『“保守の憲法論”最終結論【自民党憲法改正草案編⑧】~「公務員の選定」「環境保全の責務」「財産権」「国会」「内閣」「地方自治」について~』

【自民党憲法改正草案編⑧】
「公務員の選定」「環境保全の責務」「財産権」「国会」「内閣」「地方自治」について

これまでの記事

【自民党憲法改正草案編①】~自民党憲法改正草案は国民家畜化の暗黒な未来に向かうもの!~
【自民党憲法改正草案編②】~憲法とは何か?~
【自民党憲法改正草案編③】~憲法を守らない権力者とは独裁者~
【自民党憲法改正草案編④】~自民党憲法改正草案の“真の狙い(目的)”は主権者を「国民」から「政権」に変更する革命に他ならない!~
【自民党憲法改正草案編⑤】~自民党憲法改正草案は自由と人権の破壊に他ならない!~
【自民党憲法改正草案編⑥】~「前文」「天皇」「国民の権利と義務」について~
【自民党憲法改正草案編⑦】~「改正草案第12条」「家族・新しい権利」について~

公務員の選定

《公務員の選定》

自民党の移民政策によって、日本国中に外国人が溢れるようになりました。当然治安も目に見えるほど悪化しています。
何年も前に示しましたが、「静かなる戦争」と呼ばれる「乗っ取り戦争」のやり方があり、その最終段階こそが「大量移民」なのです。
大量に移民が入ってくると、移民を受け入れた国の伝統、風習、秩序が必ず崩れます。純日本人と帰化人及び在日の人口比の割合が逼迫すればするほど、日本国の民族性は失われていきます。人口比が帰化人及び在日が上回れば、日本国の民族性、つまり国民性は後戻りが出来ない状態となります。よき日本の姿は消失してしまうのです。
問題は、単に帰化人が増えるだけではなく、統治者側に帰化人が入り込むことです。
この問題は、すでに加速度的に進んでいます。

自民党草案
(公務員の選定及び罷免に関する権利等)
第十五条(1、2、4略)
3 公務員の選定を選挙により行う場合は、日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法による。

〈公務員は誰のために存在するのか?〉

ディープステート(闇の世界権力者)の思想的武器の一つが「差別」です。
すでに崩れまくっていますが、私は主張します。
公務員に就けるのは、純日本人に限定するべきです。
こういうことを言うと「差別」するな、という人が必ずいます。
しかし、日本はアメリカのように移民によって建国された国家とは違います。
ここで言う公務員の中には国会議員等が含まれます。
議員や公務員に帰化人をつけることは、国家乗っ取りにあうことになります(すでに手遅れ状態に近いが)。
「日本国籍」を持つ人と、「日本人」とは意味が違います。これは差別ではなく区別なのです。その区別の根源がどこから来るのかと言えば「民族性を守る」という観点からくるものです。

ディープステート(闇の世界権力者)は、地球上の民族性を破壊しようとしています。なぜならば、彼らの到達点が「地球統一政府樹立」だからです。世界で一つの政府、一つの軍隊、一つの通貨、一つの宗教、一つの法、一つの銀行などによって地球全体を統治することです。
その為には独立国家を破壊し、既存の宗教を消滅させ、ムダ飯食いの人間を削減しようとしているのです。独立国家の破壊、宗教の消滅は民族性の破壊と密接に結びついているのです。世界中には民族宗教があり、民族宗教によって、特定の民族が同じ価値観を共用し、団結しているのです。
だから、地球統一政府を樹立するためには、民族性を破壊する必要があるのです。つまり、民族性の破壊は、民族としての血流を途絶えさせる又は混血にして実質的に消滅させることも含まれるのです。
この民族性の破壊に最大の効果を発揮するものこそが「大量移民」なのです。さらに民族性を破壊しただけで終わらず、移民(主に帰化人)に統治者としての権限を与えることによって、抵抗できなくさせ、破壊を加速させるのです。
自民党改正草案第十五条はそれを裏付けるものです。

環境保全の責務について

《環境保全の責務》

自民党草案
(環境保全の責務)
第二十五条の二 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

〈「協力」という文言の意味とは?〉

ここでも出てきますね、「協力」という言葉が。
これは国家が国民に「協力」という名の「義務」を課すものであり、国民に選択の自由は存在しません。
こうした選択の自由を排除する思想は、自由主義ではなく社会全体主義なのです。
「協力」という語彙表現は、騙し表現なのです。
「協力」と言いつつ、実際は「強制」又は「義務」なのです。
なぜならば、国家の最高法規である憲法に明記するからです。
明記された法は、その効力を発生させるのです。
さらに憲法条文の根源とする法律を施行されれば、国民の自由選択は失われます。
自民党憲法改正草案は、きれいごとを並べていますが、国民(個人)の選択の自由を奪うように巧妙に構成されているのです。

財産権について

《財産権》

自民党草案
(財産権)
第二十九条 財産権は、保障する。
2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない。

〈財産権は、国家権力が侵してはならないもの〉

ここでも「保障する」としています。
自民党の草案の特徴の一つが「保障する」なのです。
保障する…保障する…と連発しています。
この保障するという語彙表現は、“上から目線”に他なりません。
つまり、国家権力が「保障してやるよ」ということです。
これは国民目線ではなく、国家目線に憲法条文並びに憲法全体がなっていることを意味しています。
では現行憲法と比較してみましょう。

日本国憲法第29条
財産権は、これを侵してはならない。

「保障する」と「侵してはならない」という言葉の違いは、「保障する」が権力者側から与えるものであり、「侵してはならない」は“奪う権限はない”と権力者の介入を突っぱねている点に明確な違いがあります。
つまり、「保障する」の権限は国家権力にあり、「侵してはならない」の権利は国民にあるということです。

国会について

《国会》

自民党草案
第四章 国会
(衆議院の解散と衆議院の総選挙、特別国会及び参議院の緊急集会)
第五十四条 衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。

〈衆議院の解散権を明確にした改正〉

現行憲法である日本国憲法には、“明確に”内閣総理大臣による衆議院の解散権を定める規定はありません。
では2026年2月の衆議院解散は憲法条文のどこを根拠にしているかといえば、第7条しかない。

日本国憲法第7条
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行う。
1 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2 国会を招集すること。
3 衆議院解散を解散すること。

7条がどこにあるかといえば「第一章天皇」の中にある。
つまり、天皇の国事行為を定めた条項にあるということであって、内閣や国会などの条項の中にあるのではない。
ただ、「内閣の助言」を天皇が受けた場合、天皇は衆議院解散を公布しなければならなくなる。

この内閣総理大臣による衆議院解散権を明確に定めようとするのが自民党改正草案の第54条である。この54条は「国会の章」の中にある。
この衆議院の解散権については、私は明確に反対する。
衆議院という地位は、たとえ弱小政党の議員だったとしても、たとえ左翼や野党の議員だったとしても、有権者、つまり国民が選んだことによる地位である。それを有権者が直接選んでいない内閣総理大臣が首を斬れるということは、ある意味では国民の意思を無効にすることになる。
この衆議院解散権はGHQが内閣の力を強くすることを目的としたものであって、決して民主主義を素直に実直に表すものではない。明治憲法では内閣に十分な力が持たされていなかったため、軍部の独走を許してしまった。その修正のためにGHQは内閣の権限を大きくした。
この衆議院解散については、最終編である【最終結論編】にて、私の憲法改正案で示すことにする。

《表決及び定足数》

自民党草案
(表決及び定足数)
第五十六条 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するとことによる。
2 両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることができない。

〈議決の問題〉

両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることができない
逆に言うと、「三分の一以上の出席で議決できる」ということ。
「三分の一以上の出席で議決できる」と「三分の一以上の出席で議決できない」では、伝わる印象が違う。こうした言葉選びによって、国民を説得しようとする自民党の苦労(?)が見て取れる。自民党の本音は、「三分の一以上の出席で議決できるから議決しやすい」です。
これは問題である。

衆議院及び参議院で議決を取る際に総議員の出席条件を「三分の一以上」とするならば、各議院で議席の多くを取っている政党及び連立勢力が議決権を持つことになる。これは裏返して言うならば、総議員の三分の二が出席しなくても議決することが出来るという意味であり、議決に関係する出席数が三分の一で、議決に関係しない出席数が三分の二と圧倒的に出席しない議員のほうが多くなる。これでは民意を反映することはできない。
要するに、自民党が多くの議席を取り、なおかつ連立を組むことで、議決しやすい憲法条文とすることを目的としており、民主主義を後退というよりも蔑ろにするものでしかない。
よくも、三分の一などと言えるな、と言っておく。
こうした条項を制定するならば、あくまでも民主主義制度の正しい理念に基づくべきであり、出席数を定めるならば三分の二以上とするべきだ。
国家の命運を決める「議決」を総議員の三分の一以上の出席で決めるということは、少数であっても法案を通せるということになり、民主主義制度と呼ぶに値しなくなる。

〈定足数の問題〉

比較のために現行憲法である日本国憲法を以下に示す。

日本国憲法第56条
両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
2 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

現行憲法では、「議事を開き議決する」際に総議員の三分の一を定足数としますが、草案では「議決」だけに三分の一の定足数を求めています。これでは法案などの審議を、総議員の三分の一に満たないひと握りの議員だけで行うことができるようになります。

自民党の憲法改正草案では、「議決」だけに三分の一の定足数を求めている。議決と議事を開くことを別にわけている。
これが意味することは、伊藤真氏が指摘しているように、「ひと握りの議員だけ議決できる」ことになる。
つまり、各議院で多くの議席を有する勢力が議事を開き、議決できるということになる。
これは民主主義の実質的な破壊に等しい。

内閣について

《内閣》

自民党草案
第五章 内閣
(内閣の構成及び国会に対する責任)
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長である内閣総理大臣及びその他の大臣で構成する。
2 内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない。

比較のために現行憲法である日本国憲法を以下に示す。

日本国憲法第66条
内閣総理大臣及びその他の大臣は、文民でなければならない。

「現役の軍人であってはならない」と「文民でなければならない」では大きすぎる違いがある。
現行憲法の「文民でなければならない」という意味は、完全に軍人を排除することであり、現役か退役軍人かを問わず、軍人経験者に権力を持たせないとするもの。これは明治憲法下で軍部が独走したことに対して、GHQが軍国主義を排除したものだが、平和を望むならば、平和を願い平和を実現できる“文民”が大臣の座に就くべきである。
自民党改正草案の「現役の軍人であってはならない」という文章は否定形だが、この否定形の文章にしたことが一種の騙し作用(錯覚作用)を起こすもの。「現役の軍人であってはならない」という文書は実は否定形と見せながら肯定形の文書なのです。言い換えると「現役の軍人でなければいい」ということです。つまり、退役した元軍人なら大臣に就くことができるということ。果たして退役した軍人は定年退職した軍人でしょうか? それとも若年で退職した軍人でしょうか?
自民党改正草案第66条2項は、各大臣だけではなく内閣総理大臣に軍人出身者が就任する道を開いたものなのです。
もし、戦争をするならば文民の内閣総理大臣よりも元軍人の内閣総理大臣のほうが戦いに熟知しているため、戦争を行いやすいということです。
この草案66条2項は、明らかに戦争を意識した条文だということです。

軍部が国政に介入して戦争につき進んだ過去の教訓から生まれた、シビリアン・コントロールの原則を骨抜きにするものです。

内閣総理大臣等の権利及び義務について

《内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務》

自民党草案
(内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務)
第六十三条 内閣総理大臣及びその他の大臣は、議案について発言するため両議院に出席することができる。
2 内閣総理大臣及びその他の国務大臣は答弁又は説明のため議員から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りではない。

〈各大臣には答弁又は説明の責務がある〉

第63条は1項も2項も問題がある。
まず1項の「出席することができる」という表現と「出席しなければならない」では、その意味するところがまるで違う。前者の場合は、その表現の言外の意として「出席しなくてもいい」という意味が含まれてしまう(解釈次第)。しかし、後者ならば当然ながら出席する責務となる。
これは民主主義を軽視するものでしかなく、逆に大臣の責務をあいまいにする意味が含まれていることになる。

また、第63条の2項は大問題である。
内閣総理大臣や国務大臣には、答弁又は説明をする責任(義務)がある。
よって、他の議員から出席を求められたときは、必ず出席しなければならない、とするべきであり、特例を設けるべきではない。
自民党改正草案では、「職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りではない」とし、国会の答弁又は説明をしなくてもいい状況を設定している。
これは現在の内閣総理大臣である高市早苗氏が行っていることであり、多くの国民から批判されていることである。この2項を憲法に明記すると、たとえ重要な議題であっても別の理由があれば(本当にあるかどうかは別問題)、内閣総理大臣と各国務大臣は答弁と説明をしなくてもいいことになる。
これはGHQ憲法が日本政治の中心は「国会」と定めたことに反発するものであり、国会軽視であり、しいては国民軽視でしかない。
こうした改正の一つひとつに自民党という政党の正体と狙いがある。

こうした条文を憲法に明記するならば、
「内閣総理大臣及びその他の国務大臣は答弁又は説明のため議員から出席を求められたときは、理由の如何を問わず必ず出席しなければならない。また、疑惑の追及、罪の追及等において不正がないならば、明確な証拠の提示をし、国民が納得するまで説明責任を果たさなければならない」とするべきです。

自民党改正草案の別な条文では「権利には責任が伴う」などと言っているが、内閣総理大臣及び国務大臣は、答弁と説明をする権利はあっても、理由があれば逃れられる(責任をとらなくていい)というのでは、自分勝手、身勝手も甚だしいと言える。
こうしたことは職権乱用でしかない。

地方自治について

《地方自治の本旨》

自民党草案
第八章 地方自治
(地方自治の本旨)
第九十二条 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自律的かつ総合的に実施することを旨として行う。
2 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。

比較のために現行憲法である日本国憲法を以下に示す。

日本国憲法第92条
地方自治団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

〈地方自治の本旨を削除した狙いとは?〉

現行憲法では、「地方自治の本旨」は、団体自治と住民自治により構成されると考えられてきた。自民党改正草案では、「地方自治の本旨」の定義からは、実質的に団体自治を除外している。
つまり、地方自治体の財産管理、行政執行権能を憲法上で削除したということであり、地方自治体の権限を弱体化させていることになる。国政に対する抑止力としての地方自治体の権能を減殺させようとしているのです。
現行憲法下での、公権力を国政と地方自治に分散して抑制と均衡を働かせ、国家権力の濫用を防ぎ、人権を保障するという団体自治の思想が排除されているのです。
これは実質的に、地方自治体を国政の支配下に置くための条文であり、国家権力を強大化させるための狙いが込められていると言える。

地方自治体を国から与えられた役割をこなす事務処理機関に押しとどめ、国政に対する抑止力として機能する余地を大幅に制限したといえます。このことは、地方自治体を中央政府の出先機関として、国の事務処理だけをこなす地位に貶めるおそれがあります。
草案は、現行憲法を、「国家が国民を支配するための道具」としての憲法に改変するものであり、「国家が地方を支配するための道具」としての憲法に改変するという発想は一貫しているとも指摘できます。

伊藤真氏が指摘しているように、ここに自民党改正草案の本質がある。
自民党改正草案の本質あるいは本性とは、国民に対しては「国家が国民を支配するための道具」としての憲法改変であり、地方自治体に対しては「国家が地方を支配するための道具」としての憲法改変することに他ならない。この結果、主権は国民から国家となり、自由な地方自治は消滅し、出現するのは巨大な権力を持つ国家権力となる。
決して、自民党改正草案で危険な改正案は「緊急事態条項」だけではないのです。
自民党改正草案全体が危険性をたっぷりと含んでいるのです。しかし、その危険性を読み解けない人が多く出ることを狙って草案を作成しているのです。

【自民党憲法改正草案編⑨】につづく

参考書籍

書籍名:『「憲法改正」の真実』
著者名:樋口陽一、小林節
出版社:集英社新書

書籍名:『【決定版】白熱抗議!憲法改正』
著者名:小林節
出版社:ワニ文庫

書籍名:『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』
著者名: 伊藤真
出版社: 大月書店

書籍名:『高市早苗という病』
著者名: 適菜収
出版社: ベスト新書

最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!


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