【車中生活者の中から逮捕者が出た】

アチキは胸を痛めているでありんす!

昨年、とても悲惨な事件(?)が起きました。
上毛新聞に掲載された記事によると、92歳の女性が車の中で死亡し、その娘が死体遺棄で逮捕された。
上毛新聞2019年8月21日

驚くことに1年以上も3世代の家族が車中生活(車の中で生活する)をしていたのです。
逮捕された女性は、92歳の母親と長男(27歳)の3人で1年以上に渡って車の中で生活をしていたという。

住む家がなく、しかたがなく車中生活をしていて高齢の母親が亡くなってしまったのです。
警察はそれを死体遺棄で逮捕したのです。
あきれたでありんす。

アチキは思うのでありんす。
なんで、逮捕する!
たしかに現行法によれば「死体遺棄」となるのだろう。
しかし、それはやむにやまれぬ状況だったからである。
好き好んで自分の母親の遺体をそのままにしたわけではない。
しかたなしにそうなっただけだ。
警察の血も涙も、情けもない処置に怒りを覚える!
(おそらくその後不起訴になったと思われるが・・・)

しかし、今回は警察を叱るのではなく「車中生活をする人たち」について考えてみたいと思います。

【車中生活をする人たちが急増】

生きる場所が車しかない、としたらあなたなら何を思いますか?

「道の駅」「深夜のコンビニの駐車場」などの駐車場の片隅でひっそりと生きている人たちが増えていることを世の中の人たちに知ってもらいたい、アチキはそう思うでありんす。

道の駅は通常24時間無料で開放されている場所です。
昼間は売店があり食事をすることも出来るし、トイレもあります。
つまり、長期にわたって滞在することが可能なのです。
ですから、住む家がなく車中生活をする人たちのほとんどが道の駅などで夜をあかします。

ですが、なにも好き好んで車中生活をしているわけではないのです。
車中生活をする人たちはすべて「やむを得ない事情を抱えている」のです。

道の駅は日本全国で1160ヶ所。
そのうち車中生活をする人たちがいると分かっているところは、335ヶ所。
(NHK調べ)

つまり、道の駅の3カ所に1ヶ所は車中生活をする人たちが存在するということです。
これは驚きです。

車中生活をする人たちで多いのが単身の男性。
しかし、中には女性や夫婦、子供連れも存在している。

この5年で警察が把握している車中生活者の死亡事例が12件もあるのです。

沖縄:男性60代
佐賀:男性40代
福岡:男性79歳
東京:男性40代
岐阜:男性80代
埼玉:男性50代
群馬:女性92歳(記事中に記載あり)
茨城:男性71歳
栃木:男性60~70代
福島:男性70代
(NHK調べ)

このデータを見る限り、車中生活の事例が全国規模で起こっていることが見て取れます。
いま、日本で異変が起きていると言わざるを得ない。

【なぜ車中生活をするのか?】

〈車中生活をすることになったきっかけは?〉

ある男性は、
「妻に先立たれトラック運転手の仕事を失った」ことがきっかけでした。
再就職できず、支払いが出来ずに住む家を出ざるを得なくなったのです。
所持金を計算し、車で寝泊まりすればとりあえずしばらくは生きていける、と考えたのです。
(この男性の場合は、年金の収入が月10万円です)

支出は、
ガソリン代=1万円
食費=6万円
携帯代・薬など=3万円
冷蔵庫がないため食費が通常よりかかってしまうのです。
それでもギリギリの生活です。

また、ある女性は夫婦間のトラブルで家に居られなくなって子供を連れて車中生活をするようになった。
インターネットカフェなどに行こうとしたそうですが、子供がいたら断れるので仕方なく車中生活をするしかなかったのです。

さらに若い男性の車中生活をする理由は、父親の虐待から逃れるため
この男性は父親と二人暮らしだったといいます。
車中生活を選択したのは、移動が簡単にできるので、父親に居場所を知られないからです。

結局、車中生活をする人たちは、自力で生活(自宅で)することが不可能となり、誰かの支援を受けることが出来ない状況に陥ってしまったのです。

【車中生活者を世間はどう見ているのか?】

こうした車中生活をする人たちを世間の人たちはどう見ているのでしょうか?
大半は「生活保護でも受けたらいいじゃないか?」と簡単に言います。

しかし、車中生活をする人たちが役所に行くとこうなります。
「車を持っているんでしょう。それならダメです!」

はっ!!
なんで??
車という資産があると生活保護を受けられないのです。
たとえ住む家がなくても、お金に困っていても。
おかしくないですか?

車中生活がまともな生活ですか?
住む家がないのに、仕事がないのに、生活保護が受けられないのですか?
それでは車の中で死んでもいいのですか?

役所とは何のためにあるのか?
役所は誰のためにあるのか?
あなたたちは誰のために仕事をしているのか?
アチキはそう強く言いたい!

「仕事を見つければいい」
「仕事をしていないから自業自得だ」
「自己責任でしょう」
たしかにそういった部分もあります。
でも、それだけでは解決つかないことがあります。

社会では、個人の力だけではどうすることも出来ないことがあるのです
人生のなかでは誰かの支援が必要なときがあるのです。

車中生活が長く続いてしまうとどうなるか?
社会から孤立してしまい、救済手段が取れなくなります。
また、単独で車中生活をすると「孤独」を抱えてしまいます
「孤独」ほど辛いことはありません。
「孤独」は精神を蝕んでいきます
生きる力を白アリが木造住宅を食いあらすように蝕んでいきます。

結局、多くの人が他人事と思っていたら解決はしないのです。

【車中生活者を無くすために社会がすべきことは?(ご意見番からのメッセージ)】

〈道の駅を管理する人たちへ〉

どうか車中生活をする人たちを追い出さないでください。
迷惑かもしれませんが、彼らには行くところがないのです。
どうかお願いします。

もし、道の駅を追い出されたら、彼らは自殺してしまうかもしれません。
そして、慈悲心があるならパンの1つでも恵んでください。

〈市長(町長)および市町村議員と役所で働く公務員たちへ〉

「役所」とは、市民(町民)の役に立つ所(ところ)という意味です

市役所(町役場)は市民(町民)の税金で運営されています。
市町村の役所や国の機関は市民・国民から強制的に税金を取り上げます。
さらに税金を払わなければ強制的に徴収、または資産の差し押さえをします。
(払えるのに税金を支払わない悪人はこのケースから除外します)

なのに、市民(町民)が生活に困っていて支援を必要とする状況のときに「助けにならない」か「少しだけ助けになる」といったことしかしません。

要するに、税金や保険料などは力づくで取り上げるが、いざ役所からお金を出す段階になると途端に手のひらを返したように「出し渋る」のです。
これを「お役所根性」と言います。

お役所のやることは義務的にやっている仕事であって、血の通ったものではありません。
真に市民(町民)の幸福を実現しようと情熱を持ってやっていません。

「仕事だからやっている」
「やると決まっているからやっている」
「ダメときまっているからダメ」
こうした発想と心構えでは市民(町民)は幸せになりません。

役所と市長(町長)、市議会議員(町議会議員)には、その町の人たちを幸福にする義務と責任があります。
それを実現してこその行政だということを忘れてはいけません。

「市民の幸福を実現する所」が市役所(町役場)なのですから、緊急的に援助が必要な人たちを救済するために臨時で条例を作るなどの救済措置を取ってください。

「前例がない」「規則では出来ない」
規則、規則・・・。
前例、前例・・・。

たしかに役所の仕事を無限に増やすことは不可能です。
ですが、役人の仕事ぶりは昨日と同じことを今日もするだけ、ということがほとんどで、創造的な仕事や市民救済への情熱が圧倒的に足りません。
市長を筆頭に考える必要があると、アチキからは言っておきます。

〈マスコミの人たちへ〉

この車中生活をする人たちを積極的に取り上げているマスコミはNHKと地方紙だけでありましょう。
民放のテレビ局などはバラエティー番組とドラマ、ワイドショー(古い言い方ですね)でほとんど構成されています。
社会で本当に必要とされている事案を積極的に取り上げていません。
積極的に取り上げているのは不倫や汚職、事件・事故ばかりです。

つまり、「不幸なこと」と「娯楽」に特化した営業体質を持っているのです。

なぜか?
それは民放テレビ局が営利団体だからです。
それが悪いとは言いませんが、マスメディアとしての使命を果たすことがあって営業利益が保障されるのです。
それを民放は忘れ去っています。

ネット全盛の時代に変って危機感を持っているでしょうが、まだまだテレビ局の影響は大きいのです。
もっと積極的に社会の問題を取り上げねばなりません。

マスコミに不足しているものは、マスメディアとしての「使命感」と「倫理(良心)」です
あるいは哲学、宗教心と言ってもいいでしょう。
つまり善なる心が不足しているのです。

マスメディアに従事している人たちは、もっと積極的に不幸な人を減らし、幸福な人を増やそうとするべきなのです。

〈車中生活をする人たちへ〉

「布団で寝たい」
「布団の上で死にたい」
こうした小さな幸福を願う人たちの願いが叶うようにこのブログを捧げます。

辛いでしょうが、踏ん張ってください。
諦めずに人生を立ち直してください。
恥やプライドを捨てて、必要な救済の道を掴んでください。

現状を肯定せずに、諦めずに、なかなか現状から抜け出せなくても、せめて心の中では別の人生を思い描いてください。
「思い」はいつか実現するからです。

〈ご意見番からのメッセージ〉

車中生活者を社会から無くすためには、当然ながら役所の緊急的な救済が必要です。
ですが、それだけではなくだめです。
世間の認識や意識を変えていくことが必須です。

車中生活者を「社会からのドロップアウトした人」と認識するのではなく、救済すべき対象と見ることが大切です。
そうした意識変革無くして車中生活者を減らすことは不可能です。

要するに、社会全体の大きな意識改革と日本社会全体の大きな外科的手術が必要なのです。

そのために役所、マスコミは動くべきなのです。

もちろん車中生活者をする人たちも自力で出来ることをやらねばなりません。
一番大切なことは「車中生活者から脱出する」という決意を持つことです
決して、辛くても現状のまま諦めてはいけません。

人間が人間である理由は、「助け合う精神」があるからだと思います。

世の中を悪くする一番の大敵は「無関心」です。

尾崎豊の歌ではありませんが、道端で転がっている人を軽蔑の目で見るか、一辺の情をかけるかで世の中が天国となるか地獄となるかが決まってくると思うのでありんす。

【世直しご意見番がもの申す!】

「市役所は、市民の幸福を実現する責任を負っている場所である。
一人でも不幸な市民がいるならば、あなたたちの仕事は不十分であると認識しなさい!」

「マスメディアの使命は、社会の問題点をあぶり出して世間に提示し、社会が問題解決に乗り出すように促すことである。マスコミよ、その使命に目覚めてくれ!」

「小さな希望でもいい。車中生活以外の生きる希望を持ってください」

「いまがどんなに辛くても、いつかきっと良いことがやってくると信じてください。なぜならアチキもそう思って生きているからです」

【おまけ】

《ことわざ》

「求めよさらば与えられん」

*他人から与えられるのをただじっと待つだけではなく、自ら積極的に努力しなければ良い結果は得られないという意。
(大きい活字の故事・ことわざ辞典)

〈ご意見番からのお知らせ〉

「世直しご意見番の世間にもの申す!」では、ご意見番に「怒って欲しいこと」「取り上げてもらいた事例」「誰かに訴えたい気持ち」などを募集しています。
あなたに代わって「世直しの提言」「怒りの代弁」「問題提起」をいたします。
ご要望をお待ちしています。

お読みくださって、うれしうござんす。