とされる仕事ならば、立派な職業です」

「誰かがやらねば社会が成り立たない仕事なら、立派な仕事です」

「その仕事をすることで、誰かの役に立ち、誰かが楽になるなら、立派な職業です」

職業に貴賤はありんせん!

「俺は立派な大学を出て一流企業に勤めているんだ」
「俺は政治家だ。権力の座にあるんだ」
「俺は社長だ。年収数千万だ」
「私は有名なYouTuberだ」

それぞれに思いと考えはあるでしょう。
自信とプライドはあるでしょう。

でも、どんな職業の人でもプライドはあるのです。

だから、たとえ中卒でも、高校しかでていなくても退け目に感じることはありんせん。
その仕事が誰かの役に立っているのなら、社会のなかで必要とされているのなら、プライドを持って生きるべきです!

また、流行りの職業、大企業、高収入の職業についているからといって、そうでない職業の人を見下すのは、その人の人間性を濁らせます。
“傲慢さ”を生み出し、鼻持ちならない臭いを発します。

《日本憲法の規定》

日本国憲法第14条にはこう記されています。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人権、信条、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」

表立って職業への軽蔑を表現する人はいないでしょうが、心の中では見下し、軽蔑し、または優越感に浸っている人がたくさんいます。
その人たちは日本憲法に規定されている「職業の貴賤がない」という精神に反しています。

アチキは、職業や身分、出身地、収入などを理由として他人を見下す人は卑しい人間だと思っている。

人間の偉さとは?

多くの人はこう考えているのではないでしょうか?

「大企業に勤めているから偉い」
「年収が多いからすごい人間だ」
「権力を持っているから偉い」
「先生と呼ばれる職業だから偉い」

しかし、それは人間にとって永遠普遍の真理でしょうか?

《時代によって職業の貴賤は変化する》

時代によって職業の社会から尊重される度合いが異なります。
中世までの社会では、医者は卑しい身分と見なされていました。

また、税金を取り立てる職業は卑しい職業とされていました。
芸能、医者などの職種は近代まで尊ばれる職業ではありませんでした。

政治家は出世の代名詞です。
ですが、現代において政治家を尊敬する人がどれだけいるでしょうか?
政治不信は政治家という職業についている人に対しての不信、不満の現れです。

時代によって職業の貴賤(尊敬などの違い)は変化している一面があるのです。

《普遍的な人間の偉さとは?》

アチキはこう考えます。

普遍的な人間の偉さとは?

「多くの人の幸福を真剣に考えている人が偉い」

「多くの人の為に一生懸命働いている人が偉い」

「苦難困難にあってもどん底から這い上がり、希望を見出し生きる人は偉い」

「夢や目標を以って常に努力し続けている人は偉い」

「他人を見下したりせずに、思いやりと優しさで接する人が偉い」

「常に他人に対して感謝ができる人は偉い」

「多くの人の幸福を生み出している人は偉い」

そして、「謙虚な人こそ偉い」と。

つまり、どんな職業についているかではなく、どんな「思い」と「行動」を取っているのかということで、その人の偉さは決まるのではないか、そう思うでありんす。

それが過去から未来まで貫いている人間の偉さの基準であると思うのでありんす。

あなたが考える人間の“偉さ”とはなんですか?

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!


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