これまでの記事
【日本国憲法の源泉編①】~マッカーサー草案へのプレリュード(前奏曲)~
【日本国憲法の源泉編②】~マッカーサーの日本改造プログラムとは?(2)~
【日本国憲法の源泉編③】~日本国憲法の「原液」とは?~
マッカーサー・ノートについて
《GHQ民政局による憲法改正草案作成のための組織体制》
GHQ民政局25人のメンバーによってGHQ草案と呼ばれる憲法改正草案が密かに起草された9日間を参考書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』から見ていく。
草案作成の組織体制は以下の通り。
最高責任者としてマッカーサー元帥が最終的権限を持つトップに位置し、その下に民政局長ホイットニー准将が統括管理者として位置する。
組織は2つに分かれる。実際に起草する各小委員会とそれをまとめる運営委員会。
「運営委員会」のメンバーは、チャールズ・L・ケーディス陸軍大佐、アルフレッド・R・ハッシー海軍中佐、マイロ・E・ラウエル陸軍中佐、そして秘書役のルース・エラマンの4名。
この中でケーディス、ラウエル、ハッシーの弁護士三銃士と有能なエラマンの4人で全体を統括する運営委員会を構成し、その下に7つの小委員会を置いた。
追加情報をつける。ケーディス大佐はスペイン系のユダヤ人でニューディーラ。
日本人の憲法研究会のメンバーやリベラルなグループと、GHQ民政局の橋渡しをしたのがラウエル中佐。
小委員会は憲法草案の専門分野に分かれている。
「立法権に関する小委員会」は、フランク・E・ヘイズ海軍中佐、ガイ・J・スウォーブ海軍中佐、オズボーン・ハウギ海軍中尉、カート・ルード・ノーマンの4名。
「行政権に関する小委員会」は、サイラス・H・ミラ、ジェイコブ・I・ミラ、ミルトン・J・エスマン海軍中尉の3名。
「人権に関する小委員会」は、ピータ・K・ロウスト陸軍中佐、ハリー・エマーソン・ワイルズ、ペアテ・シロタの3名。
「司法権に関する小委員会」は、マイロ・E・ラウエル陸軍中佐、アルフレッド・R・ハッシー陸軍少佐、マーガレット・O・キーニの3名。
「地方行政に関する小委員会」は、セシル・G・ティルトン陸軍少佐、ロイ・L・マルコム海軍少佐、フィリップ・O・ストーンの3名。
「財政に関する小委員会」は、フランク・リゾー陸軍少尉の1名。
「天皇・条約・授権規定に関する小委員会」は、リチャード・A・プール海軍少佐、ジョージ・A・ネルソン陸軍中尉の2名。
その他に「秘書」として、シャイラ・ヘイズ、エドナ・ファーガソンの2名。
「通訳」として、ジョセフ・ゴードン陸軍中尉、I・ハースコウィッツ陸軍中尉の2名。
なお、「前文」は運営委員会に属するハッシーがひとりで受け持つこととなった。
各小委員会と日本国憲法の章立てを比べて見れば分かると思うが、日本国憲法章立てとGHQ民政局の憲法改正の組織が対応している。
また、手続き上、明治憲法の改正としなければならなかったため、日本国憲法の構成は明治憲法を下敷きに構成されている(ケーディス証言)。
《2月3日(前日)》
〈日曜日の緊急呼び出し〉
1946年2月3日は日曜日だった。
GHQ民政局のメンバーに対し、民政局長ホイットニー准将からの呼び出しがあった。
呼び出されたメンバーたちは、連合軍総司令部が置かれていた第一生命ビルの大部屋(行政部と朝鮮部が入っているフロア)に集められた。
集められたメンバーを前にしてホイットニー准将が口を開く。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
「最高司令官は…」ホイットニーは、ケーディスが座るのを待ちかねたように口を開いた。
「我々民政局に、日本国憲法の草案を書くように命令を下された。諸君もすでに知っている通り、毎日新聞のスクープ(2月1日)によって明らかになった日本政府の憲法改正案なるものは、きわめて保守的な性格のものであり、天皇の地位に対して実質的変更を加えてはいない。天皇は、統治権をすべて保持している。この理由から、改正案は新聞の論調でも世論でも、評判はよろしくない。
~中略~
こういういきさつの末に、外務省の係官が昨日、火曜日(2月5日)に予定されていた松本案討議のための吉田外相との非公式会談を、木曜日(2月7日)に延期して欲しいと申し入れてきた。我々は、これに対してさまざまな可能性を考えて、会談を一週間(2月12日まで)延期した。
~中略~
私の意見としては、憲法改正案が正式に提出される前に彼らに指針を与える方が良いように思う。受け入れられないような案を彼らが決定し提出してきてからやりなおしを強制するよりも、その方が戦術として優れていると最高司令官に具申した。その結果、本日命令が下ったのである」
そう言い終わるとホイットニーは黄色のメモ用紙を取り出した。
この黄色いメモ用紙こそが、マッカーサー元帥が憲法改正案を起草するための3つの原則を示したものであり、「マッカーサー・ノート」と呼ばれるものである。
このマッカーサー・ノートは民政局員よる草案作成作業直前に提示された「日本国憲法の原液」の一つなのです。
このマッカーサー・ノートを知らずして日本国憲法制定の真実は見つけることは不可能です。
「日本国憲法は日本人が作った」「日本国憲法は憲法研究会の草案が土台となった」などとデマを流している人たちはこの事実を知るべきでしょう。
もし、「マッカーサー・ノート」および「SWNCC文書」の存在を知っていながら上記の発言(主張)をしているならば、私はあることを疑います。
それはその人物が「工作員」ではないか、ということです。
つまり、意図的にそして密かに、日本国憲法に関する真実を捻じ曲げようと工作活動をしているのではないかということ。
〈マッカーサー・ノートの内容(三原則)〉
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
一、
天皇は、国のヘッド(注・従来の訳では「元首」)の地位にある。
皇位は世襲される。
天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に示された国民の基本的意思に応えるものとする。
二、
国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。
日本が陸海空軍を持つ機能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。
三、
日本の封建制は廃止される。
貴族の権利は、皇族を除き、現在生存する者一代以上には及ばない。
華族の地位は、今後どのような国民的または市民的な政治権力も伴うものではない。
予算の型は、イギリスの制度にならうこと。
上記のマッカーサー・ノートの内容と日本国憲法を比較して見れば、マッカーサー・ノートが日本国憲法の骨格となっていることが理解できるだろう。(ただし、ほんの少し変化している)
このマッカーサー・ノートの内容をホイットニー准将がメンバーに長い時間かけて解釈のための説明をしている。草案作成メンバーを驚かせたのは、草案の締め切りが今週中(1週間)だということ。
この草案作成の期限が極端に少ない理由は、前出の日本政府の改正案についての会談が控えていたからに他ならない。つまり、日本政府側と会談する2月12日に提示するということだ。
しかし、最終的には1日遅れの2月13日に会談がもたれ、GHQ草案は日本政府に提示されることになる。
この時点で、当然ながら日本政府は何も知らない。憲法問題調査委員会の責任者である松本丞治は、日本側の改正案を討議する予定考えていた。なのに、まさかGHQがたった1週間で憲法草案を書き上げ、「GHQの考え方はこうだ」と提示されるとは思いもよらなかったことだろう。
〈マッカーサー・ノートに見られる二つの異なった立場〉
現代に生きる国民はあまり意識していないようだが、あくまでGHQとは軍隊による組織であり、日本占領とは軍事占領なのだ。ホイットニー准将の発した文言の中に「命令」とあるように、民政局メンバーにくだされた憲法草案作成作業はまさしく「軍事命令」なのです。
この後の【国際法編】で示す予定だが、GHQによる占領が軍事占領であることは大前提として理解することが必要となる。
重要なことを指摘する。
ホイットニー准将が局員に告げた「我々民政局に、日本国憲法の草案を書くように命令を下された」という“命令”に関して、日本国民はもちろん日本政府でさえも関知していない。つまり、国民の自由に表明される意思とは何の関係もないということ。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
前述したマッカーサー・ノートの文章は、現在の日本国憲法の骨格を成すものだが、その中には異なった二つの立場が同居している。
つまり、日本軍国主義の牙を抜こうという勝者の姿勢と、世界の恒久平和を指向するきわめて高い理想主義である。これは世界中が戦争に疲れ果てたあの敗戦直後の状況を知っている人ならば、矛盾なく受け止められるだろう。
戦争というものは、勝っても負けても悲惨な体験でしかない。もちろん負けた方が悲惨さは大きいが、勝った方の国にも犠牲者が出るし、国力が疲弊する。勝者にも敗者にも共通することは戦争に対する嫌悪感だろう。
ただし、「戦争屋」だけは巨大な利益をあげてほくそ笑んでいるが。
付け加えるが、マッカーサー・ノートは本当にマッカーサーが書いたものかは謎だとされている。その理由は、マッカーサー・ノートを提示したのはホイットニーであり、二人の筆跡は非常に似ていたことがあげられる。
だが、軍事組織である以上、上官のマッカーサーの知らない所で、部下であるホイットニーが上官の名を出して命令を発することは考えられない。あり得ないと言っていい。
〈マッカーサー・ノートの分析〉
マッカーサー・ノートの一番目に書かれている「天皇の地位」に関する条項は、ポツダム宣言を背景として成立したもの。
当然ながら、ポツダム宣言はマッカーサー自身および占領軍をも規制するものなのです。
ポツダム宣言には以下の文言がある。
ポツダム宣言 第12項
前記諸目的が達成せられ且つ日本国民の自由に表明せる意思に従い、平和的傾向を有し且つ責任ある政府が樹立せらるるに於いては、連合国の占領軍は、直ちに日本句より撤収せらるべし
松本丞治憲法問題調査委員長が抜本的な憲法改正をせず、小手先の改正モドキで済まそうとした根拠が、上記の内容である。
当然ながら日本側としては、「国民の自由意思によって天皇制を表明すれば認められる」と解釈することは自然なことと考えられる。
日本政府側が1945年8月10日付けで連合国に送った文書では、ポツダム宣言を「天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に受諾す」という条件をつけている。
一方、連合国は「我らの条件は左の如し」としている。よって当時の保守層たちが、天皇制を存続するかどうかは日本国民の総意によって決めることができると判断したことは当然と思われる。
だが、ここに軍事占領およびアメリカ帝国を甘く見る見識が横たわっている。
広島・長崎への原爆投下、民間地域への焼夷弾投下などの戦時国際法(ハーグ陸戦法規)違反を平然として悪びれず、謝罪もないどころか、原爆投下によって米兵の命が救われたなどとのたまう始末。
こうしたアメリカという国家の性質を正確に読み取れば、たとえポツダム宣言に書かれていたとしても、占領支配下にある日本国はアメリカの意思を読み解くか、意向を確かめる必要があった。それが当時の保守層指導者たちには欠落していた。
戦争において国際法違反をする連中が約束を守るはずがないと考えることが正常な判断である。
当然であるが、マッカーサー・ノートだけで日本国憲法を生み出すことはできない。マッカーサー・ノートはあくまでも重要項目であり、それ以下でもそれ以上でもない。
では、日本国憲法を生み出した源泉は何かと言えば、基本方針としてポツダム宣言とSWNCC-150/4(初期対日方針)があり、憲法改正に関して具体的な指針を示したSWNCC-228(日本の統治体制の改革)の文書がある。その他にも国連憲章、さまざまな国家の憲法などを参考としている。日本の憲法研究会の草案もその他の参考情報の中に含まれる。決して憲法研究会の草案を土台としてGHQ草案が作成されたわけではない。身もふたもないことを言えば、憲法研究会の草案が存在していなくてもまったく同じ内容のGHQ草案が作成されただろう。
〈天皇制について〉
アメリカは、太平洋戦争(大東亜戦争)が開始された直後から日本占領策を立案している。その中で「天皇制の悪用が軍の暴走をもたらした」と研究結果が出されている。
つまり、初めから日本との戦争に勝利する確信を持っていたことであり、もっと言えば、戦争に勝利した後の占領政策による国家大改造こそが真の目的であったと読み解ける。
それは白人国家に立てつく日本を、アメリカの支配下(影響下)に置くことで、白人国家の裏側に潜む者たちの邪魔をさせないという“日本封じ込め作戦”と呼ぶべきもの。
こうした背景をマッカーサー・ノートは背負っているということ。
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
このマッカーサー・ノートの「天皇条項」は、そういったポツダム宣言の原則を、「天皇から権力を剥奪して地位だけを与える」という形で具体化したものだということが言える。
要するに、マッカーサー・ノートが示す日本の国家像とは、天皇から統治権を奪うことであり、権力なき存在としての地位に留める天皇制に変更するということ。
ここに当時の保守層が考える天皇制とマッカーサー(アメリカ政府)が考える天皇制には大きな違いがある。
天皇に関する憲法改正案は、マッカーサー・ノートという直接的な指針があった。
GHQが直接、憲法草案作成に入った理由は、「天皇を戦犯として問え」という国際的な世論をかわすこと及び日本占領のために巨大な軍事力を使いたくないというマッカーサーの思惑があった。
〈戦争の放棄について〉
書籍『日本国憲法を生んだ密室の九日間』より引用
「冒頭の国権の発動たる戦争は廃止する」という文言は、1929年のパリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)にその原点を発見できる。
パリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)
国際紛争解決の為戦争に訴えることを非とし且つその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することを厳粛に宣言す
正確には頭に「締約国」という言葉がつく。パリ不戦条約はその名の通り「条約」なので、締結国(条約を結んだ国家)のみに友好となる国際法。
よって締結していない国家には拘束力がない。
憲法9条の出所は、パリ不戦条約です。マッカーサー・ノートの「戦争の廃止」という考えの元ネタはパリ不戦条約なのです。
【日本国憲法の源泉編⑤】につづく
参考書籍
書籍名:『日本国憲法を生んだ密室の九日間』
著者名:鈴木昭典
出版社:創元社
書籍名:『日本国憲法の誕生』
著者名:古関彰一
出版社:岩波書店
書籍名:『知られざる日本国憲法の正体』
著者名:吉本貞昭
出版社:ハート出版
最後までお読みいただき、ありがとうござりんした!