【東京裁判史観編】のはじめに
日本がディープステートの支配から脱するために必要なことは?
日本国が真に独立国家として歩み出すために必要なことは?
日本国民が本当の意味での主権者として民主主義国家の繁栄を築くために必要なことは?
日本国民が自由で豊かな生活を送るために必要なことは?
実質的に崩壊している民主主義および国民主権を取り戻すために必要なことは?
近未来に近づいている日本国消滅および日本民族滅亡を阻止するために必要なことは?
上記の問いに対する答えがおわかりでしょうか?
答えは、「東京裁判史観=自虐的史観=日本国(人)犯罪国家史観」からの脱却です。
これなくしてアメリカの属国支配から完全独立国家になることも、ディープステート(闇の世界権力)による日本国消滅+日本民族滅亡を阻止することは不可能です。
「東京裁判史観=自虐的史観=日本国(人)犯罪国家史観」こそが、GHQ(米国)が日本国(日本人)に仕掛けた「隷従の鎖」なのです。この鎖を解き放たねば、真の自由はないのです。
多くの日本人が抱いている平和論はその根底(前提)に、日本は犯罪国家であるという価値観が存在しています。ですが、それは押し付けた価値観であり、間違った歴史観であり、日本国を米国に隷従させるための鎖なのです。
なぜ自民党が「国民が望んでいない」にもかかわらず憲法改正をしようとしているのかと言えば、主(あるじ)である米国の手足となっているからに他なりません。
憲法改正をすることで日本は戦争が法的に可能となり、その反対に国民の「主権」「自由」「人権」が奪われようとしているのです。
その奥にあるものとは、ディープステート(闇の世界権力)によるニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序=政界政府樹立)の最終段階実施作戦なのです。
「黒い貴族」とも呼ばれる彼らはいよいよ最終段階を完成させようとしているのです。
自民党の後ろには米国がいます。その米国という意味は「ディープステート(闇の世界権力)が動かす米国」という意味です。
トランプ大統領はいったいどうしてしまったのか?
トランプはディープステートと戦っていたのではないのか?
トランプは戦争をしないといったのになぜイラン戦争を始めたのか?
これはトランプを評価していた人たちにとっての「謎」であると思われます。
日本国内で、トランプに関しての評価(批判)に「トランプはユダヤ人(ディープステート側)」「ディープステートに寝返った」などがありますが、この問題に関して別の独立した記事を書くことを予定しています。
それを読めば、「トランプの謎」がお分かりかと思います。
おそらく日本で正確に「トランプの謎」を理解している方は、私が知るところ皆無だと思われます。
この件に関して興味がある方は、こぞって予定している記事をお読みください。
必ず謎が解けます。
なお、当初予定していた【大東亜戦争の歴史的背景編】【新憲法制定過程編】【日本国憲法の正体編】は割愛致します。理由は、自民党が憲法改正を実現する前に『最終結論編』を出したいからです。
参考書籍は、『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』、『抹殺された大東亜戦争』です。
日本犯罪国家論(日本侵略国家論)を完全否定する!
《悪質な侵略国家は日本と白人国家、どちらだ?》
あなたはいまだに日本国はアジア諸国を侵略した犯罪国家であると思っていますか?
だとしたら、世界で起こる出来事の真実は見えないでしょう。
なぜならば、あなたはいまだに洗脳状態にあるからです。
洗脳された状態で真実を見抜くことはできず、善悪も正しく判断出来ません。
問題は、あなた自身の中にあります。
もし一行目の状態であるならば、あなたは学校で教わったこと、日本社会で常識と言われていることを単に鵜呑みにしているだけであって、戦争に関する勉強や真実を探求することをしていないと思われます。そうでないならば、間違った思想を内部に入れてしまったのでしょう。
私が言いたいことは、「日本=戦争犯罪国家」という価値観は植えつけられたものであるということです。
では、誰が植えつけたのかと言えば、直接的にはGHQですが、真犯人はその奥にいるディープステートと呼ばれる闇の世界権力者たちです。
現代社会にもいまだに常識とされている「日本犯罪国家論」または「日本侵略国家論」の最大の震源地が「東京裁判」であることは間違いありません。
人々は「裁判」という名称に騙されています。
あなたはこう考えていませんか? 「裁判」であるから公正かつ真実によって善悪が裁かれたと。
こうした言葉のトリック(騙し)を使うのが白人国家であり、その本体として「闇の世界権力(黒い貴族)」がいるのです。
彼らは必ず「騙し」を使います。ここで言う騙しの一つが「嘘」です。
彼らは必ず自分たちにとって都合の悪い「真実」を隠します。真実を隠すと同時に「嘘の物語」を信じ込ませます。
つまり、真実と嘘を入れ替えるということです。言いかえると正義と悪をひっくり返して逆にするということです。
彼らにとっての「真実」は本当に正しいかどうかではなく、自分たちにとって都合がいいかそうでないかという判断によって形成されるものです。
《間違った平和論と正しい平和論》
〈歪められた平和論〉
あなたは東京裁判の内容を知っていますか?
東京裁判の法廷では、連合軍側の悪行には一切ふれさせず、日本のアジアでの戦争だけを犯罪だと言い立て、日本は悪辣な侵略国家だったという贖罪意識を、日本人に刷り込もうとしました。
東京裁判史観によって、当時の日本の何もかもが悪くて、戦勝国は過ちを犯さなかったという歪んだ思想が日本社会の底流に流れています。
米軍(米国)が行った焼夷弾による民間地域への爆撃、原子爆弾による民間地域への爆撃、どちらも民間人を狙ったものであり、戦時国際法違反であり、その本質とは「大量虐殺」に他なりません。
東京裁判史観は、日本人を根底から狂わせた根源的なものです。
東京裁判とはWGIPの一丁目一番地であり、日本人への洗脳工作の最重要作戦なのです。
この認識から導き出される思考は“特定の平和論”を否定します。
その否定される平和論とは、「日本は犯罪国家だったから戦争をしてはいけないという平和論」であり、「日本は侵略国家だったから二度と戦争をしないという平和論」です。
間違えて欲しくないのは、私は戦争を肯定しているのでも、戦争に突き進むことを求めているのでもありません。世の中が平和であることに越したことはないですし、戦争が起これば自分を含めた多くの人たちが命を落とすでしょう。貧困に苦しみ、自由と人権を踏みにじられることになるでしょう。だから戦争をしないことに越したことはないのです。
しかし、多くの日本人が勘違いしていることは「平和」とは日本国だけ、あるいは日本国民だけの意志で決まることではないということです。
日本人が知らなければならないことは、「国際政治上、平和は約束されたものでない」ということであり、「日本国内での平和論は世界(他国)には通用しない」ということです。
私は自民党を擁護しているのではありません。むしろ逆の立場であり、「戦争準備内閣」である高市早苗内閣に危機感を抱いている者です。
戦争とは国家と国家の争いごとですから、こちらが「平和」を望んでも、侵略してきたり、戦争になるように仕掛けられたりすることはあるのです。ですから真に平和を作り出すためには自国だけでは足りず、世界各国の国家が等しく「平和」を心から望むことが必要なのです。しかし現実は戦争を企む者や侵略の機会を虎視眈々と狙っている国家が存在しているのです。なぜかと言えば「ディープステート」と呼ばれる闇の世界権力者たちが戦争を計画し、現実に引き起こすからに他なりません。彼らの別名は「戦争屋」なのです。
何が言いたいかというと、自国の政府に「戦争をするな」と訴えることは主権者としての権利であるので当然ですが、それだけでは真に平和は訪れないということです。(ただし、まずは国内の売国奴を排除することが必須)
日本を狙ってくる潜在的侵略国がいなくならなければ、いずれ日本は戦争に巻き込まれるということです。
〈国家防衛論の個人版〉
どうも国家論で言うと理解できない人が多いので、個人論で例えます。
あなたには家族がいます。あなたは喧嘩が嫌いで平和主義者です。あなたには配偶者とお子さんがいます。
ですが最近、同じ街に異文化を持つ外国人が大勢移住してきました。
もしあなたの家に移住してきた外国人が泥棒(強盗)として侵入してきたらどうしますか?
話し合いで解決する?
お金を差し出す?
あなたの奥さんや娘さんに侵入者が乱暴(レイプ含む)しようとしたらあなたはどうしますか?
ナイフ等の凶器を持っているからおとなしくしている?
人の子の親であれば、立ち向かって阻止するのではないでしょうか?
父として夫として、または家族として命を投げ出すのではないでしょうか?
その際に、あなたが暴力を振るわないで相手を制することができるでしょうか?
あなたが武道や格闘技の経験者なら可能でしょう。しかし、そうした人ばかりではありません。
お金を取られ、娘さんが暴行されるだけで済むでしょうか?
家族全員殺されるかもしれません。
もちろん複数の強盗犯に武術や格闘技の経験のない人が立ち向って勝てる見込みは限りなく低いでしょう。それでも愛する家族を守るためならば、自分の命を投げ出して戦うのではないでしょうか?
実はこれが国家防衛論の個人版なのです。
上記の内容の「個人」を「国家」に置き換えてみてください。
一定数いると思われる間違った平和論者は、個人のことなら理解できるが、国家の話になると違った考えになる。不思議で仕方がありません。
これは戦い(戦争)を進めているわけではありません。
永世中立国であるスイスは軍事力を持っていないかと言えば、そんなことはなりません。自国を防衛するための軍事力は所有しています。
つまり、いざとなったら発揮できる「力」を持ってはいるが、自ら先にその「力」を使って何かを奪ったり、傷つけたりはしない。だが、こちらの何かを奪いに来るならばいつでも戦う力を発揮する覚悟はあるということです。
これが国際社会における平和論です。平和を維持するためには戦う準備はしてあるということです。
(間違って理解する人がいると思われるので、補足しますが、これは自民党が主張している政治論と同じではありません)
〈問題の本質とは?〉
こうしたことの本質とは何か?
他人(他国)が誰か(他国)の自由や権利を奪うことは悪であり、自衛することは正当な行為である、ということです。
また、法もこれを裏付ける必要があるのです。
ですから正当防衛ということが法秩序の範囲で許されるのです。
では個人ではなく国家に話を置き替えるとどうなるか?
答えは簡単ですね。「国家防衛」となります。国家防衛をするために必要なものはなんでしょうか?
軍隊(軍事力)以外にありませんね。
このことから導き出される思想とはなにか。
軍事力=戦争、軍事力=侵略という思想は間違いだということ。
この問題(根本的原因)は2つ。
平和を望む国家に対して侵略を仕掛ける外国の存在。
もう一つは、自国を戦争に駆り立てる指導者(主に政治家)の存在。
ですから、真に平和を望むならば、軍事力を持つことを否定するよりも、平和を望み、なおかつ国民を大切にする権力者を選ぶ、ということです。逆に言うならば、国民が望まない戦争を仕掛けたり、戦争準備を勝手に進めたり、同盟国の言うなりになって戦争に自国を導く愚か者で強欲な権力者を排除することです。
具体的に指摘します。
高市早苗内閣は「戦争準備内閣」であり、国民のことなど微塵も考えていないし、戦争をすることを望んでいるようにしか見えませんし、米国の言い成りになっています。
ですから、具体的な平和論を言うならば、軍事力を否定することよりも、戦争を肯定する政治家、民主主義国家でありながら国民の声を無視する政治家、情報操作によって国民を騙す政治家を排除することこそ正しい平和論から導き出された国民自衛の行動となるのです。
憲法論の話で言えば、憲法改正自体はフラットな問題ですが、何が問題かと言えば「どんな内容の改正なのか」ということに尽きます。そして「どんな内容の改正なのか」という問題は、「どんな政治思想を持つ政治家または政治勢力なのか」ということに突き当たるのです。
つまり、根源の問題とは「誰が」ということなのです。
この「誰が権力を持っているのか」ということこそ、国民が最優先で考えるべき問題なのです。
国民が望んでいないにもかかわらず、憲法改正を言い出す政治家または政党とは、民主主義国家の政治家(政党)ではありません。そうした存在は必ず内部に独裁的気質を持っています。
日本国憲法において、第99条によって国会議員等は憲法を尊重し擁護しなければならないと定められています。これは法的拘束力があるということであり、これに反すれば違法行為となります。
高市早苗政権およびそれに賛同する政党は、みごとに違法行為を肯定し、違法行為を犯そうとしているのです。
大手メディアでは絶対にこうした問題を取りあげませんが、これは重大な問題なのです。
何が重大かと言えば、「民主主義国家が崩壊する」ということです。
もう一度言います。
国民の多くが憲法改正を求めていないにもかかわらず、政治権力側から憲法改正を身勝手に進めるということは、すでに民主主義国家への叛逆であり、民主主義国家そのものが崩壊することに他ならないのです。
彼らの手口は、「インチキ世論(意図的に作られた世論調査結果)を提示して、ミスリードする」です。
決して大手メディアや政治家から発信される世論調査結果を信用してはいけません。
これほど重大な問題はありません。
この問題の本質とは「国家反逆罪」に他なりません。
政治における究極の幸福論とは、「政治権力(実質的権力)を“誰が”握るのか」ということに尽きます。
徳と慈愛、高度な判断能力を持つ人物なのか、支配欲と野望、悪魔のような狡猾さを持つ人物なのか、またとても一国の舵取りなど任せられる能力など持ち合わせない平凡過ぎる凡人なのか、ということによって一国の運命も、国民の幸福も決まってくるのです。
東京裁判は「裁判」にあらず!
《東京裁判は「裁判」にあらず!》
〈“事後法”による裁判は法秩序に反する野蛮なリンチ行為〉
人は、法律によってのみ罪に問われ、有罪だとしても”法によってのみ刑罰が決められる”という「罪刑法定主義」や、“罪を問われる行為を行った時点で有効であった法のみによって裁かれる”という「刑罰の不遡及」という、すでに文明国家の間では当然視されていた「法の支配」を、GHQと極東国際軍事裁判法廷は平然と踏みにじった。
ここが東京裁判自体を判定する最重要論点です。
詐欺師は前提で騙しますが、東京裁判も前提に重大な誤りがあるのです。
上記で述べたように文明国であれば、近代法を持つ国家であれば絶対にやってはいけないことがあるのです。
それは“定められた法に従わない”ということと、その逆に“その時点(犯罪や事件等が起こった時点)で定められていなかった法を裁判をするために後から施行し、出来事の後から施行した法によって裁く(裁判をする)”ということです。
これは近代法の理念や原則に真っ向から逆らうものであり、その本質は独裁権力または絶対権力に他ならない。
東条英機が語ったように、東京裁判とは「勝者による復讐劇」なのです。
※補足説明:『東京裁判』とは正式名称は『極東国際軍事裁判』
〈東京裁判は「裁判」にあらず!〉
東京裁判がいかにインチキだったのかを示す証拠及び根拠があります。
戦争とは国家と国家の武力を用いた争いごとであり、当時の国際法には「戦争指導者という個人」を裁く法は存在していませんでした。
そもそも国際法の対象は国家であり、個人ではありません。
多くの人が勘違いをしているようですが、国際組織や国際法が主権国家の上位に存在するわけではないのです。国際法の多くが「条約」であり、条約や合意などは批准するかどうかの権限は国家にあるのであって、“無条件に国家を縛るものではない”のです。
具体的な事例をあげれば、WHOや国連から脱退してしまえば、WHO憲章や国連憲章の効力は脱退した国家に対しての拘束力は発生しません。
条約とは何かといえば、複数の主権国家同士の「約束事」なのです。
約束事ですから、それを勝手に破ることもあるわけです。
国連は、地球統一政府の前身組織として闇の世界権力が作ったものですが、現時点では地球を統一する権力(権限)を持っていません。
現時点での、地球上に存在する最大最高の組織とは独立国家(主権国家)しかないのです。
ちなみに、「ポツダム宣言」も国際法の範疇に入ります。
ですからポツダム宣言は日本国だけではなく連合国(米国、英国、ソ連、中国)にも適用されるのです。(実際には、米国=GHQはポツダム宣言の条規を完全に破っていますが)
現代に生きる日本人に聞きます。
あなたはA級戦犯~C級戦犯という言葉を聞いたことがあるはずですが、それを認めていますね?(認めているという意味は、それが間違っていると批判していないということ)
「A級戦犯などという法秩序はない。だから東京裁判はインチキだ」と言えないようならば、あなたの価値観の中にGHQによる洗脳思想が入り込んでいるということになります。
では、東京裁判がいかにインチキだったのかを示す具体的な証明をします。
1.A級戦犯とは、その時点での国際法には存在しなかった「人道に対する罪」と「平和に対する罪」で裁かれた(訴追)人たちのこと。これは『時際法』の原則を見事に破った行為。
2.A級・B級・C級の戦犯という呼称は刑の重さではなく、犯罪の内容(構成要件)による仕分けによっている。
3.インドのパール判事、オランダのレーリンク判事、フランスのベルナール判事などが異議を唱えている。
東京裁判とは、初めから結論が決まっていた偽裁判劇(復讐劇)でしかないのです。
東京裁判の大前提とは「日本だけが、議論の余地なく悪い」というものです。
つまり、「日本だけが、議論の余地なく悪いと世界中に認識させ、将来に渡る烙印を押すための手段(作戦)が東京裁判であった」ということなのです。
◆補足説明:『時際法』とは、ある行為が適用される法的効果は、訴訟上の請求がなされた時点の法によってではなく、行為があった時点の法によって決定されるべきという原則です。つまり、行為が起こったその時点で存在しない法で裁いてはならない、ということ。
東京裁判の判事の中で国際法の専門家は唯一インドのパール判事だけです。
パール判事は、東京裁判の被告は全員無罪だと論じています。
重要な点は、東京裁判における判事がパール判事を除いて誰も国際法の専門家がいなかったことです
『東京裁判(極東国際軍事裁判)』とは、近代法が確立した法廷ルールを無視した、占領国による復讐劇(リンチ的行為)でしかないのです。
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
ウィリアム・O・ダグラス(米連邦最高判事)の言葉
極東国際軍事裁判所は、裁判所の設立者から法を与えられたのであって、申立人の権利を国際法に基づいて審査しうる、自由かつ独立の裁判所ではなかった。それゆえに、パル判事が述べたごとく、極東国際軍事裁判所は司法的な法廷ではなかった。それは政治権力の道具に過ぎなかった。
米国の連邦最高判事であったウィリアム・O・ダグラス氏の語った内容に、東京裁判の根源たる過ちがある。
ダグラス氏の言葉を借りて言うならば、東京裁判(極東国際軍事裁判所)とは、裁判所の設立者から法を与えられた(東京裁判をするためだけの条例をつくった)のであって、申立人の権利を該当の“事案が起こった時点の国際法”に基づいて審査するものではなく、また自由かつ独立した裁判所ではなく、近代法の秩序に基づいた司法的な法廷ではなく(法の原則に基づいたものではなく)、明らかに戦争の勝者が敗者を裁く政治権力の道具に過ぎなかった。
司法的裁判ではなく、政治的な目的のための裁判であるため、法の秩序に反し、それ自体が「人類に対する罪」と言える。
※補足説明:「東京裁判をするためだけの条例をつくった」とは、『極東国際軍事裁判所条例(別名「極東国際軍事裁判所憲章」)』であり、マッカーサーの名で公布されている。
なお、マッカーサーには、上記の条例によって「裁判の再審査権(減刑権)」が与えられていたが、マッカーサーはその権限を行使することはなかった。
《東京裁判の隠された狙いとは?》
極東国際軍事裁判(東京裁判)は名称に「軍事」とあるように、軍事裁判の性質を備えた裁判である。
では、なぜ軍事裁判をする必要があったのか?
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
チャールズ・A・ウィロビー将軍の回想録より
「GHQの基本方針は、日本の民主化にあった。そのための第一歩は、ポツダム宣言にもられた戦争が戦争犯罪人を処刑し、戦争協力者をすべての公職から追放することであった」
上記の内容には3つの論点がある。
ウィロビー少将(GHQ参謀第二部)が言っている「日本の民主化」とは、「天皇制の廃止」を真の目的としたものに他ならない。さらに突っ込むと、その具体的内容が主権を天皇から国民に変更すること。それがGHQの考える“民主化の意味”なのです。これは革命に匹敵する出来事と言える。
事実、憲法制定の議会でGHQ草案(後の政府案)修正をする際に「国民主権」という文言を日本政府側が「至高の存在」と日本語化(翻訳)しようとしたが、GHQ側はそれを絶対に許さなかった。
彼らは日本軍の強さが天皇を中心とした政治体制(国家体制)、天皇への崇拝による挙国一致の国民性にあると見抜いた。だからこそ天皇制を破壊する必要があると認識した。そのための武器こそが「民主化」であった。
2つ目として、なぜ「戦争犯罪人を処刑したのか」ということは、表現として正直な言い方をすれば、「日本国の指導者を戦争犯罪人としたかった」ということが本音であろう。
ポツダム宣言とは、占領政策および戦後社会の青写真でもあるので、「A級戦犯」という当時の国際法には存在しない法秩序であるにもかかわらず、なぜA級戦犯を設定し裁いたのかと言えば、どうしても“日本国を戦争犯罪国家とする世界共通の歴史認識とする狙い”があったと言える。これは一種の日本封じ込め作戦なのです。
3つ目に、「戦争協力者をすべての公職から追放した」ということは、戦後日本を再構築するためには、当時の保守層(現在で言うところの右翼)または天皇中心主義の人間を排除することによってGHQの描く戦後日本を実現しようとしたと思われる。これが意味することは、戦前のような、今でいうところの右翼的人材から米国が望む人材への入れ替えたということ。
これによって戦後の日本社会に“左翼”が大きな影響力を持つこととなった。
なぜ左翼かと言えば、左翼は天皇の存在を否定している人たちだからに他ならない。
ウィロビー少将の発言の中に潜んでいることから見えるのは、「日本国弱体化」である。
日本弱体化こそがGHQの最大の狙いであり、日本弱体化のために民主化したと言える。
《東京裁判の主導権争い》
〈東京裁判における連合国側は一枚岩ではなかった〉
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
A級戦犯容疑者の選定を完了した後、連合国側では日本の敗戦に際して『日本の戦争指導者と戦争犯罪を処罰する方針として、ニュルンベルク裁判と同じく、「通例の戦争犯罪」に加えて、侵略戦争の計画・準備・遂行などを犯罪とする「平和に対する罪」、戦前または戦時中の一般住民に対する非人道的行為を犯罪とする「人道に対する罪」という戦争犯罪概念を用い、国際裁判方式を取る方式では基本的に一致していた』が、連合国の間では、極東国際軍事裁判所条例を公布、判事および検事の任命など裁判所の設置、運営に関する主導権をアメリカが握ったことで軋轢が生じていた。
ほとんどの日本国民が知らないと思われることがあり、GHQとは連合国の組織であるが、連合国が一致した見解で統一されていたわけではなく、実際のGHQとは米軍による組織であり、米国と米国以外の国家との間で主導権争いが生じていた。だが、やはり現場は強い。実際に現場(日本)に乗り込んで実行部隊として日本を支配しているGHQは極東委員会や米国国務省などの意向に背いて既成事実を重ねることによって、占領政策を進めていった一面がある。
だが、東京裁判だけはGHQの思うようにはいかなかった。これは東京裁判に関してGHQ司令官(占領地最高責任者)であるマッカーサーの権限が限定されたものであり、マッカーサーの思うままに進めることができなかったことが要因となっている。
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
既に、アメリカ側では総裁判所の設置と施行規則、戦争犯罪概念に関する規定の政策は、連合国間の協定よりも連合国軍最高司令官のマッカーサーの決定で行うという方針を固めており、これに対して特に連合国側のオーストラリアとソ連が強く反発したが、アメリカが戦犯容疑者の逮捕をはじめ規制の事実を次々と重ねていくことで、圧倒的な優位を示すアメリカの糸が貫徹されていったのである。
連合国内で「戦争裁判のあり方をめぐって東京裁判の主導権争い」に既成事実という強硬手段を取ることでアメリカが主導権を掌握したが、それは米国政府と現地占領軍責任者であるマッカーサーとの軋轢を生むこととなった。
〈真珠湾攻撃は米国が仕掛けた罠〉
マッカーサーが東京裁判をどのように考えていたかというと、A級戦犯概念を用いず、B級戦犯概念(通常の戦争犯罪=当時の国際法に照らして戦争犯罪を処罰すること)で東條らを裁きたいと執念を燃やしていた。
しかし本国政府は、東条らを含めてA級戦犯は国際裁判で裁くという方針を伝えていた。
レーリング裁判官が後に著書の中で以下のように語っている。
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
レーリング裁判官の言葉
アメリカが日本にたいして大裁判を開くように強調したのは、本来、真珠湾攻撃と結び付いていた。だが、ニュルンベルクの先例ができたため、日本の指導者たちを平和に対する罪で訴追することが避けられなくなったのであった。日本に対する訴因を真珠湾攻撃に限定したならば、ニュルンベルクの諸原則は否認される結果となっていただろう。
アメリカがなぜ軍事裁判(国際裁判)にこだわっていたのかと言えば、その根源に「真珠湾攻撃」という国際法に反する卑怯なやり方にあるとされている。
だが、2026年現在では、「真珠湾攻撃は、アメリカが仕掛けた罠であった」ということは真実として調べられていることであることを言っておく。これは知る人ぞ知る歴史的真相なのです。
ルーズヴェルト大統領は、日本の奇襲攻撃に関する暗号を解読していて、真珠湾が攻撃されることを事前に知っていた。知っていたがそれをアメリカ国民とハワイ湾にいる米海軍に知らせずに、わざと奇襲攻撃を受けたという事実を意図的に作りだした。
つまり、真珠湾攻撃=卑怯な奇襲攻撃という非難は本来、日本に対して主張することができないものであり、米国政府は自国の国民に対して裏切り行為をしたことこそが犯罪行為であると言うことができる。
〈東京裁判におけるマッカーサーの権限とは?〉
東京裁判に関するマッカーサーの権限とはどのようなものだったのか?
極東委員会が作成した政策文書である『SWNCC57/3』には、マッカーサーに対して以下の権限を与えている。
『SWNCC57/3』
①「特別国際軍事法廷」の設置権
②裁判手続き規定の制定・承認権
③検察機関の設置権と各国代表検事の任命権
④判決の執行義務、判決の承認・軽減・変更権
さらに天皇に関して、特別な指令があるまで天皇に対して『いかなる措置も講じない』ように命じている。
著者の吉本氏は、「57/3は、合衆国主導論が顕著に反映されている」と述べている。
つまり、マッカーサーには東京裁判に関する権限が与えられているが、それは完全な自由裁量権ではなく、『SWNCC57/3』とはアメリカ政府の権限であり、よってマッカーサーをも誓約するものであるということ。
現代に生きる日本国民は、占領政策と聞くとGHQを思い浮かべるだろうが、GHQとは独立した組織ではなく、連合国の一機関であり、上位組織として極東委員会、対日理事会(東京に設置)がある。だが実質的に主導権を握っていたのはアメリカ政府だということを理解するべきだろう。このことが戦後から現代に続く日本社会の在り方に深く関係するからだ。
アメリカ政府の政治顧問のウィリアム・シーボルトはこのことについて、マッカーサーの権限が「巨大で絶対的な権力」と言っているが、実質的にマッカーサーに与えられた権限のほとんどは“名目的”なものでしかなかった。
だからこそ、A級戦犯について判決の“軽減”または“変更”をしなかった。マッカーサーの本音を言わせれば、A級戦犯はすべて無しにしたかったはず。
それができる権限は「東京裁判所憲章(条例)」によって与えられていた。法の秩序が優先するならば、刑の軽減は可能だった。しかし、実態は「法の秩序」よりも別の力学が優先されたということであり、その力とは「政治の力」に他ならない。
マッカーサーの置かれた立場とは、連合国最高司令官とアメリカ太平洋陸軍司令官を兼務するものであり、連合国最高司令官としては極東委員会の影響下(権限)のもとにあり、アメリカ太平洋陸軍司令官としてはアメリカ政府の合衆国参謀本部、陸軍参謀長、陸軍長官、大統領などの命令に従わねばならない立場だった。
書籍『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』より引用
マッカーサー回想記より
その後、私は、国際軍事裁判の実際の裁判手続きに関するあらゆる責任からはずされ、裁判は1946年(昭和21年)1月4日東京で開始された。
裁判は連合国各国政府によって指名されたすぐれた裁判官で構成されていた。裁判を受ける者たちを選び出すことも私の責任ではなく、ただ裁判の最終的な判決を伝えてそれを実行することが私の義務だった。
コートニー・ホイットニー准将回想記より
マッカーサーには、裁判にかける者を選定する義務さえなかった。彼の義務は、ただ法廷の最終判決を伝達し、刑を執行するだけであった。
マッカーサーの権限は、占領後開始直ぐの9月29日に「降伏後における合衆国の初期対日方針」によって、GHQの対日占領政策は、ワシントンの統合参謀本部から発令される指示によるべきことが明確に示され、ある意味では「マッカーサーはワシントン政府の占領政策実施のための道具」でしかなかったと言える。
東京裁判にマッカーサーの権限がおよばなかった理由として、「極東国際軍事裁判所がGHQの内部組織でも下部組織でもなかった」からと言える。
これはある意味では司法の独立とも言えるが、はたして東京裁判が司法として独立した機能をはたしたかと言えば、それは「NO」だ。東京裁判自体が「法の原則(法による秩序)」に従うのではなく、「政治力学」によるものでしかなかった。これは政治権力における“誰が”支配権を持つのかという問題に他ならない。
要するに、現場の指揮官であるマッカーサーの采配に任せるのではなく、本国(米国)政府が直々に支配権を行使するという構図となっていたということに他ならない。
【東京裁判史観編②】につづく
参考書籍
書籍名:『東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実』
著者名:吉本貞昭
出版社:ハート出版
書籍名:『抹殺された大東亜戦争』
著者名:勝岡寛次
出版社:育鵬社
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!